第72話 予兆
桜咲くこの季節。
出会いと別れの時期。
これらが指し示すのは、春という季節のことだ。
新年度を迎えた僕たちは、二年生になっていた。
新しいクラスで、また新たな学生生活の幕開けとなる。
「あー、今年は別のクラスなんだ」
「やったー! おんなじクラスだっ」
クラス分けが張り出されている掲示板付近では、友人と同じクラス会中で盛り上がっている学生たちの姿があった。
これもまた、いつもの風景なのかもしれない。
そんな中、僕はといえば
「おー、今年は一樹と一緒か。静かな一年になるな」
「こっちこそ。田中君と同じクラスで心強いよ」
今年は田中君と同じクラスだった。
田中君は頑固で手が先に出ることがあるが、基本的にはいいやつだ。
問題が発生すれば、率先して解決に尽力してくれる。
バンドでもプライベートでも頼りになる存在だ。
(啓介のほうは、大丈夫か?)
啓介はといえば、今年は完全な一人ぼっち。
フォロー役が誰もいない状況だ。
(こりゃ、ますます啓介の悪名が高まるかな)
おそらくは、一週間もしないうちに彼の噂は僕の耳に入ってくることになるだろう。
さて、僕のクラスメイトで知っているのはあと二名いる。
「あれ、美竹君じゃん。同じクラスでよかったよ。今年もよろしくねっ☆」
「こちらこそ、よろしく頼むよ、今井さん」
まず一人目が、一見してギャルっぽいが、実はしっかり者の今井さんだ。
人懐っこい笑みを浮かべながら挨拶をしてくる今井さんに、僕もまたそう返す。
「今井? っていうと、こいつがあの今井という人物なのか」
「えっと、そっちは……」
「初めまして、俺は田中 聡志。一樹からは君の話は聞いている。文化祭の一件、俺からも礼を言わせてくれ」
そんな中、今井さんの名前に反応する田中君に、困惑した様子の今井さんに田中君は静かに名前を名乗りだすと、頭を下げた。
「ちょ、ちょっと。そんなお礼だなんて。アタシはただ、困っている友達を助けようとしただけだから」
「そう言ってもらえると助かる」
「いいお友達だね。美竹君」
「まあ、幼馴染だからね」
田中君のことをよく言われていると、まるで自分に言われているみたいで嬉しくなる。
幼馴染というのはそんなものなのかもしれない。
さて、もう一人の顔なじみだが
「かっずくーん!」
「……僕を見て早々に抱き着いてくるの、やめてくれないかな? 危ないから」
僕にタックルに近い勢いでしがみついてきた日菜さんだ。
「えー、別にいーじゃん」
そして、僕の注意も聞き入れない。
(ま、いっか)
もう何を言っても無駄だということを悟っているので、僕はそれ以上何も言わなかった。
こうして、僕たちの新年度は幕を開けるのであった。
BanG Dream!~隣の天才~ 第三部 1章『迫りくる脅威』
「それにしても、今年もまたすごいな」
「そうだね、こっちのほうも知り合いがいてよかったよ」
放課後、事務所のミーティングルームに集まっていた僕たちは、クラスのことで話をしていた。
とはいえ、中井さんは花音さんと同じクラスになったらしく、ほっとした様子だった。
「俺は、またピエロです」
「啓介、またあの自己紹介をしたんだ」
それとは変わって、どんよりとしたオーラをまとっている啓介は、ある意味自業自得のような惨状だった。
「啓介、いい加減――「一樹ッ」――……ごめん」
啓介に止めるように言おうとした僕を、田中君が一喝する。
「俺は大丈夫さ。なんてったって心は鉄だからなっ」
「それ、説得力ないぞー」
一瞬暗い雰囲気になりかけたが、啓介の一言でそれは元に戻った。
そんな啓介を見て、僕は少しだけ罪悪感を抱かざるを得なかった。
「さて、バンドに関しての話に移ろうか。新年ということで、一樹の方針を聞かせてくれ」
田中君の一言で、全員の表情が真剣なものとなった。
「まずは、みんなの尽力のおかげで、いい感じの状態になっている。これからの方針としては、従来通り”場数を優先”で行こうと思う」
僕たちはライブをやってなんぼだ。
約8か月経って、行ったライブは50を超えている。
色々な場所でライブの依頼を受け、そしてそのたびに僕たちは上に登っていく。
そのおかげで、最近は様々な仕事依頼が来るようになった。
音楽雑誌の取材に、音楽番組への出演依頼。
アイドルグループのバックバンドなど挙げていけばきりがない。
ファンの数も着実に増やし、最近行ったライブでは来場者数は数十万人にも及んだそうだ。
特に、ライブの途中の休憩で行うゲリラ演奏が、好評のようだった。
そんな順風満帆でノリに乗っている僕たちは、誰一人としてこの後に訪れる最悪な事態など予想もしていなかった。
「失礼します。皆さん、おはようございます」
『おはようございますっ』
ミーティングルームに入ってきた相原さんに、いつものように挨拶をするが、今日はいつもと様子が違った。
「失礼します」
相原さんの後ろに続くようにして、一人の事務所スタッフが入ってきたのだ。
「えっと、相原さん。そちらの方は?」
「はい、今からご説明しますね」
突然の来訪者に、困惑を隠しきれない森本さんが、相原さんに尋ねると、相原さんは一歩横に移動した。
そして、それが合図だったのか、事務所スタッフの人が一歩前に出た。
「改めて、おはようございます。私は
倉田と名乗った男性は、静かにお辞儀をするが、僕は嫌な予感がしてならなかった。
「実は事務所内で、新たにアイドルバンドとして立ち上げるという構想がありまして、そちらでの皆様へのご協力をしていただこうと本日お伺いいたしました」
「アイドル……」
「バンド!?」
倉田さんの口から説明されたそれに、僕たちは驚きを隠せなかった。
アイドルバンド……呼び方から察するに、アイドルのように踊りながらバンドとして演奏をする感じだろう。
(まさか、アイドルグループとバンドというのを合体させてくるとは)
すごく斬新な構想であり、非常に怖いアイデアだ。
「アイドルバンドということは、踊りながら演奏をするということですよね。でしたら、演奏指導でしょうか?」
僕は、協力という言葉の意味を確認するべく、倉田さんに尋ねる。
普通に考えればそれしかありえない。
だが、僕の中ではすでに嫌な予感は感じていた。
「いいえ。皆さんには作曲及びライブで流すための演奏の録音をしていただきたいと思っております」
『………』
そして、それは的中してしまった。
僕たちは、驚きのあまりに言葉が出ない。
それもそうだろう。
何せ、僕たちに求められた協力依頼。
それは、新しくできるアイドルバンドとやらの楽曲を作る”作曲”と、出来上がった楽曲を録音すること。
その録音したやつは、ライブで流すための者。
つまりは
(オーディエンスを騙す片棒を担げってことか)
そういうことなのだろう。
新たな方針を決めた時を狙って舞い降りてきた依頼。
それが僕たち、Moonlight Glory結成して以来の最大の危機を迎えることになるとは、この時の僕は思ってすらいなかった。