別名、口は災いの元ともいいます(汗)
それでは、本篇をどうぞ。
翌日の休み時間。
「でさ、女子からの冷たい視線がさ―――」
啓介とくだらない(本当にくだらないけど)話をしながら廊下を歩いていると、
「あ、一樹さーん!」
「ん?」
どこからともなく、明るい感じで名前を呼ばれた僕は立ち止まった。
ふと見ると、どこかで見たことのあるピンク色の髪の女子学生がこちらに駆けてきた。
「あれ、ひまりさんも羽学だったんだ」
「はい! というより、皆も同じですよ」
蘭がここだというのは知っていたが、ひまりさんたちも同じ学園だとは全く知らなかった。
いくら幼馴染とはいえ、僕たちのように同じ学園に通うとは限らないからだ。
「ということは、ひまりさんたちの先輩ってことか」
「そうですね。よろしくお願いしますね、一樹先輩♪」
ウインクをしながら言うひまりさんに、僕はどこか感動のようなものを感じていた。
別にひまりさんがかわいいからとかではなく(いや、かわいいけど)、先輩と呼ばれたことがないという意味でだ。
(先輩と言われると、本当に何かをしてあげたくなっちゃうから不思議だよな)
「あの、どうかしたんですか?」
そんなことを考えていた僕の様子を不思議に思ったのか、怪訝そうな表情で聞いてきたので、僕は慌てて答える。
「いや、かわいい後輩に先輩といわれるのもいいなと思っただけ」
「かわっ!? 一樹さん、こんな場所でそんな恥ずかしいことを言わないでくださいっ」
僕の発言に、ひまりさんは目を見開かせて驚いた後に、顔を赤くして弱々しく怒っていた。
(いい加減、慌てた時に本心を口にする癖は直さないと)
この癖で問題が起きたことはないが、さすがにそろそろ起きそうな気がするので、自制しようと心に決めた。
「ごめん。でも、誰だって一度は先輩って、呼ばれてみたいものだよ。そうでしょ、啓介?」
「ああ、俺も呼ばれたい……というか呼びたい!」
(呼びたい?)
仲間を得る目的で、啓介に同意を求めたが、なんだか変な言い方をし始めた。
すると、啓介は片膝を地面につけると
「ひまりちゃん! 俺を”ダーリン”と呼んでくれ」
「…………」
啓介のその言葉に、僕たちだけでなくその場にいた全員の時間が止まった。
(いや、いくら何でも聞き間違いだよ)
いくら啓介だからって、こんなところでバカげたことを言うはずがない
僕は混乱する自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「あ、あの……えっと……」
「何だい? ダーリンに言ってみなさい」
(本当に言ってたよ!?)
サムズアップをしながらいい笑顔ではっきりと言っていた。
「へ……」
そんな啓介の言動に、固まっていたひまりさんだったが
「啓介先輩の変態~~~っ!!」
大声で叫びながら走り去ってしまった。
それが普通の反応だろう。
(とはいえ、さすがに”変態”はどうかと思うけどね)
まあ、そういいたくなる気持ちもわかる。
仮に僕がひまりさんだったとしても同じことを口にしているだろうから。
「一樹……俺って、変態……だったのか?」
「ソンナコトナイヨ……タブン」
「いま、めっちゃくちゃ棒読みだったよな!? しかも多分って!」
(だって、否定できないもん)
変態だと言わないだけありがたいと思ってほしいくらいだ。
「ぢくじょうー!こうなったら走ってやる! うわああああん!!」
「大声で泣き叫びながら走ってったよ」
廊下にいた全員の視線がものすごく痛かった。
それからすぐに
「うるせえっ!」
「ギャブラ!?」
田中君の罵声と啓介の悲鳴が聞こえてきた。
どうやら、田中君の制裁を受けたようだ。
「さてと、とりあえず啓介には謝らせるか」
僕は田中君への事情説明と、ひまりさんに謝るように促すべく、啓介が走って言った方向に向かっていった。
この後、田中君に事情を説明し、二人がかりで啓介を怒るとひまりさんに謝らせた。
「さっきは、調子に乗ってました。本当にすみませんでした」
「い、いえ。全然大丈夫です。気にしてないですから」
啓介の土下座の謝罪に、ひまりさんも許してもらうことができた。
とはいえ、
「なあ、上原。一樹の後ろに隠れながらというのは説得力がねえぞ?」
「す、すみません。どうしてか体が言うことを聞かなくて」
僕の後ろに隠れるようにして立っているあたり、いろいろと問題が残っているようにも見えるが。
ちなみに、この一件によって啓介が変態だといううわさが、学園中に広まることになったのは、言うまでもない。
そして、なぜか僕と田中君はそんな変態に対抗する騎士と呼ばれることになった。
「俺、今日という日をすべて消し去りてえよ」
「僕も」
そんなことを言いながらため息をつく僕たちなのであった。
夕方、僕は夕食ができるまでの間,
義父さん監修のもと、生け花をしていた。
生け花をしている時は、心が落ち着くので、いいリフレッシュにもなる。
作戦参謀なんてものになってから、どんどん心がすさんでいるような気がする。
そういう時に生け花をやって心を落ち着かせるのがいつものこととなっていた。
しかも、作曲をしているような状態でもあるので、一石二鳥だ。
「できました」
「ふむ……今回はちょっとばかり集中できなかったのか? 若干曲がっている」
義父さんに指摘されて改めてみてみると、確かに茎が若干右に傾いていた。
まっすぐにするつもりだったので、完全なミスだ。
「すみません」
「……次に活かせられれば十分だ」
やはり、集中ができない。
理由はもちろん、Pastel*Palettesの件だ。
(彼女たちの行動がどれほどの影響をこちらに及ぼすか……まったくもって未知数すぎる)
計画は練っているが、果たして、それでうまくいくか。
彼女たちだけがうまくいき、こちらのほうには悪影響が残り続けるというのでは、まったく意味がないので避けたい。
「さあ、そろそろ夕飯だ。片づけて手でも洗ってきなさい」
「はい」
気づけばいい時間になっていたので、僕は後片付けを始めていく。
そんな時、玄関のほうで音がしたかと思えば、リビングに入ってきたのは浮かない顔の蘭だった。
「ただいま」
「今日も遅くまでバンドの練習か?」
(あー、またこれは始まるかな)
退散しようにも、その場の雰囲気に押されて足が動かない。
ここは下手に動かずにいようと思い、その場にとどまることにした。
「最近は華道の集まりにも顔を出していないというのに……蘭は少し自分の立場を考えなさい」
義父さんは、蘭のバンド活動についてあまり快く思っていない。
バンドについての理解がないのもあるが、そもそも蘭が華道の集まりにも顔を出していないのが一番の原因だ。
これまで行くたびも口論をしてきており、そのたびに二人の溝が広がっていっている。
その結果がこれだ。
「父さんには関係ないでしょ」
蘭は最初から喧嘩口調だし、
「関係ないはずがないだろう。私は美竹家の家元だ。そして、お前は家元の後継者の一人だ」
義父さんは義父さんで、説教をするし。
「本来であればお前はもっと華道に触れるべきだ。大体、高校に入ったら華道についての勉強を始めると、前から何度も言っていただろ。少しは一樹を見習って―――」
「うるさいな。もう話すことなんてない」
そう言い放って蘭はリビングを出ていった。
「まったく……。一樹、お前からも蘭に話してやりなさい」
「えっと……善処するよ」
僕に対する信頼からなのか、それともあきらめているだけなのかはわからないが、ため息交じりに義父さんは僕のほうに説得をゆだねてくる。
これも、また最近よくあることだ。
言い合いになった時には、必ず僕のことが引き合いに出されるのだ。
例えば『一樹は養子でありながら、家のために学び続けている』だったり
例えば『一樹はいろいろなことをやりながらも華道と向き合っている』などなど。
僕としては、養子の分際なのだから、居場所を得るために少しでも家の役に立つのであればと思って必死にやっているだけなので、別に褒められるためにやっているわけではない。
バンドやバイトもかなりの無茶をして成り立っていることだ。
迷惑を被るのはいつもみんなだから申し訳なく思うが、それでも、居場所を失ってしまいそうで怖いからこっちを優先しているのだ。
すべてにおいて理由は自己中心的で邪な理由。
だから、引き合いに出されるのはあまりうれしくもないし、できればやめてほしい。
(でも、両方の気持ちもわかるんだよね)
義父さんにしてみれば、ちゃんとした後継者を育てたいと思う気持ちも理解できるし、蘭のやりたいことをやる気持ちも十分理解できる。
それだけに、僕はどちらに対しても相槌しか打てず、完全な板挟み状態になっていた。
(何とかなんないかな)
色々な場所で起きた問題に、僕は徐々に巻き込まれ始めている。
それに気づいたのは少し後のことだった。