「一君、ダイジョーブ?」
「え?」
休み時間、ほんのささやかな時間にぼーっとしていると日菜さんに声をかけられた。
「一君、最近ずっとズーンって感じだから」
「その”ズーン”が何を意味してるのかはあんまり分からないんだけど、まあ、大丈夫だよ」
日菜さんは”ふーん”と言うだけで、それ以上聞くことはなかった。
気を使ってくれているのか、それとも単純に興味を失ったのかはわからないが、ある意味助かった。
(にしても、日菜さんも口が堅いんだ)
Pastel*Palettesの結成と、お披露目ライブの説明は数日前にされている。
日菜さんのことだから、嬉しそうに話してくれるのかと思ったのだが、倉田さんから口止めでもされているのか、それとも何かを気にしているのかそのことを口にすることはなかった。
(もう時間もないか)
着実にその日が近づきつつあることを改めて知ってしまった休み時間の一幕だった。
「それじゃ、一君また明日ねー」
「うん、気を付けて」
放課後、レッスンがあるということで、こちらに手を振りながら日菜さんは足早に帰っていった。
「……帰ったか」
その様子を見ていた田中君がこちらに近寄ってくる。
「みたい。レッスンだってよ」
「ふりの癖に何がレッスンだか」
田中君が吐き捨てるようにぼやくが、フォローのしようがない。
一体どんなレッスンなのかが気になるが、それを知ろうとするには少々リスクがあるためできないでいたが、なんとなく形式的なものであることは想像がついた。
「これだと、ライブの後が思いやられるな」
「まあ、初心者だと思っておけばいいと思う」
ライブ後の手はずについて知っている田中君が、その光景を想像してかため息をつく。
「そうだ。啓介の奴が今日『CiRCLE』でライブイベントがあるから見に行こうって言ってんだけど、一樹はどうする?」
「ライブイベントか……ちょうどオフの日だったし、息抜きにはいいか……うん、僕も行く」
最近は練習などをし続けていたので、たまには別のバンドの演奏を見るのもいい気分転換になる。
「それじゃ、行こうか。啓介たちはもう行ってるみたいだから」
「そうだね」
こうして、僕たちは『CiRCLE』で開かれるライブイベントを見に、ライブハウス『CiRCLE』に向かうのであった。
CiRCLEに到着した僕たちはそれぞれチケットを購入し、地下にあるライブ会場に向かう。
(観客数もいい感じだけど、審査員っぽい奴もいるな)
「お、一樹に聡志!」
「啓介に、森本さんに中井さん」
会場内を見ていた僕たちに啓介達が駆け寄ってくる。
これで何とかみんなと合流することができた。
「悪い、ちょっと遅れたか」
「いいって、俺がいきなり言い出したことだし」
「私たちもびっくりしたよ。まさかいきなりライブ見ないかって来たんだから」
(急遽入れたのかよ)
苦笑する森本さんたちの言葉に、僕は相変わらずの啓介の計画のなさに頭を抱えたくなった。
これでみんなが予定とかあったら一人で見るつもりだったのだろうか?
「それで、今日のイベントはさ、うまいバンドにはメジャーデビューのスカウトが来るらしいぞ」
「まあ、こっちは関係ねえけどな」
田中君の言葉に、みんなが頷く。
僕たちはすでにデビューしているのだから、今更な話だろう。
(まあ、今日は無心で見よう)
何も考えずに演奏を聴くというのも、またいいリフレッシュだ。
……本当はアイデアとかを収集できるチャンスでもあるんだけど。
もったいない気もするけど今日は気分転換が主な目的だ。
そう言い聞かせて、僕はステージに上がるバンドの演奏に耳を傾けるのであった。
「ありがとー!」
演奏を終えたグループが温かい拍手とともにステージを降りる。
どのバンドも実にいい感じだった。
だが、僕から言わせれば決め手に欠ける。
少なくとも、僕の心をひくようなバンドは出ていない。
「次は……なんて読むん?」
次のバンドのするグループが記されたパンフレットを見ていた啓介が、こちらに見せながら聞いてきた。
どうやら読み方がわからなかったようだ。
「えーっと……ロゼリアだね」
何かの造語なのか『Roselia』と記されたそのバンド名にどこか僕は引き寄せられるものを感じた。
(ただの名称に過ぎないのに引き寄せられるこの感覚……これはすごいことになりそうだ)
言葉では説明できないが、この名前のバンドは間違いなく僕の心を惹きつける。
そんな確信があった。
そして、ついに期待のバンドRoseliaがステージに上がった。
「きゃあーー! 友希那よ! それに紗夜もいる!」
「ん?」
ステージに上がった瞬間に湧き上がる歓声に交じって、よく知る人物の声が聞こえたような気がした。
(って、紗夜さんに今井さん!?)
ステージを見てさらに驚き。
ステージに立っていたのは湊さんをはじめ、今井さんに紗夜さんとよく知る人だったからだ。
後の二名は全く知らないが。
「Roseliaです。聴いてください『BLACK SHOUT』」
そして始まった演奏は、舌を巻くの一言に尽きる。
キーボードの音色から始まったそれは、ドラムやギター、ベースにボーカルすべてが合わさって迫力のあるサウンドを奏でていた。
(ボーカルも、心の中にすんなりと入っていく……すごい……本当にすごいっ)
気が付けば、僕はRoseliaというバンドに思いっきり惹き寄せられていた。
それはほかの人たちも同じようだったらしく、会場はさらなる盛り上がりを見せていた。
だが、聴き進めていくうちにふと見えてくるものがあり、それが興奮していた僕を落ち着かせていく。
(このバンド……まずいな)
音は雄弁だ。
口先の言葉よりも、はっきりと教えてくれることがある。
そして、今回も素晴らしい演奏とともに、あるものが僕に伝わってきた。
(このままだと、このバンド空中分解するぞ)
それはあくまでも予感だ。
曲の中に感じたぴりついた緊張感のようなものは、心地いいものというよりハラハラする感じのものだ。
たとえるならサーカスとかで団員が綱渡りをするような感じだろう。
……命綱無しの綱渡りを。
(こんなにいい演奏をするバンド……なくすにはもったいない)
僕は後日今井さんあたりにでも忠告をしようと心の中で決めると、演奏に耳を傾けるのであった。
「あと3バンドか」
Roseliaの演奏も終わり、残すは3バンドとなった。
やはり、どのバンドも決め手に欠ける感じだった。
(というより、Roseliaの演奏を聴いた後だと、他のバンドの演奏がへたくそに聞こえる)
それだけあのバンドはすさまじかったということだろう。
まさに、Roseliaはこのイベントでは圧巻の演奏をしていたのだろう。
「あ、美竹君! ちょうどいいところにっ」
そんな時、僕に声をかけてきたのは月島さんだった。
その表情はどこか焦っているような印象を感じた。
「月島さん? どうかされたんですか」
「美竹君って、バンドを組んでるわよね? この後何か予定とかないかな?」
「予定は特にはなかったと思いますけど……みんなは?」
みんなに確認を取ってみるが、全員も予定がないようだった
「よかったー。実はね一番最後のバンドが急にこれなくなっちゃったのよ」
「……」
月島さんのその言葉で、僕は嫌な予感を感じた。
「穴を開ける訳にもいかないし、お願い! 一曲演奏してくれないかな」
そして、その予感は見事に的中することとなった。
「いや、それは――「喜んで!」――啓介!?」
断ろうとする僕を差し置いて、啓介が引き受けてしまった。
「ありがとう! それじゃ、楽屋に案内するね」
こうして、僕たちは強引にイベントのトリであるバンドに変わって演奏をすることとなるのであった。