まだまだ至らぬところはございますが、これからもよろしくお願いします。
それでは、、本篇をどうぞ
「いやー、疲れたな」
「お前のせいだろうが……」
ものすごい賭けになった演奏を無事に終えた僕たちは、帰路についていた。
家には念のために遅れる旨を伝えておいたので門限に関しては問題ない。
とはいえ、かなり疲れた。
「私はいい刺激になったかな。今までやっていることをやんないというのは、ここまで感じるものがあるんだなーって思ったよ」
「私も、利き手とは逆の楽器を本番で演奏するのがここまで大変だったんだって勉強になったよ」
森本さんも、中井さんも本番という形で人前で演奏したことで、何かを学んだ様子だった。
今回のライブはいろいろと担当楽器を入れ替えている。
追及の材料を少なくするべく、楽器のほうも同じ種類のは避けている。
例えば、中井さんは弦楽器なのでベースから打楽器のドラムに。
他にも森本さんはギターからボーカルに、田中君はドラムからベースに、啓介はキーボードからギターに。
そして僕がギターからキーボードに変えている。
(楽器を変えることによって、バンド内の音も変わってくる……本当に興味深い)
今回のような事態はできる限り避けたいが、いい勉強になったことを考えれば、この苦労した感じも上手いくらいに相殺されるだろう。
「さて、早く帰ろ――「ちょっと待って!」――って、どうしたんだよ、一樹?」
帰ろうとしたとき、僕が見たのはファミレスに入っていく今井さんたちRoselliaのメンバーだった。
それは、他のみんなもすぐにわかったようで
「あれって、Roselliaね」
「……話したいのか?」
僕に聞いてくる田中君に、僕は頷いて答えた。
話というのも世間話ではなく、今日のライブで感じたもののことだ。
普通であれば放っておくのが一番だが、知り合いがいるバンドだ。
忠告くらいするのが人情という物だろう。
「それじゃ、入る―――一樹、電話だぞ」
中に入ろうとしたところで今度は僕の携帯が鳴り始める。
「………」
何とも間が悪いなと思いながら相手を見ると、妹の蘭だった。
僕は、何か込み入った話になるような予感がしたため、他のメンバーに僕のこと委ねることにした。
「ごめん、ちょっと家から電話みたい。時間かかると思うから、啓介に今から言うことをRoselliaのメンバーに伝えてほしいんだ」
「俺がか? いやー、責任重大ですなー」
ある意味厄介ごとを押し付けられているにもかかわらず、大はしゃぎする啓介に、僕は心の中で感謝しつつ伝えてもらいたい内容を教えた。
そして、一番最後に
「このまま行ったら、間違いなくいざこざになるから、啓介の言葉でマイルドにして言うようにして」
と付け加えておいた。
僕だったら、何を言われても平気だが、啓介の場合はそうではない。
だからこその予防線だったし、啓介も”わかった”と言ってくれたので安心していた。
そして、啓介たちを見送りつつ、僕は邪魔にならないように路地のほうに移動して電話にでる。
「もしもし」
『兄さん? 今大丈夫?』
「ああうん。大丈夫だよ」
本当はこれから忠告をしに行くところだったんだが、それは言わない。
『兄さんに頼みたいことがあるんだ』
「別に構わないよ。僕にできる範囲でだったら何でもするから」
蘭からのお願い事というのはめったにないので、頼ってもらえたことがうれしくて仕方がなかった。
『変な兄さん』
「だったら、蘭は変な妹だ」
そんな軽い言い合いもしつつ、蘭は真剣な口調で頼みごとを口にし始めた。
『実はガルジャムに出演することになったんだけど、兄さんに一回演奏を見てほしいんだ』
(ガルジャムって、確か大手レコード会社の上層部の人が来て、場合によってはその場でスカウトする、ガールズバンドの登竜門のような奴だったっけ)
今回のイベントは男女混合だったが、ガルジャムのイベントはガールズバンドのみが出演することができるライブイベントだ。
無論、デビューを考えている人にとっては重要なイベントでもある。
「なるほど……かわいい妹の頼みだ。喜んで引き受けましょう」
(前からどれだけよくなっているのか、ちょっと気になるしね)
前に聞いたのは約9か月前だ。
それだけの期間があれば上達しているかもしれない。
そう思うと、なんだか楽しみになってきた。
『かっ!? 兄さん、これ以上言ったら殴るから』
「……失敬」
(いま、ものすごく本気で言ってるよね)
蘭は時頼本気で殴り掛かってくることがあるので、からかいすぎには十分気を付けたほうがいいということを学んでいた。
とりあえず、これ以上下手につつくと本当に殴られるので、触れないようにした。
『それじゃ、明日とかはどうかな?』
「こっちは問題ないよ」
明日も別に取り急ぎの用はない。
なので、僕は二つ返事で快諾した。
(ん?)
その時だった。
目の前の道を走り去っていく啓介の姿を見た。
「それじゃ、またあとで」
ただならぬ何かを感じた僕は、早々に蘭との電話を切って啓介の箸って言った後をついていく。
「やっと止まった……啓介、どうしたんだ?」
暫く走って、どこかの公園に入ったところで、ようやく啓介は足を止めた。
「………」
啓介は、無言で何も答えようとはしない。
「啓介! それに一樹も」
どうしたものかと悩んでいるところに、やってきたのは田中君だった。
その後ろには中井さんと森本さんが続いている。
皆は息を切らしていたので、落ち着くのを待ってから僕はもう一度聞いてみることにした。
「それで、一体どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか。実はな――」
どこか怒っているような口調でまくしたてながら、田中君はその時の出来事を話してくれた。
★ ★ ★ ★ ★
一樹と別れた俺たちはRoseliaのメンバーに伝言を告げるべくファミレス内に入った。
女性店員が人数を確認しに来たので、知り合いが先にいると嘘をついた。
申し訳ないが、余計な仕事を増やすのを考えればこちらのほうがましだろう。
(えっと、Roseliaのメンバーは……っといた)
やや奥のほうのボックス席のほうに女子学生5人グループがいたので、間違いないだろう。
「FUTURE WORLD FES.の出場権―――」
(ん?)
女子学生の一人……銀色の髪の女子学生の口から出た単語は、俺たちにとっては懐かしいものだった。
――FUTURE WORLD FES.
それは俺たちがH&Pの時に一番最初に出場したステージの名前だ。
当時はどれほどのものかの実感がなかったのだが、今になって俺たちはすごいことをしたんだという実感がわいていたりもする。
(ていうか、すごく声をかけづらい)
彼女たちがどのような話をしているのかはわからないが、重要な話をしているのはわかる。
それ故に、話しかけづらい。
少なくとも俺は無理だ。
「どーもこんばんは~」
「……あのバカ」
そういえばいたな。
このような状況でも平気で介入できる強者が。
「誰ですか、あなたは」
「って、佐久間君じゃん」
(そうだったな、啓介って同じクラスだったっけ)
「聡志、ちょっとやばいんじゃないの?」
「……行くぞ」
明美が心配そうに聞いてくるが、そんなことは俺でもよくわかっていた
とてつもなく重い空気がこっちにまで来ているんだから。
俺は啓介のフォローをするべく啓介の横まで移動する。
「今井さん、誰なんですか。この人は」
「えっと、去年同じクラスだった―――」
「Infinitynの佐久間啓介です。彼女募集中ですっ」
『………』
全員が呆然としている。
わからなくもない。
いきなり自己紹介で『彼女募集中』とかいうやつは、そうそういないからな。
「で、こいつが田中 聡志で、彼女が森本 明美。で、最後が中井 由美」
啓介が一人で勝手に俺たちの紹介までしてしまうので、俺たちは一礼することしかできない。
「湊 友希那よ」
「アタシは今井 リサ」
「あこは、宇田川 あこって言います」
「わ、私は白金 燐子といいます」
「……氷川紗夜です」
向こうのほうも名前を言ってくれたが、あまりいい感じには思われていないのはすさまじいくらいに伝わってくる。
(氷川? あいつと同じ苗字だな……姉妹か?)
今年俺と同じクラスになった一人の女子学生と同じ苗字なので、姉妹だと思ったが、もしかしたら偶然同じ苗字なだけの可能性もある。
とりあえず、今は関係なさそうなので、そのことは置いておくことにした。
「Infinity……あの時演奏をしていた………それで一体何の用ですか?」
「実は、さるお方から皆さんへの伝言を預かってるんですよ」
ものすごく重い雰囲気の中、平然と話せる啓介がなんだかすごいと思う。
いや、もとは啓介がまいた種なんだが。
それはともかくとして、啓介が伝える内容というのは
『Roseliaの演奏は大変すばらしいものだった。迫力のあるサウンドが特にいい。ただ、聴いていて少々怖い部分もあった。命綱のない綱渡りを見ているような印象を受けたので、注意しろ。これは言わなくてもいいけど、ギターとボーカルの人は特に』
というものだった。
「伝言?」
「えっと……Roseliaの演奏はとても素晴らしくて迫力のあるサウンドがよかった」
啓介の言葉に興味を持った今井に、啓介は一樹が伝えた内容を言い始める。
「友希那さん! 素晴らしかったって言われましたね」
「……そうね」
「宇田川さん、あまりはしゃがないでください。まだ、話は途中ですよ」
啓介の口にした感想に宇田川という少女は嬉しそうにはしゃぐのを、湊と氷川が咎める。
「ただ、聴いていて怖いく感じる部分もあり、まるで命綱無しの綱渡りををしているのを見ているような印象があるから、ボーカルとギターの人は注意しろ」
(うわ……)
俺は思わず頭を抱えたくなる。
啓介はご丁寧にも、一樹が『言わなくていい』と前置きを置いたことを口にしたのだ。
しかも最悪なアレンジをして。
「そう。アドバイスは感謝するわ。ただ、少々失礼じゃないかしら? あなたみたいなふざけた性格と演奏しかできない人に名指しで指摘される覚えはないわ」
「そうね。誰かが言ったように言ってはいたけれど、それは佐久間君が思っていることよね? だとしたら、あなた方の演奏を聴いていたけれどあのようなレベルの演奏をしてはずかしいとは思わないのかしら? 言い方は悪いけど彼の足手まといよ」
(は?)
湊と氷川が言い放った暴言の数々に、俺は耳を疑う。
演奏のレベルというが、あれはチェンジをしている状態のものだ。
低くて当然だ。
いや、それ以前にこの二人は完全に啓介を否定したばかりか音楽までもを否定しやがった。
「おめえら、俺を怒らせてえみてーだな?」
「怒らせているのはそちらでは? いきなり割り込んできたかと思えば、失礼な言動を繰り返して。逆に謝ってほしいくらいです」
「ふ、二人とも落ち着いて」
「私は冷静よ。逆に冷静じゃないのはあちらの方です」
俺の怒りなどどこ吹く風とばかりに言い放つ氷川に、今井が慌てて仲裁に入るが、それで収まるようなものではない。
「あ、あー。ちょっと急用を思い出したんで、これで失礼しますっ」
そんな中、啓介はわざとらしく言うと、その場から逃げるように走ってファミレスを出ていった。
「あ、啓介!」
「啓介さん!」
俺たちは彼女たちを放って啓介を追いかけるようにファミレスを後にするのであった。
紗夜も啓介もどちらも悪くないです。
ただタイミングと言い方が間違えていただけです。
そして、次回あたりでいよいよルート(?)分岐になります。