この章では途中まで主人公の支店ではなく、ある人物の視点で進みます。
楽しんでいただければ幸いです。
第8話 連絡
俺、佐久間 啓介は、聡志たちとともに夜の病院を走っていた。
それはほんの数十分ほど前にさかのぼる。
BanG Dream!~隣の天才~ 第2章『不協和音』
そう、それは俺が家族団らんの時を過ごしていた時だった。
追試を一発でパスした俺が、つかの間の夏を味わっているとき、一本の電話が鳴り響いた。
「はい。佐久間でございます」
いつものように母さんが電話に出る。
きっと電話先の人は親せきの人だろう。
そうともなれば小一時間の長電話など容易に想像できる。
それもまた、この家のよくあるいつもの光景だ。
そう思っていたのだ。
「なんですって!?」
様子がおかしいのに気づいたのは、この時だった。
相手の話を聞いている母さんの手が、小刻みに震えていたのだ。
「わかりました。すぐに向かいます」
震える声のまま、受話器を置いた母さんはこちらに顔を向ける。
「奈美恵、どうしたんだ!?」
父さんが驚くのも無理はない。
母さんの顔は真っ青だったのだ。
「あなた……啓介。落ち着いて聞くのよ」
その母さんの言葉に、俺は嫌な予感を感じた。
「今、警察から電話があって……」
心臓がバクバク言っている。
(頼む、この予感が間違いであってくれ)
「奥寺さんが事故に巻き込まれて……」
俺の予感は当たってしまった。
「今、病院に運び込まれたって」
「啓介! すぐに準備しろ! 病院に行くぞ! 奈美恵は他の人に連絡!」
こんな時、父さんはすごいなと思う。
動揺した様子ではあったけど、的確に指示を出しているのだから。
「わかったわ」
こうして、それぞれ準備のほうをして急いで父さんの運転する車で病院に向かう。
そこには俺たちよりも早く来て待っていた様子の聡志たちと合流し、病院内に入り今に至る。
「ここだっ」
たどり着いたのは手術室。
看護師の人曰く、今ここで一樹たちが、手術を受けているらしいのだ。
「失礼します。奥寺さんのお知り合いでしょうか?」
「はい。そうですが、あなた方は」
先に来ていた二人組のスーツを着た男性は、父さんの質問にテレビでよく見る手帳のようなものを取り出す。
「私たちは警察の物です。今回の交通事故について―――」
やはり、警察の人だったようだ。
「ねえ、啓介が事故にあったって本当なのか?!」
「嘘、だよね? 何かの冗談だよね?」
落ち着きなく俺に聞いてくる森本と、今の現状を否定している中井の二人は見るに堪えなかった。
だが、警官の話す言葉が聞こえてきた。
まず聞えたのは事故の概要。
高速での渋滞に巻き込まれて停車していた一樹の乗った車が、後ろを走っていた乗用車がそれに気づかずに追突。
さらに、その反動で追い越し車線まで弾き飛ばされた一樹が乗っている車を避けようとした後続のトラックが急ハンドルを切ったことで横転して、荷台部分に車が下敷きになってしまったらしい。
「それで、竜平は……一樹君たちは」
「旦那さんと奥さんは、残念ですが」
警官が言葉を濁すが、それが何よりも雄弁に物語っていた。
それは、まぎれもなく最悪な答えだった。
その言葉を聞いた、俺の母さんと中井さんのおばさんは、力なく椅子に座り込むほどにショックを受けている。
それは俺たちもだった。
「おじさんとおばさんが……それじゃ、一樹も」
この予感だけは外れてくれ。
その一心で、俺は警官の言葉を待つ。
「子供のほうは現在手術中です。詳しいことはまだ。それでは、我々はこれで」
「ありがとうございます」
それまで警官の話を聞いていた父さんが、この場を去っていく二人の警官にお辞儀をしてお礼を口にする。
「何か飲み物でも買ってこよう。何かリクエストでもあるか? 内容ならお茶にするが」
聡志の父親が空気を変えようとするが、俺たちは何も答えられなかった。
「よし。それじゃ、お茶を買ってくるとしよう。お前らも付き合え」
「ああ。もし、手術が終わったらこの先の自販機のところにいるから声をかけてくれるかね?」
中井さんのおじさんに無言で森本さんが頷くと、8人はそのまま自販機のほうに歩いていく。
それを見届けていると、ふっと力が抜けた俺たちは、椅子に座り込む
「なあ、どうなるんだよ」
「知らねえ。今は待つしかないだろ」
ぶっきらぼうに、突き放した言い方の聡志に、俺は少しだけムッとするが、その手は震えるほどの強さで握りしめられていた。
「ひぐ……ぐすっ」
中井さんのすすり泣く声を聴きながら、俺は一樹の無事を祈った。
★ ★ ★ ★ ★
「竜平、愛弥」
「くそっ! こんなのってありかよ」
啓介たちの待つ場所から離れた場所で、それぞれが感情をあらわにする。
「あとちょっとで『PROMINENCE』を再結成して、あいつらの前で演奏できるようになっていたのに」
悔しさをにじませてつぶやくのは、啓介の父親
啓介の父親正樹、明美の母親
それぞれが、自分のファンや理解者と恋に落ち結婚をしたことで、自然に解散という流れになったのは、彼らのみが知る事実である。
そんな彼らは、今年のクリスマスに一樹たちの面前で、一夜限りの再結成と称し、ライブをやる予定だった。
数十年のブランクもあり、5名とも元の実力を発揮するのにかなりの時間を要していたが、何とか感覚が戻ってきた最中の出来事だった。
だが、それももはや水の泡。
『PROMINENCE』は今こうして、終わりを告げたのだった。
★ ★ ★ ★ ★
あれから数時間後。
徐々に病院を自然の光で満たされそうになっているころ、手術室のドアが開かれた。
「一樹っ!!」
俺たちはいっせいにストレッチャーに横たえられている一樹のもとに駆け寄る。
「っ!」
それは誰の物かはわからない。
一樹の顔は事故の際に怪我でもしたのか、無数のガーゼがつけられていた。
「先生っ! 彼は……一樹君は」
「手術は成功しました。ですが、予断は許せません。おそらく今日が山だと」
まだ生きている。
それだけが分かっただけでも良かった。
だがそれは、もしかしたらこの後に、容体が悪化するかもしれないという不安が同時にできたことを意味していた。
その後一樹は集中治療室に運ばれた。
俺たちは、父さんたちと一緒に病院で泊まり込んで一樹の様子を見守った。
その時に知ったことだが、一樹は後部座席でシートと天井に挟まれている状態で発見されたらしい。
なんでも、あと少しでも押しつぶされていたり、救助が遅れたりしていれば、命はなかったそうだ。
そして、一樹の両親については即死だったらしく、車から救出されたときにはもう手遅れの状態だったらしい。
一樹に後遺症が残る可能性も否定できないというのが担当医の言葉だった。
(後遺症なんてどうでもいい。助かってくれ)
俺にできるのは聡志や中井さんたちと同じく、ただただ祈り続けることだけだった。
プロフィールの更新は少しだけ時間をいただきたいと思います。