数日後の休み時間。
教室内は、いつものように平和な雰囲気だった。
「また百点かー。つまんないのー」
そんな中、日菜さんがポツリとつぶやいた言葉は聞く人によっては嫌味とも受け取れる内容のものだった。
日菜さんが手にしているのは
前の授業で抜き打ちに近い形で実施したテストの答案だ。
「一君もそう思うよね?」
「いやいや。普通は満点をとったら嬉しいって思うから」
こちらに同意を求めようとするが、さすがに満点を取るのがつまらないというのは同意できなかった。
「ねえねえリサっ!」
「ん?」
そんなな中聞えてきた、クラスの女子の大きな声が気になり、そちらのほうに意識を傾ける。
何やら今井さんのところで雑誌のようなものを見せてバカ騒ぎしていた。
(って、いうかあれって音楽雑誌か)
タイトルは『MUSIC MAGAZINE』と言ったはず。
様々なアーティストに関する事柄を掘り下げて紹介する雑誌で、様々な年代の人に愛読されている有名な雑誌媒体の一つらしい。
その雑誌は今号では少し前に結成したガールズバンド『Roselia』についての特集ともう人グループのバンドの特集が目玉とされている。
(僕も読んだけど、やっぱりすごいバンドなんだよね)
雑誌では『孤高の歌姫』として有名な湊さんを重いっ気イ前面に押し出す形ではあったが、それ以外のメンバーもまた見どころがある。
僕が調べた限りでは、キーボードの女子は過去にピアノコンクールで賞をとったことがあるし、ギターの氷川さんはフリー時代にその高い演奏技術から、かなりの人気があった。
もちろん、ドラムもベースもまた十分に彼女たちに引けを取らない。
まさに、”理想のメンバー”によって結成されたバンドであり、上手く磨いていけば十分に僕たちの領域にまで来れるバンドと化すのは間違いない。
「一君ってどうして、テストで97点ばっかりとってるの?」
「その点数だったら変に疑われないし、高得点の領域だから」
そんな話を盗み聞いている僕に、日菜さんは気になったのかそんな疑問を投げかけてくる。
「えー、一君も一緒に百点取ろうよ。そのほうがるんってするし」
日菜さんがそう言ってくるが、前に満点を取ってカンニングを疑われた一件あったりしたので、取る気なんて全くない。
「そうだとしても、悪いけどやめておく。いちいち疑われてそれを晴らすのがめんどくさいから」
「あー、まだ去年のこと根に持ってんだー」
日菜さんの中では笑い話になっていてもこちらにとっては全然笑い話にならない。
隣の席が日菜さんだからという理由でカンニングを疑われるとか、全然笑えない。
しかも、席替えをしてもどういうわけか日菜さんの隣の席になってしまうあたり、一種の運命のようなものまで感じてしまう。
「前に全科目97点をとった時に、先生に呼び出されたから言ってやったんだよ。『それでしたら百点以外で何点をとればご満足ですか? どうぞお教えください』ってね」
「うわー、一君だいたーん」
日菜さんが目を輝かせるが、この時のことを考えるとあまりいい思い出ではない。
夏休みが終わって少しして行われた中間試験で、全科目97点をとったところ、やはり呼び出しを食らった。
前と違うのは、カンニングを疑ってというよりも、どうしてその点数を取るのかというものだったけど。
そこで答えたのが日菜さんに言った内容だった。
それを言われた先生の表情は、今思い出しても愉快なほど悔しそうな表情をしていた。
結果、何も答えられず、戻っていいと言われたのでそのまま97点をとり続けるようにしているのだ。
「97点ってとるの大変なんだから。ちょうどいい感じの配点の問題がなかったりするし、間違え方も変に思われないように気を使わないといけないし」
そこで、いったんテストの話は打ち止めとなった。
すると、再び聞えてくる今井さんたちの話声。
「それにしてもこの、Moonlight Gloryもかっこいいよねー!」
「………」
ちょうど僕たちの話をしていたところだった。
今回、雑誌に特集されているもう一つのバンドが僕たちのことである。
ページ数は5,6ページだったと記憶している。
よくそんなに紹介することがあるなと、感心したのは記憶に新しい。
「へー……?」
興味深そうに相槌を打っていた今井さんだが、首をかしげると一瞬こちらのほうを見てきた。
(あ、気づいたみたい)
何度か雑誌と僕を見比べて最終的には驚いた表情をしていたので、間違いない。
(そういうところは、さすが今井さんだよね)
いや、そもそも気づいて当たり前なんだけど。
現に、今井さんに声をかけていたクラスの女子たちは、全く気付いていない様子だった。
(なんだかなー)
気づかれないからこそ、平穏な日常を過ごせているのだが、ただ気づかれないというのもなんだか虚しい感じもする。
そんな複雑なことを思う休み時間の一幕だった。
それから数日後の放課後、夕日の光に照らされながら、僕は氷川家を目指して歩いていた。
「我ながら、とんでもないことになったな」
僕は一人ぼやきながら足を進める。
それというのも、すべては休み時間の時に日菜さんからされた相談が理由だった。
「一君、ちょっといい?」
「大丈夫だよ」
何時になく元気のない日菜さんに、僕はただ事ではないと感じながら、日菜さんの後をついていく。
たどり着いたのは屋上だった。
日菜さんは屋上に出ると、こちらに振り替える。
その表情はとても悲しげでありながらも、元気であるようにしようとしていたため歪なものとなっていた。
「あたしね、オーディションに受かってあるグループに所属することになったんだ」
それをきっかけに、日菜さんは話を始めた。
「ライブがあと少しであるんだけど、あたしがギターを始めたことがおねーちゃんにばれて、あたしのことを怖い目でにらんでくるんだ」
「……何か言われたりとかは?」
僕の問いかけに、日菜さんは首を横に振る。
馬頭もせずににらみつけるだけというのが、日菜さんにとってどれほどつらいのは他人である僕ですらひしひしと伝わってくる。
(まあ、当然だよね)
この間貼り出されていたポスターからして、紗夜さんが知るのも時間の問題だった。
いや、数日も気づかれなかっただけすごいとさえ思う。
「わかった。役に立たないかもしれないけど、紗夜さんと話をしてみるよ」
「ほんと!?」
先ほどまでの悲しげな表情はどこへやら、嬉しそうな表情で聞いてくるので、僕は頷いて答える。
「そういう約束だったしね。できる限りはやってみるよ」
「ありがとう、一君!」
日菜さんの嬉しそうな表情を見ていると、なんだか僕まで嬉しくなっていく。
こうして僕は紗夜さんと話をするべく、氷川家に向かうことになり今に至る。
日菜さんはPastel*Palettesの練習があるそうなので、教室で別れた。
(まあ、練習とは言え形式的なものだろうけど)
Pastel*Palettesの練習内容についての情報を調べた結果、一応演奏指導をしていることが判明した。
とはいえ、アテフリアテレコで行くためか、まったくと言っていいほど力を入れておらず、せいぜい”楽器の持ち方”の練習といったほうがまだ格好がつくレベルだ。
さらに、練習にも碌に参加しない者もいるとの情報もある。
(うん。無理だね)
どう考えても、失敗に終わる未来しか想像ができない。
そんな悲惨な惨状に頭を抱えたい心境で、T字路を曲がった時のことだった
「また、皆で演奏できるよね?」
(ん?)
どこからか知っている人物の声が聞こえてきた。
その声は僕よりも少し先を歩く羽岡学園の制服を身にまとった女子学生が発したものだと思われる。
(あの髪の色って)
ピンク色の髪を両肩のほうで結わいているのは僕が知っている人では一人しかいない。
「ひまりさん?」
「え?」
どうやら当たっていたようで、こちらのほうに振り向いたひまりさんの顔は今にも泣きそうだった。
「うっうぅ……一樹さんっ」
というより、本当に泣き出した。
「ち、ちょっと人の顔を見ていきなり泣かないで……えっと……」
「ごめん……っ……ごめんなざいっ」
僕は、突然泣き出したひまりさんを周りの人の目を気にしながら慌ててなだめる。
知っている人が見れば、女子が泣いているのにあたふたしている滑稽な姿に見えているだろうが、しょうがないじゃないか。
誰に対して釈明しているのかと自分に突っ込むのも忘れ、僕はひまりさんが泣き止むまでなだめ続けるのであった。
絶対にあり彼女だったら気づくだろうなと思い書きました。