ひまりさんが落ち着いたのを見計らい、近くの小さい公園に移動した僕たちはベンチに腰掛けると、ひまりさんから何があったのかの話を聞いた。
「そうか……喧嘩になったのか」
「……はい」
ひまりさんの話によれば、学校でつぐが倒れた後から蘭が屋上で授業をさぼり始めるようになったそうだ。
昔も蘭は屋上で授業をさぼっていたことがあったらしく、心配して相談に乗ろうとした巴さんだったが、蘭のそっけない言葉にキレてしまったらしい。
蘭はスタジオを飛び出していき、巴さんも頭を冷やしたいとスタジオを後にしていった結果、練習ができるような状態ではなくなったため、練習は中止となったらしい。
「つぐの容体は?」
「2,3日休めば大丈夫だそうです」
とりあえず、つぐのほうは大丈夫だろう。
「あの、一樹さんは全部わかってたんですか?」
「……」
ひまりさんの問いかけに、どう答えていいのかがわからなかった。
「つぐが倒れることも、蘭と巴が喧嘩になることも」
「倒れることとか喧嘩になる云々まではわかってはいないけど、そうなるだろうなと思っていた」
細部まですべてを把握していたわけではなく、あくまでもバンドの演奏を聴いて感じたことを言っているだけだ。
個人と原因を特定するのとで精一杯なのだ。
「だったら、なんで――――」
「言わなかったのか? かな」
彼女の言いそうな言葉を先取りすると、ひまりさんは非難の目を向けたまま頷く。
「仮に、あの場で名指しで言っていたら、どうなっていたと思う?」
「それは……」
「まず、蘭とつぐに話を聞こうとするよね。どうしてなのかって……でも、聞いたところで解決するのは難しい。それどころか、言い争いにまで発展するだろう」
今の状況がまさにそれだ。
つぐも言い争うメンバーの一人になっていないだけまだましなのかもしれない。
家庭の事情と、空回り状態というのは、同時に対処するのは難しい。
「後は、あの時に言ったバンド内の問題はバンドで解決するのが鉄則だということ。部外者である僕が下手に横やりを入れれば、ひまりさんたちの独特の”音”がなくなってしまうことがある。だから、自分たちの力で対処をしてほしかったんだ」
バンドの音というのは、ある意味バンドの魂のようなものだ。
それが失われる事態は避けたかった。
「私って、バンドリーダー失格ですよね。だって、そんなこともわからないでこんな風になっても、何もできないんですから」
「ひまりさん……」
僕が告げた言葉に、ひまりさんは自虐的に言い始める。
「すべての問題を完璧に解決させることができる人なんて、そうそういないよ。僕だって、解決できるかどうかわからないし」
ふと、もし自分が彼女と同じ状況になっていたらと考えてみるが、間違いなく同じ結果になっていただろう。
それだけ、難しいのだ。
人の問題を解決するというのは。
「確かに、バンド内でのもめ事を収められなかったひまりさんには責がある。だけど、それだけをもってして失格になるのであれば、世の中のほとんどのバンドリーダーは失格だと思うよ」
「でも……」
「重要なのは、この問題を受けて、ひまりさんがどういう風に解決策を見つけ出すか。一人で行うのもいいし、難しければ他のメンバーと協力をすればいい」
結局のところ、僕にはそれくらいしか言えなかった。
「まずは、待つことから始めてみるといいよ。頭を冷やせば巴さんあたりなら冷静になってくれるから。そうなれば協力も得やすいでしょ」
僕の勝手な思い込みだが、巴さんは一度火が付くとものすごく感情的になるけど、落ち着けば冷静に物事を考えて最大限メンバーの手助けを行うような人に見えていた。
「そうですね……私、少し待ってみることにします」
「それと、蘭についてはこちらでもできる限り協力をさせてもらいたい。力になれるかはわからないけど」
僕の予想が間違っていなければ、蘭の問題はすべて家のほうに結びつくはずだ。
それなら僕にでも対処は可能になる。
「本当ですか! ありがとうございますっ」
先ほどまでのあれは何だったのかと思うくらいに、ひまりさんは元気になっていた。
というか、ものすごくやる気に満ち溢れていた。
「いや、こちらこそこれくらいしかできなくて申し訳ない」
「そんなっ。私一樹さんのおかげで立ち直れたんですから!」
(それもどうかなと思うよ)
僕が想像するに、さっきまでのひまりさんはほんの少しだけ迷路に迷い込んでいた状態……気が動転していたようなものだ。
彼女であれば、少しの時間さえあれば冷静になってすぐに今のような結論に達していたはずだ。
(となると、僕ってなにもできてないな)
改めて自分の無力さにため息を漏らしそうになるが、ひまりさんに余計な心配をかけるのもあれなので、必死に止めた。
「それじゃ、私はこれで帰りますね。一樹さん、本当にありがとうございました」
「気を付けてねー」
(さて、蘭と喧嘩をする覚悟はするか)
元気いっぱいになって帰っていくひまりさんに、僕は心の中でエールを送りながら、そう考えて公園を後にする。
この時の僕は、もしかしたら少しばかり調子に乗っていたのかもしれない。
「遅くなっちゃったな」
すでに周囲は暗くなり始めていた。
ひまりさんの相談に乗っていたことで、予想以上に遅くなってしまっていたのだ。
(遅く帰ることを言ってないから、早く帰らないと)
そう思いながらも氷川家前にたどり着いた僕は、チャイムを鳴らした。
『はい?』
「すみません、美竹です。紗夜さんはいらっしゃいますか?」
インターホンから聞こえた女性(声的におばさんだろう)に、僕は用件を伝えると、”ちょっと待っててね”と告げてそのまま切られた。
それから少しして、ドアから紗夜さんが出てきた。
「……何の用ですか?」
「夜遅くにごめん。ちょっとだけ大事な用があって」
(なんか様子がおかしいな)
事情を説明しながらも、僕は紗夜さんの様子に違和感を感じていた。
特にこれといった異変はない。
ただ、なんだかいつもより機嫌が悪いような気がしていた。
とはいえ、日菜さんとの約束がある手前、このまま帰るわけにはいかないので、僕はそのまま続けることにした。
「実は日菜さんのことで」
「日菜の?」
日菜という名前に過敏に反応した紗夜さんに、僕はできる限り最新注意を払って話を続ける。
「すこし、日菜さんに対する態度をやさしくしてあげてほしいんです」
「…………」
大丈夫だと言い聞かせながら、僕はさらに続ける。
「何があったのかは知りませんけど、姉妹で仲が悪いというのはつらいと思うんです。ですから――――――っ!?」
それは一瞬のことだった。
乾いた音ともに、頬に広がっていく痛みが、僕の頭に”叩かれた”という事実を伝えていく。
「いい加減にしてよっ。いつもいつも日菜日菜日菜日菜っ。そんな日菜が大事だったら付き合えばいいじゃないっ!!」
そして聞えてきた紗夜さんの罵声。
付き合うという理屈が全然理解できなかったが、それ以前に一連の出来事にショックを受けていた僕にはそのようなことまで考える余裕などなかった。
「……ごめん」
僕の口から辛うじて出たのは、謝罪の言葉だけだったのだ。
自分でも何が起こっているのかがよくわからないのだ。
「ぁ……わ、たし……ッ!」
叫んだことで我に返った紗夜さんは口をパクパクさせて、逃げるように家の中に駆け込むとドアを閉めて鍵をかけた。
「…………」
僕は、その光景を呆然と見ているのであった。
これ、一見すると修羅場のようですけど見方を変えると別の意味合いにも取れますね。
次回はRoseliaの話になります。