(さて、と。思いっきり地雷を踏みに行きますか)
今井さんにアドバイスをした日の夜、僕は蘭の部屋の前で一人覚悟を決めていた。
これから、蘭に直接話を聞いてそして僕の考えていることをすべてぶつける。
だからこそ地雷なのだ。
何もなければ……いつもの僕だったら絶対に踏むことはしないだろう。
だが、ひまりさんと協力する旨の約束してしまった手前、このまま手をこまねいている場合ではない。
(まあ、紗夜さんのビンタと罵倒に比べれば、そんなにつらくはないはず……たぶん)
なんだか自分の中で判断基準があいまいになっているような気がする。
そもそもビンタ以上となると、ぐーパンチぐらいしかないんだけど。
(なんだか、今年に限っていろいろ巻き込まれてるな)
軽く上げると、Afterglowの問題、Roseliaの問題、そしてPastel*Palettesの問題だろうか。
最後の問題だけがまだ本格的に動いていないのが幸いだが、色々と頭が痛くなる。
本気で相原さんに頼んで厄除けのお守りでも買おうかなと思いながら、僕は蘭の部屋のドアをノックする。
「蘭、いるか?」
「……いるよ」
とりあえず中にはいるようなので、部屋に入ることを告げてドアを開けると蘭の部屋に足を踏み入れる。
「……何の用?」
「それは蘭がよくわかっているはず」
「……」
蘭にはやはり心当たりがあるのか、僕から視線を逸らした。
それを見た僕は、蘭に静かに問いかける。
「一体、何があったんだ?」
「父さんに、バンドは中途半端なごっこ遊びだって言われた」
蘭の話を要約すると、つぐが倒れた日に義父さんから『バンドは中途半端なごっこ遊びだ。その程度のことならやめろ。今の蘭はただ反抗したいだけ』ということを言われたらしい。
ひまりさんの説明と照らし合わせると、巴さんと喧嘩が起こったのは、これを言われた後のことだと推測できる。
「ごっこ遊びか……これはまた辛辣な」
僕とてこれでもバンドのメンバーだ。
それをごっこ遊びと酷評されればカチンとくる。
もし僕がその場にいたら、怒り狂っていたかもしれない。
(でも……)
それでも、僕には義父さんの言わんとすることが……あの言葉の理由がわかるような気がした。
できる限り蘭と義父さんの会話を思い出して、それははっきりとした。
「僕は、蘭は卑怯だと思うよ」
「卑怯……? あたしが?」
僕の一言に、一瞬理解できなかった様子だったが、見る見るうちにその目には怒りの色に染まり始める。
「兄さんのほうがよっぽど卑怯じゃん。義父さんの機嫌を取って、自分は好き放題やって。どうしてあたしばっかり縛られないといけないのっ!」
「……機嫌取りか。親子そろってぐさりと来ることを言ってくれるよ」
怒りに任せて言い放った蘭の言葉は、確実に僕の心をえぐっていた。
「いい? 僕のような存在は、どうやったっておまけのような扱いなんだ。ここに僕の居場所はない。でも居場所を得たかった。だから僕は努力をした。それが華道だったというだけの話」
ここに来た当初は、なんとしてでも義父さんにここにいることを認めてもらおうと……自分の居場所を得ようと必死だった。
だから、ここに狭くはあるけど居場所ができた時は、本当にうれしかった。
そして、自由というものも多少ではあるが得ることができた。
「バンドだって、僕は自分に課せられた責務をこなすことを条件に好きにやらしてもらっている。これでも、僕は卑怯か?」
「それは………ごめん」
反論ができないようで、最終的には謝ってきた。
蘭が落ち着いてきたのを見計らって、僕は静かに自分の考えを口にする。
「蘭と義父さんとの会話って、いつも自分の要求を言うだけでしょ? しかも喧嘩口調で」
”華道はやらない”、”バンドは続ける”
それが、義父さんと言い合いになった時に、蘭がよく言う言葉の言い回しだ。
「蘭は一度でも、バンドを続けたい理由とか、大事だっていう思いを言ったことある?」
「それは……」
蘭が言い淀んでいるのが何よりの答えだ。
やはり、蘭は何も話していない。
「それをしなければ、中途半端なごっこ遊びとか言われてもしょうがなくないと思う」
蘭がバンドにかける思いが、ごっこ遊びだと言われるようなものではないことは、僕がよく知っている。
だからこそ、蘭がしっかりと自分の想いを義父さんに伝えれば、状況は変わると思ったのだ。
「一度、義父さんにバンドを続けたいっていう気持ちをぶつけてみるといいよ」
僕はそれだけを言うと、蘭に背を向けて部屋を出ようとする。
ドアの前に立った僕は、付け加えるように
「もし、口で伝えることが難しいようだったら別の方法で伝えればいい。蘭ならばそれができるはずだよ」
と言って部屋を後にした。
(これで大丈夫……だよね?)
僕なりに頑張ってみたつもりだ。
もしこれでだめならもうどうしようもない。
後は蘭の判断に任せるしかない。
”口先ではなく、態度で示せ”という言葉をよく聞く。
要するに、言葉じゃなくて行動でそれを示せということなのだが、それを今回のことに置き換えれば、蘭がもし、自分のバンドに対する思いを伝えることができないのであれば、彼女達が奏でる『音』で、それを伝えろ。
そういう意味で僕は蘭に行ったのだ。
蘭とてその意味合いには気づいているはずだ。
だからこそ、あとは様子見をするしかないのだ。
(にしても、機嫌取りか)
やはり、地雷は踏むもんじゃない。
蘭の”機嫌取り”という単語は、僕の心に十分なダメージを与えていたのだ。
とはいえ、やはり紗夜さんのに比べればかすり傷のようなものだが。
(そういえば、Roseliaの方は大丈夫かな?)
ふと、Roseliaのことが頭をよぎる。
いくらカチンときたバンドとはいえ、知り合いがいるのだから少しは気になる。
まあ、わざわざ聞くまでのことではないのでどうでもいいのだが。
ただ、僕たちが何かをする前に自滅のように潰れるのは、ちょっとだけ拍子抜けだという思いと、彼女たちの奏でる曲をもっと聞きたいという気持ちが複雑に絡み合っていた。
(本当に、忌々しいな)
それがどうしてなのかは、まだよくわからない。
だが、一つだけ確かなことはあった。
「僕たちも、そろそろ覚悟を決めるべきだということ……かな」
僕たちがかねてから言い続けていた最大の脅威が、産声を上げるのはもうすぐであるということを。