「ついに来たか」
朝、自室の窓から外を眺めながら思わず言葉が出てしまう。
ライブ当日の朝、空はすがすがしいほどの青空であった。
だが、僕の心境は青空とは対照的だった。
それは何も、今日のライブに緊張しているとかではない。
僕は窓の外を見るのをやめ、机の上に置かれたスマホを手に取る。
そして開いたのはメッセージアプリである『RAIN』だ。
さらに日菜さんのメッセージの画面を表示させると、そこには僕の今の心境の原因たるものが記されていた。
『明日ね、あたしが組んでいるアイドルバンド?のPastel*Palettesっていうんだけど、それのお披露目ライブがあるんだー。一君は見に来てくれる?』
そう、Pastel*Palettesのデビューライブの日だからだ。
(策は十分に練ったし、準備も整えている)
僕の計画通りであるならば、すべてうまくいくはずだ。
だが、その保証はない。
(今更じたばたしても遅いか)
いっそのこと開き直ってしまおうという結論に達した僕は、私服に着替えると朝食食べるためにリビングに向かうのであった。
ちなみに、日菜さんには『もちろん』とだけ返しておいた。
「お待たせ」
「来たか。んじゃ、行くか」
ライブ会場には相原さんの車で移動する。
僕たちはいつもの待ち合わせの場所で落ち合うと、相原さんが待つ駅前に移動を始める。
「にしても、いよいよだな」
「そうね、いよいよね」
田中君の言わんとすることを察してか、神妙な面持ちで森本さんが頷く。
「俺たちのライブの途中であいつらの出番を迎えて演奏をするというのは、因果なものだな」
しみじみとした様子で啓介がつぶやく通り、彼女たちのライブは一種の対バンのようなもので、彼女の出番が僕たちのライブをしている最中にあたるのだ。
「とりあえず、Pastel*Palettesのデビューライブについてはこっちのライブが終わってから。それまでは考えないようにしよう」
「そうだな、余計なことを考えてこっちがミスしたら元も子もねえし」
とりあえず、Pastel*Palettesの話は一度そこで終わった。
「あ、そう言えば花音ちゃんバンドを始めたんだって」
どうでもいい話だが、中井さんは花音さんのお願いによって、呼び方が名前にちゃん付けとなっている。
あの極度の人見知りレベルの中井さんが、僕たち以外の人を名前で呼んだときは驚きを隠せなかったのは記憶に新しい。
「あー、確か『ハロー、ハッピーワールド!』だっけ」
「あれ、知ってるの?」
僕が知らないとでも思ったのか、中井さんは驚いた様子だった。
「まあ、本人に言われたから」
「なんだ? そのハロー何とかって」
「なんか、『世界を笑顔にする』ために活動しているらしいよ」
僕の答えを聞いた田中君は「はあ……」と間の抜けた相槌を打つ。
というより、ものすごくスケールがでかすぎてまともに反応ができないだけなのかもしれない。
ただ、
『ハッピー! ラッキー! スマイル! イエーイ!』
などと、バンドの掛け声らしく、片腕を上げながら口にする彼女の姿を見ると、そのバンドにものすごく不安を感じずにはいられない。
しかも『一緒にやる?』などと言われるし。
……やらなかったけど
今度、そのバンドのライブにでも行こうと決めた瞬間だった。
それはともかく、駅前に到着した僕たちはライブ会場に向けて相原さんの車で移動た。。
会場に到着した僕は、会場のスタッフの人に案内される形で楽屋のほうに向かう。
「今日はどのくらいの観客がいるんですか?」
楽屋に案内された僕は、相原さんに確認してみると、
「約3万人です」
「うげ……想像しただけでも恐ろしいな」
人数を聞いた啓介が顔を引きつらせるが、なんとなく想像はついていたのか、テンパるようなことはない。
「皆さんの演奏が、それだけファンの心をつかんでいるということですよ」
そういうと、相原さんは一礼して楽屋を後にする。
「それじゃ、俺たちは俺たちの準備をしますか」
「「そうだな(だね)」」
そんな中、田中君は冷静に僕たちに指示を飛ばし、僕たちはライブに向けて準備を進める。
そして、ライブが始まるまでの時間僕が考えていたのは、Pastel*Palettesのことだった。
考えないようにしているとはいえ、やはり考えずにはいられない。
(一応、あの人については調べたけど)
今日までの間に、僕は倉田という男についていろいろと調べていた。
それで判明した内容は、僕の不安をさらに引き立たせるものだった。
倉田という男は、俗にいう野心家だ。
よく事務所のトップに立つんだと周囲の人に言っていたようだ。
だが、そんな彼も勤続年数は今年で2年目だが、この業界に携わってすでに8年目なのだ。
にもかかわらず、大きな成果をあげていない。
単に機会がないというわけではないのだ。
機会などいくつもあったそうで、様々な企画のプロジェクトを任されたらしいが、そのすべてにおいて倉田は判断ミスを行っている。
最悪の場合は失敗もしているのだ。
その責任を取る形で前に勤めていた事務所をクビになり、今の事務所に来たのが2年前のことだそうだ。
(つまりは、そういうことか)
今回のPastel*Paletteの企画は、一か八かの賭けといったものだろう。
その賭けですら判断ミスの失敗が確定しているだけに、頭が痛い。
要するに、彼は完全に無能中の無能ということだ。
ここで働くようになっても、彼の無能ぶりは健在で、任せられた様々なプロジェクトでミスを連発し続けているらしく、もしまた何か大きなミスが発生して失敗したら、確実にクビになるとのもっぱらの噂だ。
無論、ただの噂に過ぎないが、今の状況を考えると、あながちただの噂とは言えない。
そういう意味では、僕のこの計画はメリットが大きいということにもなる。
リスクはものすごくあるけど。
『Moonlight Gloryの皆さん、そろそろ時間です』
「わかりました。おい、二人とも行くぞ」
そんな考え事を遮るのは、外から聞こえたスタッフの人の呼びかけと、それに返事をする田中君の声だった。
「わかった」
「おう!」
僕と啓介は頷きながら気分を入れ替えてステージへと歩いていく。
そして、ステ-ジに立った頃にはすでにPastel*Palettesのことは頭の中からきれいさっぱり消え去っていた。
「皆、お疲れー」
それから3時間後。
僕たちのライブは滞りなく終わり、楽屋内で相原さんが返れる状態になるまで少しの間くつろぐこととなった。
「おー、お疲れだ。一樹」
「今日も中々にいいライブだった」
休憩時間を含めて3時間という長い時間、僕は会場と一体化したような感覚という十分な手ごたえを感じていた。
「ところで一樹。例の件はどうなった?」
こうやって、少しずつ成長していくのもいいものだなと思っていると田中君がこちらのほうを見ながら口を開く。
「ちょっと待ってて」
何を言いたいのかを察した僕は、スマホを取り出すとある人物に連絡をする。
『兄貴、お疲れ様です』
電話口の人物の正体は、団長だった。
Pastel*Palettesのデビューライブと僕たちのライブが重なって見に行けないことを知った際に、僕の代わりに身にいてもらうようにお願いしておいたのだ。
お礼は団長の好きな俳優の出演している任侠映画のチケットだ。
「お疲れ様です。この間頼んだ件ですが、どうなりましたか?」
『ええ。それなんですが――――』
少しだけ言葉を濁した団長が、口にしたその一言は僕が予想していた通りの最悪なお知らせであった。
『ライブ中のトラブルとやらで、中止になりました』
第1章、完
今回で、本章は完結となります。
そして、次回からはいよいよPastel*Palettesの話になります。
大まかな内容は原作のバンドストーリー通りの『予定』です。
それでは、次章予告を。
一樹たちのもとに届けられた最悪な知らせ。
それをきっかけに、Moonlight Gloryはかつてないほどの窮地に立たされる。
一樹の計画の全貌とは?
そして、Moonlight Gloryの未来は……
一樹たちの逆転劇が今、始まろうとしていた。
次回、第2章『一か八かの逆転劇』