第89話 窮地
『ライブ中のトラブルとやらで、中止になりました』
その一言は、僕の予想通りの言葉だったはずだ。
それなのに、やはり衝撃はでかい。
自分の中ではわずかでも、成功すると思い込んでいたのかもしれない。
だが、現実は残酷だ。
『――――き。兄貴、大丈夫ですか?』
「あ、失礼。続けてください」
考え事をしていた僕は、団長の声にハッとすると、続きを促す。
『……演奏中にいきなり音が止まりまして、それで演奏がしていないことと口パク……アテフリアテレコっていうんですかね? だと騒ぎになりました』
「……わかりました。お忙しい中、茶番を見せてしまい申し訳ありません」
状況が詳しく分かってさらに頭が痛くなるが、とりあえず知りたいことはすべて知ることができた。
『お気になさらねえでください。楽しかったですから』
「そうおっしゃっていただけると助かります。では」
そういって電話を切った僕は、二人のほうに振り替える。
「……失敗、したか」
「みたい。アテフリアテレコがバレたらしい」
僕の表情で、結果を察した田中君の言葉に頷き、団長から聞いたことをそのまま伝える。
「例の奴は?」
「もう準備できてる。いつでも実行に移せる」
「なら、あとは手はず通りに……だな」
啓介の言葉に僕は頷く。
その時、帰る準備を終えた相原さんが楽屋を訪れたので、その話はいったん終わりとなる。
こうして、僕の計画は始まりを告げるのであった。
BanG Dream!~隣の天才~ 第2章『一か八かの逆転劇』
「んん……?」
次の日、僕が目を覚ましたのはカーテンの隙間から差し込む日の光でも、目覚まし時計の音でもなく、じゃんじゃん鳴り響くスマホの着信音だった。
「ふぁい」
『……すまない、寝てたか?』
寝起きのため、ものすごく気の抜けた返事になってしまった僕の耳に聞こえてきたのは、申し訳ない感じの啓介の声だった。
時計を見ればまだ5時近かった。
「……いま目が覚めた。どうしたの?」
『アプリのほうにURLを載っけたから見てくれるか?』
僕は啓介にそのまま待つように言うと、すぐさまアプリを開く。
確かに啓介の名前でのメッセージ画面に二つのURLが書かれていた。
僕は、一番上のURLのサイトを表示させる。
(……っ)
そのサイトを見て声に出さなかった自分を褒めたかった。
それは、どこかのニュースサイトの記事だった。
問題はその内容だ。
『パスパレ、大失敗! デビュー当日に口パク&アテフリがバレる』と記されていた。
サイトのコメント欄にはやはりというべきか、批判の嵐だった。
『楽しみで見に行ったら演技とか、ふざけんな』
『演技とか、流石元子役俳優だなw』
『マジで時間の無駄』
軽く見ただけでもそんな感じのコメントが多かった。
(批判のレベルが少し高いな……やはり、あれか)
予想していたよりも批判の声が強いことが気になったが、原因はすぐにわかった。
どういうわけか知らないが、ポスターを貼るだけではなく様々な媒体にまで告知をしていたのが裏目に出たようだ。
『曲はすごくよかったのに』
『あの曲って、ムングロの曲っぽくね?』
そんな中、そのコメントが流れを変えることになった。
ちなみに、”ムングロ”というのは僕たちの『Moonlight Glory』の略称だ。
別にこっちは推奨しているわけではないし、なんかゲームの名前っぽくなるので、あまり好ましくは思っていなかったりするが。
それはともかくとして、コメントを読み進めていくと、どんどんと確かにという意見が多くなっていく。
(さすがというか、なんというか)
気づいた人はものすごく耳がいい人だと思う。
そうでなければ、録音をする際の演奏で、できる限り僕たちのバンド独特の音を失くした状態で気づくはずなどないのだから。
そんな意見の中、コメントにURLが書き込まれる。
その下には『うは、マジでムングロの曲じゃん』
という意見があったため、試しに開くとそれもまたどこかのニュースサイトの記事でタイトルが『Moonlight Glory、パスパレの口パク&アテフリに関与か?』というものだった。
その記事を要約すると、パスパレがライブで演奏(演技だけど)の曲は僕たちが作曲したものであるという内容だった。
確証などはないようだが、いずれはこれが真実であることが判明するだろう。
(うわ、悲惨だな)
問題はコメント欄だった。
『マジか!? 俺ムングロのファンだったのに』
『こいつらのライブもアテフリとかじゃねえの?』
『擁護するつもりじゃねえけど、同じ事務所だし逆らえなかったんじゃね?』
批判のコメントに交じってそのようなフォローが入るが
『とはいえ、これじゃ詐欺じゃん』
といった意見でかき消されていく。
中には『なるほど……じゃ、お前たちで演奏して発売しろよ。買うから。いや、むしろムングロの演奏で聞きてえ!』というような意見もあったが、絶対にやらない。
「ごめん。今確認した」
できるだけ感情を押し殺して電話を再開させる。
『ここまで来ると、怖くもあるぞ』
「あはは。それじゃこっちはそろそろ出るから」
そう言って啓介との通話を終えた僕は、早々に私服に着替える。
状況はかなり最悪な状態だ。
というか、もはや手の施しようがない。
(この落とし前、きっちりとつけてもらうぞ)
だからこそ、僕は動くのだ。
僕はあらかじめ用意していた茶封筒を持ち部屋を後にする。
「あら、一樹。今日はかなり早いのね。どこかに出かけるの?」
「ごめん、ちょっと急用が入ったから先に朝食を食べたいんだけど」
リビングに行くと、すでに起きて食事の支度をはじめていた義母さんに、僕は謝りつつも食事をとることを告げる。
「そう。ちょっと待っててね、今すぐ用意するわ」
「ありがとう」
それから数分して出された朝食を食べ終えると、僕はすぐに家を後にする。
僕たちが所属する事務所は、朝6時から動き始める。
それに合わせて僕は動きだすのであった。
それからしばらく経ち、相原さんから緊急でミーティングルームに集合するように連絡が行った時には、すでに全員が集合している状態だった。
相原さんは驚いていたが、『時間を間違えて全員朝早くに目が覚めたので、早朝ではあるが反省会をすることにした』という説明で納得していた。
もともとライブの後は今後のライブをよりよくするために反省会を行っていたので、怪しまれることもない。
「いきなりの招集、大変失礼しました」
という前置きののちに、相原さんは神妙な面持ちで本題を口にする。
「実は先日のPastel*Palettesのデビューライブでトラブルがあり、その流れでアテフリとアテレコであることを観客に知られてしまったそうです」
相原さんの話では、詳細は不明だが電圧の関係で音が出なくなってしまったのではないかということらしいが、そんなことはどうでもよかった。
「それで、今回Pastel*Palettesに皆さんが楽曲提供を行ったことが報道機関で報じられている状況です。この状況で活動を行うのは、皆さんにとってあまり好ましくない状況のはずです」
「確かに」
田中君が相槌を打つが、まさにその通りだ。
今の状況でライブを行っても、プラスに評価されるはずがないし、変な先入観を持った状態で演奏を聞かれてもうれしくもない。
(いや、そもそもライブを開いたところで観客が来るかどうかも怪しい)
つまり、僕たちが陥っている状況は僕の想像通り、最悪なものということになる。
「この状況を踏まえまして、事務所としましては次の通りに、決定いたしました」
そこで相原さんはいったん言葉を区切ると、つらそうな表情で告げる。
「Moonlight Gloryは活動のすべてを休止とします」
2章開始早々重い感じで始まりました。
素子話は次回に続きます。