「休止期間も未定となるので、今後の予定は一応保留となっておりますが、キャンセルと同等と思っていただきたく思います」
僕達の驚きをよそに、相原さんはさらに言葉を続ける。
今後の予定としては5月末でのライブが。
ゴールデンウイークでは音楽番組の出演や雑誌の取材などが予定されていたが、ライブ以外はすべてキャンセルになるのは確実だった。
「皆さんには、このような思いをさせてしまい、我々スタッフとしましても申し訳なく思っている所存です。取り急ぎ、状況改善をするようにいたしますので、何卒ご理解のほうを」
「相原さん、気にしないでください。これを機会に、私たちも充電期間みたいな感じで休養しながら気長にやりますから」
深々と頭を下げる相原さんに、森本さんが必死に宥める。
結局、最後まで相原さんは僕たちに謝り続けていた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
(くそっ。なぜこうなるっ)
事務所内の自販機が置かれた休憩スペースで、一人コーヒーを口にしながら倉田は愚痴をこぼしていた。
(俺のアイデアは完璧だった。このまま行けば出世間違いなしだったのに)
いまだに自分の最大の失敗の要因を理解せずに毒づいている倉田は、コーヒーをすべて飲み干す。
(このままだと俺は失脚……何とかしなければ)
挽回策を考えようにも、彼が思いつくことはなかった。
(仕方ない。メンバーも集まるんだ、説明をしないとな)
「倉田さん! 大変です」
今日は、こののことを説明をするためにメンバーを招集をかけている。
なので、早く会議室に行こうとしていた倉田のもとに、スタッフの一人が血相を欠いて駆け込んできた。
「どうしたんだ?」
「今、うちの監査部からこんなものが」
一樹たちが所属する事務所では、クリーンなイメージを持たせるために『監査部』を設けている。
この部署では、事務所内で発生したトラブルに関して調査を行い、解決を図ろうとする。
方法は様々で、主に相手側が処分を求めるものもあれば、損害賠償という形での和解もある。
「な、何だ……これはっ!?」
スタッフが手渡した封筒から一枚の用紙を取り出した倉田は、そこに記載されていた内容に声を荒げる。
そこには『訴え申し立てのお知らせ』という表題から始まり、一樹たちがPastel*Palettesのスタッフである倉田に対して、損害賠償を求めるとの申し立てを行った旨が記されていた。
その額は尋常でなかった。
「い、1億円だと!? そんなバカげた額があるかっ」
「で、ですが、Moonlight Gloryは当事務所の稼ぎ頭……だとするとこの額が妥当だと思われても仕方ありませんよ」
1億円の損害賠償の内訳は、活動停止に伴うメンバーへの慰謝料が1割を占め、残りの9割が事務所が被った損失の賠償になっていた。
「すぐにMoonlight Gloryと連絡を」
「とろうとしましたが、どうやらすでに帰ってしまったらしく、接触できませんでした」
「くそっ。どうしてここまで立て続けに重なるんだっ」
立て続けに起こった出来事に、倉田が声を荒げるが、当然の流れだった。
一樹たちは、こうなることを予期してすべての行動起こせるように準備を整えていたのだ。
そうなると、どれほどの秀才だとしても対処は不可能に近い、
特に、倉田のように失敗という結果に終わることを考えてもいないような人物には。
「く、倉田さん。パスパレの皆さんがもう集まっておりますので」
「仕方がない。これは後回しだ。まずはメンバーたちへの説明を優先するぞ」
倉田が出した結論は、一樹たちが起こした訴えの件を後回しにすることだった。
そして、それが一樹の狙いであることも知らずに、彼らはPastel*Palettesのメンバーが待つ会議室へと向かうのであった。
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「……」
「……」
相原さんが立ち去り、ミーティングルーム内は重い沈黙に包まれていた。
ドアにはかぎをかけて施錠をしてある。
先ほど誰かが訪ねてきたが、誰であるのかの検討はついていたので居留守を使った。
ここで応答したら計画はすべて水の泡になるからだ。
その時、森本さんのスマホが着信を告げる音を鳴り響かせ始めた。
「どうやら、集まったみたいだな」
「みたい」
電話の相手は中井さんだ。
中井さんにPastel*Palettesのメンバーが集まり、倉田さんがそこに現れたら電話をかけるように指示を出していたのだ。
「それじゃ、行くか」
啓介の言葉を合図に、僕たちはミーティングルームを出て会議室に向かう。
「中井さん」
「皆」
会議室からは視覚になる場所で立っていた中井さんは、僕たちの姿を見ると安心した表情を浮かべる。
さすがに一人で待ち続けるのは心細かったのかもしれないなと、彼女に偵察を頼んだことを少しだけ悔やむ。
「それじゃ、ここからは心を鬼にしていこう」
僕のその言葉に、みんなは静かに頷くのを確認して、会議室前まで移動する。
『――――から聞いていると思います』
中からは倉田さんの声がするので、間違いないことを確信した僕は、ゆっくりとドアをノックする。
その瞬間、さきほどまでの声がやんだので、僕はドアを開けた。
「失礼します」
僕を先頭に、啓介った胃が次々に会議室に入り、最後尾の仲居さんがドアを閉めた。
当然のように、中に入った僕たちにその部屋にいる人たちの視線が集まる。
「美竹君!? それに裕美まで」
「か、一君!?」
知り合いである白鷺さんと日菜さんは僕たちに反応を示す。
あの日菜さんが驚いたように目を見開かせたのは、珍しく感じられた、
(頑張れ。ここからが本番だ)
僕としてはあまり気が進まないが、ほかの人にやらせるわけにもいかないので、僕は腹をくくるとそれを決行する。
「おやおや。もしかして、あなたたちがあのPastel*Palettesのメンバーですか?」
「は、はい」
僕のわざとらしい大げさな演技に、銀色の髪を左右でねじっている髪型の少女が引きながら頷く。
「いやー。さすがは倉田さんですね。非常にかわいらしい人たちじゃないですか」
「か、かわっ!?」
「彩ちゃん、あれはお世辞よ」
僕の演技がかった言葉に、倉田さんは顔を青ざめ、メンバーの一人であるピンク色の髪の少女(白鷺さんの言葉から丸山さんだろう)が言葉を正直に受け取って頬を赤く染めて照れる彼女に静かに指摘する。
「おやおや、あなたが”あの”白鷺千里さんですか。いやー、あなたのような方にお目にかかれるとは、まったくもって光栄でございますよ」
「……いい加減、その演技をやめたらいかがかしら?」
僕のお世辞などをすべて無視した白鷺さんは、冷たい視線でこちらを見ながら言い放つ。
「やはり、本職の方にはこのような演技など、幼稚園のお遊戯レベルになるんですね」
僕は”では、お言葉に甘えて”と前置きを置いて一つ咳払いをする。
「私たちは、あなた方に楽曲を提供した、この事務所に所属しているバンド『Moonlight Glory』です」
「『Moonlight Glory』ですって!?」
僕の自己紹介を聞いた瞬間、白鷺さんが驚きをあらわにする。
「千聖ちゃん?」
「『MoonlightGlory 』と言えば、トップバンドクラスの演奏を行うこの事務所の稼ぎ頭……まさかそれがあなた達だったなんて」
信じられないと言わんばかりに呟く白鷺さんだが、それはこちらのセリフだ。
「へー、一君ってすごいんだねーっ」
「一君? 日菜ちゃん知り合いなの?」
「うん、そうだよ。あたしと同じ――「本題に入ってもいいかな?」―――むぅ」
空気を全く読まない日菜さんの言動に、僕は恐ろしさを感じながら強引に遮る。
(というより、この場で”一君”って呼ぶのやめて。気が抜けるから)
そんなことを言えるはずもなく、僕は強引に話を元に戻すのであった。