「さて、先ほど風の噂で少々信じられないことを耳にしたんだけども」
そこでいったん区切ると、僕はその場にいる全員を見渡して
「何でも、ライブで演技がバレたとか。これは誠かな?」
と尋ねた。
『………』
無論、本当のことなので、誰も答えようとはせず視線を下に向ける。
僕はそれを確認してため息を漏らす。
「そのことを踏まえてご説明しますので、お聞きいただいてもいいですか?」
これ以上はまずいと感じたのか、倉田さんが唐突に提案してくるので、僕は無言でうなづくと壁際のほうに移動した。
「……それで、確か今日は取材とラジオの収録があったと思うのですが、そちらは予定通り行われるのでしょうか?」
(無理だろうな)
「……そちらの予定はすべてキャンセルとなりました」
白鷺さんの問いかけに対する倉田さんの返答は、僕の予想通り、こっちと同様に入っていた予定がすべてキャンセルになっていた。
『え!?』
それにパスパレのメンバーが驚くのも無理はない。
自分たちだって、前もって予測していなければ同じ反応をしていたはずだ。
「それは、今日だけということでしょうか?」
「いえ、今後予定されていたすべての予定をキャンセルすることとなりました」
「事務所スタッフと話し合った結果、皆さんには暫くメディアへの露出を控えていただきます」
会議室にいた違う男性スタッフの答えを引き継ぐ形で倉田さんが彼女たちに言い渡したのは、一種の活動休止宣告であった。
「休止ということは、まだ解散ではないんですよね? 私たち……またステージに立てるんですよね?」
「それに関しても、未定としかお答えできません」
丸山さんの縋るような問いかけも、返ってくるのは残酷なものだった。
(こっちも同じぐらいの惨状だな)
僕たちの場合は無期限の活動休止状態だが、彼女たちもそう大差がない状態だった。
「それと、機材トラブルに備えて、皆さんには楽器のレッスンをしていただきます。最低限も置局をすべて演奏できるようにしていただきたいと思っております」
(今更言っても遅いだろ)
倉田さんが下した方針に、僕と田中君は顔を見合わせる。
田中君は何かを(おそらくは怒りだろうけど)こらえながら肩をすくめる。
どうして、その方針を最初に取らなかったのかが、もはや謎すぎる。
「……ミテイなのに、レッスンですか? 意味が分かりません」
だからこそ、このように反発する者まで出てきてしまう。
「それに、最初は楽器の練習は、しないと言っていたのに、今度は練習を、するなんて……言っていることが違います」
「い、イヴちゃん落ち着いてっ」
不満そうな表情で、倉田さんに文句を言う銀色の髪の少女(丸山さんの口にした名前から、彼女が若宮さんだろう)を、丸山さんが慌てて落ち着かせる。
「楽器の演奏がうまくなれば、次のライブの機会があるかもしれません。だから、今は踏ん張りましょう」
帽子をかぶった茶髪の髪の少女が元気づけるようにフォローをする。
「今後の予定はおって連絡いたします」
(介入するタイミングはここらへんかな)
「ちょっと待ってもらってもいいですか?」
あと少しで話を終わりにされそうなタイミングで僕は、何とか介入することができた。
「今後の予定を組まれる前に、まずは倉田さんには今回の失態の責任を取っていただきたいと思うのですが?」
「さすがに、あんな額は無理ですっ」
(そりゃそうだろうよ。普通の10倍に盛ってるんだから)
こちらの要求をスムーズに飲んでもらうための材料程度としてしか考えてなく、本当に請求する気などなかった。
とはいえ、額が法外すぎるので、監査部に申し出をした段階で棄却される可能性は非常に高かった。
その時は担当者を説得して呑ませようと思っていたところ、あっさりと承認された。
なんでも担当者の人が、ここに所属する際のオーディションで、僕の演奏を聴いてからファンになった人だったらしく、本当に請求しないことを条件に、莫大な額の請求を通してもらったのだ。
倉田さんが騒いでも、この申し出は監査部長のお墨付きである以上、どうにもならない。
稼ぎ頭のような感じになって、僕の意見が少しだけ通りやすくなったことと、今回の一件を重く見ての措置だった。
「別にこちらとしては、金銭で解決しようとは思っておりませんので、取り下げてもいいのですが、条件が」
「……仰ってください」
損害賠償請求の取り下げという、甘い誘惑に倉田さんは見事に引っかかった。
僕は心の中で勝利宣言をしながら、条件を口にする。
「彼女たちの楽器のレッスンのコーチを、我々Moonlight Gloryに担当させること。そしてその際はわかりやすくその旨を記載することです」
「なんですって!?」
僕の出した条件に、倉田さんは驚いた様子で声を上げる。
「我々の腕であれば、彼女たちのレッスンのコーチとして申し分はないはず。それにいい宣伝にもなるはずです。そちらには、トップクラスとまで言われているバンドのレッスンを受けているという宣伝ができますし、こちらもそちらの演奏レベルが上がり、次回のライブで良い結果を出していただければ、活動を再開することができる。お互いにとってこれ以上ないほどのメリットはないかと思われます」
「た、確かにそうですね……」
僕の出した提案に、考え込み始める倉田さんだが、もはや僕の出した条件を呑むのは確実だ、
何せ、呑まなければ莫大な損害賠償を請求される運命が待ち受けている。
だが、条件を呑めば損害賠償請求は取り下げられるばかりか、彼女たちのレベルアップ&話題づくりもできるという、これ以上にないうまい話がついてくる。
そうなれば、条件を呑むことしか彼らには道がない。
「わかりました。その方向でお願いします」
それは、倉田さんの敗北の瞬間でもあった。
「では、レッスンの日程は決まり次第リーダーに連絡をお願いします」
僕たちに一礼をして、そのまま会議室を後にする。
「それでは、私たちも失礼しましょう。皆さん、練習の時にまた」
『お疲れ様です?(でした)』
ものすごく微妙な反応に見送られながら、僕たちは会議室を後にした。
「ここまでは、計画通りね」
「うん。なんだか悪いことをしているような気がするんだけど」
廊下を歩きながら、一息つく森本さんと、後ろめたい気持ちを隠せない中井さん。
「まあ、それも少しの我慢だ」
「そうそう。それに何もしなくてもああなってたって」
そんな二人に相槌を打つ田中君と啓介。
「それにしても、本当にこうなるとはな。一樹様様だ」
「ちょっと、おだてるのはやめてよ。むず痒くなるから」
様付で呼ばれるのが嫌な僕の抗議に、みんなは笑って応える。
「もう………」
それを見て、僕はため息交じりにつぶやく。
状況は最悪だが、それでも僕たちの心には十分なゆとりがある。
それもこれも、この計画を立てていたおかげだろう。
(もし無計画だったらと思うと……ぞっとする)
僕は改めて計画を立てた自分にをほめつつも、その時のことを思い返すのであった。
次回は、軽く回想しながら話を進めようと思います。
一応大まかな流れは、バンドストーリーと同じにするつもりですが、ところどころオリジナルをはさんで行く予定ですので、”この場面でのこの人物のセリフが原作と違う”ということが多々あります。
というより、そうしないといろいろと問題が出てくるので(汗)