お気に入り登録数も240を超えました。
これからも、皆様を楽しませる作品にするよう、鋭意努力していく所存です。
これからもよろしくお願いします。
それでは、第92話をどうぞ
それは、倉田さんからPastel*Paletteの話を持ち掛けられた時のこと。
「彼女たちには、お披露目ライブを確実に失敗してもらう」
「おいおい、失敗って……そんなことをしたら、俺達にもとばっちりが来るじゃねえか」
「そうよ。それに、彼女たちだって再起不能になるわ」
僕の口にした言葉に、田中君と森本さんが反対してきた。
「確かにそうだけど、これにはちゃんとした思惑がある」
「思惑?」
説明しろと言わんばかりの田中君に、僕はさらに言葉を続けた。
「彼女たちが失敗すると、どのような影響がこちらに出るのかの一種のパッチテストのようなものを行うことが一つ、そしてもう一つが、こちらに実害を出させることで倉田さんにこちらの意見を呑ませられる状況を作ること」
「パッチテストって、どういうこと?」
「彼女たちが今後も存在する際に、どれほどのリスクになるのかをちゃんと把握しておきたい。そういう意味での効果測定のようなものという意味」
今は彼女たちのミスがこちらに深刻なダメージを与えるという最悪のケースを想定して動いているが、毎回このレベルのことを想定していたら、間違いなくPastel*Paletteをつぶすという結論になるため、ちゃんとしたレベルを把握しておきたかったのだ。
同時にこちらに実際に影響が出たことを証明すれば、倉田さんは僕の言うことを聞くしかなくなる。
それを利用して、こちらの要求を呑ませるのだ。
「それに、最初のライブということは、当然ファンはいない。期待値がとてつもなく高い状態になるはずだ」
「まあ、絶対ではないけどそうなるな」
田中君の言うとおり、絶対ではない。
世の中には”この子がかわいい”という理由で、演奏も聞かずにファンになるもの好きがいるかもしれない。
「まあ、いるかいないかのことは置いとくとして、その状態でアテフリアテレコがバレれば、がっかり感こそはあれど、怒りなどはそうでないはずだ」
怒りの種類など、そうそう理解している人などはいないと思うが、ファンが多い状態でバレるのと、ファンが少ない状態でバレるのとでは全然性質が違う。
ファンの数イコール、裏切られたと思う人物の数ということであるとするならば、ファンが多い状態というのは、裏切られたと思う人が多いということを意味する。
この”裏切られた”という感情が、僕にとっては一番恐れている感情でもあるのだ。
裏切られたと思った人は、二度とそれを見ようとはしない……もっと言えば、それに対して非常に否定的(もしくは攻撃的)になるのだ。
その状態になると、何をやっても無駄になる。
もちろん、そこれは僕の考えすぎである可能性だってあるが、一つでもその要素があるのであれば、十分に警戒しなければけない。
すると、疑問に思うことができたのか、啓介が口を開いた。
「でも、必ず失敗するとは限らないと思うぞ。そういう時はどうするんだ?」
「その場合は、SNSなどのツールを利用してリークする」
正義の使者みたいな奴ではないが、どうやったところで、彼女たちには失敗という状況になってもらう。
「つまり、一樹の話をまとめれば、俺たちの意見を通りやすくするために、奴らにはデビューライブを失敗してもらうということでいいんだよな? なら、そのあとはどうするんだ? 一樹の話だと俺達にもダメージが入っている状態みたいだが?」
僕が頷いたのを確認して、田中君は疑問を投げかける。
そう、ここまではまだ計画のさわりだ。
ここからがこの計画の本番でもあり重要な部分でもある。
「彼女たちが失敗すれば、いくら何でも方針転換が行われるはず。例えば『アテフリアテレコから実際に演奏をするスタイルへの変更』とかね」
「確かに、失敗した要因ともなれば、方針の変更は避けられないわね」
「そこで、僕たちが介入し、彼女たちの演奏の練習のコーチとして就任させる」
相槌を打つ森本さんの言葉に頷きつつ、僕は次の一手を口にする。
「コーチ?」
「僕たち自身で彼女たちの演奏技術を鍛え上げる。少なくとも、人様に聞かせて恥ずかしくないレベル程度まではね」
コーチなど、それこそ専門の人がいるのだから、その人にやらせるのがいいと思うが、演奏技術は僕の計画にとって最も重要な要素でもあるので、できる限りこちらの管轄下に置いておきたい。
故の作戦だった。
「でも、私たち人に教えることなんて……」
「それは、僕たち自身の勉強……ステップアップへの道だと思ってほしい」
少しだけ怯えているような中井さんの様子を見て、少しかわいそうにも思えるが、これもまたいい機会だ。
どのような物事にも言えるが、自分でやるよりも、それを人にわかりやすく教えることのほうが難しかったりするのだ。
あえてそれをすることによって、僕たち自身も成長できれば一石二鳥である。
「ということは……」
啓介は、この計画の終わらせ方を悟ったので、僕は頷くと
「そう。最終的には、彼女たち自身で終わらせてもらう。いうなれば逆転さようならホームラン級の一手でね」
と言って締めくくった。
これは、彼女たちの手で始め、彼女たちの手で終わらせる必要のある計画だ。
そういった意味では、非常にギャンブル性の高い一か八かの状態ともいえよう。
「計画は分かったが、まだ肝心のことを聞いてねえぞ」
「え?」
何か話し損じたことがあったかと考えを巡らせている僕に田中君は、一つ息を吐きだすと
「どうして、俺たちがそのようなことをしなければいけないかだ」
と告げた。
「別に、放っておけばいい話だ。そうすればこちらには火の粉は降りかかることはない。その点、納得のいく説明はできるのか?」
田中君の言うことももっともだ。
僕も最初は沿考えて突っぱねようとしたくらいだ。
だが、それでも僕はこの計画を実行しようとしている。
ちゃんとした説明ができると考えてもいた。
だから僕は、田中君に頷き返したのだ。
「主な理由は三つ。まず一つは、さっきも言ったとおり、彼女のこちらに対する影響力を図るためのテスト。そして二つ目がケチをつけられないようにするため」
「ケチをつける? Pastel*Palettesのメンバーがか?」
「いや、どちらかというと、あの倉田って野郎だろ」
田中君の言葉に捕捉させる形で啓介が口を開く。
そして、啓介の言ったとおりだ。
「もし、倉田さんが失敗をこっちが引き受けないからと、頓珍漢な主張をしてきたら別の意味で厄介なことになる。それを防ぐためだ」
当時はまだ倉田さんがどういう人間なのかを知らなかった僕は、そうなる可能性を予測していたのだ。
「三つめが、実験台」
「実験台?」
”実験台”という単語に興味を示した森友さんに、僕は静かに頷きながら、僕は説明をつづけた。
「僕が作曲している曲の中で、没曲が半数を超えているっていうのは前にも話したけれど、その状態を続けるのはまずいから有効活用したい。だが、今までの音楽ジャンルでない楽曲をやるということは、それが観客に受け入れられるかが不明すぎる」
「確かに、最初にやるっていうのはそういう物だよね」
中井さんも、僕の言いたいことが伝わった様子で、しみじみと頷く。
「だから、Pastel*Paletteに一回そのジャンルをやってもらい、それでうまくいくようであれば、こちらも広げていけるようにしたいと考えている」
最後に『まあ、友人が所属しているから手を貸したいという気持ちがあることは否定しないけどね』と付け加えた。
せっかく日菜さんが所属したんだ。
手を貸したいと思ったっていいじゃないか。
(うん。我ながらよくこんな無茶な計画を実行したものだ)
何度思い起こしても、僕の頭の中でしか存在しない理屈だ。
まさか、この通りの展開になるとは予想外すぎたのだ。
(とはいえ、ここからが勝負だ)
僕の計画では、ここからが一番の山場だ。
いかにして彼女たちの演奏レべルを引き上げるのかということと、離反者を防ぐかが重要か。
彼女たちのレベル云々もそうだが、一番恐ろしいのは離反者が出ること。
このような状況だ。
Pastel*Palettesを抜けようと考えている者が出てもおかしくはないのだ。
(なくなるのは構わないけど、このタイミングは最悪だ)
別にPastel*Palettesが存在し続けてほしいというわけではない。
だが、Pastel*Palettesの終わらせ方は、解散のみしかなく、空中分解による解散は僕たちに与えるダメージを考えると避けなければいけない事態でもあった。
その事態が、起こらないようにするのも重要なことであった。
そして、その際の要注意人物も絞り込めていた。
(一番注意しなければいけないのは、白鷺さんだな)
日菜さんは、はっきりとした性格で”るん”としなかったり興味をなくせば容赦なく辞めるだろうが、見た感じそんな傾向はなさそうなので、大丈夫だろう。
とすると、そんな彼女よりも危険なのが白鷺さんだ。
白鷺さんはもともとの芸歴が長い。
そういう人間は、大きなミスを犯すと『泥を塗られた』という思いを抱くことが多い。
(白鷺さんがどういう人なのか、全然知らないし)
知っているのは中井さんや花音さんが言う『千聖ちゃんは優しくていい人』ということのみ。
あったのも一度きりだし、その時もよくわからなかったりで、僕にとっては未知数の存在であった。
(それになんとなく、白鷺さんからは同じ匂いがするんだよな。僕と同じ感じの)
無論、比喩だ。
もし、白鷺さんが僕と同じ策を練って目的を達成するようなタイプだとすると、計画遂行に大きな支障をきたす可能性もある。
(思ったよりも、前途多難だな。これ)
今の状況に、心の中でため息を漏らしていると、田中君のスマホが鳴り始めた。
「悪い。電話だ」
どうやら誰かから電話がかかってきたようで、田中君は僕たちから少し離れた場所で誰かと話し始める。
それもほんの1、2分のことで、スマホをしまいながらこちらに戻ってきた。
ただ、表情は険しかったが
「倉田から。レッスンだけど、明後日からだとさ」
こうして、僕たちがコーチを務めるPastel*Palettesの楽器演奏のレッスンの実施日は決まるのであった。