夜、お風呂から上がった僕は寝る前に、軽く勉強をしていた。
バンド活動のほうが忙しくなっていき、勉強に割ける時間が減りかけてはいるが、それを理由に学業をおろそかにしては元も子もない。
(さすがに、バンドのせいで成績が落ちましたなんて、言えないし)
そのようなことにでもなれば、義父さんがまず黙っていないだろう。
それに今月は華道の集まりが多くある傾向にある月だ。
何気にスケジュールがかつかつだったので、どうしようかと頭を悩ませる時期だったりする。
(ま、今月はそんな心配はないわけだけど)
皮肉にも、Pastel*Palettesの一件のおかげでスケジュール的には大幅に余裕ができた。
(まあ、休止とはいっても楽器を持っちゃいけないわけじゃないから、練習はするけど)
充電期間とでもしておけばいいかもしれない。
「よし、こんなもんでいいかな」
キリのいいところまで勉強を進めた僕は、教科書類をしまって寝ようとしたところで、
「ん? 日菜さんから電話だ」
メッセージアプリの通知音ではない音で、電話であることが分かった僕だが、すでに相手もわかっていたりする。
日菜さん専用の着信音を設定しているからという単純な理由なのだが。
ちなみに、日菜さんの着信音はハチャメチャ系な曲(自作)にしていたりする。
「もしもし」
『あ、一君。今大丈夫?』
「少しだけなら大丈夫だよ」
夜も遅いことで、心配して聞いてくる日菜さんにこたえると、日菜さんの声色はいつもの感じに変わる。
別に、僕が寝る前だったから聞いているわけではないというのだけは強調しておきたい。
そうじゃないと日菜さんがストーカーか病んでいる人になってしまうし。
『今日は驚いたなー。まさか一君とあそこで会えるなんて思ってもいなかったよ』
「それはこっちもだよ」
話題はやはり、今朝の事務所での一件のことだ。
僕の言葉には嘘はない。
……一番最初に、日菜さんの名前を見た時、という意味だけど。
『あのね、あの後彩ちゃんがね、自主練をしよう! っていうことになったんだー!』
「自主練。なるほど彼女らしい」
事前に調べていた情報通り、丸山さんはかなりの努力家のようだ。
まあ、その努力が結果に反映されていればいいのだけれど。
『……一君、彩ちゃんのこと知ってるの?』
「いや? そういう噂を耳にしただけだけど。なんか怒ってる?」
なんだか、日菜さんの声のトーンが下がったような気がした僕は、日菜さんに聞いてみるも
『別に、怒ってないよー』
と、いつもの感じで返ってきた。
(なんだか、焼きもちを焼いていたような気がしたんだけど………いやいや、どんだけ自惚れてるんだよ)
まるで自分が女子からモテモテであることが確定しているような考えをしていた僕は、慌てて頭を振ってその考えを振り払う。
(啓介から借りる漫画は、面白いけど、変な情報を得たりするから困る)
それを思うと、僕も啓介と同じ彼女いない歴=年齢という感じなんだなという現実を思い知るので、少し寂しい気持ちになる。
(啓介のようにアプローチしてみようかな?)
幸い、僕には女子の知り合いが多い。
花音さんや白鷺さん、つぐにひまりさんに巴さん等々、キリがない。
(うん。やめよう)
だんだん思考が啓介化し始めている自分に気づいて、そのこと自体考えるのをやめる。
だから彼女ができないんだという話になるんだが……まあ、放っておこう。
(そのうち、義父さんから家元の後継者云々を言われそうだけど)
閑話休題。
「でも、日菜さんって”努力”することあるんだね」
『ううん、あたしの辞書にはそーいうのないんだけどねー』
「だろうね」
何気にものすごく失礼なことを言っているなと思うが、仕方ないじゃないか。
何せ、日菜さんにそういうのは似合わない印象しかないのだから。
「日菜さんから見て、パスパレのメンバーってどんな感じ?」
とりあえず、こちらから話題を振ってみた。
日菜さん目線で見たパスパレに少し興味が出たからだ。
『えーっとね、彩ちゃんは面白いんだよ。自主練の時に変な決めポーズをして自己紹介とかしてね。一君も見たら”るん”ってしたと思うよー!』
「絶対にしないと思う」
(変なポーズで自己紹介? なんだか、そんなことをする人がいたような)
仕事関係で会ったアイドルの一人がそんな感じだった気がするが、名前がわからないのでそれ以上考えようがない。
『イヴちゃんはねー、『ブシドー!』が口癖でね―、面白いんだよ』
「ぶしどー? それってあの武士道のこと?」
「そーだよ」
(なんで武士道?)
時代劇とかが好きな人なのかなと勝手に結論付けたが、それでも話を聞いただけではまったくもって謎多き人だ。
『千聖ちゃんはね、ゲイノーカイが長いから色々と物知りなんだー』
「そりゃ、元子役……だもんね」
色々と物知りなのも当然だ。
果たして、彼女がどういう風に動くのかという問題はあるけど。
『それでね、麻弥ちゃんはね、話が面白いんだよ。電圧の話とか』
「なるほどね」
日菜さんから話を聞いて、一応メンバーのことはちょっとだけわかったような気がした。
「ありがとう。色々と参考になったよ」
(まあ、日菜さんの話は一応の参考にしておこう)
あくまで日菜さんというフィルターを通して見ただけに過ぎない。
それをそのまま当てはめると大変なことになるので、予備知識程度にとどめておくのが一番なのだ。
『それでさ、ムングロ? ってどんな感じなの?』
「どんなって言われても……」
どういっていいのかがよくわからない。
逆に、どういう風に見られてるのかが気になるくらいだ。
「意識したことないかな。まあ、音楽に関しては真剣かな」
『へぇー。一君って何やってるの?』
「ギターかな」
『ギター! いいねー、るんってきたよーっ』
自分と同じ楽器をやっているからか、日菜さんのテンションは高かった。
『一緒に弾こうよー! 絶対にるるるんってするよっ』
「一緒にも何も、レッスンのコーチなんだからその機会は十分あるんだけど」
僕の指摘に、『あ、それもそっかー』と相槌を打つ日菜さんに、僕はいつも通りだなと苦笑する。
「それにしても、日菜さんが電話なんて珍しいね」
『そうかな?』
「いつもはメッセージとかでしょ?」
自覚のない日菜さんに、そう切り返すと、日菜さんは”確かに”と口にした。
全く電話をしないというわけではないので、これが初めての電話ではないが。
『一君は、電話は嫌だ?』
「嫌だったら最初の時に言ってる」
心配そうな声色で訪ねる日菜さんに僕がそう返すと、先ほどまでの声色とは打って変わって
『そっかー。良かったぁ』
と、安心した様子で返してくる。
『それじゃ、あたしもう寝るね。おやすみー!』
「はいはい、お休み」
時間を見るとあれから長い時間話し込んでいたようだった。
(電話は初めてじゃなくても、こんなに長い時間話し込んだのは初めてかな)
今まではせいぜい数分だったが、今回は数十分という長い時間通話していたことに驚きを隠せない。
何よりも驚いたのが、それだけの時間が経過しているにもかかわらず僕の感覚ではまだ数分程度にしかしないということだ。
「……まあ、いっか」
とりあえず、寝ようと思い立ち上がった時だった。
「っ!? っとと」
立ち上がった瞬間、意識が遠のくような感じがして、横によろめいた。
(疲れてるのかな?)
それも一瞬のことだったので、僕は疲れが出たのだと思い、急いで寝ることにした。
今日は一日大変だったから、疲れたんだろう。
その思い込みが、後にとんでもない事態になるとも知らずに。