「よし、少し休憩だ」
練習をしていると、田中君の号令がかかる。
気が付けば、かなりの時間練習をしていたようだ。
各々が休み始めるので、僕たちも休憩にした。
「というわけだから、日菜さんも休憩」
「はーい」
日菜さんもパスパレメンバーたちのもとに歩いていくのを確認して、僕もまた田中君たちのところに移動する。
「それじゃ明美から報告」
「わかったわ」
休憩時間に行われるのは、主に練習中の成果の報告という情報の共有だ。
それをもとに後半の練習内容の調整をするのだ。
「彩ちゃんは、まだちょっと音程に不安なところがあるけれど、土台はしっかりしているから、あとは音程の方ね」
「次、裕美」
森本さんの報告を聞いた田中君は、すぐに中井さんに指示を飛ばす。
「千聖ちゃんも、土台はちゃんとできていて、あとはコード進行をする際に少しだけテンポがずれることがあるから、そこを直すね」
森本さんも中井さんも名前呼びをしているけれど、表情は真剣そのものだ。
友人だからとはいえ、妥協するようなことはしない。
……少し心配していたりしたけど。
「次、啓介」
「若宮さんは、リズムキープも音の表現力も申し分ない。後は少しだけタイミングを調節すればうまくいくと思う」
「次、一樹」
「日菜さんは基礎はすべてマスター。テクのほうも十分に習得している。後は、それを使う場面の判断と周囲との協調が主な課題」
流石は日菜さんといったところだろう。
前半で僕が教えたテクをすべて一回でものにして見せたのだ。
僕ですら何年もかかった(記憶にないけど)テクを、日菜さんはほんの少しで会得したのだ。
(でも、ぬかされる気は全くしないけど)
伊達にトップバンドクラスのギターをやっているわけではない。
この程度で抜かれればお笑いものだろう。
とはいえ、周囲との協調性(周りの演奏にタイミングを合わせたりレベルを合わせたりなど)ができないのが玉に瑕だが。
「それじゃ、後半はその部分の克服に焦点を当てつつ、最後に全体で演奏させる形で終わりにするとしようか」
「そうね。それが一番ね」
とりあえず、後半の方針は決定した。
今の彼女たちのレベルはいい感じだ。
だがそれは、個での話。
バンドは複数人の集まりでできている。
一つのバンドとして演奏をすると、個人ではなくバンドとしての問題点が見えてくることがあるのだ。
「一樹、頼むぞ」
「任せて」
そして、音色を聞いてバンドの状態を大体ではあるが把握することができる僕に、白羽の矢が立ったのだ。
(走り出して最初だから、期待はしないが上手くはまっているといいんだけど)
そんなことを考えていると、日菜さんがこっちに向かって駆けよってくる。
(まだ休憩時間は残ってるんだけど)
「一君ちょっと来て」
「え、どこに? って、引っ張らないでよ!」
有無も言わさずに腕をつかむと引っ張っていく日菜さんによって、僕は強引に移動させられる。
啓介たちもただそれを見送るだけだった。
「みんなー、連れてきたよーっ!」
「……一体何事?」
僕が連れて来られたのは、パスパレのメンバーがいる場所だった。
「ご、ごめんね。日菜ちゃんが美竹君とクラスメイトって言っていたからどんな人かなーって思って聞いたんだけど」
「日菜さんが『直接話したらわかりやすい』と言って……」
僕のジト目に圧されたのか、申し訳なさげに謝ると、丸山さんと大和さんが事情を説明してくれた。
「まさに、百聞は一見に如かず! ですね」
「その通りなんだけど……流石日菜さんだ」
いつも僕の予想の斜め上のことをしてくれる。
どうやらここでも、僕は日菜さんに振り回されることになりそうだった。
「美竹君から見て、日菜さんはどういう人なんですか? ジブン、ちょっと興味があります」
「一言で言うと」
「言うと?」
一番興味があるのは日菜さんのようで、興味津々に僕の言葉を待っていた。
「変人」
『……』
僕の一言がよほど予想外だったのか、みんなが固まった。
「それと、我が道を行くという言葉を形にしたような存在かな」
「それ、ほめてないよね?」
「ある意味、褒め言葉だけど?」
日菜さんのジト目に、僕は視線をそらしながら相槌を打つ。
本当は、もう少しいうこともあるのだが、本人を目の前にしてそれを言うのは僕にはハードルが高すぎた。
ただ、一つだけ言えるとすれば
「日菜さんは、僕の親友……といったところかな」
「おぉー」
自分で言っておいてあれだが、やはり恥ずかしい。
大和さんの感嘆の声を聴いて、そう感じてしまった。
「一君っ」
「だぁっ! だからタックルをするようにしがみつかないでっ。というか丸山さんたちも止めて!」
よほど親友という言葉が嬉しかったのか、タックルに近い形(というかタックルそのもの)でしがみついてくる日菜さんを引きはがそうとするが、どういうわけかびくともしない。
「だって……ねえ」
応援を頼もうとするも、丸山さんたちには視線をそらされる始末だ。
「止められないっすよ」
(勘弁してくれ……)
結局、休憩が終わるまでの間、僕は日菜さんにしがみつかれ続けるのであった。
「それじゃ、最後に全員で演奏をしてもらう」
「演奏、ですか?」
練習時間もあとわずかとなった時、田中君の号令で集められたパスパレのメンバーに、田中君はそう告げたのだ。
「全員で演奏することによって見えてくることもある。練習の成果を発揮する場としてとらえてもらって結構」
(というより、この結果を踏まえて次回以降の練習のプランを練るからそうなんだけどね)
そのようなことを言う必要もないので、とりあえず黙っておくことにした。
「全員演奏準備を」
啓介の指示の下、彼女たちは楽器を構えて演奏の準備を整える。
「それじゃ、初めて。1,2,3,4!」
田中君のリズムコールとともに、演奏が始まる。
(あ、音程ずれた)
『しゅわりん☆どり~みん』は入りが高音になるのだが、どうやら高音が苦手なようだ。
演奏自体も初めての全体での演奏とは思えないほどレベルは高い。
(とはいえ、まだまだお先真っ暗だけど)
所々、音色と共に聞こえてくる”何か”が、僕には不協和音に聞こえて仕方がないのだ。
そんなこんなで、彼女たちの演奏は終わり、ギターの音色の余韻がスタジオ内を包み込む。
まずは無事に一曲を奏でられたことに対する称賛の意味を込めて僕たちは拍手を送った。
『ありがとうございます!』
「結果を先に言ってしまえば、不合格。到底観客に聞かせられるものじゃない」
拍手に対してお礼を言う彼女たちに、僕はオブラートに包むことなく直球で告げた。
その言葉に、みんなの表情が曇る。
どちらかというと、悔しさのほうが正しいのかもしれないけれど。
彼女たちに悪いとは思いつつも、これも仕事なので、僕はさらに言葉を続ける。
「ボーカルは、音程外しすぎ。良くても今の半分くらいの回数まで改善して」
「はいっ」
丸山さんのボーカルは確かに磯はしっかりしているが、音程を外すことが多々あった。
多少であるならまだしもあまり多すぎると曲の質を下げてしまう要因にもなりかねない。
特に目立ったのは、サビに入るところの音程だ。
(サビほど一番簡単な個所はないと思うんだけど)
AメロやBメロといったものよりも、サビというのは入りが分かりやすい部分だ。
そこの音程を外すのは、さすがにいただけない。
(森本さんに言って、今後の練習の重点事項にでもしてもらおう)
「キーボードは一音一音のタイミングが若干ずれている。もう少しドラムの音に意識を向けるように」
「はいっ」
「ドラムはうまくリズムキープができているけど、最後のほうで音が薄くなっている節がある。もう少しパワーコントロールをして音の暑さを均等にするように心がけて」
「わかりましたっ」
「ベースは、リズムキープが不完全。ベースとドラムは曲の軸にもあたる”リズム隊”。それがおかしくなると全体にまで影響を及ぼすから、リズムキープを心掛けるように」
「わかりました」
「ギターは、音が走りすぎている。曲は一人で演奏しているのではなく、複数人で奏でている。もう少し協調性を意識して」
「はい」
一通り指摘してきたが、各々の指摘は、休憩の際にみんなが言っていた問題点と同じだった。
「ただ、誤解がないように言うけど、今回が初めての全体演奏。できなくて当然だ。だからこそ次回以降はこの指摘を克服するように、各自練習をするように」
『はいっ』
重要なのは、ミスをしないということだけではない。
間違えた個所を直す努力と練習だ。
それだけでも、みんなに伝えたかったのだ。
僕は、以上と田中君に告げると田中君が一歩前に出る。
「それじゃ、今日は解散。各自クールダウンをして指摘箇所の克服をするように」
『お疲れさまでした』
田中君の言葉に、彼女たちが挨拶をすることで、初日の練習は何とか終わることができた。
(この調子で行けばいいんだけど)
僕のそんな願いは、ほんの数日後に打ち消されることになるのだが、それは少しだけ先の話だ。