ティアマトさんに続いて、オーフィスさんが我が家に来てから数日が経った。
とはいえ何が変わったということも特になかった。何せ、オーフィスさんは釣った後、隣どころかお膝に居ても置物かと見紛うレベルで動かず、邪魔にもならないという、へんないきものである。
今、家でしていることといえば、いつの間にかティアマトさんに占領されたテレビの前に置いてある人をダメにするソファーに座るティアマトさんのお膝に座ることぐらいであろう。それでもマブダチの俺だからわかるレベルで微妙に声が上ずったりしているので一応、楽しいらしい。
最もそんなオーフィスさんも食事時は存在感全開になるのだが――。
「"ぬ"、おかわり」
『"A"』
「ねえ? なんで私、オーフィスから"ぬ"って呼ばれてんの? というかまさかティアマトからもそう呼ばれてない? っていうかアンタ最初はジャンヌって呼んでたわよね?」
残念ながらそのまさかであるが、言わぬが花だろう。
「はぁ……」
黒のTシャツにベージュのスラックスの服装をして、エプロンを身に付けているジャンヌは、ぶつぶついいながらもオーフィスさんと、ティアマトさんからお椀を受け取り、ご飯をよそって渡していた。
「オーフィス、ほっぺにご飯粒付いていますよ?」
「ん……」
「んじゃないわよ、まったく……」
そういいつつ、眉をすくめながらもオーフィスさんのご飯粒を取ってあげるジャンヌ。その姿は完全にお母さんのそれである。
しかし、オーフィスさんはほっぺにご飯粒付けるなんて可愛いなあ、ヒヒヒ。
「………………」
小さく呟きながら笑っていると、何故かジャンヌは真顔で俺を少し見つめてきた。
「フッ――」
なんだろうと考えていると、ジャンヌは短く息を漏らし、嘲笑とも呆れとも見て取れるような笑みを浮かべ、口元に手を当てながらポツリと呟いた。
「微笑ましそうなところお言葉ですが、アナタもほっぺにご飯粒付いていますよ?」
おうふ。
◇◆◇◆◇◆
いつものようにジャンヌと学校に行き、授業を受け、昼食時間になった頃合い。
いつものならばジャンヌと机をくっ付けて二人でお弁当を食べるのだが、最近は少し違っていた。
「よっす」
「よろしくお願いします!」
イッセーと最近転校してきたアーシアさんとの4人で昼食を取るようになったからである。そして、今日は気分転換に他に誰もいない学校の屋上に来て食べている。
何故かイッセーにベッタリなアーシアさんなのだが、イッセーがクラスで肩身が狭くなったとのことで、少し前から俺とジャンヌと食事を取ることになった。まあ、断る理由もない、食事は賑やかな方が楽しいだろう。
えーと、それでアーシアさんの下の名前は……アルデンテ? いや、そんなしんなりしそうな名前ではなかったような……。
「アーシア・アルジェントよ。いい加減覚えなさい」
「ごめんなさい」
「い、いえ! 謝られるようなことでは……」
アーシアさんはジャンヌに比べると天使と悪魔レベルで優しい娘である。優しさに浄化されそうになるが、ジャンヌの前で、ふにふになアーシアさんで和んでいると、足を踏まれるので顔には出さない。
ちなみにアーシアさんは"悪魔"だからなのか、ジャンヌはとてもアーシアさんに優しい。料理の仕方などをレクチャーしている会話をよく耳にする。
そんなこんなで他愛もない話に花を咲かせていると、ふと疑問に感じたので聞いてみる事にした。回りに他の生徒も居ないしな。
「そういやさ、イッセー」
「なんだ?」
「お前なんで悪魔になってるの?」
「あー、それね! 話せば長いんだけど…………へ?」
「ぶふぅぅ!?」
「ジャ、ジャンヌさん!?」
イッセーはさっきまで話していた何気ない会話と同じように話そうとしたが止まり、ジャンヌは丁度飲んでいた紙パックのいちごミルクを吹き出し、綺麗な虹が見えた。
「ジャンヌ、食事中に汚――」
「うるさい! アンタまさか……2週間ふたりとお昼食べて今その疑問を覚えたとか言うんじゃないでしょうね!?」
「え……そうだけど?」
なんだ、もう2週間も経っていたのか。それはそれとして、だってまさにイメチェンじゃん? 悪魔になるってさ。いや、それとも遅めの高校デビューって奴かな? まあ、何れにしろ思いはしたが、聞くほどでもなかったかなと考えていたのだが……。
「葵は悪魔を知って……いやいやいや、それより髪染めたと変わらない程度の認識なのか!?」
「いや、最初の2日ぐらいはイッセーの魔力量が低過ぎて気のせいかと思ったぞ?」
「ふぐぅぅぅぅ!!?」
「イッセーさん!?」
その後、クラスメイトの目もあるので落ち着き、なんだかんだ話した末。オカルト研究部の部長の方のグレモリーさんではなく、その兄の方のグレモリーさんの名刺を見せて納得して貰ったりした。
まあ、実際のところ。友人が悪魔になったからといって俺に何が変わったのかという話だ。実害も何もないし、イッセーはイッセーなのだからそれでいいと思うのである。
◇◆◇◆◇◆
イッセーに悪魔になっているのか聞いた週の週末。俺はいつものように朝から釣りに来ていた。今朝の
『Aaaaa~♪』
「~♪」
ジャンヌがカラオケでよく歌っている"色彩"という歌をご機嫌な様子でティアマトさんが口ずさんでいるので俺も一緒になって歌いながら当たりを待っていた。
今日はジャンヌは家でゲームをしており、オーフィスさんはそれに興味を示して見ているので、今はティアマトさんと二人きりである。
「お」
『Aa――!』
そんなことを考えていると竿に当たりが来た。
「そおいっ!」
『Aaa!』
原初の海の女神のそおいっ!と共にそれは陸地に打ち上げらた。
「ヲ"っ!?」
ビタンと音を立てて叩き付けられたことで、それは奇妙な声を上げる。
見ればなんかスゴく頭でっかちな人型の生物だということがわかった。黒い頭には歯が覗く大きな口と触手がついている。
「
『Aaaaa――?』
「そう、たまにこっちに襲い掛かってくる生き物も釣れるんだ」
手元に炎を出しながら呟くとティアマトさんが聞いてきたのでそう返した。色々釣った経験上、触手の多い生き物とか半魚人とかはだいたい襲い掛かってくるイメージなのである。
『Aaa――』
するとティアマトさんはしゅしゅしゅと片手で素早く拳を切った。なんだかいつまで経っても終わらない最後のファンタジーのナンバリング七作目の忍者少女のような動作である。
原初の元創造神がついているなら百人力だなと思いながら生き物を見た。
「ヲ~……?」
すると生き物はむくりと頭を上げて辺りを見回した。
なんと、頭だと思っていたものは奇抜なデザインの帽子であり、帽子の下にLEDのような青い瞳をして、白い髪に真っ白い肌をした女性であった。一瞬、全裸なのかと思ったが、肌とほぼ同じ白さの競泳水着のようなタイツのようなものを着用しており、背中に黒いマントを羽織っている。
黒帽子の女性は立ち上がり、埃を払う動作をすると近くに落ちていた黒い杖を拾い上げ、それを杖として使った。金属製なのかコンクリートに突き立てられた杖は小気味良い音を響かせる。
「………………」
「………………」
黒帽子の女性は俺をじっと見つめてきた。俺も初見の人外な女性を釣り上げたのは久し振りなため、見つめたまま押し黙ってしまった。
ひょっとしたらその髪と肌の白さ……ジャンヌの仲間だったりするのだろうか? うーん、強ち否定できないなあ。
「おはようございます」
「ヲー……?」
とりあえずコミュニケーションの基本の挨拶をしてみると、黒帽子の女性は疑問符を浮かべたような様子ながら挨拶を返してくれた。どうやら社交的な種族のようである。
「ヲっ?」
「え? 俺が人間か? 一応、半分は人間かな」
「ヲ……」
そう返すと黒帽子の女性は難しそうな顔で考え込む。何かと考えていると再び口を開いた。
「ヲっ?」
「海が好きか? もちろん、大好きだよ。今こうして釣りに来るぐらいにはね」
「………………ヲっ」
ならいいや、と言われた。なんだかよくわからないが、黒帽子の女性的にいいらしい。なんだかわからないが、とりあえず喜んでおこう。
「ヲっ――」
黒帽子の女性はそれでここはどこなのかと俺に問い掛ける途中で言葉を止め、ある方向に釘付けになった。
『…………?』
何かと思うと、視線の先には"私?"と言いたげに指を己に向けたティアマトさんがいた。
「ヲ……ヲ……ヲ――!」
『Aaa――?』
「ヲっ! ヲっ!」
『Aaaaa――』
「ヲ――?」
『Aaaaa――Aaaaaaaa――』
「ヲっ……」
『Aaaaa――(ぎゅっ)』
「ヲっ!?」
『Aaa――(ぽんぽん)』
「ヲ……ひぐっ……うっ……」
ぐすん……いい話だなぁ……。
簡潔に説明すると。ティアマトさんは原初の海の女神な訳で、海産物っぽい見た目の彼女的には本能的にとても偉大な方らしい。さながら見たこともないが、己は敬愛している母のような存在であるそうだ。そして、ティアマトさんは"自分以外のために戦わなくていいから"と諭し、抱き寄せて頭を撫でているところなのである。
『Aaaaa――』
「ヲっ……」
そうそう、ティアマトさんの言う通り、ここにいる男の人が養ってくれるから……ん?
「ちょ……流石に俺、ジャンヌに殺されちま――」
『Aaaaa――』
「ヲっ!」
するとティアマトさんに背中を押され、黒帽子の女性は俺の前に来るともじもじしながら、身長差もあるので上目遣いになって泣き晴らした赤みをそのままに、どこか嬉しげで期待に溢れた表情で俺に言葉を吐いた。
「ヲっ……?」
「全力で検討し、ジャンヌに焼かれながらでも必ずや迎え入れて見せます!」
チクショウ! こんなん反則や……! 男なら断れる訳がない……!
それから、ティアマトさんが意外にもかなり図々しいことを知った日でもあった。まあ、最高神なんてそうでないと勤まらないんだろうなあ。
ちなみに黒帽子の彼女の名前は"空母ヲ級"というらしい。
◆◇◆◇◆◇
「~♪ ~♪」
『Aa――Aa――』
「ヲ~、ヲ~」
釣れるまでは暇なのでティアマトさんとついでにヲ級ちゃんに口笛の吹き方を教えているのだが、二人とも驚くほど全然上達しない。親子かコイツら。
まだまだ先は遠そうであるが、急ぎもしないので暇潰しにその内吹けるようになればいいだろう。
「ヲっ」
そんなことをしているとヲ級ちゃんが声を上げて水面を指差したので見ると、水面に垂らされた糸が引いているのがわかった。
「お」
『Aa――!』
再び竿に来た当たりにティアマトさんも興奮気味である。
そして、それは陸上に釣り上げられた。
「きゅー」
釣ったものはネズミ色の肌をしたイルカであった。陸でビチビチ暴れることもなく、一言"こんにちわ"と呟いてからこっちを見てじっとしている。
『Aaa――Aaaaa――Aaaaaaa――?』
ティアマトさんは真顔かつ少し色褪せた瞳で、"知っています。知っていますとも、イルカって食べれるんですよね?"と言っている。
「海の羊飼いに怒られちゃうからダメです」
後、このイルカ知り合いだし。
「今日はどうしたのさ"リース"?」
このイルカの名はリースという。ジャンヌ絡みの知り合いの使い魔であり、とても頭がいい子である。後、空飛べたりする。
そこそこ頻繁に俺の神器に掛かり、 視界から決して離れない立ち位置でふよふよ浮き、 期待に溢れたキラキラした目をしつつ満足するまで魚を食べさせないと帰ってくれない困った子でもある。お前を消す方法を知りたい。
「きゅきゅっきゅー」
「え? マジで? "ジャンヌさん"と"ジャンヌちゃん"帰ってきてんの?」
これはいけないと思い、俺は釣りを切り上げティアマトさんとヲ級ちゃんを連れて自宅に帰った。リースは瞬間移動や地面を泳ぐことも出来るので放っておいても問題ない。
そして、自宅で俺たちが目にした光景は――。
「オルタ! お姉ちゃんが帰ってきましたよ!」
「寄るな、抱き着くな、撫でるな!?」
「あ、お帰りなさい。"カラス"さん!」
眼鏡をかけて首にホイッスルをかけたジャンヌさん――ジャンヌのオリジナルでジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ女性が、そんなジャンヌさんのクローンであり我が家の生命線のジャンヌに抱き着き、そのジャンヌのクローンであるジャンヌちゃんが帰宅したこちらに気づいてお辞儀をしてくる状況であった。
Q:なんで葵くんこんなバンバン女の子釣れるようになったん?
A:最近隣にいるティアマトさんの幸運ステータスに注目
◇登場人物紹介
・ジャンヌさん
この小説の姉キャラ枠。ジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ者……なのだが、姉ムーヴに飢えた、姉なるもの。葵と出会った頃はかなりマトモで真面目な性格だったのだが、妹がふたり出来たことを知った後、奴は弾けた。ついでに葵が自分より年下なので弟扱いしている節があるファミパン聖女。あなたも家族です……。
※彼女がいるため、原作のジャンヌ・ダルクは弾き出されました。
・ジャンヌちゃん
ジャンヌに次ぐこの小説の相対的常識人枠その2。ジャンヌ・ダルクのクローンであるジャンヌの更にクローン。明るくロジカルな性格であり、どうなったらジャンヌになるのか不思議な程中身が似ていない。ジャンヌさんのことは正しく成長した私、ジャンヌのことは私と呼んでいる。ただ、最近ジャンヌさんがファミパン聖女になっているので、複雑な心境。
~釣果~
ヲ級ちゃん
みんな大好き敵艦隊のアイドル。葵くんの動物会話能力は深海棲艦にも有効。この小説のマスコット枠。海月みたいな帽子のようなものを乗せたよくわからない人型の生き物。何故かティアマトをとても慕っており、なついている。
リース
イルカを飛ばすからジャンヌさんはアーチャー。ジャンヌさんの使い魔であるイルカ。釣りをしているとたまに釣れる。地上を闊歩し空を飛ぶ。知能も高く、視界の右隅から決してつかず離れず出現し続けることもできる。そのままにしておくと釣果を物欲しそうな目で見てくる。ジャンヌさんに似てか、よく食べる。お前を消す方法を知りたい。