こういう世界もありうるのだと信じて。
全ての子供たちに祝福を。
原作に対してのオリジナル解釈が入っています。
反応が良ければこの世界観での続編を書こうかと思っています。
錆びた鉄の匂いがする。風と、血と。そして銃。
戦場の片隅で僕が抱きしめていた血にまみれた幼い少女は、その突発的な発作も収まり、今はただ静かに呼吸を繰り返している。彼女はゆっくりと目をあけ、穏やかに僕を見据えて言った。
「-—ジョゼさん、楽にしてくれませんか」
「--ヘンリエッタ」
「……なんていうか、私もうちょっと、ダメみたいで、体の色んなところが、壊れちゃって。
色んなところがまざりあって。とても、いたくて、くるしくて」
苦しそうに、あえぎながら、願う彼女にぼくは驚愕していた。
彼女に、痛覚がある。つくりものの体として取り除かれた「痛み」が、死の間際に蘇っている。
「痛いんだね、ヘンリエッタ?」
「……はい。それにさむくて、こわい、です」
ぎゅっ、と静かに優しく、更に強く彼女を抱擁する。血にまみれた彼女の髪が風にゆらぐ。
「…いまさっき、夢を見たんです」
「夢?」
「--はい。ジョゼさんと一緒に、月の綺麗な夜空のお星様を見に行く夢です。
おかしいですよね、そんなことしたことないのに」
記憶がよみがっている。「条件付け」によって消されたはずの思い出。
ぼくが消した思い出。
「--いや、ふたりで星を見に行ったんだ。望遠鏡を持って。
君は覚えていないかもしれないけど、本当の話だよ」
「--ほんとう、ですか?」
ああ、と答えると一瞬驚愕した顔を見せた彼女は、
「--そう、だったら、うれしいです」と弱々しく静かに微笑み、
そしてぼくはー
--掠れた銃声。しばしの沈黙の後に続けてもう一発の音が響きー
1
--目が覚めた。
汗が噴き出ている。呼吸がおかしい。作戦は間近だというのにこんなリアリティと痛みのある夢を見るとは。鉄と血のにおいが今にも漂ってきそうだ。
すぐそばにあったコップに水を入れ、飲み干し、落ち着く。呼吸を整える。
いや、リアリティなんてもんじゃない。感覚はそうであっても、違う。
都合のいい妄想だ。
一度書き換えた条件付けが死の間際にリセットされてかつての記憶を思い出すなんて、ありえない。
それに彼女には徹底した条件付けが施された。ぼくが決めた。もはや空っぽの人形だ。
彼女に殺すのをせがまれ、殺し、更にそのあと自殺するシーンに至っては、ぼくはそこまで愚かで恥ずべき人間だったかを嘆きたくなる。
いや、ぼくは愚かで恥ずべき人間以下の存在だ。だけど。
それでぼくが
彼女に対して犯した罪が消えるとでも
それでぼくたちが
こどもたちに対して犯した罪が消えるとでも
思っているのか?
呼吸が再び乱れ始める、薬を飲もう。こんな夢を見るようであれば医者にもっと強い薬をもらうのもいいかもしれない。兄さんは正しい。ぼくはヘンリエッタの優しい兄を演じながら本当のところは道具としてしか思っていなかった。欺瞞と虚威のかたまり。
それだったら最初から道具だ、と公言した方がどれだけ悪として誠実か。
薬をさがそうとして、ぼくはようやく違和感に気付いた。変だ。何かが決定的にねじれている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここはぼくの部屋ではない。ぼくはぼくではない。
すぐ側にあった鏡に写っていたのは、
・・・・・・
--ヘンリエッタ。
ぼくは絶叫した。
悪夢は覚めなかった。ぼくがどれだけ自分の体を叩いても、洗面台で顔を洗っても、覚醒しない。
ついに幻聴幻覚を見るようになったのか。それも自分自身が傷つけ、壊した少女になるという。
あまりに愚かな幻覚。しかしあまりに感覚が鋭利すぎる。現実感がありすぎる。
どこにも女性的な膨らみなどない、なだらかで緩やかな小さな体。一つ線が入っただけの性器。
ヘンリエッタの少女として見てもとても幼い体。女性として目覚めるずっと以前の体。
どこか戸惑ったような幼い顔つき。ふわりとした茶色い髪。
えいえんのこどもとしてのからだ。にどとおとなになることはないからだ。
そうだ、ここはヘンリエッタに割り当てられていた個室だ。
彼女が好んだ少女的な小物こそないが、間違いない。
ぼくは悪夢から逃げ出すように部屋から飛び出す。
間違いない。社会福祉公社だ。作戦間近だとは思えない一見穏やかな空間。
理屈がわからない。不条理だ。グレゴール・ザムザはこんな気持ちだったろうか。
それに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ぼくがヘンリエッタになっているのなら、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本来のヘンリエッタはどうなっているのか?
そしてぼくは窓の外の菜園にある少女を見つけた。花に水をやっている。
リコだ。閉ざされた世界に生きるヘンリエッタの友人にして同僚。
呼吸を整える、意識を抑える。藁をもすがる思いで菜園に向かう。悪夢であればいいと願う。
が、これが現実であるならば。ぼく--ジョゼと、彼女—ヘンリエッタの関係性が全て条件付けの過程で発生した妄想か幻覚か、長い長い悪夢であるならば。「ぼく」が「彼女」であるならば。
違和感を見せてはいけない。
「やあリコ、おはよう。あのね、ジョゼさんたちどこにいるか知らないかな?
ちょっと用事があるんだけど、どこにいるかわからなくなっちゃって」
リコは一瞬ぽかんとした怪訝な顔を見せ、そしてまるでリコらしくない口調で言った。
・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・
「どうした、寝ぼけているのか?--お前はジョゼだ。そして俺は「リコ」じゃない」
・・・・・
「お前の兄だ」
2
ゆっくりと電車が揺れる。ローマから離れて2時間程度。田園地帯が広がる田舎といってもいい小さな街の小さな駅に着く。そこから徒歩で歩く。だいぶこの体にも慣れてきたと思う。
ここちよい秋風が吹く。歩くリズムがせわしくなる。地図を頼りに歩く。
大きな建物にたどり着く。庭園があり、どこか落ち着く古い家のような作り。だがメンテナンスはしっかりとなされているのが見て取れる。あえてこのようなデザインにされているのがわかる。
玄関前には看板が立てかけられている。
「社会福祉公社」。
「社会福祉公社。フラテッロ。条件付け。薬による洗脳と義体化によって孤児や障害を持った子供たちを対テロリストの道具として使い潰す。穴だらけのプロットだな」
3
・・・
アマチュア作家が考えそうなストーリーだと、一人呟き、「リコ」の姿をした兄さんはたばこの煙を吐き出す。兄さんの口調のリコの声。リコの姿をしながら兄さんの様にふるまう、不条理感。
「陳腐、というより設定から破綻している。--確かに子供を兵士や自爆テロの道具として薬や宗教・イデオロギーで洗脳して使い潰す事例などいくらでもある。しかしそれは基本的に非対称戦争のゲリラや民兵・テロリスト、あるいは独裁的な体制でないと作れないシステムだ。
我々の国でそれはできない。リターンに対してリスクとコストがあまりにも大きすぎる。スパイだけでない、ネットの発達したこの現代社会で完全に守られる機密など存在しない」
国がひっくり返るぞ、と兄さんはため息を吐き、しばらく天井を見上げ、言った。
「--いや、一つだけありえる条件設定がある」
「条件?」
・・・・
「生物兵器としての開発を前提にしている場合だ。それであるならば暴走防止のためのフラテッロと条件付けのシステムが成り立つ。寄る辺なき子供たちを依存させ、使い潰す理屈も合致する。フランケンシュタイン・コンプレックスだ。破壊的な能力を持たせるには子供の姿をしているだけの俺たちでは、あまりに危険性が高すぎる。洗脳してこれまで習得してきたスキルを潰したり、最後に使い捨てる形になるのであれば、俺たちでは育成コストが割に合わない」
システムのデータ収集と安全検証が本質的に重要な要素といった所か、と呟いた後。
兄さんは言った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そしてその条件設定の場合、対テロ戦争もマッチポンプの可能性が非常に高い」
混乱の末にぶちまけた(無論「夢」で見たという事にしているが、どこまで信じてくれているか、はなはだ怪しい。精神的に錯乱しているとは間違いなく確信したはずだ)ぼくに、兄さんは呆れながら付き合ってくれた。
義体化テクノロジーには、最初から福祉と軍事転用の両方の未来が見定められていたという。
「祝福されし子ら」計画と名付けられた重度の障害・または難病児童の福祉義体化計画が進む中、子供たちで得られた義体モデルデータ・技術を試験的に軍事転用する計画も秘密裏に進められていた。子供たち—特に女児—のモデルデータを流用するのは義体の戦闘能力は外見と関係なく、ひとえにそれがロール・プレイによる油断を誘いやすかったり、精神的な面で優位に立てる可能性が高いからだ。
そして秘密裏に結成された対テロ組織「機関」の試験任務は五共和国派による対テロ作戦とその無力化。
元の生きていた人生は、死亡扱いにされ戸籍も葬られて。寄る辺なきこどもの姿となって戦いつづける事に、ぼくと兄さんは手を挙げ、選抜されたという。そしてこの姿を得た、という。
「無論おまえが話したようなものではないが、当然ながら「社会福祉公社」とおまえの義体のモデルデータとなった「ヘンリエッタ」は実在する。無論「リコ」もだ。……こんなケースは今までないが、お前の混乱が収まるのであれば…会いに行ってみるか?」
ぼくは一も二もなく頷いていた。
4
「どうもお越し下さって、ありがとうございます。
事情は聞いています、ヘンリエッタに会うのは勿論かまいませんが…」
「ええ、わかっています」
所長だと名乗った老女に静かに頷く。
ぼくはジョゼフィーヌ。通称ジョゼ。先天的に心臓に疾患を抱え、ローマにある社会福祉公社の支部施設で暮らす事になった新しい福祉義体候補生。新しい体を得た子供たちがどんな風に生活しているのか気になり、そして自分と「そっくりな女の子」がいるらしい、と聞いて訪問した。そんな設定だ。
落ち着いた職員室のソファーに座り、差し出された砂糖たっぷりの紅茶を飲む。
と、職員室の扉がガタガタと揺れた。
「--やばいよ、危ないよ」
「--新しい子なんでしょ」
「--ヘンリエッタとそっくりだって!」
「先生におこられる—」
こっそり話しているつもりの子供たちの声がもろに聞こえてしまう。
この声を、ぼくは皆知っている。
「先生」はおだやかな表情のまま紅茶の一息に飲み干し、扉に近づき、そして一気に開けた。
うわあ、と間抜けな声をあげた子供たちが職員室になだれ込んだ。
ああ。
リコ。
トリエラ。
クラエス。
アンジェリカ。
エルザ。
ベアトリーチェ。
シルヴィア。
キアーラ。
ペトルーシュカ。
エリザヴェータ。
フレッチャ。
ソニー。
ガットネーロ。
ピア。
そして—
「うわ、ほんとにそっくり!」
「双子とかじゃないの、ほんとに?」
「ヘンリエッタみたくお砂糖すきなのかな」
ヘンリエッタ。
「あ、あの、はじめまして。ヘンリエッタです。社会福祉公社へようこ」
「会いたかった」
ぼくは、彼女を抱きしめていた。
血のにおいはしない。暖かくやわらかな少女のにおいがする。
彼女の髪が、窓から吹き抜けてきた風にゆれた。
5
「…とてもみんな喜んでいました。機会があればまたきていただけますか?」
「…ええ、もちろん」
翌日。駅のホーム。ぼくはヘンリエッタの担当官だという男性と共にベンチに座り、電車が来るのを待っていた。
どことなく「以前のぼく」に雰囲気は似ているが、肉が付いており恰幅が良い。
1日の体験お泊まり会、という体裁で歓迎されたぼくは、ローマに戻る際、どうしても話しておきたい事がある、という担当官と二人になったのだ。
「…あなたはヘンリエッタの経歴やデータをご存知でしょうから言いますが、あの子がここまで来るのにかなりの時間がかかりました。…事件のフラッシュ・バックと自殺念慮がとてもひどかった」
「…はい」
「我々も最善をつくしましたが、彼女の心に安らぎと安静を得るためにはリスクのある薬物治療を選択せざるを得なかった」
「条件付け、ですね」
「--そうです。そのためにヘンリエッタの心身に多大な負荷がかかってしまった。大なり小なりあの子たちは難しい所がありますが、とくにあの子は難しい。……正直に言うと、ヘンリエッタが大人になれるかどうか、相当にむずかしいんです。多大な負荷がかかる義体交換が実質的に不可能な以上、義体は劣化との戦いになってしまう」
「……それは寿命もふくめて、という意味ですか?」
彼はしばらく沈黙したあと、静かに首を縦に振った。
「わかりました」
ぼくはまた会いに行きます、というと、彼はありがとうございますとだけ言った。
ようやっと来た電車に乗り込み、静かに礼をする。
お元気で。
客席に座る。
ほとんど乗客がいない電車がゆっくりと街から離れていく。
ヘンリエッタからもらった黒砂糖のキャンディーを舐める。
味がしない。
未だにわからないことをぽつぽつと思う。
あの夢は本当は現実で、死んだあとに「なにか」が起こってこの世界に魂か意識が飛ばされたのか。
それとも、ただの長い長い悪夢で、ただぼくが鮮明に覚えているだけで最初からこの世界が現実なのか。ぼくにはわからない。けれども、ぼくはこの世界で出来うる限り生きていたいと思う。
生きて、いこうと思う。
電車はこどもたちから離れていく。
ぼくは静かに目を瞑る。
夢を見る。
originale autore
Yu Aida
ringraziamenti speciali
Louis Malle
GUNSLINGER GIRL se storia
さよならこどもたち
La fine.