多分これからも飛び飛びになるかもだよ。
・・・たぶんね。
「……こ…てる。……ですよ。」
何処かで誰かの声が聞こえる。
とともに何かが口の中に突っ込まれた。
それを咀嚼するとみるみる内に芳醇な果物の香りと甘みとふわふわのパン()の食感が口の中を満たしていく。
とともに脳がその味を理解しようと急激に覚醒していく。
「……ネフェルティティ?」
「はい。おはようございます。取り敢えずはよ起きろ。」
目が覚めると同居人が既に身支度を整えていた。
早すぎませんかねネフェルさんとか思っていると口に出ていたのか「早くないです。貴方が遅いんですよウェトル。」と返ってきた。すんません。
口の中に残っているネフェルティティ特製のパン(ジャム付き)を頬張っているとズイッと目の前に残りの朝食が差し出される。超うまい。思わず子供姿になって食べたいくらいうまい。
え?動物の方が質量的に味わえるんじゃないか?いやいや味覚も動物に寄っちゃうから駄目だダメ。
「……相変わらずお前の作る食事は美味いな。」
「褒めても何も出ませんよ。あ、こないだ取ってきた果物のコンポートが氷室の方に入ってますので食べちゃってくれていいです。じゃ、行ってきます。」
行ってらっしゃいと言って手を振って相方を見送った。
「ウェウェコヨトル。」
「どうした?改まって。」
「今日、もしかしたら見知らぬ子がここら辺に来るかもしれませんが、それとなく追っ払ってください。あと、決して悪戯したり、知恵を授けたりしないこと。いいですね?」
「……。」
「返事。」
「はい。」
よろしい。と言って今度こそ外に出て行った相方にほっと胸を撫で下ろす。
取り敢えず今日は一日動かずにぼーっとしてよう。流石に飯抜きとか泣く。
■■■改めウェウェコヨトル。
あれから何年か経ちましたが、今も相方と一緒に地下牢に住んでいます。
P.S 胃袋は完全に相方に掴まれてしまいました。
***
「今日こそこの先に行ってみせる!!」
そう果敢にも言ってのけるのはまるで砂糖菓子の様な母親譲りの外見に父親譲りの豪胆さを持つ王女メルトアトゥムだ。
彼女は今地下迷宮(という名の牢獄)の入り口に来ていた。
さて、何故彼女の様な俗に言う尊い御方がこのような場所に来ているのかというと……。
「(先生の秘密。必ず暴いて見せる!)」
このように普段自身の家庭教師をしてくれているイシスネフェルトという女性への知的好奇心を満たすためである。
誠に身勝手ながらも、彼女にとってはかなり重要なことなのであった。
始まりはそう、些細なこと。
何かの記録で憧れの家庭教師である彼女の名を見つけた所からだった。
それは彼女の他にもたくさんの女性の名が記されていて、何気なくこれは何かと近くにいた文官に聞いたのだ。
驚くべきことにそれは王の側室の方々のお名前ですよと言って、聞いていないのにけれどネフェルタリ様のことは~などといかに父が母を愛しているのかの話が出てきたので既にそこにいるだけで惚気の塊の様な両親を常日頃見ている彼女としては遠慮したく、気になっていることを真っ先に質問するのであった。
「それよりもここ。この名前の人物は?」
何故、彼女の名前がそこにあるのか、少女には理解できなかった。
だって、彼女、イシスネフェルトの部屋らしき部屋はこの王宮及び後宮には存在しない。
それにそういった身分の人であるなら幼少のころから既にそれとなく見知っていなければおかしい。
王宮も後宮も広いようで狭い。どんなに序列の遠い人でも何回か顔は合わせているはずなのだ。
が、彼女とメルトアトゥムが顔を合わせたのは数年前に彼女が教師として来てからである。
「ふむ?イシスネフェルト様。ですかな?……ううむ。確かに王宮……後宮に上がられたと記憶は残っていますが……。」
ふうむ?と文官は首を傾げるばかりで心当たりはなさそうだった。
しかし、そこでハイ終了ではメルトアトゥムは納得できない。
そうして彼女はごく単純なことに思い至った。
そうだ、先生の後をつけよう。
こうして、彼女は地下迷宮の入り口までたどり着いたのである。
そう、不自然なまでに自然に。
メルトアトゥムは意気揚々と地下迷宮へと降りて行った。
***
「おい!見つかったか?」
「いいや、まだだっ」
「探せ!まだそう遠くには行っていないはずだ!!」
何やらあわただしい外にウェウェコヨトルが聞き耳を立てる。
「誰だ、奴の牢のカギを閉め忘れたのは!」
「大変だ!メルトアトゥム様の安全がまだ確保されていないらしいっ」
「くそっこんなときに……。」
どうやらこの牢獄の何処かに脱獄を企てた何者かがいるらしい。
それと、メルトアトゥムとかいう人物が行方不明という同時進行で二つの出来事が起きているらしかった。
ネフェルティティの作り置きしていってくれたコンポートに舌鼓を打ちつつもしやメルトアトゥムとやらが件の子供だろうか?などと思考を巡らせていると、兵士たちが遠ざかるとともになにやら子供の泣き声が聞こえてきた。
あれ?これなんかデジャウじゃね?などと思いつつそちらに目を向けると、いつだったか遠目から見た現王の正妃ネフェルタリそっくりな少女が半泣きになりながら何かから逃れるかのように走ってきていた。
***
何かにけつまずいて派手に転ぶ。
「いっ」
思わず泣きそうになるが、必死に堪えた。
自分はあの誇り高いラムセス2世の娘であるし、何よりもそんなことをしている暇が今は惜しい。
風を切る音とともにがんっと先程までメルトアトゥムのいた場所に兵士から奪ったであろう剣が叩きつけられる。
振り返る間のなくまた、彼女は走り出した。
「っ……だから、あれほど!護身の術位、教えて欲しいと!なんども!お願い、しましたのに!!」
走り、息を切らしながらも心配性な兄や父への恨み言を溢す。
母や姉たちもだか、特に男性陣は母親と瓜二つと言っても相違ない彼女には甘く、同時にそういった荒事やらに関わらせることをよしとしなかった。
その結果がただ逃げ回ることしかできないというこの体たらくなのだから全くもって論外である。
と、どんと今度こそ何かにぶつかった。
弾みでよろけそうになって何かに支えられる。
遂に捕まってしまったのだろうかという恐怖が背を這うが、それが彼女になにかしてくるという事はなく、逆に先程まで彼女を追い回していた巨漢の悲鳴が轟いた。
が、何かが風を切る音がしたかと思うとすぐにその悲鳴も途絶える。
「全くもって、此処に来る者は揃って騒がしいモノばかりなのか?」
頭上から聞こえてきた何処かで聞いたことのある声に思わず顔を上げる。
そこにいたのはメルトアトゥムを抱きかかえるようにして支えている黒髪金眼の美丈夫だった。
声同様に何処かで見たことのある容姿に首を傾げつつ断りを入れて離れる。
「あ、あの。先程はありがとうございました。助かりました。」
「ふむ、珍しく礼儀を弁えている者だな。が、いいのか?王族がそんなに簡単に頭を……」
下げて、と男が言ったと同時に男に向かって矢が放たれた。
「っく、姫様から離れろ!!得体のしれぬ囚人風情が!!」
戸惑いとともに振り返ると年若い兵士がかの恩人に向かって矢をつがえていた。
名前も聞いたことが無いのでわからないが、たしか歳はメルトアトゥムと近く、妙に馴れ馴れしかったことは覚えている。
「え、ちょっと、お待ちなさい!彼は先程助けていただいた恩人です。そのような無礼は「姫様は騙されているのですっ」は!?」
騙されているとか以前にじゃあ何でこのタイミングで駆け付けたお前は私を助けなかったのかとか騙すとかそんなことする間すらなかっただろとかいろいろ言いたいことはあったがありすぎて逆に何も言えなくなったメルトアトゥムは閉口する。
「騙す、騙す、か。まあ、確かにそれは割と小生の在り方にはあっているとは思うのだが……。」
今も尚続く兵士からの罵詈雑言に特に気にした素振りもなくクスリと笑う男に一抹の得体の知れなさを感じ取っているとまた男に腕を引かれた。
「ああ、だか騙すというのならこのようなやり方もアリだな。」
次にメルトアトゥムが目にしたのは清潔感溢れる、質素ながらも気品あふれる何処かの一室であった。
だが、扉の向こう側から先程の兵士の声がギャーギャーと聞こえてくるあたり此処も先程の地下迷宮の何処かなのだろう。どうすればいいのかわからずおろおろしているメルトアトゥムに平然と男は何やら汁の滴る見たこともない色の……果実、だろうか?を進めてきた。
「食え。果物のコンポートだ。美味いぞ。」
「こ、こんぽーと?」
本来なら毒物やらの心配をしたのだろうが余りの空腹と張りつめた緊張からの疲れから遠慮なくそれを頂くことにした。一口食べると途端にみずみずしい果物と恐ろしいほどの甘さが口いっぱいに広がり止まらなくなった。
少し下品だが汁の付いた指先すら惜しく、舐めとる。
「美味いか?」
コクコクと口の中をそのままに必死に頷く。地位故に今までいろいろな果実。それこそ高級品を意のままに食してきた彼女だが、こんなにおいしいものは初めてだった。いったいどんなものなのだろう。
そんなやり取りをしているとさっきまでひどく煩わしかった騒音が止んでいることにはじめて気づいた。
それとともに控えめな扉を叩く音が聞こえる。
「ああ、どうやらお前の迎えが来たようだ。」
ふふふと男が穏やかに笑うと扉の向こう側から「メルトアトゥム?」と聞き馴染んだ声が自分の名を呼んだ。
改めてメルトアトゥムの中に安堵の感情が湧き上がり思わず「はいっ」と大きめに返事をしてしまった。
「どうやら無事……だったみたいですね。」
ホッとした様子で事も無げに扉から入ってきたのは元々の発端というかなんというかになっていた家庭教師のイシスネフェルトその人であった。
「先生!」と言うが早いかメルトアトゥムは一目散に駆け寄っていく。
そして駆け寄った時に気が付いた、何故騒音が止んだのか。
それは一重にイシスネフェルトがその手で件の兵士とその増援部隊をボコボコに伸したからに他ならなかった。
「(学問だけでなく荒事にも精通しているなんて、流石先生!私も頑張らなくては)」
と何やら憧れとともにちょっとアレな方向に向かっている彼女に気付かぬままに何やら男と二、三言交わし、そのまま帰りますよと手招きされる。
はい!と返事をしようとして恩人の男の方を振り向いた。
「あ、あの、本当にありがとうございます。あと、ごめんなさい。不快な思いをさせてしまって。」
ほんと恩人に対して何て態度を取ったんだあの兵士。と内心で思いつつ謝罪してみると、恩人はただきょとんとこちらを見るだけだった。
「ふ、む……まさかここまで素直というか義理堅いというか……おい、王族の娘。悪いことは言わん。もう少しずるくなれ、でなければこの先大変だぞ。」
そんな男の言葉に憧れの家庭教師は余計なことは言わんでよろしい!!と何かを叩きつけていた。
それでも答えた様子もなく笑う男と先生に戸惑いを隠せずにいるメルトアトゥムは最後に勇気を出してもう一度男の方を振り返った。
「あ、あのっ貴方の、お名前は?」
またも目を見開いたのち、笑って男が言う。
「ウェウェコヨトル。それが小生の名だ。」
「ウェウェコヨトル……。」
王宮に戻った帰り道でその名を呟いた。
「……変な名前。」
もっともその名が、ではなく発音の組み合わせ的に、であったのだが。
それを知ってか知らずか隣を歩く先生が小さく笑って頷いてみせた。
(出来ることならもう一度会いたいなあ……。)
これが後にエジプト版ステゴロ系聖女と呼ばれることになるメルトアトゥムとウェウェコヨトルの出会いであった。
という訳でタイトルの意味は此処にあったのです。
何故ウェウェコヨトルなのかは……まあ、また今度、書けたら、いいなあ……。