今年もよろしくお願いします。
とある一室にて、複数の侍女から装身具を着付けてもらう女が一人。
身支度を整え終わった侍女たちが退出すると、女は一人鏡の方へと立ち、自身の爪先から頭までじっくりと目を通していく。
「うむ、我ながら今日も美しいな。」
流石妾、と女が言う。常人が言えばただのナルシストだろうが女は確かに美しかった。
それもその筈、なんせ彼女はあの暴君ギルガメッシュの実妹にあたる、マトゥルという名の女神であった。
半神半人の兄なのに神の妹とはそれ如何に?と思う人もいるかもしれない。が、だいたい神代なんてこんなもんである。
そのまましばし鏡を見入っていたマトゥルはその瞳に大粒の涙を浮かべて突如として泣き出した。
「……だというのに、だというのにぃっ」
わなわなと震えたかと思うと途端に先程まで使っていた鏡を頭突きで割り砕いた。
どうやらその時に額も切れてしまったらしい。
だらだらと真っ赤な血が額から顔にかけて流れ出て最早ホラーである。
「何で妾には年の近い求婚者の一人も来ない!?更にはフンババの嫁だと!?」
うわあああああ!!と言いながら寝台にダイブする。
そう、何を隠そう彼女は未だに誰とも結婚どころか男女の付き合いすらしたことが無かった。
……現代で言う喪女とかいう類の、女神であった。おかげでイシュタル辺りには行き遅れやらなんやらと馬鹿にされまくっている。
とは言ってもこれにはちゃんと……しているかどうかは定かではないが理由があるのだ。
「どうした?我が妹、そんなに我のセッティングした結婚が嬉しかったか?フハハハハハっ」
マトゥルが寝台の掛布を握りしめて憤怒の形相を浮かべていると背後から聞きなれた声が降ってくる。
そう、何を隠そうこの男、自らの兄であるギルガメッシュがその要因であった。
皆、ギルガメシュ叙事詩を知っているだろうか?え?知らない?まあ、あれだ。要はギルガメッシュの生涯の彫ってある石板の事だよ。
そして、そんな石板の文の中でギルガメッシュは大体暴君として描かれている。
大体は民衆の夫婦関係に亀裂入れるような法を敷いたり、税率上げて市民を困窮させたりとか……いろいろ、それこそやらかしたことだけでテレビ出れそうな感じの人物であった。
そんな感じの兄を持った妹、自ずとすり寄ってくるのは王に取り入りたいおっさん連中くらいであり、男女ともに何かあってはと姿を隠したのである。
兄の風評被害で孤立してしまった可哀そうな子なのであった。
更に肝心の兄はというと散々好き勝手しておいて見目麗しい友人を得たのだから、恋人どころか友人すらいない自分がますます惨めになるようでマトゥルは内心かなり複雑だった。
そして此処にきてのフンババ嫁騒動である。
確かにいつまでたっても独り身の自分を(良くも悪くも)気にかけていたのは知っていたがまさか同性と結婚させられるとは思ってもみなかった。
此処で、マトゥル女神の堪忍袋の緒は切れた。
兄の首を強打して昏倒させた後、やっと気づいた額から流れる血を丁度いいと言わんばかりに指につけて、掛布に殴り書きする。
私の伴侶は私が決める
自由恋愛の旅に出るので探さないでください
P.S
貴方の女性の口説き方は同じ女としてちょっと無いと思う
こうして、彼女は天翔ける天船……というか戦車に乗って国を出て行った。
***
ところ変わって下エジプトのどこか。
昼食のバスケットを片手に密林の中を進むとそこは……工事現場でした。
にゃあという鳴き声とともに足元にすり寄る暖かな何かを感じて下を向くと可愛らしい子猫がいた。
「あら、今日は貴方なんですね。ルシエラ。という事は誰か新入りでも入ったんですか?」
《はい。お母様。昨日の夕刻より一個小隊が進軍してきましたので撃破後こちらに運搬して……現在回復経過を監視しています。》
お行儀よくちょこんと座っていた猫が頭を垂れる。
この猫の名をルシエラ。彼女は兄弟の中でも特に嗅覚が過敏で動きも早い。
故に彼女が主にしているのは捕虜の監視であり、違反者への懲罰もある程度は許されている。
因みに彼女の好物はイシスネフェルトお手製のカリカリである。
さらに言えば彼女の兄も、彼女の双子の妹もお手製カリカリ派である。
肉の方が好きなようだが最近は良くも悪くも人間に近くなってきたのか肉をおかずにカリカリを主食として食べるようになった。せめて人間と同じ主食にしてほしい。
そう思いながらバスケットの中からカリカリを数粒取り出して口元に持っていくと、目を輝かせて夢中で食べる猫に相棒の姿を見た。
他愛のない話を続けながら進んでいくと行く先々で挨拶やら会釈やらを返され、ふとした疑問がイシスネフェルトの口をついて出た。
「そう言えば、此処で作業をしているのは皆元は向かってきた者たちだったのですよね?」
「はい、お母様。その通りです。それ以外の者は私と、妹と、兄と、お父様しかいません。」
「……の割には、何か……すごく従順ですね。」
「きっとお父様と兄の人望ですね。」
うふふといつの間にか人型になって笑うルシエラの言葉にイシスネフェルトは内心で「いや、それは絶対ない。」と断言する。あの台風みたいな奴についてくるものはいたとしても振り回されて尚ついてこれるものなど早々いないことを知っているからだ。
それこそ長兄のイースレイくらいだろう。
いったいどうやって統率を取っているのだろうかと首を傾げると、丁度良く件の人物がこちらへと駆け寄ってきた。
さっきのルシエラと同じようにその瞳を輝かせて。
「今日はサンドイッチと、お茶と、フルーツ寒天です。」
言ってその場にレジャーシート……というにはいささか原始的な植物の葉を編んで作ったゴザの様なものを敷こうすると止められて、別な場所へと案内される。
再度ゴザを敷いてその場にいなかった妹の方……ラファエラとイースレイが来たことを確認してそれぞれ座り、家族の団欒が始まった。もちろん子供たちの方には人間の食事とともにカリカリも用意されている。
「そう言えばさっきルシエラと話してたんですが、なんでここの捕虜たちはこんなにも従順なんですか?もう少し反乱とか起きるかとばかり思っていたんですが。」
訝し気なイシスネフェルトの問いにウェウェコヨトルとイースレイはきょとんとした後顔を見合わせて笑いあう。
と、イースレイが立ち上がり、おもむろに近くの地面に何やら図のようなものを書いていく。
暫くしてパンパンと手の汚れを払ったイースレイがにっこりと笑った。
「実はこのような制度を設けたらみるみる態度が改善しまして、現状叛逆者は0です。」
言われて図を見てみると端の方には草と書かれ、もう一端には特と書かれていた。
その間にはそれぞれ枠とともに1,2,3,4,5と数字が振られており、肝心のタイトルらしきところには今日の献立とハートマーク付きでデカデカと書かれている。
「……?」
「要はなんだ、勤務態度が直に生活に響くようにしてみたという訳だな。」
フハハハハとウェウェコヨトルが笑う。
じゃあなんだこの草、特というのは……。
「1が一番低く食事はその辺の自生している草。
2が我が娘ルシエラの手料理(
3が我が息子イースレイの手料理(見た目はいいが食べた後腹を下す)
4が我が娘ラファエラの手料理(普通の料理)
5が小生の料理(なんか美味い料理)……となっている。
努力すればするほど待遇が良くなるぞ!!」
「いやなんかもうまともなの4,5しかないんですけど。道が険しすぎるんですけど。」
「大丈夫ですお母様!反抗的なのも最初の二週間くらいです。後は何かを手放したかのように労働に力を入れ始めますから!!」
「……あの、ちなみにこれで懲りなかった人はいったい……。」
そうイシスネフェルトが問うのとほぼ同時にバサッと近くの材木の覆いが風で一瞬捲れる。
そこにあったのは、否。居たのは材木なんかではなく目に精気の無い男性だった。
何をするでもなく、ただじっと水の張られたバケツを覗いている。
その唇は絶えずなにかを呟いていた。
「え......。」
ここで「おっと」と言ったウェウェコヨトルの手でその覆いは元に戻され、イースレイの手によって完全に縫い合わせられてしまった。
「ちょっさっき何か見えましたよ!?」
「さあ?何か見えたか?イースレイ」
「いえ、俺は何も」
可笑しい昔はもっと常識的だったはずなのに......
時間の流れは残酷だった。
そしてそんな和やかな雰囲気をぶち壊す悲鳴が、空から
「あああぁぁあああっ」
その悲鳴の発生源がそのまま、現在建設中だった神殿?のようなものに突っ込んでいく。
派手な音と共に上部が崩壊した。