パワーアーマーの補助スーツ越しに感じる朝の冷気。そして朝の早い鳥達の鳴き声という初めての環境に、カルマは驚いて身を起こして辺りを警戒する。
が、視界には深緑色の布で囲まれた小さなテントの中しか映らない。そこまできて、ようやくカルマは自身がどうなっていたのかを思い出した。
「……朝、か。~~~~っ!」
隣を見るとすると、既に目を覚ましていたのかコンラッドは居なくなっていた。体を伸ばし頭を完全に覚醒させる。
「おはよう、カルマ君。良く眠れたかい?」
パワーアーマーを装着してから外に出ると、コンラッドが昨夜使っていた焚き火跡に再び火を点け、金属製のポッドで湯を沸かしているところだった。
「おはよう、コンラッドさん。エレナさんとエイミーはまだ起きてないのか?」
「ああ、娘はまだ夢の中さ。エレナは荷馬車の中から朝食用の食材を出してもらいに行ってるよ」
「出来立ての物が食べれるというのはいいな。ウェイス……以前まで旅をしていた場所だと、食事は町で買った物を焚き火で軽く炙って食べるか、野生生物を狩って食うかしかなかったから、こういう暖かい食事はいい」
「ははは、何を年寄り臭いことを言っているんだい?俺よりも君は若いだろうに」
「……人を年寄「あなた~おまたせ~! あら、カルマさん、おはようございます!」…おはよう、エレナさん」
年寄り臭いことを言うな、とコンラッドに笑われ少しむっとしたが、エレナが丁度よく現れてしまい文句を言えなくなってしまった。あまりのタイミングの良さに、狙ってやったのでは、と心で疑ってしまう。
「まあ、そう気を悪くするな。単なるジョークだよ、ジョーク! ほれ、昨日気に入っていたコーヒーだ。あったまるぞ?」
「………まあ、これで許してやる」
渋々と、そう見えるようコーヒーを受け取るカルマだったが、嬉しそうに口に運ぶ姿にコンラッドたちにクスクスと笑われるのだった。
それから一時間程経ち、ようやくエイミーが起きてきた。昨夜は大冒険だったためか、未だに眠気が抜け切れていないようで欠伸をしながら目をこすっている。
「おはよぉ~」
「「「おはよう、エイミー」」」
「……くぉ~ん」
「ん? 何だコン、居ないと思ったらエイミーと寝てた……って、その様子を見るに、抱き枕にされて眠れなかったのか?」
「くぉん……」
よじよじと、こちらの肩によじ登り、自分だけの特等席と決めたのか頭の上に乗っかってだらけ始めるコン。見ると、毛並みは所々乱れているし、良ーく見れば歯型の様なものまで見える。これは仕方ないと肩を竦め、ぽんぽん、とコンを撫でるとそのままにしてやった。せめてもの慰めとして。
「さて、朝食を食べたら出発といこう。ところでカルマ君、目的地は一番近くのエンシオの街になるが構わないかい?」
「ああ、構わない」
堅く焼かれた黒パンを軽く火で炙り、カルマに差し出しながらコンラッドは確認を取る。昨夜と同じ内容なので問題ないが、二回も聞くのは商人として確認は大事だから、らしい。
朝食は先程の黒パンと塩漬け肉、それに前の街で仕入れたという果物だ。見た目は新鮮なリンゴに似ているが、味はさっぱりした柑橘系の味で少し驚いてしまった。
「オレンの実は初めてかい? 初めて食べる奴の大半は驚いた顔をするんだ」
この短い時間で分かったことだが、コンラッドは大層な悪戯好きということが分かった。と言っても、こちらが怒り出さないギリギリを見極めてくるので、少し騒がしくとも嫌悪を抱くほどではないという稀有な性格だ。
「もう、あなた! 悪戯はほどほどにしてください、って何度も言ってるじゃないですか!」
対してヘレナは、そんな子供っぽい旦那をしっかり支える礼儀正しい女性で、どうしてコンラッドと結婚したのか疑問に思ってしまう。…まあ、聞こうとした途端、ジェファーソン記念館の地下で拾ってしまった父と母のいちゃいちゃ記録を聞いた時と同じ悪寒がしたので、止めておいた。あんな惚気話を聞かされたら溜まったもんじゃない。あの会話を聞いたせいでスーパーミュータントの奇襲にあったのだから…。
朝食も終わり、焚き火跡も綺麗に掃除して全員が荷馬車に乗り込む。荷馬車を引くのは馬と言う、バラモンとは違い頭は一つで体は細く、食用では無く運搬専用の家畜らしい。Pipboyにも、データとして残っており、この世界は戦前とどこか似た部分があるようだ。
「さぁて、では、出発と行こう!」
コンラッドは御者台に乗り込み手綱を握り、エイミー達は荷車の中に狭いながらも場所を作って座っている。
驚いたことに、この荷馬車は幌馬車にもなるようだ。テントに使っていた布が、そのまま幌となり、日射しから商品とエイミー達を守っており、原始的ながらもよく考えてあるとカルマは感心した。
「ああ! そう言えばカルマさん、別の国から来たと仰っていましたが、何か身分を証明出来るものを持っていませんか?」
「身分? …これなら持っているが」
アーマーの気密を緩め、首にかけているB.O.Sホロタグを取り出す。鎖に繋がれた小さなタグには、カルマの名、階級、所属を含めた情報がプレスされており、蒼く輝く部分が電子情報も記録している優れものだ。エルダー・リオンズからナイトの階級に任命されたときに貰ったもので、ウェイストランドでは結局一度も使うことの無かった悲劇のホロタグだ。
「あら…変わった身分証ねぇ……あなた、この文字読めますか?」
「ん? どれどれ………すまないカルマ君、これは一体どこの文字だい?少なくとも、この大陸で使われてる共通語じゃないから身分証にはならないんだが…」
「なあ、何でさっきから身分証を持ってるか、何て聞くんだ? ……まさか」
「その、まさかさ」
コンラッドはため息一つ、肩を竦めるのと同時に吐き、説明しようと口を開い
「街にはね、身分証がないと入れてもらえないんだよ!!」
「…………」
「あらあら、うふふ」
「……エイミー、説明して、もらえるか?」
「うん! えっとね~…」
まさか娘に遮られるとは思っても見なかったコンラッドは、しばらく呆然と固まり、次の瞬間にはまるで親の敵を見るかのような視線でこちらを睨みつけてきた。ヘレナはその様子を見て笑うだけだし、なんと言うか、カオスだった。
まあ、そんな中朗々と解説を続けるエイミーの話を纏めると、こうなった。
街にはそれぞれ門が最低でも二つ、王都などの大きい都市は六つの門が存在し人の出入りを厳しく監視している。そして、街中に入るにはそれぞれ国が発行した身分証が必要になる。この身分証は、街野中で生まれ、そのまま一生街の中で過ごす者には必要ないが、商人や冒険者、傭兵など、国の管理していない者が外に出る場合必要となる物、らしい。発行にはそこそこの費用が掛かるらしく、商人でなければまず買えない代物だという。
「で、これがその……」
「じゃ~ん」と、自慢するようにエイミーはカルマの眼前にその身分証を突きつけた。金属製なのはホロタグと同じだが、ホロタグには無い透明な、水晶のような物が右端についている。
「えっと、この水晶は……お母さん、なんだったけ?」
「知らないのか!?」
ここまで順調に説明していたのに、いきなりの落とし穴に思わず突っ込んでしまった。これには、コンラッドは苦笑を、エレナは困ったように微笑んだ。
「あらあら。エイミー、これは魔水晶。私達エルフや獣人、人族の魔力を記録できる特殊な鉱物…って、この前教えたけど、忘れちゃった?」
「う~ん……あっ、思い出した!」
ごめんなさ~い、と笑いながら謝るエイミーに、子供だから仕方ない、と諦め、続きの説明を、とエレナに目線だけで頼む。向こうもそのつもりだったのか、一つ頷くと説明を再開してくれた。
「娘に代わって、説明しますね。この魔水晶には、先程言ったとおり魔力を記録できます。その特性を利用して作られたのがこの身分証です。エイミーが言ったとおり、これを個人で揃えようとするととてもじゃないですが一般の方は手を出せません。ですが、冒険者組合や商会、傭兵派遣組合に登録すればだれでも持つことは可能になります」
「へぇ…。 無論、タダでそんな便利なものが貰える訳は無いよな?」
「ええ、仰るとおり。冒険者組合は月に一定回数以上依頼を受けるか、上納金を納めなくてはなりません。商会は、月に銀貨五枚を支払う必要があります。もちろん、それに見合ったメリットが存在するからこそ、この値段です。そして最後の傭兵派遣組合は…」
「あそこは、実力さえ示せば発行は無料。上納金も必要ない。が、指定された依頼は基本拒絶は不可能。できたとしても、違約金をたんまりと払わないといけないシステムだ。その分、稼ぎは良いし、依頼を受けていない状態なら脱退も可能だ」
コンラッドが御者席から顔をこちらに向けずに説明をしてきた。それに少し驚き、軽く睨んでおく。また何時もの悪戯か、と思ったからだ。
「……いきなり話しかけないでくれ。心臓に悪い」
「ははは、すまない。まあ、そこに居たことのある俺の方が、言葉に説得力があると思ってな。エレナもそれがわかっていたから譲ってくれたんだろ?」
「あなた……」
「エレナ……」
それから二人で見つめあい、どこか立ち入れない…いや、立ち入りたくない空間が出来上がった。エイミーはまた始まった、とため息をつき、あの胸焼けを起こしそうな空間からこちらに避難してきた。その際、コンが頭から強奪され、悲鳴が上げる。
「………で、エイミー。お前の両親があんな感じなんだが、あとの説明を頼めるか?」
「えへへ~、ぐりぐり~もふもふもふ~~。 あ、はい。いいですよ」
「一応、身分証に関してはよく分かった。それで、その身分証が無い場合はどうやって入ればいいんだ?」
「ああ、そのことですか。確か、身分証がある時に免除される通行税が必要になって、あと、所持品を検問されるんです」
検問。戦前の本で読んだことがある。確か…。
「荷物の中を詳しく調べられて、後は一応鎧も脱がないといけないはずです」
「危険物が無いか確認されるのか…ま、それぐらいなら問題ないな」
危険物といえばPipboyに入っているミニニューク程度だが、出さなければ問題ない。第一、あんな撃ったら自分まで巻き添えを喰らう兵器なんか使いたくない。
「……で、ほんとに何時まで続けるんだ、あの二人は?」
「さあ……二人とも、気が済むまでああだから……」
良く街道を外れないものだ、とこの荷馬車を引いている馬に感心したが、何時の間にか二人仲良く御者席に座り聞きたくも無い激甘会話(愛の語らい)を繰り広げているコンラッドとエレナを見てカルマは呆れ、エイミーは諦め半分、恥ずかしさ半分のため息をつく。
こんな愉快な面子を乗せ、馬車はエンシオの街に向かうのだった。