戦姫絶唱シンフォギアパンドラ -In the midst of disaster-   作:ナメクジ次郎

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日常回(?)です


わたしに今、できること

 特異災害対策機動部二課へ連行された次の日、放課後すぐに帰宅して待っていると、昨日と同じ黒塗りの車と黒服の皆さんが来て、二課の本部まで送迎してくれることとなりました。

 なったの、ですが……。

 

「こっ、こここ……こここ、ここっって」

「どうかされましたか?」

 

 昨日は目隠しをされていたから気づかなかった、いや、気づけなかったので、今改めてそれがどこにあるのかを認識して、鶏みたいなリアクションを取っている私に、黒服の人のうちの一人……緒川さんが不思議そうに声をかけてくる。

 どうかされましたか? って、ここは。

 

「二課ってリディアンにあったんですか!?」

「そういえば先日は目隠しをしていたので、重音さんは知りませんでしたね。リディアン音楽院高等部地下に隠されているんですよ」

「という事はまさか、リディアンは政府の実験場!?」

「あまりいい言い方ではありませんが、そういう側面はありますね」

 

 知らなかった、いや、政府の秘密組織なんだから知らない方が当たり前なんだけど、ずっと眺めていた学校にまさかそんなものがあるとは。

 

「あ、だから一回着替えて来る必要があったんですね?」

「はい、他校の生徒がリディアンに居ると噂になってしまいますし」

 

 危ない、今日は検査をすると言われたから、学校指定のジャージを持参するところだった。

 まさかの真実から気をそらすため、車外の音に耳を澄ます。

 歌が……聞こえた。

 

「好きなんですね」

「ふぇ……えっ、何がですか?」

「歌、ですよ。二課であなたの事を調べたら、リディアン周辺での目撃情報が多かったので。今もここの生徒の歌、聴いていたんじゃないですか?」

「は、はい……休日はよく音が漏れてる場所とか探したりして、ここの人達の歌を聴くんです。なんというかキラキラしてて、希望で溢れてて、元気が貰える気がして」

 

 歌で人を幸せにする。それはきっと凡人にはできない事だ。

 少なくとも、私にはそんな事、どうやったって……。

 

「着きましたよ。二課まで案内しますからついてきてください」

「あっ、は、はい!」

 

 わたわたと緒川さんについていく、ああ、私、憧れのリディアンでなんて無様なサマを晒しているんだろう、そう思った。

 そしてその後乗ったエレベーターで、追加の無様を晒したのは言うまでもない、視覚があるかないかであそこまで体感で感じるスピードが違うなんて聞いてませんよ……。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 翼さんが重症を負い、入院した。

 検査を終えて二課で待機していた私に聞かされたその情報は、あまりに衝撃的で、しばらく頭が働かなかった。

 皆沈痛な面持ちで内通者の可能性、もう一人のシンフォギア装者である響さんが狙われていた事、そして響さん自身の思い、様々な事を話している。

 そんな中、私ができること、言えることは何もなかった。

 そもそも、彼女とは今日初めて会ったのだから仕方ないと言えばそうなのだが。それでも何も言えない事が歯がゆかった。

 だからだろうか、響さんが帰った後にその言葉が出たのは。

 

「私は……」

「どうした、重音くん」

「私は、まだ戦えないんでしょうか。ノイズとも、その鎧の少女とも、内通者とも……」

「……パンドラの箱の加工はまだ終了していない、それに」

「それに……?」

「力を振るうだけが戦う事じゃない、君は二課の所属になったとはいえ戦う事のできない一般人と同じだ。だから今は君ができる事をするんだ」

「私に、できること……」

 

 そんなもの、あるのだろうか?

 私にできる事なんてほんの少ししかない、それにここに集まってるのはその道のプロフェッショナル達だし。

 

「それに、あと数日もすれば了子くんが加工を終わらせてくれる。そうすれば響くんと並び立つ事もできるし、ノイズに怯える市民を守る事もできる!」

「武具って形の聖遺物じゃないからちょ~っと時間がかかってるけど、この天才、櫻井了子にかかればバッチリ仕上げてあげられるわよ」

「だから重音くん、君は安心して時を待つんだ」

「わかり……ました」

 

 ああ、力になりたいなんて言ったのに逆に励まされて、大人にはやっぱり敵わないな。

 家に帰ってみても、お風呂に入ってみても、自分に何ができるかなんて思いつきもしなかった。

 ノイズに対して無力であっても、誰かの為に何をできるか考えて実行に移していたお父さんがどれだけ凄い事をしていたのかがよくわかる。

 いけない、このままじゃドツボにハマってしまう。いや、既にハマっている。

 今の自分に何があるのか、それを考えていた時に、ふと近所のお好み焼き屋さんの言葉が脳裏をよぎった。

 

『お腹空いたまま考え込むとね、嫌な答えばかり浮かんでくるもんだよ』

 

 ああ、そうか、なんだ簡単な事じゃないか。

 響さん、思いつめた様子だった。それにみんなも、だったら私に今できることはそれしかないじゃないか。

 そう決意して冷蔵庫と調味料を確認した後、私は二十四時間営業のスーパーまで走った。

 これが私に今できる戦いだというのなら、それをするしかない。その思いを胸に抱いて。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「えぇっ!? 響さん来てないんですか!?」

 

 夜のうちに仕込みを終え、朝のうちに作れるものは作って、痛みやすいものは黒服さんが迎えに来るまでの間に仕上げ。

 持てる料理スキルを最大限使って作ったお弁当が入った重箱を持って二課までやって来たのに、無駄足になってしまった。というかこれ私一人じゃ絶対食べきれないし。

 

「まあ昨日の事もあるし、もしかしたらもう寮に帰ってるかも。何か渡したいものがあるんなら預かっておくけど」

 

 そう言いつつ椅子をこちらの方に向けたのはよくこの部屋でモニターと格闘してる人……藤尭朔也さんだ。

 

「そうしてくれるとありがたいですけど、できれば自分で渡したいかなーなんて……」

「司令に連絡してみれば、もしかしたら居場所を知ってるかもしれないわよ」

「そうしてみます!」

 

 そう助け船を出してくれたのは、同じくこの部屋でよくモニターと格闘している女性、友里あおいさん。

 この間渡された弦十郎さんの携帯の番号を入力し、しばらく待つ。一度、二度、三度目のコールで出てくれた。

 

「あっ、弦十郎さん、聞きたい事があるんですが」

「重音くんか、今日は検査は無かったはずだが……」

「響さんがどこに居るか知りませんか? 私、自分にできること、わかったんです」

「そうか……響くんなら俺の家で特訓中だ、用事があるのならば来るといい」

「はい!」

 

 なんだ、響さんも吹っ切れたのか。

 それなら私がこれを用意しなくてもよかったかもしれない、そう思いつつも。

 やっぱり誰かの為に作ったものなら自分で食べるよりも、誰かが食べてくれた方がいいと、作った者としての心理はあるわけで。

 

「二人ともありがとうございます、私行ってきますね」

 

 あおいさんと藤尭さんに一言お礼を言って私は走り出した。

 

「はっ……はっ……」

 

 走る、走る。リディアンを抜けて、坂を下りて、住宅街に入りまだ走る。

 弦十郎さんの家はリディアンからそう遠くないとはいえ走っていくには距離があるうえに、重箱があまり揺れないようにバランスを取りつつ走っているので体力はどんどん消費されていく。

 そして何よりも。

 

「入口がわからない……壁ばっかりで……どこまでいけばいいの……」

 

 偉い人の家特有の長い壁が私の前に立ちはだかっている。

 これだけ長いなら入口をいくつも付けて欲しいなんてくだらないことを考えながら走っていると、やっと門が見えてきた。

 

「弦十郎さーん!」

 

 息も絶え絶えになりながらも、大声で家主を呼ぶ。

 しばらく待っているとどこかで見たことある衣装を着た弦十郎さんが出てきた。

 このコスチューム確か中国映画の……。

 

「お弁当……持って……来ました……」

 

 待ってる間に息は整っていなかったので、荒くなった息を吐きつつそう伝える。

 正直あの衣装とか気にならなくなってきた。

 

「弁当……そうか、重音くんはそれを自分の戦いだと決めたんだな。ちょうど昼時だ、幸い量もあるようだし、三人で食おう!」

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「いや~、まさか重音ちゃんがお弁当作ってくれるなんて思わなかったよ~」

 

 弦十郎さんと同じ衣装を着た響さんが朗らかに笑いながら言う。

 特訓って一体何をしていたのだろうか、というか二人とも形から入るタイプなんですね。

 

「丁度お腹空いてたし、早く食べよ!」

「まあまあ、お弁当は逃げないですから……」

 

 急かす響さんをたしなめながら、ゆっくりと一段目の蓋を開ける。

 ここまで楽しみにされるとやっぱり、焦らしたくなるのが人間だ。

 

「おお~!」

「ほう、これは見事な」

 

 一段目の中身は綺麗な三角形のおにぎりだ、シンプルに塩で味付けをした真っ白なものと海苔で全体を巻いた真っ黒なもの……こっちの中身は食べてからのお楽しみ。

 この時点で二人の二段目への期待は最高潮に達したはず、だからおかずが入っているこちらで、さらに私の料理スキルを見せるとしよう。

 そうして二段目を開け放つ。

 

「……あれ?」

「む……これは」

 

 あれ? 何やら二人のテンションが落ちている気がする。

 おかしい、上手くできたし盛り付けだって完璧だったはず。

 

「重音ちゃん、これは?」

「ささみですよ、低温で調理してあります」

「これは?」

「昆布ですね、濃いめにお醤油で味付けしてあります」

「これは?」

「玉子焼きですよ……?」

「どうして白いの!?」

「体が資本のお仕事だから、たんぱく質は必要だと思って」

「そ、そっか……」

「見事なツートンカラーだな、重音くん。これはこれで一種の芸術かもしれん」

 

 弦十郎さんが褒めてくれたけど、どうして微妙な顔をしているんだろうか。

 他にも極力雑味が出ないようにしたえのきの煮浸しにひじきの煮物、栄養面も考えて完璧なはずなのに。

 

「さ、弦十郎さんも響さんも食べてくださいよ。感想も聞きたいですから」

「そうだな、いただくとしよう」

「そうだね! いただきます!」

 

 箸を持ち重箱の中身に手を付ける二人、口に合うといいけど。

 

「美味しい! 美味しいよ重音ちゃん!」

「これは……美味いな」

「ふふん、そうでしょう、昔はお父さんにも作ってましたが好評だったんですよ」

 

 よかった、二人の口にあってくれたらしい。

 

「海苔が巻いてある方のおにぎりには……なるほど、佃煮か」

「はい、何時間も弱火でじっくりと山椒の実とちりめんじゃこを弱火で煮て味を濃くしていって……」

「そんなに準備に時間かけてるの!?」

「はい、誰かに食べさせるためだと思うと、そうなってしまって……」

 

 特訓の合間の楽しい時間は、そうやってゆっくりと、過ぎていきました。


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