戦姫絶唱シンフォギアパンドラ -In the midst of disaster- 作:ナメクジ次郎
本当に申し訳ありません……
フィーネ、終わりの名を持つ者。
それが今まで私たちを苦しめてきた元凶であり、敵の正体……らしい。
ネフシュタンの鎧を纏った少女――雪音クリスの襲撃。その一部始終を二課の本部で、私は見て、そして知った。
戦争の火種を消し、人類を呪いから解放する。それが彼女らの目的。
その為にノイズを操り、完全聖遺物を狙い、米国と協力して暗躍していた。
世界平和を願うのに、そこまでする必要があったのだろうか、戦争の火種を消す、その為に戦っていた父も。もしそのチャンスがあれば、そんな事を――。
そこまで考えたところで、私はネガティブな思考をかき消すように首を振った。
父はそうではなかった、そうはならなかった。自分が犠牲になろうとも、理不尽に力を振るう事はなかったのだから、この考えは今は終わりだ。
「深刻になるのはわかるけど、シンフォギアの装者は二人とも健在。それどころか、三人になるのよ? 頭を抱えるにはまだ早すぎるわよ」
「それってまさか……!」
「そのまさかよ、重音ちゃんのシンフォギア。パンドラの箱が完成したわ! ちょ~っとだけ時間かかっちゃったけど、これであなたも戦えるわ」
そう言って赤い結晶がついたペンダントを差し出す了子さん。
原型無いなぁ、とかそういえばこれだけ長く手放してた事なかったな、とか余計な考えが頭に浮かぶ。
これを受け取れば、ノイズと戦う術が、誰かを守る為の力が、お父さんの無念を晴らせる可能性が、手に入る。
恐る恐ると言った具合でゆっくりと、差し出されたそれを手に取り。首にかける。
「ん~、加工前の聖遺物も似合ってたけど、そっちも似合ってるじゃない?」
「そ、そうですかね……」
似合っている、という言葉に少し照れながらも、心の中でパンドラの箱におかえり、と告げる。
「重音くん、この混乱した状況で戦いに身を投じるというのは酷かもしれないが……」
気を使ってくれているのか、司令はそう言葉をかけてくれる。
しかし私はもう覚悟を決めてしまっているのだ、翼さんに、ああやって言ったばかりだし。
一度ちらりと翼さんを見た後、司令に向き直る。
「大丈夫ですよ、ここでずっと二人の戦いは見てきましたし、それに、戦う覚悟はできています、だから……また未熟で、足を引っ張るかもしれませんけど。よろしくお願いします」
そう言って司令に、そして二課の皆にお辞儀をする。
そうだ、私だけの戦いではないのだから、きっと迷惑もかけるだろう。もしかしたら衝突することもあるかもしれない。
「だったら、一層頑張ってもらわないとな! フィーネの目的が不明な以上、様々な可能性を考えなければならない」
「……はい!」
その後、翼さんが響さんの事を仲間と認めてくれたり、響さんとガングニールとの融合が進んで強大なエネルギーを生んでいることを了子さんが語ったりと、様々な事があり。
そして――
「大槻、少しいいだろうか」
響さんがリディアンの寮へと帰った後、翼さんに呼び止められた。
「は、はい! なな、なんでしょう!」
「そう硬くならないで欲しいのだけれど……いや、つい先ほど正式に装者になったのだから、身が引き締まるのも無理はないか」
「す、すみません……」
「いや、大槻が謝る事じゃない。それで、要件なのだが。明日もしよければ私のリハビリを手伝ってはくれないか」
「リハビリ……ですか」
「ああ、今はもう歩く事も歌う事も十分ではあるが、戦場に立つには少し無理がある、それ故に……明日、あなたへの稽古も兼ねて少しだけ」
「は、はい! 私でよければ!」
◆◆◆◆◆◆◆
昨日、翼さんからの申し出を承諾したことを、少しだけ後悔していた。何故なら……。
「え、ええと、どうしてこんなことになってるんですかね?」
「だから言ったじゃない、リハビリを兼ねてあなたに稽古をつけると」
リハビリだと言われて二課の方に案内された段階だと、医療施設もあるしそこで何かするのかと思っていたけれど。よくよく考えれば翼さんは昨日既に出撃していたのだ。
つまり、まあそんな大事を取ったリハビリよりは段階が先のものになるわけで、それはわかる。だけど……。
「稽古をつけてくださるのはありがたいんですけどなんでギアを纏ってるんですか!?」
「こちらが敵の存在を知った以上、相手がいつどんな手段で来てもいいように警戒しなければならないということよ。立花には一か月近く戦いに身を置いた時期があったけれど、あなたにはそれがない」
「つまり……今のうちにシンフォギアを纏う感覚に慣れておけ。という事ですか」
「そういう事だ」
なるほど確かに、何年も装者として戦って来た翼さんや先日アームドギアに代わる力の使い方を編み出した響さんと違って私は、パンドラの箱の力も、性能も知らないままだ。
アームドギアを使えなくても、少なくとも纏っている時の体の動かし方は知っておかなければ、初めて出会ったあの日みたいに振り回されるだけだ。
「わかりました……私、歌います」
「その意気だ」
「role pandora pyxis tron」
胸に浮かぶその歌を口にすると、あの時のように私の体は光に包み込まれる。
収束した光が粒子となり、シンフォギアへとカタチを変えていく。
白を基調としたインナースーツに、それを上から塗りつぶすように装着される機械的な鎧、これはあの時と同じ—―いや。
アームパーツは前回よりその面積を増し、肘の辺りまでを包み込み、そして何より。
深い紫色だったそれは、黒に。少し恐ろしいほどの漆黒へと変わっていた。
「これが……シンフォギア……」
「うむ。とは言っても、あの時のものと見た目はそう変わっていないな」
「は、はい……ちょっと大きくなってますけど」
「恐らく櫻井女史が手を加えたことにより、以前よりも力を効率よくシンフォギアの形に出力できているのだろう」
「なるほど……やっぱり了子さんって凄いんですね」
などと少しだけ言葉を交わした後、お互いに息を吐き、そして呼吸を整え構える。
ああ、なんというかこういうの司令と見た映画でもあったな……。
「じゃあ、あなたと私、手合わせしましょうか」
「お、お手柔らかにお願いします……」
◆◆◆◆◆◆◆
痛い、とても体が痛い。
まだアームドギアを使えない自分の為に、翼さんもアームドギア無しでの組手をしてくれたのだが、それはまあ見事に転がされてしまった。
途中で投げ技に少しは対応できるようになったけど、まさか逆羅刹とは……。
「大丈夫?」
大の字になって倒れている私に翼さんが心配そうに手を差し伸べてくる。
「ありがとうございます……」
「ごめんなさい、誰かと手合わせするなんて久しぶりだからつい、熱が入ってしまって」
「いえ、そんな。私がまだまだ未熟だったからで」
そうやって話して気が抜けたからか、変身は解け、元の姿に戻ってしまう。
気が抜けたら戻るの、よくないなぁ……ちゃんと制御できるようにならないと。
「今日は、これで終わりね」
「そう……ですね」
なんというか、翼さんはギアを纏ったままな訳で、私だけ勝手に気が抜けてしまったのが、少し気まずい。
「……あ、あー! そうだ! 私リハビリ終わった後に一緒に飲もうと思って黒豆茶持ってきたんですよ! 用意しますね!」
一人で勝手に気まずくなっているのはわかっていながらも、ついそうやってトレーニングルームから飛び出してしまっていた。
さっきまで体に走っていた痛みなど気にせずに……否。
まるで、手合わせで受けた痛みが、どこかに行ってしまったかのように……。
それに私は、気づけずに居たのだ。