それは、馬というよりはUMA。
ギリシャ神話主神ゼウスが、ゼウスとして成り立つよりもずっと前。
未だ小さな部族の伝承として未完成な存在であった頃、それ以前の自然の発露であったころ、やはりゼウスの原型は女好きだった。
『いと強大なその存在は極めて好色であり、女とみるや人間だけで無く牛馬と交う事も厭わなかった』とされるほどに。
人と交じれば英雄が生まれるだろう。
それはヘラクレスを筆頭とする後の歴史が証明している。
馬と交われば神馬が生まれるだろう。
今回語られるのは、ゼウスの原型を父に持つ馬――――もといUMAの物語である。
「ヒヒーン(処女はいねーかー)」
何処の誰に似たのか、女好きで処女厨な成体に成長したゼウスと母馬から生まれた仔馬は、いつしか後の世に現れるトロイの木馬も蹴散らせる巨大なUMAへと成長していた。
というか、そもそもトロイの木馬はUMAのフィギュアである。
既に彼に母は亡く、父に至っては会ったことすら無い。
UMAはまあ父親ってのは、種付けしたらどっかいくもんだろうな、まー動物だし。と考えているので問題は無かった。
UMAは幾多の平原を駆けては、己を頂点とした集団を作って回った。
群れに入れるのは基本的には
父親に似たのか、子供を作るときには大きさを変化させる事が出来た。
其れをしなければ色々出来ない。というかアレの大きさが合わない。
…アレが何なのかは各人で保管しておいて欲しい。
この物語の語り部はR-18を付けるつもりはないし、其れを付けなかった為に
いつの間にか溜まった魔力が角としてUMAには生えてきた。
まこと見事な一角であった。
父親譲りの雷の権能が宿っており、嘶き声と共にかぶりを振るうと周囲一帯が落雷で焦土になった。
また、己に雷を受けることでその純白の身体が漆黒に染まり稲妻を纏った状態になる事が出来たという。
ただ、黒くなったのは体表面が焦げただけなのはUMAの名誉の為に内緒である。因みに黒い毛は1時間で元の純白に生え替わる。
多くの牝馬がUMAの寵愛を欲した。
UMAはハーレム王としてそれに応えた。
しかして、彼は子に恵まれなかった。
なんと、精通がまだ来ていなかったのである。
成体になったというのはUMAの勘違いであった。
角が生えてきたばかりでは、まだまだ毛が生え始めたひよっこのようなものであったのだ、
そんな彼の第一子は彼に全く似ていない普通の馬だった。
理由としては極めて簡単なことである。
仔馬の母が産んだのは彼の仔では無かったからであった。
通常であればこのUMAは怒り狂って母子を殺したであろう。角で突き刺し、蹄で踏みにじったであろう。
しかしUMAはそれを為さなかった。それどころか、かの仔馬に最も愛される王の息子たる栄誉を授けたのである。
この仔馬の父親はUMAの群れに唯一入ることを許された牡であった。
別に衆道や男色的な要員ではなく、ただ親友としてUMAのそばにいた。
彼の選んだ妻が仔馬の母馬であった。
しかしその親友は文明というものを形作ってきた人間の罠によって命を落とした。
その死を認められず7日に渡って鳴き続けたUMAはその人間の集落を雷で焼き尽くした。
その集落の生き残り――――他の集落から奴隷として連れてこられた者によって、雷の力を持つゼウスが馬に変化するという伝承の原型が語られるようになった。
UMAは親友の妻を己の妻に迎えた。
そして生まれた第一子は、いつの間にか親友が孕ませていた仔であった。
UMAはこの時ばかりはただ一度の例外として、己の妻が他の牡の仔を生んだことを涙を流して喜んだ。
その涙は雷を溜め込んだ宝石になった。
それから暫くして、他のUMAの妻達が妊娠して仔を生むようになった。
子供達は生まれたときから頭に小さな骨のようなものが見えた。
これが成長するにつれて見事な一角になるのであろう。まさしく己の子供だとUMAは喜んだ。
これこそが、ユニコーン種の誕生である。
時代が進むと無責任なUMAの父親ゼウスが明確な神として君臨するようになった。
人間達は、特に英雄と呼ばれる者達は名馬を欲した。
人々の願いにゼウスはそれを叶えてやろうと考えた。
馬を支配する千切れぬ手綱を与えたり、策を天啓として与えるなど、有形無形の支援をした。
妻一頭とその仔二頭が捕らえられたとき、UMAは怒髪天を衝いた。
その毛は逆立ち雷を降り注がせた。
その妻は己の長男の子孫であり、仔の内一頭は母と同じように角の元さえ持たぬ只の馬であった。
しかし、確かに己の親友に似ていた。間違いなく似ていた。牝でさえなければ瓜二つだったかも知れないと言っても良かった。
群れの仲間によると、おまけとしてその仔馬を捕らえていったらしい。
人間達は優れた馬を好む。反面優れていない馬は比較的扱いが悪い。
場合によっては馬肉となる事も往々にしてある。
UMAはそんな人間達の所業を知っていた。
人間の牧場から逃げ出した仲間から薄らとは聞いていたのだ。
UMAは仲間に方角を聞くと、地上を駆ける稲妻となった。比喩ではなく文字通りの意味で。
王国を作るにまで成長した人間たちの所へと駆け込み、その文明を灰燼に帰そうとした。
剣の山のように逆立った全身の毛、怒りに染まった瞳、吐息から漏れる殺意、そしてその巨体、巨体、巨体――――――――
人々は恐慌状態になった。
王は娘を宛がうことで許しを得ようとしたが、それも叶いそうになかった。
娘に王族の責務として生け贄になれと王が告げた時、UMAが地を踏みならすと地震がおきて、火山が噴火した。
とても生け贄で満足するようには見えなかった。
それはまさしくUMAの怒りそのものであった。
人類の歴史、その一片を担う王国滅亡の時、そこで待ったをかけた存在がいた。
大神ゼウスである。
「そこまでだ」
人間の信仰により、原型から人型へと変異したその姿に何か懐かしいものをUMAは感じていたが、それでも護らなければならぬものがある。
妻と仔を護ってこそ群れの主である。いや、己が護りたいと心の底から感じているから護るのだ。
そこに小賢しい理由など無かった。彼は獣であった。
「ブルルルルル」
UMAは馬の言語、通称:馬語で妻子を奪った人間が悪いとゼウスに伝えた。
しかし、女は奪うものというのがポリシーのゼウスである。
奪われた側の言い分など余り気にするものではない。
それに加えて、彼は人間の信仰によって原型から容を持った神である。馬の言い分など馬耳東風だ。
だが、UMAが己の子供であることも知っていた。故に妥協案を図ることにした。
ゼウスは巫女を通じて人間に伝えた。
ただ今連れてこられた馬三頭はこの我が子の妻子である。
まず妻である牝馬はこのUMAのものである。
しかして、その仔らについては、その背に乗りこなす事が出来る者が居る限りではその限りではない。
我が子とその妻は
だが人々もその背に乗るに能う者居らざる時、速やかにUMAに返すべし――――と。
UMAは人間如きに機会を与えることすら噴飯物であったが、ゼウスが己がUMAの父親だと告げた事で渋々それに従うことにした。
まさしくこの時のUMAの気分は暗黒騎士に正体を告げられたジェダイのような気持ちであった。
余談であるが、食べ物を大切にするUMAは噴飯することは無い。あくまで噴飯は例えである。
ゼウスから授かった手綱から解放された馬達は暴れた。
母馬に乗ることは人間達には許されていなかったので、人間達は仔馬に乗ろうとした。
仔馬といえどUMAの仔である。
幼くして普通の成体より小さい程度の大きさはあった。当然力も強い。
角が無い馬には当初人が集まらなかった。
それはそうであろう。英雄を目指すのであればわかりやすい名馬であるユニコーンの方が箔が着くからだ。
その様を見て馬達は一様に人間を軽蔑した。
角が無い姉馬の方が、弟のユニコーンよりもずっと強い。
角は生えてこないことから雷の力に目覚める事は無いであろうが、その健脚は今生きているUMAの仔達の中でも随一である。
雷など所詮は技術の一つに過ぎない。そんな異能があってさえ、馬達にはさしたる意味も無い。
ただ誰よりも速くあること。速く早く疾くあること。
それが馬の王に求められる最高にして唯一の素質であった。
そんな角の無い馬に近づく少年がいた。
しかし群衆に危ないから子供は引っ込んでいろと引き戻された。
ユニコーンの弟は、未発達な目立ち始めたばかりの角を振るい、必死に抵抗した。
UMAはその様子に思わず駆け寄ろうとしたが、ゼウスとの決めごとがそれを許さなかった。
しかしその妻は違った。
母馬はユニコーンに近寄ろうとする人間を蹴散らそうとした。
そしてそれは神との盟約を破ることとなり、UMAの妻は裁きとして一切動けなくなる裁きを受けた。
UMAは慟哭した。
ああ、己の妻に犠牲を強いてしまった。己こそが裁きを無視してでも仔を救うべきだった、と。
全ての名馬の祖、全ての怪馬の祖、全ての神馬の祖と謳われる彼は、何の力も無い妻よりも踏み出す一歩が出遅れたのである。
なんてSLOWLY…。彼はそれを何よりも恥じた。
ゼウスの裁きによって、母馬は今後一切動けない。
これは食事さえ出来なくなる呪い。つまりは確定した死であった。
しかし、ユニコーンはそれを見て、今までの悲痛なほどの暴れっぷりを止めた。
そしてその儀式を観閲していた王族の元へと歩むと、その姫の前で傅くように座り込んだ。
恐る恐るその姫が一角獣の頭を撫でると、大人しく、しかし小さな嘶き声を上げながらそれに従った。
姫は恐る恐る一角獣に乗ると、馬は姫を乗せて無言で立ち上がった。
観衆はそれを見て大喝采をした。
それは生け贄とも言えた。
神が定めた人間の王の娘に、馬の王である父親の息子である己が差し出される事で母への呪いを解かせる為の生け贄。
ゼウスは計画とは全く同じとは言えないが、概ねその通りになったと内心で喜んで其れを認めた。
この儀が全て終わった後に、母馬への呪いを解くことをUMAとその妻に約束した。
残ったのは一頭の一角獣で無い馬。
群衆にとっては消化試合のようなものであったのかも知れない。
しかし、その背に乗ろうとした者達は身をもって知った。
先程の母のこともあり、人間が背に乗るまでは馬はそれを許した。
しかし、乗ったが最後どんな武勇を誇る男達もそれに振り落とされた。
ある者は宙に跳ね上げられ、ある者は余りの速さに落馬した。
これこそが名馬。神馬でも怪馬でもない。しかしてその力強さは間違いなく名馬と呼ぶに相応しかった。
有象無象の愚衆には角が無い方の馬としか映らないであろう。
しかして、英雄の資質を持つ者には、この馬は一緒にいた一角獣を超える名馬だと理解できた。
めぼしい男達が全員乗りこなすことが出来なかった。
だが、最後に一人の少年が挑戦の名乗りを上げた。先程挑戦しようとして民衆に止められた少年だった。
貴族でも戦士でも無い少年に何が出来る?
ある者は少年を嘲り、ある者は少年の末路を儚んだ。
馬は少年を乗せたとき、この者こそが生涯に渡る己の乗り手だと本能的に理解した。
そして少年は、この馬こそ生涯に渡る己の愛馬になるであろう事を本能的に理解した。
名馬は少年を乗せると軽やかに辺りを駆けた。
この者こそ、己の乗り手、未来の英雄であると誇示せんばかりに。
その少年の名前は敢えて記さない。何故なら優れた馬の乗り手としていずれ誰もが知ることになる故に。
UMAは納得がいかなかったが、今度はその妻が己の子供達が選んだ相手だからとUMAを諫めた。
往々にして子供の嫁ぎに納得がいかないのが父親であり、子供の旅立ちを応援するのが母親である。
それは馬であってもUMAであっても同じであった。
これがこの時代に大衆の前にUMAが姿を現した最初で最後の話であるとされる。
雷と共に現れて中国の王の到来を予期する神の使いとされる麒麟が、彼本人、もとい彼本馬かその子孫かは解らない。
それを証明するには資料が少なすぎると言えた。
ただ一つ言えることは、生涯にわたってUMAは誰一人背に乗せることは無かったということだけだった。
ウマ――