続く………と、いいなぁ
──────日本。某県の県境にある都心から遠く離れた位置にある町。
山奥にひっそりと佇むその町並みは……町と言うよりも村、或いは一つの集落と呼んだ方が正しい。人里からも外れ、自然に囲まれたこの地の人口は大人数十人、年寄り数人、子供数人という合計しても百にも届かない小さな……それでいて少ない人数だった。
学校に通う子供自体も少なく、教員含め十にも満たされておらず、近い内に閉鎖の事も考えられていた。
車通りも少なく、余所者も滅多にこない辺境の地で便利とも言えない土地だが、それでもそこに住む人々の顔にはいつも笑顔が絶えず、大人も子供も、そしてお年寄りも、皆比較的幸せに暮らしていた。
そんな村が現在、一つの爆発音と共に消滅の危機に瀕していた。
『グハハハハハ! なんだなんだぁ!? 人間ってのは皆この程度なのかよぉ! 手応え処か歯応えすらねぇじゃねぇかぁ!?』
赤い爆炎の中、姿を表したのは巨大……あまりにも巨大な異形のモノだった。
浅黒い鱗、二本足で大地を穿つように立ち、その巨体にあった太い手足。そして鋭い爪と牙、角を兼ね備え、通常の鳥とは桁違いの両翼を広げ、長く大きい尾を生やしているソレ。
その姿は古より伝わり、現代のあらゆる種族を含めて最強として語られる怪物──────“ドラゴン”
その巨体に深緑のオーラを纏わせ、尾を一振りする度に瓦礫が埃のように舞い上がる。
壊滅した村、辺り一面火の海と化したこの地で、ドラゴンはその口を怪しげに歪ませながら、物足りないと愚痴にも似た言葉を吐き捨てる。
『あぁつまんねぇ! つまんねぇつまんねぇつまんねぇ!! つまんねぇぞクソガァァァァ!!』
銀色に輝く双眸を、狂気にも似た殺意でギラつかせ、辺り一面を力任せに暴れ回る。
それは自然の災害の再現。人の手には余りある力の暴風がそこに顕現されていた。
つまらないと、完全に八つ当たり且つ勝手な言い分で、ドラゴンは辺りに破壊の限りを尽くした。
『強ぇ奴はいねぇのか!? 折角“あの野郎”の目から逃れられたってのに、これじゃあ生殺しじゃねぇか!』
強い奴と戦いたい。ドラゴンの本能とも言えるその衝動に対にはドラゴン自身が辺りへ対する破壊活動を中断する。
だが、それはこのドラゴンが破壊に厭きた訳ではない。その目には潰れた集落ではなくその先にあるモノ、深夜にも関わらず光り輝く街のネオン光が映し出されていた。
新たな獲物を見て、ドラゴンはその口元をグニャリと歪ませる。標的を定め、一歩歩みでる。
最早こんな所には用はない。“悲鳴の一つも上がらない”この地にいても、自分の欲求が満たされる事はない。
それにあの街で暴れれば、騒ぎを聞きつけその土地の管理者が出張って来るのは間違いない。後は、その管理者が自分を満足させてくれるだけの強者であることを願うだけ。
『(まぁ、仮に期待はずれだったら別の街を襲えばいいだけの話だがなぁ!)』
翼を羽ばたかせ、ドラゴンは凶悪な笑みを浮かべる。思う存分暴れられる自由を得られて、ドラゴンの気分は最高潮に達した時。
「うぇーん、うぇーん」
『?』
一人の泣きじゃくる少女の姿が、ドラゴンの視界に入ってしまっていた。
「お父さーん、お母さーん」
姿の見えない父と母、そして変わり果てた村を前に不安に押しつぶされた少女はボロボロとなったパジャマ姿のまま、ただ泣き続けていた。
そんな少女を見つけ、ドラゴンはニヤリとほくそ笑む。
『そういや、まだメシを喰ってなかったな』
暴れる前に腹拵え。そうと決めたドラゴンは一度羽ばたくのを止め、少女の方へ一歩ずつ近付いていく。
ドラゴンの大きな足音。一歩ずつ近付いてくる怪物を前に、普通なら即座に逃げなければならないのだが、両親から離れ、変わり果て村を前に、泣きじゃくる事しかできない幼い少女には近付きつつある脅威に気がつくことは出来なかった。
そして遂にドラゴンは少女のすぐ後ろに立ち、その凶悪な手を広げ────少女に向けて振り下ろされた。
しかし─────
『?』
ドラゴンの手には少女の姿はなかった。つかみ損ねたか? ……いや、それは違う。
ドラゴンが少女を掴もうとした際、“何かが”自分の前を横切ったのだ。それも自分では認識出来ないほどに速く。
ふと、自分から少し離れた位置に新たな存在を視認した。その存在が自分から少女を取り上げたのだと、ドラゴンは確信しながらその男に問い掛ける。
『…………テメェ、何モンだ?』
気絶した少女を、男はゆっくりと地べたに下ろす。そして、ドラゴンの問いに頬を少しだけ弛ませると。
「俺か? 俺は────趣味でヒーローをやっているものだ」
その余りにも適当な自己紹介に、ドラゴンの思考は一瞬だけ停止した。
────ヒーロー? 直訳すれば英雄と呼ばれる呼称名だが、それは違うのではとドラゴンは訝しむ。
まず着ている格好からしてドラゴンの理解を越えていたからだ。まるでその手の店に格安で売っていそうな安っぽい衣装を身に纏ったその男からは、頭のおかしなコスプレ野郎としか認識出来なかった。
事実、男には髪はなく、夜空の星々が映っている程の見事な禿頭な訳なのだが……。
ドラゴンは一瞬混乱した。何せ自分から獲物を奪ったのが頭のイカレた禿のコスプレ野郎なのだから。
だが。それでもドラゴンは構わなかった。何せ獲物が一匹から二匹に増えたのだ。腹を空かせたドラゴンからすれば男の素性などどうでも良かった。
『成る程、テメェが頭のおかしいのはよぉーく分かった。なら俺も自己紹介をしてやる。俺は《大罪の暴龍》グレンデル! これでも一応伝説のドラゴンとして名を馳せていた邪龍よぉ』
「…………」
『へ、恐怖で声もでねぇか。だがもう遅ぇぞ? テメェは俺の食事の邪魔をした! そこの小娘諸共俺が喰い殺してやるよぉ!』
銀色の鋭い眼光と共に、ドラゴンは自身の殺意と敵意を男に叩き付ける。しかし、男には特に変わった反応を見せず、ただぼんやりとドラゴンを眺めていただけだった。
ソレを諦めと察したのか、ドラゴン────グレンデルは途端に嫌らしい笑みを浮かべ。
『だがまぁ、ここで単に殺すのは味気ねぇ、ここでテメェが俺に勝てれば、そこの小娘も一緒に見逃してやるよ』
無茶苦茶である。唯の人間には叶うはずのない難題をチャンスと言わせるグレンデルは、間違いなく男の命を弄んでいると言って良いだろう。
だがそれでも、男は態度を変えるどころか鼻をホジって興味なさそうにしている。そんな男の小馬鹿にしたような態度にグレンデルは少々苛つき。
『────チッ、つまんねぇ奴だ。まぁいい、とっととテメェを殺して、また暴れるとするかなぁ!!』
遂に、男に向けてその牙を向けてきた。一口で飲み干してやると男に迫るグレンデルはこの男がどんな味なのか、それだけに興味が向けられていた。
そして、ドラゴンの牙が男に触れようとしたとき。
「息、くっさ!」
「ぐわっはぁぁぁぁおぁぉっ!!!!??」
ドラゴン────邪龍グレンデルは、男の放った何気ない拳の一撃に、粉々に砕かれてしまった。
辺りがドラゴンの血と肉片で埋め尽くされていく中、ハッと我に返った男は、返り血の着いた自分の手をマジマジと見つめ……。
「また、ワンパンで終わってしまった。───────くそったれぇぇぇぇ!!」
心底悔しそうに、雄叫びを上げるのだった。
また、騒ぎを聞きつけた警察や救助隊は山の麓で村人全員の無事を確認。今回の騒動をガス漏れによる爆発事故と断定された。
けれどその中で、一人の少女はあるキーワードを世間に向けて言い放った。
ドラゴンと禿げとワンパン。
その単語を聞いてもやっぱり警察にはワケワカメだったとさ。
最強の魔王様とか、最強の龍とかいるから、最強の人間がいたっていいじゃない!
これは、そんな作者の願望から出来ています。