一時期、ヴァーリ君が弟子ポジションにならないか見当したことがある。
悪魔、天使、堕天使、三つ巴となった協定会議で一人場違いにも程がある人間がいた。
アオヤマ。趣味で始めたヒーロー活動を切っ掛けにこの会議にゲストとして参加したこの男は、リアスやソーナの心中など知る由もなく、呑気にグレイフィアの煎れたお茶を啜っている。
「このお茶美味いッスね。あんまりこういう事は分からないんスけど、グレイフィアさんが煎れてくれたお茶は素人でも美味いって分かるッスよ」
「ありがとうございます」
話し合っている三人をそっちのけでグレイフィアのお茶を堪能している。この会議の意味を正しく理解しているリアスとしてはそんなアオヤマの態度に内心ヒヤヒヤとしていた。
当の本人であるアオヤマは呼び出された上、何やら自分を放置して三人で小難しい事を話し合っている事から、別にいいかと丸投げしている。当然、この会議に於ける意味など欠片も理解していない。
大物なのか、単にバカなのか、把握仕切れないアオヤマの態度にリアス達はソワソワとしていると。
「────では、そのようになるという事で、お二方……宜しいですね?」
「俺は別にどっちでも構わないぜ?」
「私も、異論はない」
「あれ? 終わった? なら帰っていいかな?」
グレイフィアのお茶を楽しんでいた一方で、何やら話をし終えた三人がそれぞれ頷き合っている。漸く堅苦しい会議も終わった事で解放されるのかと思ったアオヤマは三人に問い掛けるが。
「いえ、これから大事な話があるのでアオヤマさんにはもう少しお待ちしていただきたいのです」
「あ、俺にも話合ったの? 放置して話し合ってるもんだから俺いらない子かと思ったよ」
天使長────ミカエルの言葉にアオヤマは敬語など使わず、普段と変わらないタメ語で話す。そんな言葉遣いを選ばないアオヤマにソーナはその表情を真っ青に染め上げる。
ソーナだけではない。リアス達も当然の事ながらアーシアとゼノヴィアは中でも一際驚愕の表情で目を見開いている。
「済まないアオヤマ君。でもこれは我々にとっても大事な話だったから、流す事はできないんだ」
「あぁ、例の大戦だっけ? 戦争でお互いやりすぎたから少し自重しましょうって話の……」
「ほぅ? ただ茶を啜っていただけの生臭坊主かと思ったら、意外と話を聞いてるじゃねぇの? 感心したぜ」
「いや、これ以前リアス達から聞いた話をそのまま言っただけだから、後今度坊主つったら殴るからな? マジで」
最後の方はドスを利かせてアザゼルを睨む。萎縮する処か完全に喧嘩を売っているアオヤマにリアスは軽く卒倒しそうになった。
「そこまで知っているのなら話は早いですね。…………アオヤマさん、神の死に付いてはご存知ですか?」
「へ? 俺の髪ならとっくに死滅してるけど?」
「そっちじゃえねよ。神だよ神。GODの方の神だ」
ミカエルの問いにアオヤマは当然の如くボケで返す。自虐覚悟で言い放ったボケがまさかアザゼルにマジ返しされるとは思ってなかったアオヤマは人知れず心にダメージを負う。
それよりも、神の死とはどういう事だろう? というかそもそも神様は実在したのか? いや、天使もいるのだから神様もいるのか。
そんな自問自答をしている中、ミカエルは補足説明として嘗ての大戦の話を語り出す。
「我々は嘗ての大戦の末に多くのモノを失いました。堕天使は多くの同族を、悪魔は魔王と上級悪魔達を、そして我々天使は主であり父である神を、それぞれ失いました」
もしまた戦争が起きれば、その時は確実にどの陣営も滅びるだろう。そうミカエルが付け加えた後、アザゼルが呆れた様に溜息を吐きながら……。
「だから俺達はその時休戦協定を敷いた。これ以上血を流す事もなく、無意味な死を避ける為にな」
「しかし、それを看過できない者がいるのも、また事実。そう、例えば先日のコカビエルの様な」
「ふーん」
やはり良く分かっていないのか、アオヤマは話半分に相槌を打つ。
「神が不在の今、神の作ったシステムは私が代理として扱わせて頂いておりますが、それでも以前のような完全な効力は発揮できず、神の祝福を得られぬ者も……数多存在しています」
そう言ってミカエルの視線がアーシアと木場、ゼノヴィアに向けられる。まさか熾天使の長が自分たちに気に掛けるとは思っていなかったのか、三人はそれぞれ驚いた様子で息を呑む。
「ん? でも魔王も死んだんだよな? ならなんでサーゼクスとセラフォルーは魔王なんだ? おかしくね?」
二人は魔王と名乗った。けれど嘗ての大戦で魔王達は死んだとミカエルは言う。矛盾した事実に悩ませていると、それを応える様にサーゼクスが口を開く。
「私は先代の魔王からルシファーの名を、セラフォルーはレヴィアタンの名をそれぞれ頂いた……謂わば“現”魔王という奴だよ。アオヤマ君」
「襲名制という奴か、なんか落語界みたいだな」
サーゼクスの説明を分かり易く自己解決するアオヤマ。というか、何故誰もアオヤマが魔王を呼び捨てにした事に追求しないのだろう? サラリと不敬を連発するアオヤマにそろそろリアスとソーナは眩暈を覚え始めた。
サーゼクスとアザゼル、そしてミカエルから世界の裏側とも呼べる情勢事情を説明され、アオヤマは成る程と一人頷いた後。
「……ん? それじゃあ一体、俺はなんの為に呼ばれたんだ?」
当然の如く出てきた疑問。それを口にした瞬間、場の空気は一瞬にして重苦しいモノへと変貌した。
魔王、堕天使総督、熾天使の長、それぞれが無言の圧力を発しながらアオヤマを見定めるように見つめている。
その迫力は先日のコカビエルとは比較にならない程強大。その場にいるリアス達は自分に向けられている訳でもないのに息苦しそうに 呼吸を乱している。
ただ、そんな圧力を真っ正面から受けていながら、アオヤマは特に変わった様子はなく、三人に対して「ん?」と眉を寄せている程度である。
「アオヤマ君。我々が君に問うべき質問は一つだけだ」
「お前さんの選択一つで、世界は大きく動く事を覚悟した上で選びな」
「あ? 俺が、何を選ぶって? つーかいい加減勿体ぶるなよ」
雰囲気の変わったサーゼクス達を前に、アオヤマはやはり態度を崩さない。それどころか勿体ぶる彼等に対しアオヤマ自身若干不機嫌だ。
一触即発の空気にリアス達はたた眺める事しか出来ず、アオヤマに変な態度を取らないで欲しいと願っていると。
「君は、これからどうするつもりだい?」
「あ?」
「お前はコカビエルを倒した。経緯はどうであれ、その事実は変わらん」
「勇者でもなければ英雄でもない。ただの人間がそんな偉業をなしたと知れば、様々な組織、様々な神話体系の神々が貴方という存在を狙い始めるでしょう」
それは、どこかで聞いたことのある警告だった。あれはどこだっただろう……そうだ。確か以前ここでリアス達に同じ事を言われた事があった。
と言うことは、この後彼等が何を言うかは何となく察したアオヤマは、つまらなそうに椅子の背もたれに寄りかかり────。
「なぁ、それって、もしかして俺の身の寄りと所の事を話してんのか?」
腕を組んで、興味なさげにそう口から零す。その際、何を感じ取ったのか、サーゼクスはリアスを一瞥した後、再びアオヤマに向き直る。
「成る程、既にリアスから話は聞いていたか。ならば話は早い。アオヤマ君。君はこれから何をして、何の為に戦うのかな? 妹達を助けてくれた礼もある。君さえよければ、我々は君を歓迎するよ」
「貴方さえ良ければ、我々天使が貴方の今後の正義活動に援助する事を約束しましょう。そうすれば、貴方の今後ヒーローとしての活動は大きく広がる事でしょう」
「…………」
魔王は警告と誘惑を、天使は協力と支援をそれぞれ提供してくる。ただの人間に魔王と熾天使が揃って勧誘している状況に、リアス達は開いている口が塞がらなかった。
ただ一人、アザゼルは何を言う事もなく、アオヤマの反応を口元を歪めて眺めていると。
「……はぁ」
溜息、心底呆れた様子のアオヤマの溜息が会議室に浸透していく。
────答えは決まっている。そんな愚問とも呼べる二人の問いに、アオヤマは口を開いて応えようとする。
その時。
「む?」
「これは……」
「やっぱ仕掛けてきたか」
世界は、文字通り停止した。
空気が、風が、そしてリアスやイッセー、ゼノヴィアと木場を除いた悪魔の面々が、停止した世界と共にその動きを止めていた。
何が起こった? 停止した世界の中で会議室は軽く混乱状態に陥っていた時……。
「何? どったの?」
一人、取り残された状況で呑気にお茶を啜っており。
「お、やっぱお前には利かないのか。予想通りとは言えトンでもないな」
アザゼルはそんなアオヤマを本人の知らない事で褒めていた。
◇
その後、何やら旧校舎に取り残された後輩を救うべく、リアスとイッセーの二人は光と共に消え、アザゼルの付き添いらしきイケメンも背中に翼を生やして窓から飛んで行き、残されたサーゼクス達は襲ってきた外敵を迎撃するべく、全員校庭に出る。
外に出て最初に見たのは、空に大きく描かれた大きな模様と、そこから幾つものローブを羽織った人間が現れ、光の玉を放ちながら此方を攻撃してきた。
一体何事だ? セラフォルーの魔力によって編まれた防壁の中で、一人付いていけないアオヤマは誰かに説明を求めていると。
「ご機嫌よぉ。忌まわしき現魔王サーゼクス殿」
目の前の地面から出現した紋様、そこから現れる一人の女性の登場にセラフォルーの表情が驚愕に変わっている。
「カテレア=レヴィアタン。これは一体どういうことだ?」
サーゼクス冷静を装っているが、その口調は僅かに驚きの色に染まっている。他の面々も驚いたり、笑みを浮かべていたりしているが、一人取り残されたアオヤマはやっぱり分からないと言った様子で首を傾げている。
セラフォルーもレヴィアタンだし、向こうの美女もレヴィアタン。二つの魔王の名を持つ者にアオヤマは複雑な事情なんだなと勝手に納得する事にする。
というか、ホント帰りたい。話を聞く限り旧魔王派やら変革とやらも言っている事から、どうやらこれは魔王関係の話になっているらしい。
早く終わらないものか。アオヤマは戦場となった校庭を眺めながら、一人寝ぼけた事を考えていると。
「退屈そうだな。自称ヒーロー君?」
「あん?」
カテレアの背後から一人の男が現れる。それは先ほど背中に翼を生やして飛んで行ったイケメンだった。
「ヴァーリ、やっぱりお前もか。……いつからだ?」
すると、現れたイエメンにアザゼルは問い、イケメンは髪を掻き揚げながら応える。……どうでもいいが、イケメンは何故仕草の一つ一つが絵になるのだろう? ハゲればいいのに。
「コカビエルの死体を回収した時にな、まぁ暇だったし悪くない条件だったからこっちに鞍替えする事にしたよ」
「ったく、戦闘狂といってもコカビエルよかマシかと思っていた俺がバカだったって事か……サーゼクス、ミカエル、身内の恥を晒した詫びだ。あの旧魔王一派のお嬢ちゃんは俺が相手をしてやる」
「アザゼル、それでは……」
「アオヤマ、折角のご指名だ。悪いが相手してやってくれ」
そう言ってアザゼルはアオヤマを見る。それに吊られてサーゼクスやミカエル、全員の視線がアオヤマの所へと集まっていく。
「え? 俺? 別にいいけど……いいのか? アイツ、アザゼルの知り合いなんじゃねぇの?」
「何も殺せとは言わねぇよ。言う事聞かない家出息子に少しばかり灸を据えてやる程度で構わん」
「それならアンタがやれって言いたいけど……ま、いいか。親の代わりに叱ってやるのもヒーローの役目って奴かな」
簡単に了承するアオヤマに先程以上の驚愕が木場達を襲う。そんな彼等の事などお構いなしに、アオヤマはセラフォルーの張った防壁から一歩前に出る。
それを不敵な顔で見送った後、アザゼルは短剣らしき物を懐から取り出すと、目映い光と共に黄金の鎧を身に纏い、宙で漂うカテレアの元へと飛んでいく。
「聖闘士かアイツ」
そんなアザゼルの格好を、アオヤマは一人呑気に感想を述べる。自称しているとはいえ、仮にもヒーローを自負しているアオヤマは堕天使の総督が自分よりもヒーローらしい格好をしている事実に、アオヤマは内心凹む。
そんな事を考えている内に既にアオヤマとヴァーリの距離は10メートルを切っていた。空に浮かぶローブを纏った連中も攻撃して来ない事から、どうもこの戦いは二人に任せるつもりらしい。
「んで、ヴァーリだっけ? お前なんでアザゼルと敵対してんだよ?」
「別に敵対している訳じゃないさ。奴の所では強い奴と戦えない。そう思ったからこっちについた。それだけの話さ」
「ふーん、で、強い奴とは戦えそうか?」
「あぁ、どうやら大当たりの様だ。さっそくアンタと戦えるという時点で、俺は間違ってなかったと確信できたよ。────バランスブレイク」
そう自信あり気に語ると、ヴァーリは言霊らしき呪文を唱えて、その身を光に包まれる。
光が収まると、そこには純白の鎧を身に纏った戦士が、月を背に翼を広げていた。
フルフェイスのマスクに全身を覆った鎧。その有り様はどこか先程のアザゼルと似ている。
「『白龍皇の鎧』。兵藤一誠と同じ二天龍の一角と数えられた龍皇の鎧だ。アンタになら、俺の全力に相応しいだろう」
「ドイツもコイツもカッケェ鎧持ちやがって、俺へのあてつけかこの野郎」
まき散らす龍の波動。それは大地を震わせ、空を鳴かせる程の強大な圧力だった。
大気が悲鳴を挙げるプレッシャーを前にしても、アオヤマは特に変わった様子もなく、寧ろヒーローの自分よりも格好いい姿をしたヴァーリとアザゼルに軽く嫉妬していた。
「行くぞアオヤマ、お前が強いヒーローでコカビエルを一撃で倒したというのなら、この俺を倒してみせろ!」
瞬間、ヴァーリの姿がその場から消える。
尋常ならざる速さで移動するヴァーリの速度は、最早光に到達したと言っても過言ではない。
そして次の瞬間、ヴァーリはアオヤマの背後に周り、その握り締めた拳を叩き込もうとした。
速い。目にも写らぬヴァーリの速さにサーゼクスやミカエル、アザゼル等の首領以外の全員が凍り付く。
このまま先手を取る。背後に回ったことでそう確信したヴァーリは拳を振り抜こうと─────
ゾクリ。
「────────!!」
今のはチャンスだった。自分の強さを、ヒーローと自称としていたアオヤマに見せつける絶好の機会だった。
事実、誰もがそう思った。あのままアオヤマは殴られ、白龍皇の能力によって窮地に立たされるものだとばかり思っていた。
だが、そうはのらなかった。──何故なら。
「……何やってんだ? おい」
「はぁ、はぁ、はぉ、はぁ」
フルフェイスのマスク越しでも分かるほどの息を乱したヴァーリが、アオヤマから逃げる様に距離を開けた。
────ヤバかった。あのまま手を出していたのなら、やられていたのは間違いなく此方だった。
隙だらけだった。それこそ、打ち込む間など幾ら程でもあるくらいに。だが、何故だ。相手は何の構えもしていないと言うのに。
何故、自分は目の前の人間に対し、こうも脅えを抱いているのだろう。
こんな化け物、一体今まで何故誰も気付かなかった。
いや、分かっている。この人間の深さは、実際に相対した者にしか理解できない。
「……どうやった」
「は?」
「それほどの力、アンタはどうやって手に入れた!」
まるで恐怖を振り払うように、ヴァーリは叫ぶ。
その光景にその場にいた全員が凍り付き、皆、アオヤマに視線を注いでいた。
あの白龍皇が逃げを選択する程の相手、そんな化け物が唯の人間だという事実に、カテレアは悪い夢を見ているような気分になっていた。
ヴァーリの必死の問いかけ、それをアオヤマら訝しげに見た後。
「お前も知りたいのか。……いいだろう、教えてやる」
「「「っ!?!?」」」
何故そこまで強くなったのか、それほどの強さに至れたのか、ヴァーリの問いにアオヤマは真摯に応える為、辺りを見渡し。
「良い機会だ。お前等も聞いとけ」
アオヤマは淡々と己の過去を語り出すのだった。
次回、強さの訳。