夏休み。日々学業に身を捧げる学生達が一年の中で身も心も解放される有限の楽園期間。
学生なら誰もが浮かれ、遊び、時には大人の階段を昇ったりする冒険の時間。そんな学生として最後の夏を過ごすアオヤマは現在。
「それでは、宜しくお願いします。アオヤマ先輩」
「おー、ま、適度に宜しく」
白と黒の混ざった剣を携えた学園一のイケメン、木場祐斗とヒーロー姿のアオヤマが対峙していた。
何故こんな状況になったのか、それは一時間程遡る。
ミルたんから今回の転移は失敗したという連絡があり、途方に暮れていたアオヤマにリアスがこの夏休みの期間自宅である城の一室を使ってもいいと有り難い誘いがあり、頼る所がなくどうしようも無かったアオヤマはこれを承知する。
その見返りとして修行中であるリアス達のアドバイザーとしてこれに参加、助言する事になったアオヤマは最初の相手である木場と組み手をする形になり、城から魔法転移で移動。少し荒野に移動する事となった。
ここからでも小さくはあるが本邸であるグレモリー家の城が見える。というか、これだけ離れてもまだここはグレモリー家の領土なのらしい。
これが貴族という奴か。圧倒的セレブをリアス=グレモリーから感じ取った瞬間でもあった。
ギャラリーとして遠巻きに観戦しているリアス達も木場の挑戦に固唾を呑んで見守る。そんな中、アザゼルだけは興味深そうににやついた笑みを浮かべ、顎に手を添えてアオヤマの様子を注意深く観察している。
張り詰めた空気が、その場の空気を支配していく。
木場の頬から一滴の汗が流れる。頬から伝わり、やがて顎に差し掛かり、ポタリ。地面に雫が落ちた瞬間。
「────シッ!」
リアス=グレモリーの騎士が動く。
その速さは疾風。鋭く、そして軽やかにアオヤマの背後に立った木場の動きは間違いなくこの日一番の動きを見せた。
それを証拠に、アザゼル以外の面々は木場の動きに視線が追い付いてこれていなかったのか、木場がアオヤマの後ろを取った時は「おおっ!」と歓声が沸き上がる程だ。
瞬動。達人が至る移動術の領域にまで速さを会得した木場は、未だに動かないアオヤマに目掛けて聖魔剣を振り下ろす。
(これでどうにかなるような相手とは思わない! これを機に幾度もフェイントを入れ、撹乱させる!)
慢心も、容赦もしない。否、目の前にいるのは既に自分の理解の外にいる桁違いの怪物のつもりで木場は聖魔剣を振り抜いた。
この男は覇龍となった白龍皇を一撃で倒した存在だ。勝てるとは思えない。
(けど、せめて一撃は与えさせて貰う!)
己の武器を最大限に生かして木場は聖魔剣を振り抜いた。避ける素振りもなかった。何かを仕出かすフリもなかった。
油断もなかった。慢心も、覚悟も心構えも整った筈だ。
だというのに────。
(──────空?)
どうして、木場祐斗は仰向けになって地面に倒れているのだろう?
「あー、悪い。大丈夫か?」
思考の追い付かない木場の視界にポリポリと頭を掻いたアオヤマが謝罪する姿が入ってくる。
そんな申し訳なさそうに謝ってくるアオヤマに、漸く木場は思い知らされた。
負けた。それもやられた本人が自覚出来ないほどに速く、そして優しく倒された。
自身の持つ神器、『魔剣創造』はエクスカリバーとの一戦で禁手“聖魔剣”を創造出来るに至った。これで自分はまだ戦えると、主リアスとその仲間達を守る為に存分に力が振るえると、多少ながら自信はあった。
「……ありがとう、ございました」
「お、おう」
だが、その自信が今粉微塵に打ち砕かれた。自信喪失となった木場は聖魔剣を収め、トボトボと肩を降ろしながら仲間達の下へと帰って行く。
そんな木場を見送りながらアオヤマはふと思う。やり過ぎたかなと。
本人としては後ろから来た所を手首を持って地面へと少し振り回した程度に倒しただけで、まるで力を込めていないし、手加減も十分にしている筈だから怪我はしていないはずだ……。
肩を落として下がる木場を見送っていると、はすれ違い様に大剣を携えた青髪の少女、ゼノヴィアが前に出て。
「次は私だな。アオヤマ先輩。宜しく頼む」
「まぁいいけど。あんまり期待すんなよ? 俺、人に何か教えるのとか苦手なんだからよ」
その後、リアス=グレモリーの眷属達とアオヤマによる個人レッスンは最後の一人まで打ちのめされるまで続いた。
◇
そして、一時間後。そこには体力、自信、全てを使い尽くし、打ち砕かれたグレモリー眷属達が自信喪失気味に全員地面に伏していた。
リアスと朱乃は虚ろな目で嘘だと言いながら空を仰ぎ、アーシアと小猫は疲労困憊の様子で肩で息をし、木場は折れた聖魔剣を見てブツブツと独り言を呟き、ゼノヴィアは罅の入った大剣を見て半泣きしている。
そして、スケベ大王で有名な兵藤はと言うと……地面に埋まっていた。
阿鼻叫喚となったその場の空気。どうしたもんかと困り果てたアオヤマの所に、今まで観察していたアザゼルが近寄ってくる。
「お疲れさん。どうだ先生? コイツ等と一通りやり合った感想は?」
「いや、感想も何も……強い弱い以前の前に大丈夫かって位脆かったぞ? ホントにコイツ等悪魔かよ。人間よりは頑丈だって聞いたぞ?」
アオヤマの悪意の無い感想に全員の胸の奥がズキリと痛む。悪気もなく、ただ純粋に感想を述べているだけなのに、リアス達はプライドごと自身の存在理由まで砕かれた気がした。
そんなアオヤマの無自覚な容赦の無さにアザゼルも大変爆笑である。
「そう思うのはお前さんだけだ。切りかかったデュランダルの方が耐えきれない事から始まり、朱乃の電撃、小猫の乱打にリアスの滅びの魔力、トドメに溜まりに溜まった赤龍帝の一撃を受けて平然としているのが人間だと知れば誰だってこうなる。つか、俺にも時折目で追えない動きをしてるの、気付いてないだろお前」
アザゼルの皮肉混じりの台詞にアオヤマはやはりふーんとだけ応える。というか、剣の折れたり罅の入った二人はそのままにしといて良いのだろうか?
木場は神器でまた造れるらしいから良いとして、問題はゼノヴィアだ。彼女の愛用とする剣はデュランダルといってとても貴重な一振りなのだとか……。
武器破壊について前科のあるアオヤマは若干冷や汗をかきながらアザゼルに訊ねた。
「つーかさ、ゼノヴィアの剣に罅入ったの、アレ大丈夫? 俺、あんな高価なモノを直す金なんて持ってないんだけど……」
「変な所で庶民的だなお前。大丈夫だろ。芯にまで罅か入った訳ではないし、刃の部分が綻んだ程度だ。ウチの組織に預けとけば治るだろ」
アザゼルの説明にアオヤマはホッと胸を撫で下ろす。もし治せなくなったりしたら、最悪の場合ウチにある穴あき包丁代わりに差し出さなくてはならなくなる。
そんな最悪な事態にならなくなった事に、アオヤマは安堵していると……。
「……あれ? そういやもう一人いるんじゃなかったっけ? ソイツはいいのか?」
「あぁ、ギャスパーな。アイツも今は俺んとこで預かっている最中だ。アイツは他の連中と違って少し特殊だからな」
「そうなのか? 聞いた話ではアイツ時を止める神器を持つ吸血鬼なんだろ? ちょっと楽しみにしてたんだけどな」
「へぇ? そりゃどういう意味で?」
「だって時を止めるんだろ? しかも吸血鬼。絶対WRyyyyとか無駄無駄ぁとか言ったりする奴だろ?」
拳を握りしめて、目をキラキラさせるアオヤマにアザゼルは少し引いた。
「ま、まぁ。これで一通りやり終えた訳なのだが……他に何かお前さんから言いたい事はあるか?」
「露骨に話しを逸らしたな。まぁいいけど……そうだな。木場やリアス、兵藤にアーシアは今後の成長次第だな。特にアーシアさんには俺の毛の復活の為に是非頑張って頂きたい! 応援してます」
「は、はい。頑張りますぅ……」
ヘロヘロになりながらも応えてくれるアーシアにアオヤマは期待に胸を膨らませながら頷く。
そして残った二人。彼女達に視線を向けると、腕を組み、うーんと首を捻った後。
「これは完全に俺個人の感想だが……なんつーか、姫島と塔条ってなんか手ぇ抜いてね?」
「「っ!!」」
「ほう? 何故そう思う?」
「なんかさ、あの二人の攻撃からは似たような違和感が感じるんだよ。何か欠けてるっていうかさ、抜けてるっていうか……」
頭を捻りながら自分の感じた違和感をポツリポツリと呟くアオヤマにアザゼルはニヤリと笑う。
しかし、言われた対象である姫島朱乃と塔条小猫は違った。下を向き、手を握り締め、何かを耐えるようにギュッと口を結ぶ二人。しかしアオヤマはそんな二人の様子など気付きもせずに尚言い続けた。
「まぁ所詮は素人目線だし、合ってるかどうかも分からないけどさ、もし手を抜いてるんだったらソレ、止めた方がいいぞ?」
戦いでも修行でも、常に全力で行ってこそ意味がある。手を抜いたり手加減をしてしまってはその意味がなくなる。アオヤマは二人に注意のつもりで言ったのだが……。
「……止めて下さい」
「ん?」
「何も知らない癖に、勝手な事言わないで下さい!」
それが、小猫の琴線に触れたのか、激昂した様子で言い放つ小猫にアオヤマは目を丸くする。
「私だって、強くなりたいんです! 私も、皆の、リアス部長の役に立ちたい! けど、けど……」
「……小猫」
「小猫さん」
肩を震わせ、俯いた彼女の瞳からは一滴の涙が流れる。事情を知るリアスは小猫の傍に寄り添い、肩を抱き、普段見ることのない小猫の様子にアーシアやゼノヴィアは驚きながらも小猫の様子のおかしさに眉を寄せている。
転生悪魔。元々の肉体から変異を遂げ、下の種族とはかけ離れた存在となった彼等はそれぞれに理由というものが存在した。
イッセーしかり、木場しかり、朱乃や小猫もそれぞれ複雑な事情を抱えているのだろう。
しかし、そんな二人に………。
「いやさ、そんな事情は知らないけどさ、結局二人はどうなの? 強くなりたいんじゃねぇの?」
アオヤマは、そんな事など考えもせず、ただ無情に言い放った。
「確かに俺はお前の事なんて知らねぇよ? でもさ、強くなりたいんだったらその分真剣に取り組めよ。主を守りたいにしろ、目的があるにしろ、結局の所答えなんざ一つしかねぇだろ」
強くなりたいのなら、変わりたいのなら、動かなければ始まらない。動かなければ何も変わらない。
それをアオヤマは知っている。どんな事情があろうと、答えは一つしかないのだ。ならば、やることもまた一つしか存在しない。
ゴチャゴチャ言わずにやれ。そう突き放すように言い放ったアオヤマが残したのは唇を強く噛み締めた小猫と、重苦しくなったその場の空気だった。
その後、ひとまず解散となったリアス達はそれぞれ自分の修行場へと戻り、アオヤマも城へと引き返す。
その際、イッセーは地面に埋もれていた所をタンニーンによって救出。そのまま例の山での修行に移行するのだった。
◇
「外から見ても思ったが、この家……いや、城か。やっぱりデカいよなぁ、一体部屋幾つあるんだよ? テレビに出てくるセレブ宅でもここまではなかったぞ」
リアス達のアドバイスを行った後、暇潰しと称して城の内部を探検していたアオヤマは、予想以上に広々とした内部構造に舌を巻く。
通路内は赤いカーペットが敷かれており、至る所に彫像や骨董品のような壷が置かれていて、灯りを照らす光は全てシャンデリア仕様という徹底ぶり。
何でもアザゼルが言うにはグレモリーは悪魔の中でも貴族……つまり、爵位を持った立場のある一族らしく、リアスはいずれその立場を受け継ぐ悪魔らしい。
責任のある立場、それが理由となって一時は本人が望まぬ婚姻を無理矢理組ませられそうになったとか……。
悪魔の世界も大変なんだなと、アオヤマは呟く。
「つーか、何で金持ちって奴はこうも高そうな品を平気で外に出すかな。当たって落としたりしたら割れるんじゃねぇの?」
通路の奥まで並べられた骨董品の数々を見て、アオヤマは一人愚痴を漏らす。器物破損を何よりも恐れるアオヤマはふとした拍子で割れそうな壷を等を無意味に外に置いているセレブ思考が理解出来なかった。
(こういう事をする奴に限って、いざぶつけて割ったりすると弁償しろとか騒ぐんだよな。そんなに大事ならしまっとけばいいのに)
と、そんな偏見とも言える思考を巡らせながら歩くと、アオヤマは曲がり角に差し掛かる。
一体どこまで続くのかと、呆れ気味に曲がり角を曲がるアオヤマに、何か赤い者がぶつかってた。
「あう!」
アオヤマにぶつかった事により尻餅を付いた紅髪の男の子。その外見は年若く、それでいて派手な衣装身に纏っている事から、ここの城の関係者だというのは容易く理解出来た。
「あー、大丈夫か?」
「あ、僕の方こそすみません。急にぶつかったりして……」
紅髪の少年はアオヤマの差し出された手を掴み、丁寧に謝罪をしてくる。
小さいのに教育が届いている奴だなと、内心感心しながらアオヤマは気にするなと返す。
「あれ? 貴方は……もしかしてアオヤマさんですか?」
「へ? 俺の事知ってるの?」
突然自分の名前が呼ばれたことにアオヤマは目を丸くする。初対面の筈の少年にまで名前を知られているとは、もしかしてこれは自覚がないだけで、実はいつの間にか有名になっていたのではないかと、アオヤマは期待に胸を膨らませる。
しかし。
「はい。お父様が仰ってました。『安っぽいヒーロースーツを着たハゲの人と出会したら気をつけなさい』って! うわー。まさかこんな所で会えるなんて、偶然ってあるものなんですねー」
ニコニコと少年は悪意の無い笑みを浮かべている。この少年、髪が紅い事から恐らくはリアス=グレモリーと何らかの関係を持った少年なのだろう。
後のミリキャスと名乗る少年の一言に、アオヤマもお返しとばかりに笑みを浮かべて。
「あははー、なぁボク。そのお父さんの事についてもう少し教えてくれないかな? 出来れば大至急」
パキパキと拳を鳴らせるアオヤマは、それはそれは殺意に満ちた良い笑みを浮かべていた。
冥界に来てリアス達以外の初めての悪魔。ミリキャス君。
果たして彼の毛の運命は!?