ハイスクール ワン×パンチ   作:アゴン

2 / 49
えー、大変申し訳ないのですが、本作品の主役はオリ主であってサイタマ先生ではありません。

その所を留意してお読み下さい。


1撃目 毛のあった頃

 

 

 三年前、某所。

 

その日、丁度高校受験を終えた一人の少年がいた。

 

少年は憂鬱だった。中学校の頃から質の悪い不良先輩にカツアゲされ、教師達とも少年の気質に合わず、事ある毎に説教を受けた。

 

少年は孤独だった。学友はいたが親しい友人はいなかった。先に述べた様に教師や不良先輩に目を付けられた事から誰も少年に近付こうとしなかった。

 

少年の両親も少年が中学生になること機に仕事に勤しんでいる為、マトモに連絡を取ることも出来なかった。……いや、この場合少年がしなかったと言った方が正しい。

 

両親に迷惑を掛けられないと幼い年齢から気を使い始めた少年は祖父達の家に預けられ、我が儘を殆ど言わずに過ごしていた。

 

「おいババア、この焼き魚なんか酸っぱいんだけど? しょっぱいなら分かるけど何で酸っぱいの?」

 

「やっかましい。いいからさっさと食べなクソガキ、片付かないだろうが」

 

「まぁまぁミヨさんや、そう目くじら立てないで、魚だってたまには酸っぱくなる時もあるさ」

 

「おいジジイ、誰がミヨだって? アタシはトメだよ。まさか……またあそこのババアのクラブに行ったんか!?」

 

 ────まぁ、時折修羅場になった事のある家庭だが少年は人並みに育ち、そして人並み過ごしていった。

 

だが、そんな日々も後数日で終わり。高校入学に向けて一人暮らしをする事となった少年はある事に不安で仕方がなかった。

 

(果たして俺は……このままで社会を生きていけるのだろうか)

 

少年が不安に思ったのは、これから先で待ち受けているであろう社会に対しての事。自分は恐らくは人とは少しばかり感性が異なる部分があるのだろう。

 

不良先輩に絡まれた時も変に抵抗してボコボコにされたし、教師に放課後呼び出された時も決まって少年が口答えした時だ。

 

少年は分からなかった。別に間違った事を言った訳でもないのに、正直に分からないと言っただけなのに何故こうも目の敵にされるのか。

 

少年は悩んだ。果たしてこんな弱い自分が、高校に入学した後やっていけるのか? いや、高校だけじゃない。卒業したってその後に待つ大学へ進学する時や就職する時にだってどうなるか分かったものではない。

 

(どうして、こんなにも俺は弱いんだ────)

 

少年は、そんな自分がイヤだった。負けてばかりの人生、負けてばかりの自分。

 

だったら────。

 

「─────そうだ。簡単な事だった。どうして今まで気付かなかったんだろう」

 

 瞬間、少年は“答え”を得た。なんて事はない。たった一つのシンプルな答え。

 

それは……。

 

「弱いのなら、強くなればいいじゃん」

 

嘗て憧れた存在。テレビ越しで眺めていたどんな悪者も一撃で倒してしまう“ヒーロー”

 

少年は、自分の在り方を変える為に次の日から行動を開始した。

 

高校入学、三日前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────それから一年後。少年はあの日を境にずっと強くなる為のトレーニングを続けていた。

 

過酷なトレーニングだ。今も頭のどこかで休みたいと叫びながらも、少年は己を鍛える為に必死に耐えていた。

 

体つきも良くなった。高校に入学した時と同時期に奇妙な怪物達と生死を賭けた戦いを何度も経験した。

 

実際、少年は強くなった。10人に聞けば10人とも肯定する位、少年は明確に強くなった。

 

だが、誰もその事実に気付きはしない。何故なら少年の選んだ高校は地元から遠く離れた県外に位置する所だからだ。

 

理由は特にない。強いて言えば彼の勘がそう告げたとしか言えなかった。故に、地元の人間がいないこの地では誰も彼の変化に気付く者はいなかった。

 

だが、既に変わりはじめた少年を、それでもその強さに気付く者はいない。何故なら少年自身がその事を広めてはいないからだ。

 

彼の求めているのは“強いヒーロー”であって周囲から讃美を受ける事ではない。また、日夜のトレーニングが過酷なために日常ではいつも寝ているのも大きな理由の一つでもある。

 

その為かどの授業でも殆ど眠っている彼にはどの教師も良いようには思っておらず、入学一年目にして既に教師達の間でブラックリストに乗りつつある。

 

どうにかしたい所だが、少年自身も今の生活を変える事は出来ない為にどうしようもない。最後の手段として学級委員であり、生徒会役員でもある“彼女”に相談する事にしよう。

 

そう脳内で決めた後、少年は気を取り直してトレーニングを再開した。

 

と、そんな時だ。

 

「…………ぐっ!?」

 

突如、少年の体にある異変が襲いかかる。…………いや、それは間違いだ。

 

予兆ならあった。ただ、最初の頃は特に気にする必要の無い小さな変化であったため、少年は敢えて気にしなかった。

 

それが今、大きな間違いだと思い知らされる。額からはダラダラと大きな汗を流し、顔は真っ青、下唇を噛みしめて耐えるかのように両手を腹部で抑えながら……。

 

「便所は……どこだ!?」

 

少年は、目標を探しながら夜の街を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。街から外れた郊外にある森。普段は人気のない森林の中で一つの閃光が爆ぜると同時に爆発音が鳴り響く。

 

木々の間を移動する二つの影、その内一つは木々をすり抜けながら疾走し、逃げるようにしながら向かってくるもう一つの影に幾つもの閃光を放つ。

 

そしてもう片方の影は、障害物となる木々を蹴散らし、目の前の影を呑み込もうと爆走する。

 

「くはははは! どうしたどうした!? 仮にもS級犯罪者と喚ばれた奴が、逃げ回ってるなんざらしくねぇーじゃねぇか!」

 

「ったく、イチイチ突っかかってきて、いい加減鬱陶しいにゃ!」

 

二つの影の内、一つは女で一つは男。だが男の方は人間と呼べるには余りにもかけ離れた姿をしていた。

 

「くはははは! いい加減諦めな! この阿修羅カブトから生きて逃げ延びた奴は一人もいねーんだからよぉ!」

 

 自らを阿修羅と喚ぶ男は、外見からして異常だった。その体格、その手足、顔付き全てが人間とは別のモノだったからだ。

 

唯一該当する姿は……昆虫、それもカブト虫と喚ばれる甲殻類と類似していた。太い手足に巨大な体躯、そして額から生えた巨大な角。その全てが自らを阿修羅カブトと喚ぶに相応しい形を成していた。

 

 悪態を尽きながらも女は阿修羅カブトに向け炎を放つ。ある術に精通していた彼女の炎は、阿修羅カブトにとって有効な攻撃手段になる────その筈だった。

 

「ハッハァー! 無駄無駄ぁ!」

 

直撃。炎が爆ぜ、爆発が阿修羅カブトを呑み込む。普段ならこの一撃でケリは付いた。とある事情で追われる身となった彼女だが、今まではこの一撃で全ての追ってを屠る事が出来た。

 

だからこれで決着は付いた。そう思っていたが、それでも構わず爆進してくる阿修羅カブトに、女の目は大きく見開かせる。

 

「そぉらぁ!」

 

「くっ!」

 

遂に女を射程内に入れた阿修羅カブトは、笑みを浮かべながら拳を振り下ろす。

 

瞬間。辺りは爆散し、周囲の木々は薙飛ばされ、鬱蒼と生い茂った森林は阿修羅カブトの一撃でその周辺一帯が更地と化していた。

 

「う、くぅぅぅ……」

 

間一髪、直撃を避ける事に成功した女だが、それでも尋常ではないダメージを受けていた。確かに女の耐久力は高くはないが、それでもそこらの怪物よりは頑丈だと、女自身が自負している。

 

予想外なのは、目の前の阿修羅カブトの存在。その潜在能力は上級の怪物達を軽く凌駕している。

 

下手をすれば、それこそ幹部と喚ばれる最上級の怪物達と並ぶやもしれない。

 

イヤな汗が、女の頬を伝う。今の一撃でボロボロとなってしまったが、ここで諦める訳にはいかない。

 

(そうだよ。私は、こんな所でくたばる訳にはいかない!)

 

女には、夢があった。嘗て、自分を姉様と慕っていつも後ろを付いてきてくれた妹。

 

(白音ともう一度一緒に暮らせるようになる為にも、こんな所で諦める訳にはいかないんだ!)

 

 既に女は限界だった。度重なる追っ手との戦闘に加えて賞金稼ぎとの激闘、加えて今は阿修羅カブトというフザケた化け物との死闘。

 

戦いの連続で既に疲弊している。今の一撃で術を練れるだけの気力も尽きた。だがそれでも、女は自身の目的の為にもう一度立ち上がれるだけの力を振り絞った。

 

その姿は、まさに死を覚悟した戦士の者。ただでは死なんと決めた乙女の在り方。

 

だがしかし、目の前の怪物はそれをあざ笑うかのように。

 

「おほっ! 良い顔をするじゃない黒歌ちゃぁん♪ だけど残念。お前はここで、俺の強さの糧になるんだよぉぉぉ!」

 

「─────なっ!?」

 

その姿を更に歪に変えていく。

 

四肢は肥大化し、角はより鋭利に変形し、全身から溢れる闘気は先程とは比肩し難いレベルに膨れ上がっている。

 

“絶望”。黒歌にとっての死というものが形となって顕現した瞬間でもあった。

 

「フシュゥゥゥ、この阿修羅モードになったからにはもうテメェなんざ目じゃねぇ。この力を御した暁には冥界を俺様の手中に収めてやる!」

 

阿修羅カブトの言葉は、既に黒歌の耳には入っていなかった。頭に浮かぶのはまだ穏やかだった日々。妹と一緒にまだ幸せだった頃の時間が、黒歌の脳裏をよぎっていった。

 

「つまんねぇ天界も下らねぇ冥界も、そしてこの人間界も、この阿修羅カブト様が支配してやる! SS級の犯罪者なんてチンケな呼び名で終わるつもりはねぇぇんだよ!」

 

変異を終えた阿修羅カブトが地面を穿つように踏み抜く、ただそれだけの動作で大地は陥没し、まるで地震の如く震えた。

 

そして────

 

 

「そしてテメェは、その俺の覇道の生け贄となれ、黒歌ぁぁぁぁっ!」

 

阿修羅カブトは全身を弾丸に見立て、黒歌に向かって飛び出してきた。見て分かる。この一撃を受ければ自分は跡形もなく粉砕されるだろう。

 

(ゴメンね……白音)

 

迫り来る死を前に、黒歌は今度こそ諦め、その目を閉じようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔!」

 

「なぶおっはぁぁぁぁあぁぁぁっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────え?」

 

 思考が追い付かなかった。今し方死を覚悟した黒歌が目にしたのは、砕け散った自分の姿ではなく、寧ろ逆に砕け散った阿修羅カブトの姿だった。

 

何が起きたか分からない。何故自分を殺そうとしていた阿修羅カブトの方が、粉々に砕け散ったのだろうか?

 

(イヤ待って、そう言えば何か通らなかった?)

 

阿修羅カブトのタックルが自分に当たる直前、何か……別の男の人の声が聞こえた気がした。

 

けれど、辺りを見渡してもそんな存在などどこにも見当たらないし、何より人間がこんな夜更けにこんな所にいる訳がない。

 

やはり気の所為なのか? だが、それでは一体何が起こったのだろうか。

 

自身の理解が追い付かない現状に、黒歌は暫く辺りを見渡していると。

 

「これ………髪の毛?」

 

ふと、足下に落ちていた複数の髪の毛。それを手にとってみると自分とは違う髪質の黒髪だと分かった。

 

やはり、誰かいたのだ。しかも自分や阿修羅カブトでは認識出来ないほどに速く、それでいてあの怪物を一撃で倒す力の持ち主が。

 

……安堵する。その“誰か”が自分ではなく阿修羅カブトを狙ってくれた事に。

 

いや、もしかしたら初めから自分などに興味など無かったのかもしれない。そんな力の持ち主なら阿修羅カブトだけでなく自分をも仕留めた筈だ。

 

だが、現に自分は生きている。考えても分からない事だが、ひとまず黒歌は自分が生きていた事をよしとし、足早にその場を離れていった。

 

(けど、もしまた会えたら、その時は改めてお礼するにゃん♪ 名も知らない黒髪の人)  

妹と一緒に暮らすため、そして今日、新たな生きる意味を見いだした黒歌は、暗闇の街へと姿を消すのだった。

 

後日、阿修羅カブトの死体を発見したとある種族は、黒歌をSからSS級へと昇格し、その賞金も大きく跳ね上がる事になる。

 

昇格した事で危険レベルも大幅に引き揚げられ、黒歌を狙う輩は激減したという。本人はあまり嬉しくないオチが待っていた。

 

 

 

 

また別の所では………。

 

 

「ふぃー、すっきりした。って、何この血!? こわっ!?」

 

 

ある少年が自宅に帰った後、自分の手にこびり付いた血を見て、一人恐怖に陥っていたのは別の話。

 

 

 




今回は主人公の過去を大雑把に出してみました。
あと後半の黒歌は特にフラグではありません。

第一彼女は自分を助けたのが黒髪だと思っているので、
下手すれば主人公だと気付かないかも。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。