ハイスクール ワン×パンチ   作:アゴン

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今回はタイトル通り。


22撃目 弟子

 

 

 

 

 数日後、人気のない鍛錬場の中心にて二人は対峙していた。荒れ果てた大地、緑のない剥き出しの砂利で敷き詰められたソコは鍛錬場と言うよりも荒野に近い。

 

「この度は忙しい中、ワザワザ時間を作って下さり、ありがとうございます。アオヤマさん」

 

手甲を取り付け、各部プロテクターの装備点検をしながら、サイラオーグは目の前のヒーローに改めて礼を言う。

 

その格好は先日の公の場での正装らしきスーツではなく、彼の戦闘服とも呼べる胴着をアレンジしたモノとなっている。

 

「別にいいよ。暇だったし」

 

そんなサイラオーグを前に立つアオヤマはいつもと同じヒーロースーツを着こなし、やや気怠そうに首を鳴らしている。

 

あれからホテルの通路でサイラオーグの挑戦を受けとったアオヤマは、最初こそ断りはしたが、彼の異様な迄にしつこい頼み込みと暑苦しい雰囲気に圧され、とうとう承諾してしまった。

 

心底めんどくさいと感じてはいるが、受けてしまった以上つき合ってやる他ない。やる気満々のサイラオーグに対しアオヤマは溜息をこぼして向き直る。

 

 けれど、若手悪魔の中で最強と噂されるサイラオーグ。その実力がどの程度のモノなのかアオヤマは密かに期待していた。

 

「では……行きます」

 

「おー、いつでもいいぞ」

 

拳を構え、サイラオーグはやや前傾姿勢を取る。それは、己が肉体のみで強くなった男の我流で編み出された戦闘態勢である。

 

肉体からうっすらとオーラの様なモノが揺れる。先のヴァーリとの戦いで見せた闘気を“動”と捉えるのならば、今のサイラオーグの闘気は“静”。

 

湯気? サイラオーグの体から発する体術の極みをアオヤマは湯気みたいだと思った瞬間。

 

「ジャッ!」

 

瞬きも勝る刹那の一瞬、サイラオーグはアオヤマとの距離を一瞬で縮めた。

 

その速さ、既に上級のレベルには収まらず、サイラオーグの強さは最上級のレベルに到達しつつある。

 

魔力もなく、才能もなく、ただ己の力だけでこの高みへと至ったサイラオーグは一体どれだけの血と汗を流し、どれだけの努力と時間を費やしてきたのだろう?

 

豪腕が奮われる。風を切り、その力に込められたのは渾身の一撃に他ならない。

 

しかし。

 

「へぇ」

 

アオヤマは感心の声を上げ、首を傾けるだけで避けてしまう。

 

それを瞬時に読みとり、狙い通りだと言わんばかりにサイラオーグは体を宙で回転させて踵落としを叩き込む。

 

地面が抉れて陥没する。砂塵を巻き上げながら地面に突き刺さる足を抜き出しながら浮かべるサイラオーグの表情は……苦虫を噛み砕いたような苦悶の色だった。

 

タイミングも申し分ない。逃げる隙も避ける動作もなかった。完全に決まったと思った一撃は。

 

「今更思ったけど、ここってこんなに暴れても大丈夫なのか?」

 

アオヤマには当然の如く当たらず、サイラオーグとは別地点でやはり見当違いな事を考えていた。

 

拳を握り締める。両腕の血管がはちきれんばかりに浮かび上がった所で……。

 

「ヌンッ!」

 

サイラオーグはアオヤマに向かって拳を突き出した。

 

その瞬間、砂塵は吹き飛び、何だと思って振り向いたアオヤマは、サイラオーグの放った拳圧に飛ばされ、崖の壁へと叩きつけられてしまう。

 

「オォォォォォッ!!」

 

これをチャンスとばかりにサイラオーグは一気に攻め立てる。両腕をラッシュの如く振り回すその姿は圧巻の一言。拳を突き出す度に風景を変えるサイラオーグの一撃はまさしく圧倒的と言えた。

 

舞い上がる砂塵が鍛錬場全てを埋め尽くした所で攻撃を止め、サイラオーグは前方を睨みつける。

 

これで倒したとは思えない。相手は白龍皇すら一撃で倒したと言われる規格外だ。サイラオーグは向こうからの攻撃に備え、全身に力を込めて身構える。

 

と、そんな時だ。ポンポンと肩を叩かれ、ハッと我に返った瞬間、振り返った彼の視線の先に映ったのは……。

 

「やほー」

 

手をパタパタと振るアオヤマがそこにいた。

 

頭に血が昇る。明らかに真面目に戦っていないアオヤマにサイラオーグは怒りを覚える。振り向き様に拳を放ち、周囲の砂塵を消し飛ばすが、やはりアオヤマに当たる感触だけは伝わらなかった。

 

「よっと、まだやるか?」

 

いつの間にか背後に立ち、余裕な態度を崩さないアオヤマにサイラオーグは苛立ちを募らせる。

 

完全に遊ばれている。目の前の男が自分とは桁違いな実力を持ったのは今までの攻防でイヤと言うほど自覚できた。否、そもそも戦いと呼べるレベルではない。

 

人間でありながら神器や魔術に頼らず、自分と同じ肉体のみでここまで鍛えたアオヤマにサイラオーグは賞賛処か尊敬の念を抱いた。

 

だが、それ以上に苛立ちを覚えた。もっと目の前の男の実力を知りたいと願いながら、これ以上の戦いを出来ない自分に怒りを覚えた。

 

だから、言葉でしかこちらの意図を伝えられない自分を呪いながら、サイラオーグはアオヤマに言った。

 

「アオヤマさん。散々こちらから願い出て不躾だとは思うが……もう少し、本気で戦ってくれないか?」

 

「?」

 

 サイラオーグには夢がある。バアル家に伝えられる“破滅”の力を持たず、魔力の才能もない彼には成し遂げなければならない夢がある。

 

魔王。悪魔界の頂点に君臨し、悪魔の未来を担うその座に至る。自分と自分を産んで、育ててくれた母の為にサイラオーグは強さの追求を止めたりはしない。

 

故に。

 

「俺には叶えなければならない夢がある。その為には俺はなんとしても強くならなければならない。理不尽だとは分かっている。不条理だとも理解している。身の程知らずな大望だとも自負している。しかし! 俺がより強くなる為にはアンタの強さを身に染み込ませる必要がある。だから!」

 

頼む。そう必死に願い出るサイラオーグにアオヤマは腕を組みながら静かに聞いていると……。

 

刹那、サイラオーグの目の前にはアオヤマが立っていた。

 

「っ!?」

 

 

反応できなかった。確かに今までアオヤマは自分とは距離の開いた位置で佇んでいた筈だ。

 

目を離す事などなかった。それこそ、瞬きすらしないでアオヤマの挙動全てに目を向けていた筈だ。

 

なのに、ここまで近付かれるまでまるで気付けなかった。それだけで自分とは別次元の強さを持つアオヤマに戦慄を覚えるには充分過ぎる瞬間だった。

 

しかし、ただそれだけだ。アオヤマは構えも見せず、ただ無防備にそこに立つだけだ。

 

拳に力を込める。混乱する頭とは対照的にサイラオーグの体は目の前の敵を排除しようと行動に移る。

 

握り締めた拳。脇に寄せ、引き絞るその動作は彼が長年行ってきた一撃の動作。

 

正拳突き。力も最低限、動作も最小限に抑えたその一撃は、まさしく神拳。アオヤマの眉間に捉えた一撃は衝撃を貫き、彼の背後にある壁に穴を開けた。

 

普段は瓦礫を生み出し、砂塵を巻き上げるだけの一撃。しかし、今の放った一撃は今までとは明らかに異なっていた。

 

壁に開いた穴には亀裂など無く、あるのは拳の形をしたモノが刻まれただけ。熱を帯び、シューッと煙を立ち上らせている拳の痕には熱で真っ赤に染め上がっている。

 

自分にまだこんな力があったとは……。自分の放つ一撃に一瞬驚くサイラオーグ。しかし、そう、一瞬なのだ。それだけの一撃を放っておきながら、彼は一瞬しか喜べなかった。

 

何故なら。

 

「おい」

 

サイラオーグの最大最強の一撃、それを急所に受けながらもまるで平然としている。

 

「歯、食いしばれよ」

 

アオヤマが、拳を握り締めていたのだから。

 

来る。マントを靡かせ、拳を握り締めたアオヤマにサイラオーグは歯を食いしばり首に力を込める。

 

来い。アオヤマの襲い来る一撃を耐えようと、サイラオーグは覚悟を決め、全身に力を込めるが。

 

アオヤマの姿が一瞬ブレた瞬間、サイラオーグの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ハッ!」

 

 意識を取り戻したサイラオーグが目を覚ます。いつの間にか倒れていたサイラオーグは冥界の空を見上げたまま体を起こし、辺りを見渡すと。

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 

「お前は……確かリアスの僧侶の──」

 

「あ、アーシア=アルジェントと申します!」

 

側にいるアーシアの存在でサイラオーグの思考がやや混乱する。どうして自分はここで寝ているのだろう。ズキズキと痛む頬を抑え、全身にくる気怠さに苛まされていると、マントを靡かせるヒーロー。アオヤマが堕天使の総督アザゼルと共に此方に近付いてきた。

 

「しっかし、白龍皇の次はバアル家の次期当主をブン殴るとは、お前も意外と容赦しねぇな」

 

「仕方ないだろ? 向こうが勝負しろってふっかけて来たんだから……お、起きたか」

 

「俺は……一体」

 

「いやー、まさか丸一日も寝ているもんだから流石に拙いと思ってさ、アーシアちゃんに頼んでお前を治癒して貰ったんだよ。ありがとなアーシアちゃん」

 

「い、いえ! お役に立てたのでしたら、私はそれだけで充分です。お礼をいわれる事などは私は別に……」

 

「天使や、この子天使や」

 

「悪魔だけどな」

 

 アオヤマとアーシアの遣り取りでサイラオーグは納得したように頷いた。

 

「負けたのか、俺は……」

 

それも一撃で。しかもその後の事後処理までさせてしまい、サイラオーグは悔しさと申し訳なさで俯く。

 

落ち込んだサイラオーグにアーシアがどうしたものかと慌てていると。

 

「なぁ、サイラオーグって言ったっけ? 一つお前に聞きたいんだけどさ」

 

「はい?」

 

「お前にも色々理由はあんだろうけどさ、あんまし焦んない方がいいぞ。なんか見ててハラハラするからよ」

 

「……え?」

 

言葉に出来なかった。それはアオヤマの突然の話に驚いたのではない。自分の胸中を見透かされたようで思考が停止したのだ。

 

何故自分が焦っていると思ったのだろう。ただ此方の一方的な願いを聞き入れただけで、そんな事を口にするアオヤマを理解できなかった。

 

「悪魔ってのは人間よりもずっと長生きする生き物なんだろ? だったらさ、下手に焦って行動するよりもう少し考えて生きてみてもいいんじゃね? 友達も多いみたいだしさ」

 

「…………」

 

何故だろう。知ったような事を口にするアオヤマに怒りを覚えるよりも素直に聞き入れる自分がいる。

 

まるで母や父、或いは師に諭されるような感覚。

 

「んじゃ、俺帰るわ。アザゼル。アーシアちゃんの事頼んだぜ」

 

「なぁ、最近お前俺のこと便利道具だと思ってね? え? まさかのアザえもんの爆誕?」

 

「はっ」

 

「鼻で笑いやがった!?」

 

そう言って背中を向けて去っていくアオヤマを見て思う。あぁそうか。自分にとってこの人は……。

 

そう思った瞬間、サイラオーグは声高くして叫んだ。

 

「アオヤマさん! いや、アオヤマ先生!」

 

「は?」

 

「せ、先生?」

 

突然の先生発言に呼び止められ、アオヤマは驚きながら振り返ると。

 

「俺を、弟子にして下さい!」

 

頬を未だに腫らしたままのサイラオーグが、アオヤマに弟子入りを志願してきた。

 

「え、ヤだけど……」

 

誰もが絶句する中、アオヤマは淡々と断りを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから幾日か経ち、新学期開始まで二日と迫った所で、アオヤマは冥界から人間界へと戻ってきた。

 

「んー! やっぱ人間界はいいな。青空ってのはやっぱ気分が良い」

 

荷物を肩に掛け、駅前の人混みを眺めながらアオヤマはこれまでの経緯を思い返す。

 

ソーナの自宅にお邪魔し、たわいない雑談している日もあれば、アオヤマの存在を察知したセラフォルーが乱入してきたり、何故か不機嫌な匙と組み手をして凹ませてしまったり、小猫と朱乃からは心当たりがないのに謝られたり感謝されたりと不思議な体験をしたり、兵藤一誠が出る映画撮影の現場へ見学したり、その際にリアスの最後の眷属、ギャスパーと初めて顔を合わせたり、これまでの夏休みの中でそこそこ濃い目の夏休みを体験したと思う。

 

ただ一つ気掛かりなのは、あれからしつこく弟子入りを志願してきたサイラオーグが問題だった。

 

イヤだといってもどうしてもと聞かず、最後辺りは断れば断るだけ周りも敵になっていく始末。

 

最終的に考えておくとだけ言ってその場を濁し、どうにか逃げて来たと言うわけだ。

 

「俺、別に弟子とか募集してないんだけどなー。ま、今言っても仕方ないか。早く帰って部屋の掃除しよう」

 

と、面倒は後に押し込み、ひとまず自宅へ帰ることにしたアオヤマは駅から一歩前に出ると……。

 

「にょ、アオヤマ君。帰って来てたにょ? おかえりなさいにょ」

 

横からの声に振り返れば、コスプレ姿のミルたんが歩み寄ってきていた。

 

「お、ミルたん。その様子だとそっちも今帰り? 確か天界に行ってたんだっけ?」

 

「そうだにょ。それよりもアオヤマ君、今回はご免なさいだにょ。ミルたんの失敗でアオヤマ君に一杯迷惑掛けたにょ」

 

「あぁ、それならもういいよ。なんだかんたで冥界も結構楽しかったし、暇にはならなかったから」

 

頭を下げて謝罪をしてくるミルたんにアオヤマは気にするなと返す。

 

「ここで立ち話もなんだし、歩きながら話そうぜ。ミルたんの天界での話も気になるし」

 

「にょ」

 

そう言って歩き出す二人。人混みの中を歩きながらこの夏休みでの出来事を語る二人はまるで生来の親友の如く仲が良かった。

 

「そう言えばアオヤマ君。冥界では悪魔さん達が沢山いたにょ?」

 

「ん? まー、いたな」

 

「アオヤマ君から見て、悪魔さん達はどうだったにょ?」

 

ミルたんからの何気ない質問。アオヤマはその意味と重みを理解せずに。

 

「まぁぶっちゃけ、あんまし人間と変わらないな」

 

と、そうあっさりと答えるのだった。

 

それからというもの、二人はお互いの夏休みの合間に起きた天界と冥界での話題で盛り上がっていた。

 

何でもミルたんは不思議な力を追い求める為に熾烈天使とやらに戦いを挑み、ウリエル、ラファエル、ガブリエルの三人までは何とか撃破できたらしい。

 

最後のミカエルという天使長との戦いで連戦で疲労したミルたんも流石に敗北。後一歩の所で負けたとか。

 

因みに天界では当時の出来事を“久遠の落日(未遂)”と呼ばれているらしい。

 

不思議な力も貰えず、この夏休みまともな戦果を挙げられなかったミルたんを慰めつつ、アオヤマは自身の住むアパートに続く道の曲がり角を行き。

 

そこで、絶句する。

 

何故なら─────。

 

 

 

 

「な、な、な……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんじゃこりゃぁぁぁぃぁっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の住むアパートは、絶賛燃え燃えフィーバー中だったからだ。

 

 

 

 

 




次回、課題の復讐。

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