「ほらよ」
「ありがとうございます」
「それ呑んだら帰れよ。弟子なんて募った覚えねーんだからよ」
アパートの庭先、仮住まいとしてミルたんからテントを間借りしているアオヤマは突然の来訪者のサイラオーグに一杯の茶を出し、最低限持て成しを振る舞いこれを最後に帰れと釘を射す。
ミルたんが使用しているだけあって通常のテントと比べ広めに造られているが、それでも一人仕様だ。複数の人間が使うには狭いし、筋骨隆々とした男がいては三割り増しに狭く感じる事だろう。
早く帰ってくれないか。口には出さずに目で語るアオヤマだが、当の本人にはその思いに気付かず、淡々と自身の思いを口にする。
「先生……お願いします。どうか俺を弟子にして下さい。俺は、どうしても強くならねばならないのです」
「先生は止めろって……んな事言われてもなぁ。俺ってば魔力とかそっち系の専門用語なんざ欠片も知らないし、為になるような助言なんて出来ねぇぞ?」
「いえ、俺には魔力の才能なんてものはありません。先生と同じで俺にはこの拳しかありません」
そういって握り拳を作るサイラオーグにアオヤマはどういう事だと首を傾げた。その後聞いた話ではサイラオーグはバアル家という悪魔の間でも有名な家柄に生まれておきながらバアル家特有の魔力───“滅び”の力を受け継げられなかったらしい。
それ処か魔力の才能も皆無に等しく、その所為で幼少の頃は中々に辛い体験をしたようだ。
まぁ聞いた限りでは気の毒だとは思うし、そこまで懇願して弟子入りをするのなら吝かではないのがアオヤマの本心なのだが……如何せん人を育てた経験などないアオヤマにはサイラオーグにどうアドバイスしたらいいか迷っていた。
ハゲる位い体を鍛えろ。アオヤマのアドバイスはこの一言で全て終わってしまうし、向こうも多分納得しないだろう。
どうしたものか。輝く頭を傾け、悩みに悩んだアオヤマは───ふと、あるものが思い浮かんだ。
「ちょっと待ってろ。今資料を出してやるから」
「え? は、はい」
サイラオーグに背を向け、自身の最後の荷物であるバッグを漁るアオヤマにサイラオーグは訝しげに思った時。
「よし、取り敢えずお前これ読んどけ」
「先生……これは?」
差し出された一冊の本、その本を前にサイラオーグは目を丸くした。
サイラオーグが目を丸くするほどに驚く本。そのタイトルは───。
「“ドラグ・ソボール”大人から子供まで幅広い年代で愛されている本だ」
この世界の誰もが知っている……超人気コミックだった。
◇
サイラオーグを弟子入りするか否かを見定める試験が行われている一方。アオヤマの仮住まいに近づく二つの人影が近付いてきた。
「良いですかデュリオ、これから会う御仁は世界を救った救世主、ミカエル様等がお認めになられた方なのですから丁重な挨拶を心掛けなさい」
「へいへーい、分かってますよ。……ていうけどよグリゼルダ。そんなに偉い人なら俺らじゃなくてミカエル様御自身がこられた方が良かったんじゃねーの? 俺が行くとか場違いじゃね?」
「ミカエル様は現在天界の混乱を沈めるのに手一杯なのです。なんでも未確認のクリーチャーが突如天界に現れ、熾天使の皆様を巻き込んだちょっと
した騒動が起こったらしくて……」
「いや、熾天使様方が巻き込まれている時点で“ちょっと”ですまない気がするんですけど?」
住宅街の道を行く二人の男女、グリゼルダとデュリオと呼ばれるそれぞれの男女はこれから向かうであろう人物について話をしていた。
「それよりも、これから会うお方は人の身でありながら神と魔王、そして堕天使総督にも面識のあるお方で同時に自らを英雄と称して悪と戦う稀有な方です。決して蔑ろにしてはなりませんよ」
「英雄ねぇ……そう言えば以前は英雄派って奴等が色々水面下で企んでいたけど、最近はそんな話聞かないな。何かの前触れか?」
「兎も角、彼は三大協定会議の時や隕石破壊に大きく貢献したお方です。決して失礼のないように、分かりましたね?」
「わーったよ。さっきから同じ事ばったかり言って、耳にタコが出来るっての」
グリゼルダのしつこいとさえ思える注意に嫌気のさしたデュリオはややゲンナリとした様子で彼女に止めてくれと口にする。
そんなこんなでアオヤマの住まいであろうアパート前に辿り着いた二人、彼等には施された結界が利かないのか、二人には焼け荒れたアパートが見えている。
「こりゃ酷いな。英雄派の連中、まさか一般人にまで手を出すとは……」
「家は焼かれ、頼る人はいないのに己は世界の為に戦う。それが喩え人々に賞賛される事はないと知っていても……あぁ、アオヤマ様、貴方の魂はどうしてそこまで清らかなのです?」
「おーいグリゼルダ、トリップしてるとこ悪いんだがそろそろ戻ってこーい」
今回の隕石騒動ついて少しばかり事情を知っているグリゼルダは、アオヤマの存在を脳内で美化して英雄処か救世主(メシア)扱いにしている。
そんな相方のグリゼルダに呆れながらもデュリオは戻って来いとグリゼルダの肩を叩く。その時に我に返ったグリゼルダは、咳払いをしながら身支度を整え、アオヤマのいるであろう自宅跡地に足を踏み入れた。
デュリオは興味、グリゼルダはそれ以上の期待感に胸を膨らませ、いざ足を踏み入れてみると……。
「ド~ラ~ゴ~ン~……波ぁぁぁぁっ!!」
「ちっが~~う! もっと腹から声出せぇぇ! 己の小宇宙を高め、体内の闘気を吐き出すつもりでやらんかぁぁ!」
「ハイ、先生! ド~ラ~ゴ~ン~……波ぁぁぁぁっ!!」
「ちっが~~う! 目の前でゼルに16号を殺された時の空孫飯の怒りを思い出せ! 穏やかな心を持ちながら激しい怒りで己の内に秘めた小宇宙を爆発させるんだ!」
「ハイ、先生!」
ガタイの良いお兄さんがハゲた人を先生と呼びながら漫画のような動きをする光景を目の当たりにし……。
「「…………」」
デュリオは茫然となり、グリゼルダは自身の抱いた幻想が粉々に砕かれた気がした。
◇
「はぁ、転生天使ねぇ。そんで? そのミカエルさんところの“御使い”さんが俺に何のよう?」
「は、はい。実は先の隕石破壊の協力の際、大きく貢献したとされるアオヤマ様にミカエル様が是非お礼がしたいと仰られまして……つきましてはアオヤマ様に何らかの願いがあればそれを伝えるように仰せ使われ、我らが遣われた次第です」
あの後、二人の存在に気付いたアオヤマはひとまずサイラオーグをそのまま続けるよう言いつけ、取り敢えずテントの中へと招き入れたアオヤマは本日二度目のお茶を差し出す。
流石に三人も入らないのでデュリオは外で待機しているが、彼だけ何ももてなさないというのは色々アレなので、取り敢えず彼にもお茶の一杯だけは差し出す事にした。
そうして目の前のグリゼルダと呼ばれる美女からこの間の隕石破壊の功労者として何らかの褒美を受け取れる事となったアオヤマは顎に手を添え、どうしたものかと頭を悩ませる。
「急に何が欲しいって言われてもなー……俺はただ俺がやりたいことをやっただけなんだが」
「いやあの、アザゼル様からお聞きになってませんか? 一応話は通しておくとアザゼル様から言われているんですけど……」
「アザゼルから?」
そういえばアザゼルも自分に何か聞きたい事があっ たと言っていた。ディオ何とかの登場の所為ですっかり忘れていたアオヤマはあのことだったのかと思い出す。
ならば……頼んでしまってもいいのだろうか? このままテントを借り続ける訳にも行かないし、友人の泊まりに行っているミルたんにもこれ以上迷惑を掛ける訳にもいかない。そう思ったアオヤマの決断は早く、次の瞬間にはグリゼルダに言う願いの内容が決まっていた。
「そんじゃあ、俺の住んでたアパートを直して貰おうかな。見ての通りあんな状態だし、大家さんに気付かれる前になんとかしたいんだけど……」
「はい。承りました。アオヤマ様の要望は天界総出で叶える事に致しましょう」
「いや、別にそこまでは望んでないけど……」
天使というのはこういった恩義を大事にする生き物なのだろうか。
悪くはないのだが……これはこれで、少しメンドクサいかもと、アオヤマら何となくそう思った。
とはいえ、これでテント生活もおさらば出来る。そう思って安心した次の瞬間。
ズァガァォォォ……ン。
トンでもない轟音が辺りに響いた。お茶をひっくり返し、軽く悲鳴を上げるグリゼルダを余所にまさかと思いアオヤマはテントから飛び出す。
そこで彼が目にしたものは……。
「で、出来ました! 先生! 俺、ドラゴン波が出せる様になりました!」
空に浮かぶ雲に巨大な大穴をあけて、それを喜ぶサイラオーグと、お茶をボチャボチャ零して呆然となっているデュリオがそこにいた。
まさか出せると思わなかったアオヤマは喜ぶサイラオーグに参ったと小声を漏らすと。
「わぁったよ。サイラオーグ、お前を弟子にしてやるよ」
遂に、アオヤマは初の弟子を迎える事になった。
これで、小猫さんの強化フラグも立ちましたね(ゲス顔