アオヤマが何者かの手によって人間界から姿を消した直後、オーディンの迎えに行ったアザゼルと報告を兼ねて合流を果たしたリアス達は……現在、神と名乗る青年の襲撃によって絶対絶命の窮地に立たされていた。
「ふむ、これが今代の赤龍帝か、なんとも……非常に残念な存在だな。ここまで恵まれないことを考えるといっそ哀れに思う」
「く、クソォォォ……」
宙に佇む青年に見下ろされヤレヤレと呆れられるに対し、リアス達は悔しく思いながらも地面に膝を着いているだけで精一杯だった。
「ちぃっ、悪神が、一体何が目的で仕掛けて来やがった!」
「決まっている。北欧の主神が事もあろうに日本の神々と面識を持つことを防ぐ為さ。他の神話体系と交わるなど我慢できないのでね」
光の槍を手にアザゼルが猛るのに対し、悪神と呼ばれる青年はやはり涼しい顔であっさりと答える。
“神”この世界に於ける魔王と対となる存在で魔力、膂力、共に理の外にある規格外の怪物、北欧の“悪神ロキ”それが青年の名である。
「……ロキよ。どうあっても邪魔をする気か?」
「当然だオーディン。他の神々がどうだろうと私は北欧神話が余所の神話と交わる事は断じて認めん。もし退く気がないのであれば……フェンリル」
ロキが怒りを持って主神を睨みつけると同時にある名称を口にすると……その場の空気が一瞬にして凍り付く。
心臓を鷲掴みにされる感覚を覚えた時、ロキの背後から巨大な狼が姿を現した。
神喰狼“フェンリル”美しい銀の鬣と体毛を揺らし、その爪と牙は神すら殺すとされる最強の狼。
神話の中で語られる怪物中の怪物の登場にアザゼルは勿論、その場にいる全員が息を呑んだ。
「フェンリルまで取り出すとは……テメェ、最悪オーディンの爺を殺してでも会談を邪魔する算段か!」
「当然だ。私にとっては他の神話体系と交わるのはそれだけ許し難い事なのだと理解してくれれば助かる。……あぁ、もしかして例のヒーローの助勢を期待しているのかな? だったらそれは諦めた方がいい。既に彼はこの世界から存在しないのだからな」
「な、何ですって!?」
「どういう事だよそれは!」
アオヤマの処遇を詳しげに語るロキにリアス達は戦慄する。何故目の前の悪神がアオヤマの存在を認知しているのかは兎も角として、アオヤマが世界から消されたという言葉の方が衝撃は大きかった。
アオヤマが何の抵抗もなく世界から消滅したというのは流石にない。ならば転移の類の術で人間界から強制的に移動されたと見るアザゼルはすぐさま彼が向かわされたであろう場所を模索し……そして、気付いた。
「まさか、アイツを……アオヤマを向かわせたのは!」
「察しがいいな。そう、自らヒーローと名乗る愚昧な彼には次元の狭間で永劫に封印されて貰うことにした」
青ざめて叫ぶアザゼルに対し、不敵に笑うロキ。
なんて事してくれたんだ。アオヤマという存在を理解していない悪神ロキに、その場にいる誰もがそう叫ばずにはいられなかった。
◇
「………あれ? 何だここ?」
上も下も無い、全てが曖昧に感じてしまう空間でアオヤマは目を覚ます。
見知らぬ場所で少し驚くも、自分に起きた出来事を思い出したアオヤマは腕を組んでその時の事を思い出しながら周囲を見渡した。
「確か俺、変な龍と戦ってたんだよな? そんでその時に後ろから声を掛けられて、振り返ったら此処にいた。……うん、訳わかんねぇな」
転移の術で跳ばされた事にも気付かないアオヤマは、取り敢えず自分の家に帰るためにひとまずこの場の探索を開始する。
まるで宇宙空間の様に重力を感じられない空間だが、岩場や瓦礫、何かの残骸らしきモノが所々に漂っており、不思議とそこには力場が存在し、足場として利用する事が出来た。
不思議な所だ。この空間をアオヤマは総じてそう評価するが、出口が見当たらない以上脱出する事は不可能に近い。
非常に困った。ここがどこだか検討もつかないし、携帯も当然圏外で使えない事から助けを呼ぶことも出来ない。
どうしたものかといよいよになって困り果てた時───そいつは現れた。
「…………ん? なんだこの赤いの?」
いつの間にか目の前に現れる赤い壁。不思議に思ったアオヤマは指先でつついてみると、赤い壁と思われたソレはもぞりと動きだし、ズズズとアオヤマの前を横断していった。
生き物? こんな人処か生き物も満足に住めるとは思えない空間に一体どんな生き物が生息しているのかと興味を持ったアオヤマは、何となく、蠢く赤い壁に飛び乗ってみた。
デカい。ただの壁だと思われたソレは直径数百メートルにも渡る巨大な生き物の一部だった。これまで多くの怪物と戦ってきたアオヤマだが、生き物としてこれほどまで巨大なモノは一、二回程しか経験がなく、好奇心を擽るには十分な破壊力を有していた。
一体この生き物は何なのだろうか。そう思った時、アオヤマが足場にしていた場が突然激しく胎動した。
地震にすら思える激しい揺さぶりに驚いたアオヤマはひとまず近くにある岩場に跳躍し、赤い物体から距離を置く。
今度は何の騒ぎだ? そう思ったアオヤマが目にしたモノは………。
「ほぇー、デカい龍だなぁ」
巨大。人間サイズのアオヤマには山だと錯覚するほどに巨大な龍が天高く昇った目線で彼を見下ろしていた。
関心な面持ちで見上げるアオヤマに対し、静かに見下ろす龍。その光景はとてもシュールで、且つ彼等知る者が見ればとんでもなく恐ろしい光景だった。
上京した田舎者がスカイタワーの高さに驚く。この光景はまさにそういった緊張感の欠片もないモノ。
と、そこで何かを思い出したのか、アオヤマはポンと手を叩き。
「……なぁ、もしかしてお前、グレートレッドとかいうドラゴンか?」
アオヤマのその質問に対し、赤き真龍は静かに頷いた。
◇
「………ここか、ウロボロス・ドラゴンがいるとされる拠点は」
人気のなくなった住宅街。アオヤマ達の新居であるマンションの前に、黒いローブを纏った一団がその目を妖しく輝かせてオーフィスがいるであろうマンションの一室を見上げていた。
彼等の名は死神。冥界でも奥深くに在る地獄を拠点に多くの魂を狩り、涅槃に導いた種族である。
死を司る神。神の名を冠する彼等はその手に巨大な鎌を手に、中にいるであろう標的に狙いを絞り込む。
「良いか、ハーデス様の許可を頂いた事で“アレ”を使う事を赦されたが、それでもここは悪魔共の根城。北欧の悪神が時間を稼いでいる合間に片を付けるぞ」
リーダー格の死神のその一言に他の死神達は静かに頷き返すと同時に、その身に纏う覇気を静かに解放する。
静か。否、静か過ぎて命の鼓動を感じられない彼等の纏う覇気は差し詰め死の音色。数多の命を、魂を刈り続けてきた彼等の実力は末端でも上級、中でもリーダー格であるプルートと称される死神はアザゼルやサーゼクスと並ぶ最上級の実力を有した死神だ。
その集団がオーフィスを狙ってマンションになだれ込む。このまま無限龍と死神の軍勢との戦闘かと思われた時。
「にょ」
ソイツは現れた。
「な、何だコイツ!?」
「一体、どこから湧いて出た!?」
何の前触れもなく、突然目の前に出現したソレに死神達は戦慄する。
ヒーローがいない今、オーフィスを守る者は誰もいないのではないか? そう疑問に思ったプルートをまるで予見したかのように目の前のソレは口を開く。
「こんにちは、ミルたんだにょ」
ミルたん。
初めて遭遇する未知の存在に死神達は動揺を隠せずにいた。
次回、奇跡も魔法もあるんだにょ!