死神プルート。死を司る神にして死神達の頂点に君臨しているハーデスの 側近。先代の魔王達や堕天使の総督アザゼルと同じ時代を生きてきた古の強者で、その実力は前者達と全くひけを取らないほど凄まじく、彼の手にした鎌は相手を魂ごと狩り取るとされる……まさに、死の神と呼ばれる存在。
悠久にも近い時の中で生きていた彼の記憶には様々な偉人、怪物達が存在している。圧倒的な力を誇る魔族、象徴とも呼べる光の力を奮う天の者達。
そして、ハーデスの様に各神話に存在する神々。永い年月を経て、プルートはそんな存在達と幾度も刃を交わし、戦い、そして生き残ってきた。
知の探求者であるオーディン程ではないにしろ、彼には時の流れと共に培ってきた知識が確かに存在した。
───その彼が目の前の存在に思う一言。
(……何だ、コイツは????)
疑問点。脳内という草原に埋め尽くされた『?』の一文字。
その姿、理解不能。その形、解読不能。何もかもが奇抜で何もかもがプルートの知識から越えていた。
“ミルたん”自らを魔法少女と名乗り、不思議な力を求めるあまりアオヤマと共に数度に渡り異世界を巡ってきた剛なる者。
にこやかに微笑む筋骨隆々な魔法少女とその姿に唖然となる骸骨集団。端から見れば不気味過ぎるその光景だが、今回だけは心情的に骸骨集団に同情する事にする。
「お客様ですかにょ? アオヤマ君は今出ているから留守だし……もしかして、オーフィスたんにご用ですかにょ?」
目の前の理解を越えた存在に思考を停止していたプルートだが、ミルたんの発する言葉の中から聞こえてきた人物の名に我を取り戻し、手にした鎌に力を込める。
そう、彼等が目的とするモノはウロボロス・ドラゴン。無限神龍と称される存在を捕獲する為、自分達の主神たるハーデスの目的の為に、無限龍───オーフィスを捕らえねばならない。
故に、目の前の存在に気を割く余裕は最早ない。かのヒーローが次元の狭間で足止めしている今が好機なのだ。
プルートの姿がその場から消える。瞬きの間よりも、刹那の合間よりも速く動けるプルートはまさに最上級の実力者。
魔王や堕天使総督と並ぶ実力を持つプルートは油断なく、且つ容赦なくミルたんの背後に回り込み、その鎌を振り下ろそうとした。
───が。
「せっかちな死神さんにょ~。おいたはメッ、にょ」
「っ!!!!!」
…………ゾワリ。ミルたんの背後に回り込み、圧倒的優勢を手にした筈のプルートは生命特有の本能に従い、かなぐり捨ててミルたんとの距離を取った。
その行動に他の死神の面々は訝しげにそれぞれ顔を見合わせたり、首を傾げたりして不思議に思っているが、当事者であるプルートは骸骨であるにも関わらず、目に見えて大量の汗を流していた。
(なんだ、今のは……幻覚でも目にしたのか?)
自分で幻覚なのでは言い聞かせるプルート。だが、見てしまったのだ。自分が目の前のミルたんなる存在の首筋に刃を突き立てようとした時、“ミルたんの顔が此方を向いていた”のを。
しかし、相変わらずミルたんはプルートに背を向けたまま変わらずその場で佇むだけ。他の死神達もミルたんの異変に気付いていないのか、それらしい反応はみせていない。
やはり見間違いだったか。目にした事実を錯覚だと断定し、プルートは再びミルたんを切りつけようと刃を向けた。
「……むぅ~。困ったにょ、ミルたん此処の所お客様のお出迎えをしていないし、こんな大勢のお客様を相手にするのは初めてだから大変だにょ」
頭に両手の人差し指を付けて、困った風に悩ませているミルたんにその場の全員が別の意味で衝撃を受ける。
死神の軍勢。これを前にして未だに客人だと錯覚しているミルたんは底抜けに抜けているのか、それとも自分達が死神と知った上でもてなそうとしているのか……。
いずれにせよ自分達を舐めているのは明白。苛立ちを覚え始めた彼等は全員が目の前の存在を目的を達成する前の障害であると認識し、ミルたんを本格的に抹殺しようと動きを見せた……その時だ。
「この人数だとお部屋も足りないし……。仕方ないにょ、今回はミルたんの使い魔さんにも手伝って貰う事にするにょ」
何か思い付いたのか、軽く手を叩いてにこやかに微笑むミルたん。ミルたん自身は微笑みのつもりでも他者からすれば呪い級の不気味さを持つその笑みに、死神の軍勢は引き気味に後退る。
「ミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミル…………」
共鳴……なのだろうか? 空に向かってミルミルと口ずさむミルたんを見て、疑問が募る中。
「……殺せ」
プルートが静かに他の死神達に命令を下す。それだけで死神の軍勢は一切の私情と感情を捨て去り、完全無欠の戦闘集団へと変貌する。
相手が未知の存在であろうと、こちらが為すべき事は一つしかない。多対一であろうと容赦なくこの存在を抹殺し、早いところオーフィスの捕獲段階へと移行せねばならない。
死神達の持つ鎌。その刃をミルたんただ一人に向けられ、そして振り下ろされようとした時。
魔法陣がミルたんの足下に出現する。見たことのない術式に死神達が一瞬面食らい。
「死神さん達、ご案内するにょ」
死神達とミルたんは駒王町から姿を消した。
◇
「……ふーん。じゃあお前はオーフィスを追い出したんじゃなく、外の世界を知って貰う為にこの次元の狭間から出て貰ったと?」
「─────」
「結局は追い出してしまう形になってしまったって……そう思うなら一度アイツに事情を話してみろよ。普段無表情だから分かり難いけど、お前の名前を出した途端露骨に顔を嫌そうにしていたぞ」
次元の狭間。世界と世界を繋ぐ橋、或いは世界を支える不可視の空間として一部の存在が認識している異界。
人間界でも冥界でもなく、天界でもないその異質の空間でまるで井戸端会議のように雑談に興じる二つの存在があった。
一人は人間。ヒーローを自称し、無自覚ながら世界の中心となっているアオヤマと、夢幻の体言者であり、無限神龍ウロボロス・ドラゴンと称されるオーフィスと比肩、或いは凌駕すると言われているまさしく世界最強の存在。
“グレートレッド”赤龍真帝と称され、古き聖書にも描かれている世界最古のドラゴンである。
その世界最古で最強のドラゴンが、その巨体を屈ませ、目の前の小さな人間に頭を低くさせて何やら話していた。
「───」
「またアイツと喧嘩になりそうで不安? んな事言ってもそこら辺は自分で蒔いた種なんだからちゃんと受け止めてやれよ。お前だっていきなり説明もなしに家から出て行けって言われたら嫌だろ? アイツは随分昔からそんな気持ちを抱えていた訳だし、一、二発殴られる位の覚悟はしろよ」
「─────」
「あー、分かった分かった。俺も間に入って仲介してやるから、そんな泣きそうな声で頼むなよ、俺が悪者みたいじゃん」
グレートレッドの話している内容が理解出来るのか、困った様に苦笑いを浮かべるアオヤマ。今の彼の心境は人生相談を受けるカウンセラーのソレである。
ヒーローを自負しているのに人生相談を受けるとは……心情的にやや複雑に思うアオヤマだが、オーフィスを預かると決めた以上ある程度協力してやるのが筋というものだろう。何やらこの二人(?)も色々複雑な事情を抱えているみたいだし、仲介人となる人物も必要な事だろう。
オーフィスもグレートレッドに対して良い感情は持っていなさそうだし、最悪出会い頭に喧嘩をする事になるやもしれない。
そうなるのは忍びないと思い、グレートレッド本人からの強い要望もあって、アオヤマは取り敢えずこの二人の仲が良くなるまで面倒見てやろうと思った。
「────」
「ん? 今オーフィスは無事かって? あぁそれなら心配ねぇよ。ミルたんが俺が留守の間面倒見てくれているから」
「─────?」
「そのミルたんは何者だって? ……まぁ詳しくは俺も分からないけど、兎に角良い奴だよ。見た目はアレだけど」
「─────」
「強いのかって訊かれても……ん~、まぁぶっちゃけそれほどじゃねぇよ。トレーニングを開始して一年半経った頃だけど、ふとした切っ掛けで一度本気でミルたんと戦った事あるんだ。けど、ミルたん自身は大した事はなかったな」
何やら気になるアオヤマの物言いにグレートレッドは首を傾げた。
「ミルたんの……アイツの使う使い魔って奴がな、メチャクチャヤバい奴でさ、当時の俺も死に物狂いで戦って漸く撃退出来た程度でさ、───今思えばあの時が一番ヒーローらしい戦いだったなぁ」
今戦ったらどうなのだろうか。昔の事を思い出し、しみじみと物思いに耽るアオヤマ。一人で納得しているアオヤマにグレートレッドは話の続きを促した。
「名前は……何て言ったかなぁ。確か乳製品っぽい名前なんだけど、その割には無茶苦茶禍々しくてビックリしたっけ」
喉元まで出掛かった言葉が後少しで出ない。もどかしさに眉を寄せたアオヤマは、ふと衝動的に思い出し……。
「確か…………ヨーグルトソースって言ったっけ?」
◇
狂気。無間とも宇宙とも呼べるその空間で狂おしい限りの狂気が蔓延していた。
ある者は泣き叫び、ある者は高笑い、またある者は血の涙を流しながら発狂していた。
嗤う。嗤い、嗤い、ただその光景に“ソレ”は嗤っていた。
慈悲深く、それでいて彼等全てを否定するかのようなその嗤いに正気を保てる者はただ一人。
死の神プルート。ハーデスの側近にして最強クラスの実力者である彼は、力なく“ソレ”を見上げていた。
やがて“ソレ”は口を開く様に空間を広げる。さながら門と思えるその光景にプルートは最期に思った。
この世には、決して触れてはならないモノがあるのだと。ヒーローも、魔法少女も、最初から自分達の知る理から完全に逸脱した存在なのだと。
だが、全てはもう手遅れ、既に抗う気力を無くした死神は為す術なく門へと吸い込まれていく。
その様を、一人眺める者がいた。
「死神さん達、夢の国へご案内するにょ♪」
無間の宇宙で一人、満面の笑みで微笑んでいた。
ほら、奇跡も魔法もあったでしょ?(白目)