……食い違いともいう。
───最近、言葉を失う事が増えている気がする。誰もが目の前の光景に絶句しながら、リアス=グレモリーは一人思う。
一人の人間と知り合って大分驚く事に慣れてきている彼女達だが、それでも耐性が足りていないのか、その光景に何も言葉に出来ないでいた。
アザゼルもバラキエルもロスヴァイセも、そして神であるオーディンやロキでさえも、目玉をこれでもかと見開かせてソレに釘付けになっていた
次元の狭間に幽閉された筈のアオヤマと、この世界で頂点に君臨しているとされる赤龍真帝ことグレートレッドが、仲良く次元の狭間から出てくる場面を目撃すれば多くの存在が彼等と同じリアクションをする事だろう。
そして、その注目されている当事者である本人達はと言うと……。
「あ、アレ? 何これ、何故ワンちゃん達が倒れているの? え? もしかして俺の所為? 前方不注意で轢いちゃった俺の所為? やややややべぇ、ヒーローが犬轢いたなんて知られたらヒーロー失格どころの騒ぎじゃねぇぞ!」
「─────」
「ソイツ等フェンリルの子供だから大丈夫だろうだと? バカ言ってんじゃねぇよ! 犬コロ轢いて大丈夫の話はないだろ! この事を動物愛護団体の連中に知られて見ろ、何言われるか分かったものじゃねぇ! おい、犬! しっかりしろ!」
グレートレッドに吹き飛ばされた衝撃で目を回して気絶しているスコルとハティ。神喰狼であり、フェンリルの子供とされる二頭の狼を犬扱いで介抱しようとしていた。
それも意外と動物好きなのか、手厚く介抱しようとするアオヤマの姿勢に小猫は何となく好意的に思う。
「やべぇよ、完全に白目剥いてるよ。これ生きてるよね? 死んでないよね!?」
「─────」
「神話の神喰狼を心配する人間は初めて見た? 神話だろうが何だろうが心配するのは当然だろうが!? ワンちゃんだぞ! モフモフするんだぞ! 毛皮とか高いんだぞ!」
狼と犬を同列扱いするのは兎も角、狼の毛皮を商品価値として見ているアオヤマに小猫は一気に冷めた目で見つめてしまった。
誰よりも予想外の事をしでかすアオヤマは、誰よりもぶっ飛んだ感性と思考の持ち主なのだと彼等は改めて知ることとなった。
「……何故だ。何故次元の狭間から抜け出せた! どうやってあの空間から脱出できた!?」
そんな混沌とした空気の中、ロキの悲痛とも呼べる叫びにアオヤマとグレートレッドは向き直る。世界最強のドラゴンと予想外過ぎる怪物のであるアオヤマから一斉に視線を向けられ、悪神と畏れられるロキは神でありながらその表情を畏怖に歪めて後退る。
「どうやってと言われても……普通に殴ってたり蹴ったりしてたら空間に穴が開いて、そこに入ったらここに出てきたとしか……ねぇ?」
ロキの質問に若干の戸惑いを見せながら応えるアオヤマはグレートレッドにも返事を求め、赤龍真帝はそれに応える様に頷いて見せた。
まるで友人と会話するかのような親しさ、その事実を正確に理解していない内にロキは次なる問いを投げ掛ける。
「バカな! あそこには大量の邪龍共を放り込んだ筈だ。我がミドガルズオルムと同格の力持つ邪龍をそんな短時間で駆逐出来る訳が……」
「あれ? お前あの黒いドラゴン連中の事知ってんの? いやー確かに数も多くてさ、流石に手間取ったよ。二分位」
「……二分だと? 億に迫る邪龍の群を、たった二分で全滅!?」
最早出鱈目処の話ではない。次元の狭間を埋め尽くす勢いで放たれた邪龍の数は軽く戦争を引き出せる戦力を有していた。それをグレートレッドと共にいたとはいえ、その勢いは有り得ないを通り越して恐怖しか感じられない。
この男は一体何だ? 答えの出ない謎に思考がドップリ浸かっていると、今まで眉を寄せていたアオヤマが一歩前にでる。
「つーかお前、なんか知ってそうだな。そこのワンちゃん達を介抱しなければいけないし、速いところ片付けて終わらせてもらうわ。いい加減返らないとオーフィスも腹空かすだろうし」
目の前の男を神と知らず、ロキをお前呼ばわりし、速く帰宅させる為に終わらせようと拳を握り絞めるアオヤマ。
状況もアザゼルやロスヴァイセ達がボロボロな事からどうやら悪い奴みたいだし、何より闘犬でもないのに犬を戦わせている時点で良い奴とは呼べないと己の偏見と独善によりロキを自身の正義執行の対象とみなし、ヒーローとして前に出る。
服と拳に着いた返り血、真紅のマントを靡かせ、鋭い眼光で睨みながら一歩、また一歩と前に出てくるアオヤマ。圧倒的威圧感を醸し出す彼の迫力は神すらも尻込みさせるナニカを秘めていた。
ロキの目が見開く。目の前のアオヤマもそうだがその後ろに控えるグレートレッドも敵意全開で睨んでくる事から、威圧感は二倍、迫力も三倍増しである。
自然と彼の躯が震える事から、神でも本能的な恐怖には抗えない事が判明したと後にアザゼルは語る。
アオヤマがまた一歩ロキとの距離を縮める。そろそろ覚悟を決める段階に差し掛かった時、銀の風がアオヤマの前に立ちはだかった。
フェンリル。神喰狼の代名詞であり、グレートレッドとアオヤマが轢いたスコルとハティの親狼でもある。
神さえ屠る銀狼が牙と敵意を剥き出しにして子供達の仇を討つべく立ちはだかる。
「うわー、アレもしかしてこのワンコ達の親犬じゃね? どうしよメッチャ怒ってるよ。そりゃ子供が目の前で轢かれたらキレるよ。寧ろ殺意が湧くよ。うーんどうしたものか」
フェンリルからすればトンでもない怪物であるアオヤマとグレートレッドに最大限に警戒しているのだが、それを微妙に勘違いしたアオヤマがどうしたものかと辺りを見渡す。
こう言った時、ただ力が強くてもあんまり意味ないなと思うアオヤマは、リアス=グレモリーの眷属であるアーシアと目が合う。
「あれ? アーシアちゃんじゃん。何でここに……て、あれ? 何でリアス達がいるんだ?」
「「「「今頃!?」」」」
スコルとハティを轢いた事にパニくっていたアオヤマはここで漸く自分達とロキ達以外の存在に気付く。
(わ、私の事も気付いていなかった)
特に姫島朱乃は一番近くにいたのに全く気にした様子もなく淡々と話を進めるアオヤマに少なからずショックを受けていた。───尤も、彼女の場合グレートレッドとの巨体に隠れていた事も気付かれなかった理由に入るのだが……。
「調度よかった。アーシアちゃん、悪いんだけどこのワンコ達を看てやってくんない? 俺等じゃどうしようもなくて……」
「えっ!? で、でも……」
今まで戦っていた相手、それも一番危険なフェンリルとその子供達に近付けと言われ、一瞬戸惑ってしまうアーシア。
ただ、それは恐怖からくるものではなく、主であるリアス=グレモリーの意志を汲まずに行動に移していいのかという葛藤からのモノだと理解してほしい。どうしようかと困惑するアーシア、チラリとリアスの方へ視線を投げ掛けると、リアスは少し考える素振りを見せた後許可を出すようにコクリと頷いた。
ロキの方もアオヤマとグレートレッドの存在に手を出せず、フェンリルも威嚇の唸り声を漏らすだけで仕掛けたりはしない。
オズオズとスコルとハティに近づき、回復の神器を使うアーシア。アオヤマとグレートレッド、規格外のハゲと世界最強のドラゴンに見守られ、淡い光が二匹を包む。
そして10秒も経たずに快復した二匹は目が醒めたと同時にアオヤマ達から距離を開け、フェンリルと合流する。
三匹の神喰狼と対峙するアオヤマ。三匹から織りなす敵意の嵐をマトモに受け、それでも平然としながら先ほどよりも軽い足取りで一歩前に出る。
「いやー、元気になって良かったよ。悪人とか怪物とかならまだしも流石に動物を轢き逃げするのは拙いからな、焦ったよ。──あ、別に轢き逃げを許容するつもりはないからそこら辺は誤解のないように」
最後辺りは一体誰に対して言い訳しているのか、そんなリアス達の心中など知る由もなくアオヤマは快復した二匹と親狼のフェンリルに近付こうとする。
そんな彼を前にフェンリル達は一層敵意と殺意を深めて唸る。これ以上近付けば喰い殺すと、暗に警戒の意を込めて牙を向ける。
グルルと低い声で唸るフェンリルの声、途轍もない殺意を前にアーシアはガクガクと震えながらグレートレッドの躯に隠れる様に密着する。
けれど、そんな凄まじい殺意を受けながら、アオヤマは笑みを浮かべながらもう一歩踏み込む。
遂にアオヤマがフェンリル達の間合いに踏み込む。瞬間、フェンリルは遂にアオヤマの喉元に喰らい付こうとその足で地を蹴った。
目にも映らぬ速さ。総合的の強さなら神であるロキやオーディンすらも凌駕するとされるフェンリルは二天龍である赤龍帝や白龍皇に匹敵すると言われている。
そんな神喰狼の牙が遂にアオヤマ目掛けて突き立てる。これでこの場で“一番の脅威”は消える。してやったと確信するフェンリルが目にしたのは。
「イヤー、でも本当良かったよ。ワンちゃん達が無事で、これで俺も───」
“本格的に動けそうだ
怖気が走った。フェンリルは全身に現れる身が竦む程の怖気に殺意は勿論、目の前の男に対する敵意すら簡単に砕かれてしまった。
子供達を傷付けた人間なのに、唯の人間である筈なのに、太陽の光の逆光で黒くなったアオヤマがフェンリルには途方もなく巨大で不気味なナニカに見える。
本格的にとはどういう事なのか、目の前の規格外の存在の思考などフェンリルには読める筈もなく、ただそこに立つアオヤマを眺める事しか出来なかった。
一歩、アオヤマが近付いてくる。ゆっくりで、けれど確実に近付いてくるアオヤマの足音がフェンリルには死からの呼び声に聞こえた。
そして、遂にアオヤマがフェンリルの前へと近付いた時。
「───まぁ、元は俺等がお前の子供を轢いたのが原因だし、ここは素直に謝るけど、あまりそう牙を向けない方がいいぞ。保健所に連れてかれるからな」
頭に乗せられた一瞬の暖かみ、それを感じた瞬間フェンリルは気が抜け、糸の切れた人形の様にガクリと地面に崩れ落ちる。
突然倒れたフェンリルに不思議に思うアオヤマだが、それ以上に驚く光景が目の前に広がっていた。
フェンリルの子供であり、同じく神喰狼であるスコルとハティが仰向けになってアオヤマに腹部を差し出してきた。
服従のポーズ。フェンリルの子供が、神を殺す牙達が揃ってアオヤマに服従の意を示す光景にリアス達は再び絶句する。
「おいおい、幾ら助かったって懐き過ぎだろ。しかも実際助けたのはアーシアちゃんだ。礼になら彼女にしてやれ」
アオヤマにそう言われ、姿勢を正しくして敬礼の格好をしたスコルとハティは自らを助けたアーシアに擦りよってくる。
まさか自分に振られると思わなかったアーシアはカチコチに固まったままで、擦り寄せてくる二匹になすがままにされていた。
「さて……と、そろそろいいか?」
誰もがアオヤマの言動に目を奪われたまま固まり、身動きが取れなかった時、思い出した様に振り返るアオヤマにロキはドキリと心臓を高鳴らせる。
「何かよく分からないけどさ、お前あのワンコ達の飼い主なんだろ? 他にも色々いるみたいだし、他人の家庭に口を挟むつまりはないけど、ちゃんと面倒みなきゃダメだぞ。特に大型犬を扱う際には注意しなきゃ」
あくまでフェンリル等を犬扱いするアオヤマ。ロキをフェンリル達の飼い主なのだと思い、ペットの飼う際の注意事項を口にしている辺り、どうやらロキやフェンリルを神話体系に存在する神や神喰狼だということには全く気付けていないようだ。
精々ペットマナーの悪い飼い主と少々ヤンチャが過ぎる三匹の犬とその他としか認識していない。
そのある意味大きすぎるアオヤマの態度にプライドの高く、また力のある神であるロキは最後に神としての矜持を持ってその力を奮いだす。
「何なんだ! 何なんだこの化け物はぁぁぁぁぁっ!!」
空を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣。そこから一点に集中される魔力の渦にこの街を……いや、周囲の地形を丸ごと消し飛ばす威力が込められると察したアザゼルはロキの邪魔をしようと極大の光の槍を悪神にぶつける。
だが、彼の纏う魔力の渦に槍はかき消され、その間に魔力の渦が一点に集約され────。
「完全に消し飛んでしまえ、化け物め!」
圧縮された神の一撃が、アオヤマという一人の人間に向けて放たれた。
一閃。光の筋が尾となり、矢となった魔力の塊に追従していく。
その一撃に流石に何もしない訳にはいかないと、グレートレッドはアーシア、スコルとハティを守る様にその身を曲げて覆い被さる。
リアス達もそれぞれ防御体勢に入る中、小猫だけはその光景にデジャヴを感じ───。
「せい」
「ぶるっはぁぁぁぁぁっ!!!????」
自身の放った魔力の塊ごとぶっ飛ばされるロキを見て、嗚呼やっぱりかとどこか達観した様子で眺めていた。
「んじゃ、俺はこれで失礼するよ。そろそろマジで飯の用意もしなきゃいけないし……グレートレッド、お前も今の内にオーフィスと話をしてやれよ。今電話で呼び出してやるから」
ポケットから携帯を取り出し、オーフィスと和解の場を設けようとするアオヤマ。
出会わせてはいけないとされる二つの存在をまるで親子喧嘩を仲裁しようとするアオヤマの言動に、もはやリアス達は何も言う気が起きなかった。
というか、もう関わりたくない。リアスを始め殆どの神魔がそう思った時、当事者であるアオヤマは携帯の通話を切るといつもと変わらぬ様子で振り返り。
「そんじゃ、アンタらもいい加減帰れよ。何でこんな所にいるかは知らないけど、いつまでも外にいたら風邪引くぞー」
と、最後まで普通の人間らしい感性の台詞を最後に、アオヤマはグレートレッドと一緒にその場を後にする。
そんな彼をフェンリル達が後を追っていくのだが、もうリアス達は(以下略
兎も角、ひとまずはオーディンを守れた事を良しとして自分達も帰ろうと立ち上がり。
「………とりあえず、ロキを回収してから帰ろうか」
地面に逆さまになって埋まっている悪神や肉片となったミドガルズオルム達を片付ける事が本日の彼等の最後の仕事となった。
そしてグレートレッドとオーフィスはアオヤマとミルたんの仲介の下、どうにか和解を果たしてオーフィスを暫くアオヤマ宅に預ける形となり、保護者であるグレートレッドもその事に納得しながら次元の狭間へと帰っていった。
そして後日、駒王町に巨大な龍が出現したとメディアに翌日の新聞にデカデカと乗せられ、ソーナ達はその対応に追われる事になったのは……また別の話。
ワンパンマン第六巻購入して一言。
ボロスさんの言ってた占い師の人、クトゥルー的なナニカじゃね?