翌日。駒王学園で騒ぎの元凶を打ち倒したアオヤマは、眠たそうに欠伸をかみ殺しながらいつもどおりに授業を受けていた。
あれから自宅に戻り、ミルたんにメールで騒ぎを鎮めた事を報告し、そのまま二度寝したのだが……やはり、寝不足なのは回避できなかったようだ。
再び襲い来る眠気に抗いながら授業に集中するも、どうも授業の内容が頭に入ってこない。
(あー、くそ、やっぱ眠いわ。まぁ授業も後少しだから頑張るか……)
目をゴシゴシと擦りながら黒板に書かれた文字をノートに写す。昼飯を食べ、最も眠気のする午後の授業、これに抗うのは流石のアオヤマも骨が折れる。
それに……。
(なんか知らんけど、会長さっきからこっち見てね?)
先程から感じる視線……いや、ぶっちゃけ一限目から気付いていたが、中々話し掛けてこないからテッキリ気の所為だと思ってた。
隣の隣、二人分の席を挟んでチラ見してくる生徒会長にアオヤマはどうするべきか悩んでた。
(やっぱ昨夜の事……だよなぁ。よく分からんけど、会長があそこにいたって事はグレモリー達とは無関係ではなさそうだし)
何やら面倒くさそうな臭いがプンプンする。この分ではまた呼び出し食らいそうだなとアオヤマは覚悟を決めつつ、再びノートに写す作業に戻った。
◇
「アオヤマ君、ちょっといいかしら?」
「ホントに来たよ……」
予想通り。帰りのHRも終わり、帰宅部であるアオヤマが返ろうとすると、昇降口前で待ちかまえていた生徒会長────支取蒼那と遭遇。自分の想像していた展開にアオヤマは乾いた笑みと共に苦笑いを浮かべる。
「ごめんなさい。でも、貴方にはどうしても聞きたい事があるのよ。申し訳ないけど、この後、時間くれないかしら?」
「まぁ、俺もそんな気はしてたから別にいいけどさ」
別段、今日は特別な用事があるわけでもない。特売の日はまだもう少し先の筈だし。
「なら、こっちに……場所は生徒会室で話すわ」
「へーい」
先行く支取蒼那を付いていくアオヤマ、様々な心中を思い描く彼女とは対照的に……。
(今日の晩飯、どうしよ)
その本人たるアオヤマはそんなどうでもいい事を考えていた。
そして生徒会室前。普段ここには来ていないアオヤマだが、その違和感に眉を寄せた。
───人がいない。幾ら放課後とはいえまだ学園には人がいると言うのに生徒会室周辺の人影は全く見えなくなっていた。
これも悪魔の力の一つか。興味なさげに思いながらそんな事を考えているアオヤマの前に。
「それじゃアオヤマ君、入って頂戴」
開かれた生徒会室への扉。中へ入るよう支取に促されながら、アオヤマは部屋へと一歩踏み入れる。
広い部屋だ。生徒会室だけあって空間の広さは普通の教室の倍近くはある。ここで各委員長の長達が会議をしているのかと思うと……いや、特に思う所はないな。
「こんにちはアオヤマ君。昨夜ぶりね」
声に吊られて前に向き直る。そこにいたのはこれまたアオヤマの想像どおり、紅髪の麗しい二大お姉さまの一角、リアス=グレモリーが部屋の中心で囲むように並べられたテーブルの席に付いていた。
そして彼女の背後にはオカルト研究部の面々が従う様に控えている。
だが、なにやら違和感を覚える者が一人だけ混ざっていた。それは以前オカルト研究部の部室で見かけた……
「そちらにいるのは……どなた?」
「ゼノヴィアだ。この度リアス=グレモリーの騎士として悪魔に転生する事になった。以後、お見知りおきを」
「はぁ、どうも」
丁寧に自己紹介される事にアオヤマも会釈をする事で返すが(ホントに誰だっけ?)と、頭に疑問符を浮かべて必死に記憶の中を漁っていると。
「これで、全員揃いましたね」
生徒会長の支取蒼那が役員メンバーを全員連れて部屋へと入ってきた。
「支取会長がここにいるって事は……やっぱグレモリー達との関係者なのか?」
「はい。私の本当の名はソーナ=シトリー。シトリー家の次期当主であり、そこのリアスとは幼なじみの関係です」
「てことは……」
「はい。私も……私達も悪魔です」
そう言って悪魔の翼を背中から出現させるシトリー達にアオヤマはやっぱりそうかと納得する。
「さて、全員が揃った所で始めましょう」
そんなアオヤマを置いて、シトリー達もそれぞれ席に付く。
「なぁ、一体ここで何を話すつもりだ? 昨夜の事なら……」
「確かに、それも聞きたい事の内の一つだというのは認めるわ。けれどねアオヤマ君。私達がアナタに訊ねたいのはもっと根本的な話よ」
「根本的な話?」
「単刀直入に訊ねるわ。……アオヤマ君。アナタは一体何者?」
真剣な眼差しでリアスの宝石の様な瞳がアオヤマを射抜く。直球過ぎる問いに後ろに立つ一斉とシトリー側にいる二年の男子、匙元士郎からゴクリと唾を呑む音が聞こえた。
緊迫した空気が生徒会室に充満する。誰もが緊張に包まれる中、アオヤマは腕を組んで───。
「何って、見りゃわかんだろ。人間だよ人間」
そう、あっけらかんと答えるアオヤマにリアスは自然と溜息が零れる。
「……あのねアオヤマ君。アナタが昨夜葬った堕天使はグリゴリ────『神の子を見張るもの』と呼ばれる組織の幹部なの。その名を古の聖書に刻み、遙か太古の時代から生きていた完全なる強者、そんな存在をたった一撃で沈めたのがただの人間だなんて……一体誰が信じると思う?」
「んな事俺が知るかよ。グリコだかポッキーだか知らんけど、倒したのは事実だろ? あ、因みに俺トッポ派ね」
「私もです。最後までチョコたっぷりなのがベリーグッド」
リアスの問いにアオヤマは面倒臭そうに答える。最後の部分は以外にも白髪のロリッ子がノリ良く返してくれたので互いにサムズアップで応える。
この人(悪魔)話せる。二人の距離が僅かに縮まった瞬間だった。
「んん、兎に角、ちゃんと応えて頂戴。アナタの返答次第ではアナタの今後の立場に大きく影響してくる可能性があるわ」
立場。その言葉を耳にした時、アオヤマの眉が僅かに吊り上がる。
「立場だぁ?」
「アナタは目立ち過ぎた。アナタを狙って今後様々な組織がアナタに接触してくる事でしょう。それこそ、取り込む為の懐柔や排除する為の強襲。ありとあらゆる策略がアナタを付け狙うわ」
「……で?」
「ここは駒王学園。そしてこの町は私リアス=グレモリーが管轄する地。ここならアナタがいても余計な手出しはさせないことを約束するわ」
「それはつまり、お前等の仲間になれって事か?」
アオヤマの問いにリアスは静かに頷く。
この世界は表面的には平和に見えるかもしれないが、それはあくまで表側の話。一歩裏側へと足を踏み入れれば、そこは様々な組織による思考策略がこれでもかと蔓延っている魔窟である。
アオヤマは強い。まだ実力全てを把握仕切れていないリアスだが、それくらいは把握できた。堕天使の幹部を瞬殺する力。それは自分達の知る最上級の怪物達と匹敵、或いは凌駕する事を示している。
故に危険。しかも人間であるが故になおその危険度は大きく、高い。
嘗ての大戦、人間は各三大勢力の協力者として戦ってきた。“人間だから”そんな理由で取り込もうとする組織は必ずや存在するだろう。
力が強い故に戦争の火種になりかねないアオヤマという存在を、リアス=グレモリーはどうしても看過する事は出来なかった。
シトリーも同じ意見なのか、リアスの言葉に反対せず、ジッとアオヤマを見つめている。
静まり返る沈黙。全員がアオヤマの返事を待っていた時。
「くだらね。俺帰るわ」
アオヤマはそんな空気をぶち壊す勢いで溜息を漏らし、踵を返して立ち去ろうとした。
「それは……私の返事はNO。と、いうことでいいのかしら?」
「当たり前だ。大体なんで俺が悪魔の言うことを聴かなきゃならないんだよ」
「だからそれは……」
「趣味とは言え、ヒーローをやっている身としてはそういう勧誘に乗るのは正直抵抗あんだよ。つーかメンドイ」
「へ?」
「じゃ、そう言う事で。まぁ何か困ってたら手を貸してやるよ。学友としての範疇なら、な」
呆然となるリアス達を置いて、アオヤマは一人生徒会室を後にする。残された二人の主人とその眷属達は互いに顔を見合わせ、何とも言えない空気の中、ただ苦笑う。
「……これで良かったのかしら」
「さぁね。でも、こんな展開になるのは何となく読めてたわ」
ソーナの問いをリアスは肩を竦めて応える。
そんな気はしていた。ソーナからアオヤマという人となりを事前に聞かされていたリアスはこうなる事は十分予想していたという。
「そういうソーナこそいいの? 彼、アナタとは一年の頃からの付き合いみたいだけど?」
「そうね。あの頃の彼は何だか忙しそうだったし、よく授業中居眠りしてたわ。留年の危機に瀕したときはその度に手を焼かされたものよ」
まるで良い思い出を語るような口振りのソーナにリアスも苦笑する。その面倒の掛かる弟みたいな物言いに側に控えていた副会長もそう言えばそうだったと口を漏らす。
ただ、二年の生徒会役員唯一の男子、匙だけは不満そうに口を尖らせている。
「その頃と言えば、彼はまだその時は毛がありましたよね」
「毛? ……あぁ、言われてみればそうだったかも。あの頃は特に変わった様子もありませんでしたわね」
「? どういう事?」
朱乃と副会長、共に同じ学年である二人は口を揃えてそういうが、一人分からないでいるリアスはどういう事なのかと説明を求める。
「つまり、彼は“毛”を失ったから今の強さを得たと?」
「それだ」
「いやいや小猫ちゃん。絶対違うでしょ。そういう理屈なら寺の坊さんは皆人外さんになっちゃうからね!?」
ゼノヴィアの結論に反応する小猫、そしてそれを全力で否定する一誠。そんな彼等の遣り取りを微笑ましく見つめた後、再びリアスはその表情を引き締める。
「何れにせよ。これで彼の周囲の環境は激変するわね」
「本人が望む、望まずに関わらず、ね」
その言葉にどれほどの意味が込められているのは定かではない。願わくば、これから彼が歩むであろう道に困難が無いよう祈るのみ。
「アオヤマさんの先行きに光を、アーメン。……はぅ!?」
「アーシア、ダメージ受けるの忘れてるでしょ」
◇
リアス達にこれからの前途を心配されている一方、その本人たるアオヤマはそんな事を知る由もせず、いつもと変わらず、自宅に続く帰路へ向かう最中であった。
「結局、アイツ等は何がしたかったんだ? 悪魔という割には俺の事心配していたみたいだったけど……」
買い物袋を片手に下げ、落ち着いた思考で思い出す。言い方こそは見下したモノだったが、彼女の真意はアオヤマという人間の安否を気遣っているものだった。
彼女は悪魔だが、根っからの悪者ではなさそうだ。まぁ、悪魔という時点で善人も悪人も無いわけなのだが……。
「明日、会ったら謝っとくか。流石に今日の言い方は拙かった」
仮にリアスの真意に別の意図があったとしてもアオヤマの事を心配に思っていたのは事実だろう。自分という存在を勝手に書き換えられる気がしてあの時は少しばかり苛ついたが……どうやら、大人気なかったようだ。
明日、なんと言ってリアスに謝ろうか。そんな事を考えているアオヤマの前に……。
「よぉ、そこの兄ちゃん」
「あん?」
一人の中年男性らしき人物が立ちはだかる。
「誰だアンタ。俺にはアンタみたいなちょい悪オヤジみたいな人、知り合いにはいないんだけど?」
アオヤマの言うように、男の顔立ちは整っており、見た目は三十代過ぎのオジサンに見えるが、若い頃はそのイケメン顔で多数の女を口説いてきたに違いない。もげろ。
そんな私怨混じりのアオヤマのジト目に、男はポリポリと頭を掻き。
「あー、まぁ、俺もお前さんとは初対面だが……なんつーかその、組織的には初対面じゃないわけよ」
「あ? つまり……どゆこと?」
中年男性の煮え切らない返事に、アオヤマも頭に疑問符を浮かべながら返す。するとなにか面倒になったのか、男性はニヤリと不敵な笑みを浮かべると……。
「俺は堕天使『神の子を見張るもの』の頭を努めている────アザゼルってんだ。以後、宜しくな、坊主」
その背に、十二枚もの漆黒の翼を広げた。
堕天使。しかもその組織のトップの突然の接触。その驚愕的展開にアオヤマは……。
「おい、坊主って……上手いこと言ったつもりか?」
苛立ちと敵意を込めて睨み返すのだった。
ウチのアオヤマは割と自分の頭については結構過剰に反応します。
どこぞの赤鼻の海賊船長の如く。