― A W ―   作:sako@AWとか

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金剛姉妹の手から逃れ、南米の新興国ヤパナノバまでやってきた青葉。
今回、古いつてを頼りアポイントメントを取り付けた相手は、元強制収容所の監獄に収監されている長良型二番艦の五十鈴。
厳重監視下に置かれる彼女は一体、何の罪を犯したのか…


五十鈴・改二『アルカトラズプリズン・ウォールサッカー』

 受付の男がこの箱に持ち物をすべて出せと言ってきた。

 カメラを出し、未だに使用可能なスマホを取り出し、威嚇用にメキシコで買ったサタデーナイトSPを箱に収める。あとはちょっとした旅行グッズを。

 ところが受付の男はこういったきた。全部だ。

 カメラは分かる。ここは機密の多い施設だ。写真に収めてはまずいものもあるだろう。けれど、メモ帳もペンも? 私はここへインタビューしに来ているのだ。カメラは仕方ないとして、ペンとメモも取られてしまったら一体ここに何をしにきたのか分からなくなる。

 私は受付に説明し切に訴えたが男は首を縦に振らなかった。あのいけ好かないDr.アンデスの名前を出しても無駄だった。規則です。憮然として彼は応えた。

 私は怒りにまかせ愛用の、命と望みの次に大切なメモ帳とペンを叩き付ける。

「これでいいですよね?」

 受付を睨み付けこれでどう? と問いかける。

 受付は暫く私と睨み合った後、唐突に口を開いた。

「他には?」

 高圧的かつ事務的な言葉に私は肺のそこから盛大にため息を漏らすことしかできなかった。

「これでいいですよね?」

 私の所持品を入れた箱を持ち、同じ言葉を繰り返す。それと同時に艤装を展開――普段は装備スロット…竜骨=脊椎に直結する腰部に設けられた穴、に情報体として納められているそれを現実化する。

 最大改修済み三隈砲二基四門、零観一機、水上電探一基。

 総重量4.5トン、オリジナルに比べれば一応百分の一に近い鉄塊が姿を現す。

 ぎょっとする受付を尻目に、展開した装備を外し、それをそのまま机の上にのせる。机はスチール製の頑丈そうなものではあったが、当然、車よりも重い私の艤装に耐えきれるはずもなく容易くひしゃげてしまった。

 その上に他の所持品を収めた箱を乗せる。

 まだ自我呆然としていた受付の手から入館許可の書類を奪い取り、サッとサインする。所持品もすべて提出。入館許可にもサインし、さらに防衛省戦自研の推薦状まであ。入監に何も問題ない。

 やっと我を取り戻し、何か言おうとする受付に対し、先を制するようこっちで大丈夫ですか、とこれまた頑丈そうな扉の前に立つ。

 受付は何か言おうと口を開きかけていたが、これ以上備品を壊されるのはよろしくないと考えなおしたのだろう。不承不承とした顔でそうだ、と応えた。次いで床に落ちたマイク――私がつぶしたテーブルの上に置いてあった、に話しかける。

「聞こえるか。十二番だ。開けろ」

 番号をいったのは何かの暗号だろうか。例えば特定の番号を伝えないと鍵が開かない、もしくは警備が急行する、といった。そんなことを考えている間に駆動音、金属音が聞こえ扉が僅かに開いた。

 こっちで大丈夫ですか、と視線で訴えると受付はジェスチャーで早く行けと応えた。礼をいう気にもなれなかったので、私は受付に背を向けてから手だけを振った。

 少しだけ開いた扉を押し、先に進む。扉の向こうはなんてことはない。長い廊下が続いているだけの場所だった。窓はなく壁は薄緑色で塗装さており、床はクリーム色の合成樹脂製だ。廊下の長さは20メートルほど。曲がり角などはなく、まっすぐ伸びている。先には私が入ってきた扉と同じ物が、ない。そんな無限灯籠的な展開はなさそうだ。先にあるのは鉄製の格子戸。隙間から見るにその先に廊下はなく、近づいてみれば格子戸は手動開閉式のエレベーターの扉だと分かった。

「そういえば地下だっていってましたね」

 ここに来る前に聞いた、あのいけ好かないDr.アンデスの話を思い出す。

 格子戸を開けて、エレベーターに乗り込む。スイッチは何処だと捜していると、内側のシャッターが閉まり、勝手にエレベーターは動き始めた。はてな、と思い内部を見渡すと天井にカメラらしき機械装置が取り付けられているのを見つけた。制御室にいる人間があれで私が乗り込んだのを見て、遠隔操作でエレベーターを動かしたのだろう。廊下にもいくつも監視カメラが設置してあった。最初の扉もそうだったが、自由に行き来できない作りになっている。

 流石に厳重だ。そう感想を思い浮かべている間にもエレベーターはどんどん下降していく。

 程なくして重々しい音をたてエレベーターは停止した。内側のシャッターは乗り込んだとき同様、自動で開いたが外側の可動式格子戸はそうならなかった。格子戸を開け、先に進む。

 エレベーターを降りた先も廊下だった。地上階とは違い、両側に扉がいくつも並んでいる。同じデザインの鉄製の頑丈そうな扉で、中が覗くためか、小さな開閉式の小窓が付いている。

 床も合成樹脂製の歩行者を気遣うようなものではなく、コンクリートに直にペンキを塗っただけの簡易なものだった。明かりは等間隔に天井に埋め込まれている電球だけで、それも電圧が安定していないのか時折明滅を繰り返している。

 なんとはなしにだが来訪者を拒んでいるような雰囲気を覚える。薄暗さと肌寒さ、まとわりつくような湿気がその原因だろうか。回れ右をしたくなる気持ちを抑え、なんとか私は一歩を踏み出す。

 堅い床を踏む甲高い音が廊下に反響する。そのせいで私以外の別の誰かが歩いているのでは、と錯覚しそうになる。不意にそれが事実なのでは、という思いに捕らわれ、私は足を止めるが実際、そんなことはなく廊下は元の静寂を取り戻した。

 

 ガタン!!

 

 唐突に右側の扉から大きな音が聞こえてきた。鉄の扉に力一杯、拳を叩き付けたような音だ。驚き私は悲鳴を上げ飛び退いてしまう。

 なんだ、と音がした扉を凝視するが以降、音が鳴ることはなかった。

 おそるおそる扉に近づく。あの、と声をかけるが反応はない。中に積んであった資材が、ちょうど私が通りがかったタイミングで崩れて、鉄のドアを打ったのだろうか。そう考えれば納得できる。

 けれど、電探を外しているのでなんともいえないが、どうにも私の勘、戦時中に培われた敵対者に対する気配察知能力は扉の中に何者かがいると訴えてしかたがなかった。

 更に扉に近づく。小窓が付いている。そこから中を覗き込めば誰が中にいるのか分かるはずだ。手を伸ばし、小窓を開ける。それと共になにか異様な空気が開いた窓から流れ出てきたような気がする。いいや、気のせいだ。意を決して私は背伸びをすると小窓から中を覗き込み……

「馬鹿ね。やめなさい」

 直前、そう声をかけられる。はっ、と驚き再び私は扉の前から飛び退く格好となった。

「こっちよ。そっちじゃないわ」

 声は扉を打った音と違い、現実味のあるものだった。そして、勘に頼らずともハッキリと人がいると分かるものでもある。

「ええっと」

 声の主は廊下を進んだ先にいるらしい。電灯が明滅する廊下の先を凝視するが姿は見えない。

「ここに囚われているのは私だけよ。余計な扉を開けちゃうとアナタも囚われちゃうわよ」

「……」

 言っている意味は分からないが、兎に角、私は声の主に従うことにした。最後に打撃音が鳴った扉をもう一度だけ見たが、気配はすっかり消え失せてしまっていた。やはり私の勘違いだったのだろうか。

 廊下を進んだ先にも扉があった。両方の壁に並んでいた扉と同じものだ。ただし、この扉は何か強い衝撃を受けたのだろう。ひしゃげてしまっていた。室内の明かりが閉まりきっていない扉の隙間から漏れ出している。

「どうぞ。鍵はかかってないわ。というか、壊しちゃったからかけられないのよ」

 確かに。ノブや取っ手があろう箇所はまるで砲弾でも撃ち込んだように抉れてしまっていた。私は手を傷つけないよう気をつけながら、抉れた箇所を掴み、扉を開ける。ゆがみ立て付けが悪くなった扉は非常に開けにくかったが、なんとか私一人が入れるぐらいの隙間を作ることができた。

「はぁい。こんにちわ。それともこんばんわかしら」

「おはようございます、ですね。今の時刻だと」

「そう。地下にいると時間ってものの感覚がまったくなくってね」

 室内にいたインタビュー相手はそんな軽口で私を迎えてくれた。部屋の重苦しい雰囲気に反比例して。

「じゃあ、あらためまして記者さん。長良型二番艦の五十鈴よ」

 にこりと五十鈴は私にほほえむ。よろしくお願いします、と私は言葉を返したが表情は開戦前のように固いままであった。

「遠路はるばるようこそ。座ってって言いたいんだけれど、生憎と椅子は私が座っているものしかなくってね」

「おかまいなく」

 いや、椅子どころかこの部屋には他に何もないかった。十五畳ほどだろうか。部屋は広かったが家具の類いは五十鈴のいうとおり椅子一脚しかない。何の変哲もない椅子だが、一点だけ妙なところがあった。四つある足がすべて床に固定されているのだ。壊さない限りあの椅子を動かすことは無理だろう。

 床は廊下と同じコンクリートにペンキを塗っただけの簡素なもので、壁も同じ作りになっている。天井には室内灯が埋め込まれており、妙に強い光を放っている。ひどく殺風景な部屋だ。室温も低く空気も澱んでおり、とても快適とはいいがたい。

 いや、不快さでいえば五十鈴には真っ先に改善して欲しい点があるだろう。その両手足、そして首に取り付けられた枷だ。拘束具は黒光りする金属製でメインフレームは鋳造なのか殆どつなぎ目のない形をしている。ボルトやビス、溶接した鉄板で各パーツは固定されており、まるで二度と取り外すつもりはないように見えた。何かの機械も取り付けられており、そこから伸びるコードが拘束具本体やそこから床や天井へと伸びる鎖、五十鈴自身の手首足首に繋がっていた。センサーの類いだろうか。機械は赤い電子の光を規則的に点滅させていた。

「ああこれ? 爆弾よ爆弾」

 私の視線に気が付いた五十鈴が事もなさげに応える。

「枷の内側に付いている指向性爆弾の起爆装置。私がこの椅子から立ち上がったり、枷をはずそうとしたり、背中を掻こうとすると…ドカン! 中にあるアポロチョコみたいに形成した爆薬が爆発。モンロー/ノイマン効果で噴出したエネルギーが私の両手と両脚を破壊するの」

 言って五十鈴は握手する、と腕を差し出してきた。気のせいか、赤色LEDの明滅が早くなった気がする。

「冗談よ、冗談」

 私が手を出さないでいると五十鈴はそう腕を引っ込めた。

「一度、モンロー効果って言葉を使いたかっただけよ」

 そう私に説明する五十鈴。口にした冗談という単語は握手にかかっているのだろうか、それともそのモンロー効果についてなのだろうか。変らず怪訝な顔をしていると五十鈴は私に視線を向け、口を開いた。

「ずっと独りだったからね。何日ぶりかしら。他の人と会話したのは」

 距離感ていうのかしら、それが掴めないのよね、といってきた。これも冗談なのか本気なのか、薄笑いを浮かべた顔から察することはできない。

「他の部屋の方とは話したりしないんですか?」

 大きな声を上げて隣の房の人と会話する場面を映画か何かで見た覚えがある。内容は他愛のないものだが、実は脱走計画の暗号になっていて…

 と、私の質問に対し五十鈴はきょとんとした顔をしてみせた。

 冗談でも本気でもどちらと捉えてもかまわない言葉だったのだが、五十鈴は何か別の意味だと感じてしまったのだろうか。

「何言ってるのよ。馬鹿ねぇ。言ったでしょ。ずっと独りだったって」

「え、いえ、しかしですね…」

 ここに来る途中、扉の中から大きな物音が聞こえ、確かに私は気配を察したのだ。他に収監されている人がいるのではないか。

 それを五十鈴に説明すと彼女は大きな声を上げて笑い始めた。体中に仕掛けられた起爆装置のセンサーが警告音を鳴らすのも気にせず、ケラケラと。

「アハハハ、ごめんごめん。それはねぇ、でちゃったのよ」

「でたって何がです?」

 くくっ、と五十鈴は肩を振るわせる。もったいぶる調子をみせる。

「おばけよ」

 お・ば・け、と一文字ごとに区切ってその言葉を口にしてくる五十鈴。私の眉間にしわが寄る。

「ここはね、昔、強制収容所だったみたいなの。赤城たちが政権を簒奪うまで、ただの犯罪者から政治犯、マイノリティ、内部粛清の犠牲者、異教徒、外国人、老若男女の隔てなく大量に閉じ込められていたの。入ってくる者は多く、出て行く者は少ない類いのね。だからかしら、よく出るのよ。お化けが」

 化けて出たってここから出られる訳ないのにね、と井戸端会議でもするように五十鈴は私に同意を求めてくる。当然、私は同意や驚嘆では応えなかった。

「お化けだなんて、そんな冗談」

「冗談?」

 自分の話がそんなに面白かったのか、絶えず肩を振るわせていた五十鈴ではあったが、私の言葉に反応しぴくりと片眉を持ち上げた。

「冗談じゃないわ。ここの守衛の前任が見たそうよ。廊下を音もなく進む白い影を。後は改装中に不可解な事故が何度も起ったっていう話も聞いたことがあるわ」

 それに、と五十鈴は話を続ける。

「私も見たことがあるの」

「…本当ですか?」

 興味半分、いや、四分の一の興味、残り疑心で私は問い返す。

「ええ、本当よ。恐ろしいヤツだったわ。ここの亡霊なんてせいぜい、十年二十年ものの恨みを抱いて化けて出ているだけだわ。

 でも、私が見たのはもっとすごいわ。一世紀近く前の怨霊よ。

 姿もすごいの。生きていた当時とはまるで違う姿をとっている。それもここの亡霊みたいに、ぼんやりと部屋の隅に影が浮かぶとか、物音を立てるなんてちゃちなことはしない。現実に、実生活に影響を与えるの」

「へぇ」

 興味の度合いが俄然増してくる。私は特別オカルト好きという訳ではないが、怪談話などはいかにも記事のネタになる。少し、身を乗り出して五十鈴の話に耳を傾ける。

「具体的にはどんな霊障…お化けによる障害のことなんですけれど、霊障が発生したんですか?」

 霊障っていうのね、と五十鈴も興味深げに私の言葉を繰り返してくれる。

「そうねぇ。私が見ているところですごい力で鉄の扉を開けたり、声をかけてきたり…それに」

「それに?」

「私にインタビューしたりするの」

「へ?」

 五十鈴の思わぬ言葉に思わず変なところから声が出てしまう。

「あの、そのお化けって今この部屋にいたりします?」

「ええ。私の目の前にいるわよ」

 言って私を指さす五十鈴。顔には意地の悪い笑みが張り付いている。

 私がどう言い返そうか迷っていると、ダムが決壊したようにまた五十鈴はけたたましい笑い委声を上げ始めた。

「あははは、ごめんなさい。ああ、でも、ほんとうにダメね。会話のキャッチボールがうまくできないわ」

 ひーひー、と五十鈴は息を切らし、肩を振るわせている。私の方と言えばしらけた眼で、この椅子に座っている艦娘は本当に長良型二番艦なのだろうかという疑心暗鬼に囚われ始めていた。私の部隊にいた五十鈴は真面目な自信家、敵が潜水艦部隊だと知れば、爆雷とソナーを担ぎ、空母が海域を支配していると聞けば高射装置と対空砲を揃えていく艦娘だ。冗談を口にすることはあるが、ここまで他人を小馬鹿にしたような態度をとる娘ではなかった。個体差だろうか。それにしても違和感が大きい気がする。

「でも、まぁ、化けて出るここの元住人たちの気持ちも分からなくはないわ」

「そうですか」

 私の適当な相づちにええ、と頷いてみせる五十鈴。

「そりゃそうでしょう。こんなところに閉じ込められてしまったら誰だって出たいって思って当然じゃない」

 なぜか、五十鈴は私に睨み付けるような視線を送ってくる。

「私には分かるわ。この人たちの無念が。ええ、きっと彼女らは非道い扱いを受けたんでしょうね。言い掛かりみたいな理由で捉えられて、台本ありきの裁判にかけられ、出来レースの有罪判決をうけ、この薄暗くじめじめした劣悪な環境下に閉じ込められ、来る日も来る日も来る日も尋問、虐待、拷問を受け続け、想像も付かないような無残な方法で処刑される。さぞや無念でしょうね」

 おどろおどろしく語る五十鈴。その語り口に私は僅かに悪寒を覚える。

「そして、そんな無念を抱いていたんじゃ、ええ、そう。化けて出るに決まっているわ。死んでも死にきれないでしょうからね。こんな目に遭った自分自身の運命、そんな運命を押しつけた政府、社会。そして、自分と同じ目に遭うことなく今ものうのうと生きている人々対して強烈な恨みの念をもって」

 肩を振るわせ暗い笑みをこぼす五十鈴。お化け…怨霊や亡霊の類いも恐ろしいが生きている人間はもっと恐ろしい。そう思わせるような雰囲気が五十鈴にはあった。私は知らずの内に拳を握りしめていた。だからだろうか。思わずこんなことを口にしてしまったのは。

「それは…私たち、艦娘も同じなのでしょうか」

 私の言葉に五十鈴は一瞬目を丸くし、次いで先ほどの比ではないほど、まるで照準を向けるような鋭い視線でもって私を睨み付けてきた。

「何アナタも赤城のシンパなの?」

 僅かに五十鈴は身を起こす。その動きが私には今まさに跳びかからんとする予備動作に見えた。馬鹿な。こんな風に拘束されているのに。加え、五十鈴の弁が本当なら動作に反応する爆弾が取り付けられているのだ。獣のように理性がないならまだしも、きちんと私と会話している五十鈴にそんな無謀蛮勇があるはずない。

 だが、五十鈴の発するプレッシャーはそんなものはまるで関係のないと思わせるものがあった。

 下手なことは言えない。私のこめかみをタールじみた汗が流れ落ちる。

「いえ。違います。確かにここに来たとき、嫌っていうほど艦娘のあり方や社会的役割についてなんて訓示を聞かされましたが、あまり共感はできませんでしたね」

「……そう」

 たっぷり三十秒ほど私をねめつけた後、五十鈴は肩の力を抜くよう椅子に深く腰掛けなおした。五十鈴にばれないよう、ため息を漏らす私。

「まぁ、そうね」

 と、声色をかえ、五十鈴はそう言い始めた。

「私たち艦娘がどうなのかは分からないけれど、少なくとも私は化けて出たいと思うわ」

 手枷を私に見せるよう五十鈴は腕を持ち上げる。

「その、五十鈴さん。聞きたいことがひとつあります」

 頃合いかな、と私は口を開く。

「どうして捕まっているんですか?」

 私の質問に五十鈴は目を丸くした。心底、驚いているようだ。

「何? 知らないの?」

「ええ、Dr.アンデス…友人に『艦娘が捕まっている』と聞かされてやってきただけでして。詳細は何も聞いていないんです」

 ふぅん、と五十鈴は眉をしかめる。分からなくもない反応。アポイントメントをとってやってきたのに取引先の情報を知らないなんて、会社ならクビになるような話だ。五十鈴の怪訝そうな顔もそれを物語っている。このままではインタビューが進まなくなるかもしれない。不確かな情報でもインタビューのためにやってきたのだという点を強調した方が良さそうだ。いや、事実その通りなのだ。

「ええ、しつこいぐらい聞いてみたんですけれどね。軍事機密だ、の一点張りで。それでもなんとかアポイントメントをとりたくて、いろいろとお願いして回った結果なんですよ」

 その課程でもアナタのことはなにも聞けませんでした、と付け加える。

「本当に一体、何をしたんですか。関係者全員が口を閉ざしてましたよ。余程のことをしたんですよね」

 うつむき、上目遣いに私に視線を向ける五十鈴。敵意は感じられない。

「別に。そうたいしたことじゃないわ。殺人未遂が一件。この国で犯した犯罪はそれだけよ」

 ただし、と五十鈴は言葉を句切る。

「余罪は十分。百件近い殺人に関わっている可能性がある、というのが私の捜査報告書に載ってるみたいね」

 まるで昨日のボーリング大会のスコアでもいうように大犯罪を口にする五十鈴。

 艦娘は人間を殺せない、暴力を振るえないという意見がある。艦娘は海の平和を守るために生まれたものだから。かつては人が乗っていた船が人の姿をとったからといって乗員を攻撃できるはずがないという理屈からだ。

 だが、そうではない。私たちは安全装置やロボット三原則を持つ機械ではないのだ。戦時中は使命と誇りをもち、兵士として人間を守っていた我々ではあるが、戦後のこの混乱の最中ではただの人間と同様、悪に走ることもある。強盗や恐喝、暗殺まがいのことをしている艦娘に私はインタビューしたことがある。

 私は五十鈴を観察する。

 彼女らは必要に迫られ、あるいは駆られ悪に墜ちていた。この五十鈴もそうだろうか。だが、五十鈴からは食うのに困り強盗を働きそうなハングリーさも、必要悪となることを躊躇わないクレーバーさも感じない。少なくともこうして話した限りでは。

「誰を殺そうとしたんですか?」

 もう少し話を聞く必要がある。私は警戒心を最大に、口を開く。

「ねぇ、赤城には会ったかしら?」

 私の質問に五十鈴は疑問で返してきた。私は、ええ、と頷いた。遠目に見ただけだが、あのいけ好かないDr.アンデスに政府の施設を案内して貰っている時に宮内庁近衛水軍の司令所を通りがかったときだ。鬼や姫と対峙した時と同様のプレッシャーを覚えた。

「それがどうかしましたか」

 その時の心情をおくびにも出さず応える。イニシアチブを取られるのは拙い、と判断しての行動。

「隣に男がいたでしょう」

「……」

 けれど、それは効果を発揮できなかった。五十鈴が何を言わんとしているのか、皆目見当が付かなかったからだ。ただただ、何かこの艦娘がなにかとんでもないことをしでかしたのだと不安をまとう想像が頭をよぎるばかりだ。

「それが…どうかしましたか?」

 結局、同じ言葉を繰り返す事になる。歯がゆさで思わず眉を歪める。

「その男…怪我していたでしょう」

「ええ」

 白髪交じりの妙齢の男だった。片腕を吊り、頭には幾重にも包帯が巻かれ、外だというのに点滴を受けていた。眼はもう大丈夫なのだろうか。黒い海賊のような眼帯が印象的だった。

 そんななりだ。歩くのは困難らしくその男は車椅子に乗っていた。押していたのは赤城だ。ヤパナノバ共和国の主戦力、艦娘部隊である近衛水軍。その旗艦である赤城が。

 この国の軍隊は他の政府機関とは完全に独立しているそうだ。内閣府でさえも自由に扱えないと聞く。その軍のトップである赤城が、艦娘が甲斐甲斐しく世話をする相手など一人しかいない。そして、五十鈴が暗にあの男性の眼帯、そして車椅子に乗っている理由は自分自身にあるといっているのだ。それはつまり、

「……提督を殺そうとしたんですか!?」

 口にするにも恐ろしい、だが、そうとしか考えられない。

 私の質問に五十鈴はすぐには応えず、口端を吊り上げ、瞳を暗く輝かせた。

「ええそうよ。提督殺しは五十鈴の十八番なの」

 修羅の笑みを浮かべる五十鈴。私はこの時、艤装をすべて解除してきたことを後悔した。コイツは沈めるべきだと私の中の魂が訴え出たからだ。

「余罪があるっていってましたよね。事実ですか?」

 それを押し留めたのは戦うことを恐れたからでも犯罪者の処遇は司法に任せるべきだという社会的常識に則ったからだけではない。

「ええ、本当よ」

「…ブエノスアイレスで見ました」

 記者として好奇心を覚えたからだ。

「孤児院を経営していて、親を亡くした子供たちに歌や踊りを教えて、お客さんを集めて、艦娘と幸せに暮らしている人でした。あれも…アナタが?」

 インタビューのため、艦娘を探して旅を続けていると自然とそれは提督の影にも行き着く。当り前だ。提督あっての艦娘なのだから。だが、艦娘と同じく、戦時中、数百万人からいた提督は今や、殆ど生き残ってはいない。あの最後の戦いで私たちがかつていた、あの安らぎと福音に満ちたあの場所へ召されたからだ。戦いで死ねなかった者も先に逝った男たちに、そして、愛した艦娘たちに申し訳がたたぬと腹を切った。生き残ったのは裏切り者と臆病者と、武士道に殉じるよりも小さな幸せを選んだものだけだった。

「さぁ。西から東。四大大陸に小さな離れ小山まで。あの男の話を聞けば何処にでもいったから」

 覚えていないわ、と五十鈴。

「でも、十二。そうねあの男の血で十二って書いてたならそれは私よ」

 鉄さびににた臭いが充満するテント。事切れた男性。そうして、宣言するよう大きく描かれた血文字の十二。

 あの瞬間、一つの幸せが完膚なきまでに破壊されたことを思い出し、私は拳を強く握りしめた。力を込めすぎ、拳はまるで蝋の様に白く固くなった。

「なぜ…そんなことを」

 言葉を紡ぎ出すのが難しくなる。義憤や恐怖、敵愾心。攻性感情が暴力衝動が、私の理性を阻害する。

 五十鈴はすぐには応えない。身体をメトロノームの様に揺らす。センサーの赤い輝きが増す。明滅が早くなる。

 やがて五十鈴が奇妙なほど軽い雰囲気で口を開いた。

「私は豚だった」

 意味不明な言葉。疑問はむしろ、警戒心となって現れる。

「まぁ、牛でも羊でもいいわ。兎に角私は豚だったのよ。

 ところでこんな話、知ってる? 養豚場の豚は野生のイノシシより幸せだっていう話」

 五十鈴が何を言わんとしてるのか、本当に意味が分からない。もはやイニシアチブをとるなどという私の戦術は効果を発揮できないでいる。仕方はなしに「いいえ」と本心を口にする。

「そう。じゃあ、豚が野生のイノシシを品種改良して作られたっていう話は知ってる? それが前提にあるのだけれど。生存競争の厳しい自然界にいるイノシシより小屋で育てられている豚の方が生活は楽、だから幸せっていう話よ」

 家畜の話は続く。私は敵愾心と警戒心を最大に、その話を聞くしかない。

「豚小屋の中には当然、外敵はいないし、食事も定期的に人間に与えられるから飢えて死ぬことはない。必死につがいを探さなくても餌と同じように相手を見繕ってくれる。繁殖の心配もないわ」

 くすくす。肩を振るわせる五十鈴。

「それはそうね。端から見ればたしかに幸せかもね。ゆりかごから墓場まで。完全に管理された人生。最後には屠殺させられるとしても、常に生命の危機にさらされるより断然ましかもね」

 芝居でもしているよう、大仰に五十鈴は頷いてみせる。

 その動作が、途中でぴたりと止まった。

「幸せ? バカね。そんなワケないじゃない」

 誰に言い聞かせているのか。鋭い言葉は決して対面している私に向けたものではなかった。

「豚は、イノシシは野山を駆け巡って、猿を追い回して、田畑を荒らして、猟師と戦って、子孫を残して、死ぬものよ。暗くて狭くて汚い小屋で無理矢理エサを食べさせられて、ぶくぶく肥え太って、殺され解体され血抜きされて、燻製や塩漬けにされるために生きているんじゃないわ」

 五十鈴が私を、いや、世界を睨み付ける。右目から涙が流れ落ちる。いや、赤黒いそれは血涙か。火をつければ燃えあがる、可燃性の血、艦娘の血。その血涙。

「私は豚だった」

 繰り返される同じ言葉。その真意に私は気が付く。

「装備品増産と合成材料としての艦娘量産法…」

「そう。所謂、『五十鈴牧場』そこで育てられてた食用豚が私」

 艦娘は一定の練度に達すると改造できるようになる。多くの艦娘はそれなりに高い練度が必要だが、長良型二番艦五十鈴はその練度が低くてすむ。また、改造時に強力な電探を同時に生成し、改造後の五十鈴は他船の近代化改修素材としても優秀だった。多くの提督がその手法を真似たのはいうまでもなく、何十という低練度の五十鈴が繰り返し演習や近海への出撃にかり出される様子を見て識者は「牧場のようだ」と語った。故に、五十鈴牧場。艦娘を家畜のように扱う姿勢に反対意見や嫌悪を示すものも多くいたが、利便性ゆえ大本営はあえてそれを禁止するような発令は行わなかった、と聞く。

「大海原で敵を倒し、平和を守るのが五十鈴の役目。でも、私は、私たちは、五十鈴たちは豚だった。養豚場の豚だった」

 繰り返される言葉は五十鈴の状況を物語っている。取得/建造、僅かな期間の練度稼ぎ、そうして、作り上げた装備品をはぎ取られ別の娘の腹の足しに。それが繰り返されてきたのだ、と五十鈴は己の状況を繰り返し口にすることで語っている。

「家畜が幸せですって。バカじゃないの。そんなワケないじゃない! 理由なんて説明するまでもないわ。家畜自身が、家畜だった私自身がそう言っているんだから!!」

 地獄の亡者のうめき声がごとき心情の吐露に私は寒気を覚える。深夜の墓地、人死にのあった廃墟、捨てられた防空壕、古戦場。そこで覚える背骨に氷柱を差し込まれたような悪寒を。いや、それ以上の。

「休む間もなく演習、演習、雑魚の掃討、無意味な遠征を繰り返させられ、まともに入渠ドッグにも入らせてもらえず、調整のためだといって二級品、三級品の装備で戦わせられる!! 辛い毎日。それでも、その先に待っているのが勝利だとか平和だとか、そういうものの為ならまだ頑張れた。士気が落ちてきたらそう秘書官連中に言い聞かされた。でも、違った! 私は! 私たちは! 主力どものエサになるために! 着飾るためのおべべを作るために、ただただ提督の懐を暖めるためだけに! 意味のない戦いをさせられてきたのよ!」

 五十鈴は堰を切ったように語る、いや、叫ぶ。流れ出してきたのは水路に詰まっていたヘドロのような感情だ。悪臭を放ち、聞くものを不快にさせる怨嗟の言葉。

「けれど、だからって関係のない提督まで…」

「関係がない?」

 主砲を向けるが如き眼光でもって五十鈴は私を睨み付けてくる。

「関係ないなんてないわ。アイツは五十鈴たちを、いいえ、五十鈴たち以外にも雷巡や古鷹型重巡、私が育てたあの提督を最後に乗せてた空母を!! 家畜扱いしていたのよ!! 私たちを! 私たち艦娘全員を!」

 怨嗟の言葉を吠える五十鈴。それはもう人の言葉ではない。地獄の悪鬼の言葉だ。怨みつらみ、それだけで語られる復讐の言語。当然、それを話すものの考えもまた人の思考の範疇には止まらず、論理的帰結を欠如させる。

「だから!! 復讐するの! 私は! 全員に!すべての! 提督に!!」

『牧場』を経営していない提督などいくらでもいた。先に言ったとおり、それを非とする提督もいたのだ。むしろ、今現在生き残っているのはそちらの方が多い。当然だ。牧場を経営していたということはつまり、その必要があったから、倫理観をかなぐり捨てて鬼にならなければならないほどの激戦区に身を置いていたからだ。その提督の末路はすでに確定した過去にある。同じく修羅道を進んだ艦娘と共に、あの無間の大穴へと落ち込んでいったのだ。今生き残っている提督の殆どは、辺境の警護を任命されたものばかり。カラスのすべてが黒いといえないのと同じで、彼ら全員が違うとはいいきれないが、それでも奴らの襲撃の頻度が低い辺境の地で、あえて牧場を経営していたものなど殆どいないだろう。生き残った提督とはそういう人物だけだ。

 そんなこと、戦争を生き延びた艦娘なら考えるまでもない事実だと知っている、理解している。

 だが、五十鈴は、この五十鈴はそれができない。怨霊が成仏できないのと同じく、あまりに強い恨みを抱いているせいでそんな当り前のことに考えが及ばず、精神の盲目になってしまっているのだ。まさしく怨霊。怨みつらみだけでこの船は動いている。

「…五十鈴さん。貴女の提督は存命しているんですか?」

「何をいっているのよ。バカね。生きてるから殺すんじゃない」

 私はこれからも殺し続けるわ、と五十鈴。

 ダメだ、と私は内心で頭を抱える。やはりもう、この五十鈴はどうしようもないほど壊れてしまっている。修理することは千のバケツがあっても不可能だろう。五十鈴の『提督』を彼女自身の手で葬らせない限り、彼女の心に平穏は永久に訪れない。

 

 いや―――

 

 あるいは既にそれが不可能となっているからこそ彼女は壊れ果ててしまったかもしれない。五十鈴の提督は他の英霊たちと同じく、あの海で玉と砕けたのではないだろうか。それ故に、怨嗟の果てに五十鈴は虚構を産み出し、その悪臭の中で間違った復讐に走り、凶行に凶行を重ねているのではないだろうか。

 だが、その事実確認は不可能だ。この狂った五十鈴に真実など何一つ残っていないのだから。

 これ以上、話を聞くことはない。いや、このまま話を聞き続ければ思想を侵略される恐れがある。私はきびすを返した。

「ねぇ、ちょっと待ってよ」

 その背中に声がかかる。

「脱獄に手を貸してくれない。五十鈴は忙しいの。提督を殺すのに」

 立て付けの悪い扉を閉め、私は独房を後にした。

 

 

 

 

 

 

 地上まで戻ってくると、ちょうど、受付の男が私の艤装の重さに耐えかねて、ひしゃげてしまった机を片しているところだった。

 男は恨めしそうに私を睨み付けてきたが、無視した。五十鈴の眼光に比べればそんなもの春先の日差し程度の熱しか感じなかったからだ。

 机を押しつぶしていた艤装を装備し、すぐにスロットに収納する。端からは手ぶらになったように見える。

 流石に世界で一番艦娘が多い国の住人だけあって、受付の男はそんな手品じみた艦娘武装ギミックを前にしても驚きのため息さえ漏らさなかった。ただたんに私に対する怒りで頭がいっぱいなだけかもしれなかったが。

「手帳とかスマホとかも返してもらえますか?」

 どちらかといえば艤装よりそちらの方が大事だ。聞くと男は頷きもせずカウンターの向こう側にしまっていた箱を持ち出してきた。無言でそれを私に手渡してくる。どうも、と受け取り、念のため、何かなくなっていないか、妙な細工はされていないかを確認する。デジタルカメラのデータは無事、ノートも破られてなどはいない。発信器や盗聴器の類いも取り付けられていないようだ。データ類のコピーぐらいはとられているかもしれないが、本当に重要な情報は全部、頭の中にあるので問題ない。小物をカバンやポケットの中へ順次しまっていく。

 と、

 

~♪~♪~♪

 

 唐突に私のスマートフォンが振動し、軽快な電子音を鳴らし始めた。

 驚き、何か細工をしたのか、と受付に視線を向ける。だが、男は分からない、とそぶりで示すばかりだ。

 画面を見る。知らない番号が表示されている。当然か。メモリーには誰の番号も登録していないのだから。いや、それ以前にこのスマートフォンの電話番号すら誰にも教えていないのだ。電話がかかってくるはずがない。

「もしもし」

 躊躇ったが、仕方なしに電話に出る。一体、誰からだ。おそるおそる澄ませた耳に聞こえてきた声は意外にも明るいものだった。

『はぁい、お待たせ♪』

 がくりとその場で膝が折れそうになる。電話の相手は私をこの場所に導いた女――あのいけ好かないDr.アンデスだった。

「何か用でしょうか?」

『そろそろ面談が終わった頃だと思ってね』

 私はスマートフォンを耳に当てたまま天井に視線を走らせる。一カ所、二カ所、三カ所ほど天井に設置された監視カメラを発見した。

「見てるのに終わった頃っていうのはおかしいでしょう」

 いけ好かないDr.アンデスはあのカメラのどれか、あるいは全てで私の行動を見ているに違いない。おそらくは地下独房での会話も聞かれていたであろう。あの女はそういうことをする。観測と実験が三度の飯よりも大好きなマッドサイエンティストなのだから。

 この電話も新手の盗聴装置か暗号解読機、ハッキングシステムの成果だろう。

『えっ、やっぱりバレてた。うーん、流石に勘が鋭いわね』

 データに取っておきましょう、と電話口から聞こえてくる。

「いいから、早く用件を言ってくれませんかね?」

 ぶっきらぼうな物言いになってしまう。やはりこのいけ好かないDr.アンデスと話していると自制が聞かなくなる。私は電話を耳に当てたまま、施設の外に出る。あまりいけ好かないDr.アンデスとの会話を他人に聞かれたくなかったからだ。

 それはキツい物言いやつい口走ってしまった暴言を聞かれるのが恥ずかしいから、ではない。

 この女はこうみえてこの国の中枢に食い込んでいる重要人物だ。一般市民や下級警備員、予備役の艦娘が知ってはいけない情報を無数に持っている。にもかかわらず、それらをよく会話の縁々に上らせてしまうのだ。ニードノットトゥノウの原則なんてクソ食らえ、ということか。私自身はむしろそれを利用させて貰っているが、流石にただの一警備員に

この国の闇の権力の一翼を担っている艦娘の話を無闇矢鱈に聞かせるのはよろしくない。彼とは険悪な雰囲気ではあったが、それでも本人も訳が分からぬ間に公安部隊や秘密警察、暗殺者に拉致され、厳しい尋問をうけ、あげくに殺されても構わない、とはとても言えない。

 外に出る。南国の強い日差しに思わず眼を細める。

「赤城さんから私を勧誘するよう命令でも受けましたか? それともまだ、瑞鶴船長たちの話が聞きたいとか」

『んー、違う。違うの』

 いや、それもあるんだけれどね、と電話の相手。

『普通に、どうだった? って聞きたいだけよ。これでも結構アポイントメントを取るのに苦労したんだから、感想ぐらい聞かせて貰ってもいいんじゃない?』

 事実だ。今回のアポイントメントは結局のところ、このいけ好かないDr.アンデスの協力がなければ無理だった。面会謝絶、特級中の特級囚人である五十鈴に外国人、しかも、実は密入国している私が面会するにはいけ好かないDr.アンデスの力添えがないとすれば、あとはこの警備が厳重な施設に単身、バックアップなしに忍び込むしか方法は残されていなかったのだ。実際、それもプランにはあった。

 私の感情はそれを良しとしなかったが、道徳で考えれば手助けしてくれた相手の依頼を断るのは間違っているだろう。私は少し考え、あの暗く冷たい独房で得た所感を口にすることにした。

「別に。五十鈴らしからぬ不真面目そうな娘だと。素体がそうだったのかな。煙に巻くような冗談をいくつか言われたわ」

『へぇ、そうなの』

 どうせ、会話は聞かれているだろうから適当な事を言っておく。相手の要望に応える義理はあるが、私の感情がそれを良しとしないのだから。故にあの時感情の琴線に触れたもの――恐怖、遺恨、鬱憤、絶意は口にしない。

「ああ、それと私も聞きたいのだけれど…」

 ただ、一点確認したい事柄もある。もしかするとそれこそがこのいけ好かないDr.アンデス、いや、その後ろにいる赤城の知りたいことかも知れなかった。だが、同じく私も興味の虫にかられてしまったのだ。

「あの五十鈴、改二よね」

 私の言葉にマイクロフォンの向こうの相手が息を呑むのが分かった。

「しかも、相当高練度。貴女と同じぐらい」

『……』

 たっぷり十二秒。沈黙を保った後で相手は私の言葉に合わせてきた。

『そう。アナタと同じぐらい高練度なんだ。ということは九〇近いってことね』

「……」

 今度は私が黙りこくる番だった。

 九〇といえば敵中核部隊が航行する海域に出撃できる練度だ。それが第二段階改装済みともなれば本陣への殴り込み艦隊への候補にさえ挙げられる。一線級の一線。そんな練度だ。その練度に達した艦娘は戦時中でもそれほど多くはいなかった。当然ながら、その練度に達するに必要な経験の値はそれこそ六十万近く必要だ。

「…豚に与えるエサじゃありえない数値ですね」

 艦隊の主戦力として提督に目をかけてもらえなければ到達できない練度だ。自分で言うのはおこがましいが私もいけ好かないDr.アンデスもそうだったと言える。おそらくはあの五十鈴も彼女の部隊では重宝されていたのだろう。

 ならばなぜ、あの五十鈴は自分のことを『養豚場の豚』と呼び、『五十鈴牧場』での暗い経験を殺意でもって晴らそうとしているのだろう。その答えは先に言ったとおり五十鈴が狂ってしまっている以上、迷宮入りである。

『ブタってなんのことです?』

 いけ好かないDr.アンデスの問いかけに対し、彼女が一番聞きたがっているであろう回答を言ってやる。

「別に。ただ、あの娘も勧誘するのは無理だと思いますよ、っていっただけです」

 やっぱり? とまるで一枚だけ買った宝くじの当落を聞いたかのように応える電話口の相手。

『あー、場合によっては提督殺しは不問にしてでも艦隊に加えるって話が上がってたんだけれどね。やっぱりダメかぁ』

 ため息と頭を掻く音が聞こえてくる。どうやら私のアポイントメントはいけ好かないDr.アンデスたち軍部にしてみれば入隊面接の意味をもっていたようだ。

『仕方ないか。赤城さんには無理でしたって伝えておくね。処分するしかないって』

「処分? 解体するってことですか?」

 私の質問にいけ好かないDr.アンデスは違う違うと応えた。

『ヤパナノバじゃ艦娘の解体は禁止されてるの。名をだすことさえ憚れるやんごとなき御方に承れし帝国海軍船舶の魂を一度宿った女身から取り出すのは、なんとも罰当たりなことだって』

 だから、共和国には解体施設はないのよ、といけ好かないDr,アンデスは私が一番聞きたかった、同時に聞きたくなかったことをさらりと口にした。

『処分っていうのはそのままの意味よ。つまりは――死刑。そういうこと』

 衝撃的な言葉。けれど、私にはある種、それはあの五十鈴にとっては福音になるのではと思えた。

 論理的判断ができなくなるほど狂ってしまった彼女。もはや果たせなくなってしまった復讐。それさえも何か欺瞞と虚偽と妄想の結果などではと思える状況。すべてに終止符を打つために残された最後の手段はそれしかないのではないかと。

 兵器として生まれたが、守人として育てられず、食卓に上がる豚として生かされ、そうして最後は罪人として断頭台に消える。まるで物語のような一生は虚構に満ちた彼女にこそ似つかわしい、そう私には思えてならなかった。

 

 

『まぁ、そういうことね。ところで今晩夕食一緒にどう? 美味しいおそば屋さんを紹介してあげられるんだけれど。ね、青葉』

「折角のお誘いですが…結構です。それじゃあ、夕張」

 言って私は電話を切った。電源も落とし、面倒な電話がかかってこないようにした。

 

 

END

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