人工森林は伊弉諾物質から抜粋です。
10
「やっぱりいた。ってこいしは?」
「あー……今お手洗いに」
食堂の一角で、慣れた顔に話しかける。
講義は終わり、漸く暇になったのでちらちら話が聞こえていた食堂に来てみたのだが、案の定蓮子がいた。
「物凄い噂になってたわよ。こいし」
「そりゃあれだけ衆目を集める見た目をしてればねぇ」
容姿が整っている上に幻想的な髪色と瞳。
誰だって目を惹かれるだろう。
「んで、今日は何するの?」
「何が?」
「メリーもついにボケたかしら。サークル活動よ」
そう言えばこいしの方でバタバタしていたので活動の事をすっかり忘れていた。
活動に関する事で、どうも最近気になる話があったのだ。
「あの……どこだったっけ。森の髪の毛ってやつ」
「富士の方じゃなかった?」
「そうそう。今日じゃ無いけど、あれ調べに行かない?」
「何で数ある謎の中から変なの選ぶかねぇ」
「直感ってやつよ」
第六感は実在する。
そんな研究結果が発表されて100年近くは経過したが、私の直感は当たるも八卦外れるも八卦といった具合であった。
「ふぅん……まぁ、いいけどね」
蓮子の反応は微妙。
まぁ、髪の毛など腐るほど毎日見ているだろう。
それだけに興味は薄いらしい。
「で、こいしは?」
「連れて行くわよ。勿論」
本人の許可など知らない。
こいしは連れて行く。彼女は民俗学を専攻していたのか、そういった事に妙に詳しいので必ず役立つはずだ。
「まぁ、そうね。しかし妙な事にならないと良いけど」
「夢に関しても最近は安定しているし、まぁ大丈夫でしょう」
少し前まで、私の夢はおかしかった。
妙な夢を見て、実際にそこで手に入れた物や受けた傷が現実にまで反映される。
そんな恐ろしい体験をしていたのだ。
「ただいまーってハーン、いたの?」
「随分と酷い言い草ね」
「ごめん。ちょっとびっくりした」
「まぁ、いいんだけどね」
こいしが帰ってきたので、にこりと笑う。
少し顔色が悪い気もするが、元々白く美しい彼女の顔では判別もつかない。
「失礼」
「しなくていいから、座りなさいな」
「はーい」
蓮子の隣、向かいに座ったこいしの目を見て、ちょっとした噂について話すことにする。
「さて、実は私達ちょっと行きたい場所があるの」
「どこ? 宇宙?」
「いつだか月面ツアーの話があったわねぇ」
少し前に号外というレベルで騒ぎになった話である。
まぁ“一般化”はすれど、“庶民向け”では無かったわけだが。
「ま、そんな遠いところじゃないわ。少し身近で遠くを見たいお話よ」
「ふぅん……で、どこ?」
「富士の森。幻想を見たくてね」
今でこそ過ぎた環境保全から来る人工の見かけだけの森林がある日本各地だが、天然の森だって数は少ないが点在する。
例えば、自殺が絶えない富士の樹海だとか。
「こいし、一緒に行こう」
「……幻想、ねぇ」
懐かしむような、そんな遠い目をするこいし。
普通とは違うその反応に、私は更に興味を惹かれ。
「出発は明後日。夜に準備しましょ」
「ま、気になるし当然一緒に行くけど、もうちょい相談して欲しかったなぁ」
苦笑するこいしから目を離し、蓮子に嬉しさからウインク。
「……帰り道に繋がっているといいんだけどね」
ボソリと呟いたこいしの声は、全く聞こえずに、私は心を躍らせたのだった。
『何が知りたいの』
無意識の少女からの連絡に、口端が上がる。
娘から端末を預けている事を聞き、接触を図れば大当たり。
それはそれは、随分と幸運な事だった。
『貴方はいつ、何処から来たの?』
私が知りたいのは、彼女がいつ幻想郷から姿を消し、いつ現世へと出てきてしまったのかと言う事だけだ。
暫くの時間を持ち、返ってきたのは短い文章。
『素敵な巫女が治める小さな世界。来たのは二日前』
そのメッセージに、思わず眉を顰めた。
二日前まで幻想郷にいたと言う事ならば、彼女が失踪した頃より遥かに複雑化した大結界をどうやって抜けたと言うのだろう。
ならば質問を変えよう。
『貴方は貴方?』
無意識に呑まれているならば、彼女は彼女でありながら彼女では無い。
それを暗に含めて言えば、彼女の返答はすぐだった。
『私は古明地こいし。私は私以外の何者でも無い』
あまりにもハッキリしたその言葉に、大昔の印象は崩れ去った。
振り回されるのではなく、御していると言うのか。
『いいわ。また後で連絡を取るから他の人には話さないように』
『ハーンにも?』
『えぇ。メッセージは消しておくわ』
『分かった』
そう言い、送ったメッセージを全て取り消しておく。
椅子に背を預け、天井を見た。
「……何がどうなっているのかしら」
どうにも状況は単純では無い。
仮定と想定をいくつか挙げ、扇子を閉じたり開いたりしながら大きく息を吐いた。