今日は何もしていない。
それが馴染んだと言えるのか、浮いてると言えるのかは分からない。
ただ、ハーンが何かを求める訳でもなく、私と言う存在を欲しているのは直感的に察した。
「うーん、こいしの服は何を持って行こうかしら」
「何でもいいけどねぇ」
「ダメよ。体のサイズや顔に合うか合わないかって点でも考えなきゃいけないわ」
管を隠すためにゆったりとした服装を多く選ぶハーンに、やはり不思議な部分も自然と受け入れられている事を実感する。
これはあまりに異な事だ。
人は標準からズレる事を嫌う傾向にある。
あまりにも特出して歪な存在の私に、ハーンが施してくれる理由は何か。
そこに理由は無いとしたら、お人好しが一周回って恐怖すら感じさせる。
人らしく無い、と言う事をさも平然と行う姿は不気味以外の何者でも無いのだから。
「あ、そういえばこいしの私物って何かある?」
「服ぐらいかなぁ」
手に持っていた黒電話と大振りのナイフは、“無意識の産物”であり、形而下として存在しているわけではない。
あれはそういう“概念”の形をしていただけなのでノーカン。
今も作り出す事は出来るが、それは“メリーさんの電話”という現象を引き出す事と同義である。
必要とも思えない今は、控えた方がいいだろう。
「うーん……じゃあ一緒に行動するし、予備の端末ぐらいしかいらないか」
「そうだねぇ」
果てにはお金も何も必要では無い。
別に食べなくても死にはしないのだから。
古明地こいし、という存在に傷が付かない限り。
それが、妖怪の特性である。
「あぁ、そうだ。ヒロシゲのチケット取らないと」
「ひろしげ、か」
聞き覚えのあるひろしげは歌川広重ぐらいなものだ。
絵でも見に行くのだろうか。
「そ。まぁ東京行きは基本空いてるから急がなくても取れるだろうけどね」
そう言いながら端末を弄って暫く。
満足そうに頷いたハーンが荷物の整理を再開した。
「やっぱり空いてたわ。わざわざこの時期に東京に行く人なんて少ないものねぇ」
東京の彼らには理論が大切で、答えしか扱わないから精神が脆弱な人が多いのよ、なんて愚痴を零す姿を見るにどうにも良い印象は抱いていない様子。
今の日本がどういった区分で県を分けているのかは知らないが、文字通りならば今から向かうのは東らしい。
「ハーンや蓮子は脆弱な精神をしていないの?」
「まぁ……東京より京都は心と精神にも重きを置いているからね」
確かに、見かけた人間を不味そうだと思った事は一度も無い。
恐怖心の薄さから、美味しそうとも思わないが。
「精神に重みを置かないから神亀の遷都が行われたのよ。心に豊かさのない人間は前時代的だわ」
「心なんて目に見えないものを信じるの?」
「有る無しではなく、存在するって方の在る。目に見えないから信じない、なんてそれこそ科学に向き合っていない証拠よ」
「……科学は傲慢だねぇ」
「否定はしないわ。神の発生も、妖怪の存在も、人が生きている方法も、全てを明かそうとしてしまったから。まぁ、それらも再度見返しがされている最中なんだけどね」
どうやら時代は大結界が閉じた頃とは逆転し始め、目に見えない物を信じない為の科学ではなく、目に見えない物すら取り入れる科学へと発展を遂げているらしい。
これでは大結界も揺らいでしまうのではないだろうか。
かなり古くから幻想郷を知る身としては、若干の心配をしてしまう。
「結局は、形而上の事柄すら科学の範疇よ」
「……ハーンは都市伝説とか信じるタイプ?」
「うーん、それに関してはとても難しいわね。そういった事はほぼ“絶滅”してしまったから。境界に触れば情報はあるけれど……」
私達の世界に都市伝説が入ってきた事情には、そう言った背景もあったのか、なんて一人で納得する。
そんな会話をしていれば、ハーンが荷物を詰め終えて立ち上がった。
「よし。明日は下調べをしましょう。それで出発ね」
「そう思うと荷物纏めるの早くない?」
「気が早ったのよ。さ、お風呂は先に入って良いわよ」
そう言ったハーンの顔は、若干恥ずかしそうだった。
ここで端的に説明。
互いの想定する時間軸にはズレが生じています。
少し分かりにくい場合は、秘封倶楽部の世界観を調べてみましょう。