女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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本の質の話は燕石博物誌より、
バー・オールドアダムは旧約酒場より、
竹林の夢は夢違科学世紀に拠るものです。


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「図書館の匂いは好き嫌いが分かれる気がする」

「今では本が集まる場所自体が貴重だから、好き嫌いするなんて贅沢なんだけどね」

 

 

大学構内の、一般公開されている資料保管室のソファーでこいしとハーンの話を聞く。

 

ここは、厳重に保管された本の全てが貸し出し用タブレットにスキャン、記録され、それを閲覧することの出来る場所だ。

学生カードがあれば、漫画から稀覯本まで、果てにはもう現存しない本までも読むことが出来る。

瞬時に莫大な情報が手に入る現代では“質”が絶大な価値を誇り、“質”を持った本が集まっているだけでも、ここに付加価値が生じているようなものである。

 

 

「で、樹海の髪……何処で聞いたんだっけ」

「バー・オールドアダムよ。記憶を失うまで呑んだことは無い筈だけど?」

「あぁ、あそこね。道理で曖昧な記憶な訳だ」

 

 

バー・オールドアダムは、とある経由で知り得た貴重な情報収集の場だ。

旧型の酒を出す珍しい店であり、とある人々が集まる場所でもある。

 

それは、“不可思議な体験談”を持つ者が集う酒場。

あそこは幻想と空想が入り混じる、秘封倶楽部にも似た空気がある。

時折そこに赴いては情報を集めて、気になる話を探すのが最近の活動形態であった。

 

 

「で、髪……髪ねぇ」

「何かあったかしら?」

「うーん……樹海に関する怪奇は多く見つかったけど髪に関して情報は無いね。どんな話だったっけ」

「貴方の記憶は酒に呑まれてしまったようね」

 

 

呆れ気味にメリーが首を振るが、旧型の酒は酔いが深い。

記憶は曖昧になるし、後に効く。

それを楽しむための旧型なのだが、それに溺れてしまうのもまた旧型だ。

 

 

「えぇっと……以前髪の信仰云々を話していた人からの情報ね。富士の樹海で髪で首を吊った人間の髪だけが動き、人を襲う話だったかしら」

「それ境界と関係ある? もうB級ホラー映画じゃない」

 

 

なにか気になるものでもあったのか、フラフラと歩いた末に窓から外を眺め始めたこいしを見ながら、メリーはため息を吐いた。

 

 

「本題はそっちじゃないの。その人の背丈ぐらい長い髪の毛を見ると気が狂うって話が気になったのよ」

「……情報過多な髪束だなぁ」

「狂気に苛まれた人間は、霧に包まれた末恐ろしい場所を幻視するらしくてね。それこそ、私の夢の中に出てきた幻想のような場所よ」

 

 

それはメリーが以前に見た、そして体験した夢にとても近い。

確か大鼠に追われて、炎に包まれた女の子と遭遇したのだったか。

しかし文字に起こして読んでみれば、それは幻想的(ファンタジー)どころか、とんだ狂気的(インサニティ)である。

 

 

「じゃあ、髪が幻想への境界を開き、人がそれを幻だと思い込んだ?」

「可能性はあるわ。どこにだって境界の隙間は存在する。それこそ、小さければそこら中に」

 

 

そう言いながらメリーが掌を私の瞼に被せてくる。

途端に暗くなる視界と、徐々に見えてきたのは先程まで見ていた資料室の風景。

席が一人分ズレた視界に脳裏が若干の齟齬を起こすが、すぐに処理されメリーの見る世界を幻視する。

小さな指ほどの歪みが見え、事実を再確認した。

 

 

「まぁ、そうね。そこら中に隙間はあるからね」

 

 

やれやれと首を振って、メリーが掌を瞼から外そうとしたその瞬間。

 

―――ほんの一瞬、メリーの視界を借りたまま、こいしの姿が視界の端に映る。

 

 

「…え?」

 

 

まるで袈裟切りのように、こいしの体に大きく走る亀裂。

通り過ぎるかのように一瞬見えただが、それははっきりと記憶に刻まれた。

その亀裂の中から、空虚な瞳で微笑むのは“こいし”。

体の中にもう一人がいるようなその不気味な見た目に、私は思わず立ち上がった。

 

 

「うわ、……蓮子?」

「……ハ……ハァ」

 

息が荒い。

胸が締めあげられるような痛みに呻く。

 

 

「……メリー、こいしは貴方の瞳でどう見えているの?」

「こいし?うーん……一度だけ巨大な境界に憑かれていた事はあった。でもそれ以降は何も」

「あぁ、そう」

「何かあったの?」

 

 

不思議そうに覗き込んでくる彼女の目には、こいしは普通に見えているらしい。

あの光景の不気味さを表現する方法は持ち合わせていないので、見た物をそのままメリーに話す。

途端に考え込むように固い表情をするメリー。

 

 

「……後でこいしに訊いてみるわ」

「そうして頂戴。今この場で聞くと答えによっては私が恐怖のあまりぶっ倒れるかもしれないわ」

 

 

精神の疲弊は積み重なると狂気に成り得る。

今は少し心を休めたい。

 

 

「で、髪の話だけど、説明の最中に一つだけ気になるのは見つけたわ」

「仕事が早いね」

「まぁ妖怪の話だから話半分で聞いて」

 

 

その妖怪の名は髪鬼、又の名を鬼髪。

女の怨念が人の髪に宿った妖怪であり、切っても際限なく伸び続ける上に逆立つなど動くという。

 

 

「ふぅん……妖怪ねぇ」

「髪が勝手に動くのは日本人形を例に挙げればメジャーだし、信仰の原初も髪に纏わる事が多いわね。つまり、髪は身近でありながら神秘的でもあるのよ」

「……でも髪を調べに行くって言うのもモチベ上がらないなぁ」

「ま、富士の麓の蕎麦屋さんが美味しいらしくてね。少し行ってみたかったのよ」

「そっちが本音か!」

 

 

秘封倶楽部の次の活動は、どうやら蕎麦を食べに行くついでになりそうだった。

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