女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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「そういえばこいしって二重人格?」

「どしたの急に」

 

 

資料室から出て暫く。

蓮子は用があるからと大学内の研究室に向かい、現在は二人でコンビニへと歩いていた。

 

先程の問いかけに対するこいしは首を傾げて悩むような仕草を見せている。

 

 

「さっき蓮子が境界を見たの」

「……ふと思ったけど境界って何?」

「えっ」

 

 

境界とは何か。

それはとても難しい質問だ。

 

 

「ん……大っぴらには話せない事とだけ。場合によれば罪に問われるわ」

「ふーん。で、二重人格じゃ無いよ。私は私」

「だろうねぇ」

 

 

相槌を打てば、こいしは曖昧な笑みを浮かべて目を細めた。

 

 

「ただ、意識が無意識に乗っ取られる事はあるけどね」

「意識?」

「そ。例えば指を握るという行為が意図的であるかそうで無いかを意識と無意識の違いとすれば、私は気がつけば手を握っている」

「厳密には意図的かそうでないかは意識と無意識の例えとしては不十分。必要性や状況も含めて考えないと、反射などの偏りがあって良くないわ」

「……確かにそうだね。流石に普段からこういう話に触れてる事はある。それを踏まえて、私は意識せずに動く事が時々ある。それに人格は無いけれど、私では無い。そういう意味で二重人格“では”無い、と言えるかな」

 

 

成程。それはとても複雑な事だ。

人格は無い。けど、それはこいしでは無い。

 

 

「……私と出会った時を覚えているかしら」

「多分、無意識の内に出会ったんだろうね。私からすれば交番? だかの中で色々聞かれて、気がついたらメリーが扉を開いて私を招いていた」

 

 

何となく分かってきた。

彼女に取り憑く境界は、“無意識”のトリガー。

境界が開くと彼女の意識は封じられ、意図しない彼女の無意識が動き出す。

又は境界から這い出た何かに、意識を乗っ取られている可能性もある。

次にこいしの境界を見かけても、開けないほうがよさそうだ。

 

なんて思考に耽っていれば、コンビニに着いたので晩御飯の惣菜と飲み物を補充しておく。

 

 

「何か欲しいのは?」

「んー……え、この噛む紙って何?」

「ネタ系の食べ物よ。人工食物繊維を和紙のようにしてあるお菓子。若干甘いし付属のチョコペンで何か書けるわ」

「えっ、和紙……食物……えっ?」

「言葉通り、食べられる紙、よ」

 

 

今ではあまり必要とされない情報媒体である紙。

一部の実体至上主義の方々は紙を好むが、それ以外で使用されるとなると、同人誌など個人単位がいいところである。

最重要機密文書など、流出すると困るものは紙で、などという意見も、世から完全に切り離されたローカルサーバーなどに保管されて久しい。

製紙工場も、今ではかなり数を減らしていた。

今では生き残りに色々な案を打ち出している。このネタお菓子もその一つであった。

 

 

「いる?」

「いらない」

 

 

食い気味の反応に思わず笑ってしまう。

味は悪く無いが、紙という時点であまり食欲を誘うものでは無い。

その反応もまた当然と言えた。

 

 

「じゃあ明日は早く出るし、軽く腹に入れられるおにぎりかパンで好きなの選んでいいわよ」

「おにぎり……にしようと思ったけど何このラインナップ」

 

 

こいしが目を細めて口を歪める姿に、そんなにおかしいものがあったかと一緒に見る。

 

 

合成マーマイト味

合成チョコ味

合成タイヤ味

 

 

「こいし、おにぎりはやめましょうか」

「……世界の常識が分からない」

「やっぱりネタ系のおにぎりは普通の人なら食べないからねぇ。罰ゲームには人気だけれど」

 

 

大昔に変わり種グミを発売していた有名会社と企業締結した食品工場が生産するネタおにぎりは、割とコアな人気がある。

普段は普通に美味しい食品を作っているだけに、こういうスタンダードから外れたものは希少価値を持つらしい。

 

 

「パン……は普通か。じゃあコッペパンがいい」

「はいはい。なんだったらジャムも一緒に買うけれど」

「いらない」

 

こいしがパンをカゴに入れ、買う物はもう無い。レジで学生カードでの支払いを済ませてしまう。

袋詰めは自動なので楽でいい。

 

 

「今日はどっか寄るの?」

「んー成果も出なかったしこのまま家でゴロゴロも悪く無いなぁ」

「お姉ちゃんみたいなこと言うね」

 

 

懐かしそうに微笑むこいしに、ふと気になった事を聞く。

 

 

「そういえばお姉さんに最後に会ったのいつ?」

「え? んー……いつだったかな。一年以内には会ったような……」

「記憶が曖昧って事はそう言うことね」

 

 

あまり会うことはないようだ。

でも確かにこいしのお姉さんみたいに社会人になれば、家族に会う機会も減るのかもしれない。

出勤という概念は、この時代でも無くならない文化である。

 

 

「じゃあ今日の午後は家でゴロゴロか」

「そうね。じゃあ家で境界について話してあげるわ」

 

 

外で話せない事も中でなら話せる。

監視カメラなどが街に並び、個人がカードで買った物を全てデータとして残され把握されるような監視社会だが、流石に部屋の中までは見られていない。

プライバシーと社会安全の天秤はいつだって曖昧に傾き、適正な位置を探し続けている。

緩やかに日本の人口は減り続けているが、それでも大人数の目線がある限り適正は存在しない。

 

「現実より幻想の方がよっぽど素敵よ」

「…」

 

無意識に、何かで濡れた口元を拭うような仕草を見せたこいしを後ろに、ゆっくりと帰り道へ足を進めた。

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