女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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この章は、卯酉東海道、大空魔術、夢違科学世紀を主としてプロットを練り上げました。

東京に関しての描写は卯酉東海道に拠るものです。


16

ガラス張りにギラつく風貌の高層ビルが並び、奇怪な格好をした人々が疎らに歩く昼の街。

アスファルトで舗装されている道には罅も多く、香霖堂の本に描かれていたものより、どこか流線的なフォルムの車が走り難そうに動いているのを見かける。

 

そんな東京を暫く歩いて得た印象は、京都より“居心地が悪い”というもの。

存在の根幹が揺らぐような、鈍くも確かに浮ついた感覚が奥底で燻っていた。

 

 

「あ、凄い凄い。ド派手」

「また妙なものを買ったね……」

 

 

虹色のチーズが伸びるアメリカンドッグのような物を齧りながら、ハーンは喜々として街を見回している。

視界への暴力とも言うべき人類の網膜に対する冒涜的な食物を横目に、最新のように見えながらもアンティーク調のように古くも見える、“Takeshita Street”と書かれた不思議なアーチを抜けた。

 

 

「渋谷は以前訪れたんだけど、こっちの方は初めてで」

「ふーん、まぁ私も東京を観光したのは初めてだけどね」

「お、一緒一緒。もう暫くしたら山梨の方に向かうから、それまでダラダラ過ごしましょ」

 

 

ハーンは何処か楽しそうにしているが、私の中ではどうにも痛みに近い気持ち悪さが渦巻いている。

 

そして、それが何かを思い出した。

この芯に響く痛みは、“妖怪の性質”に干渉する痛みである。

消滅程ではないが、この街ではどうにも“未知を認めない風潮”が京都より強いらしい。

 

気が抜けていて、失念していた。

現世で忘れ去られかけたから、幻想郷が出来たのだという事を。

 

 

「……こいし? 顔色悪いけどどうかした?」

「いやぁ、そんな色の食べ物を食べているのを見たらね……」

「んー美味しいけどどう?」

「いや間接キスとか恥ずかしいから……」

「そんな初心じゃないの知ってるわよ」

 

 

あ、と口を開け、突っ込まれたものを試しに一口。

目を閉じればサクサクした衣、ふかふかの中身にとろりとしたチーズ。

間違いなく美味しいが、瞼を上げれば口から伸びるのは虹色のチーズ。

 

咀嚼音が妙に頭の中に響く。

どうにか飲み込んで次に口から漏れ出た言葉は短く。

 

 

「……おいしいね」

「顔と合っていないわよ」

 

 

味に反して苦々しげな顔をしてしまうのも致し方無しというもの。

“胎生という意味では広義的に人工的と言える自然な肉の味”を含む自然的な食事に慣れた身として、あまりにも彩度の高い非自然的すぎるものは色からして食物のように思えないのだ。

 

ハーンが歩き始めたので、何となく着いて行く。

目的地は決まっているような足取りなので、わざわざそれを聞く無粋な事はしない。

 

 

「昔は、人が集まる場所だったんだって」

「東京?」

「そ。遷都する前は、だけど。さっきのあそこも独特のファッション文化の発信地だったらしいわ」

「ふーん……そう言えば不思議な服がたくさん置いてあったね」

 

 

ハーンが指で示すのは、先程抜けた“Takeshita Street”のアーチ。

紅白巫女と共によく見る、白黒魔法使いのような服もあった。

 

 

「何か欲しい服はあった?」

「いやぁ? 必要なのはないなぁ」

 

 

唯一言えば、どこかに置いてきてしまったお気に入りの黒い帽子が欲しいぐらいである。

服には困っていないので別に今はいい。

最近は露出度低めの黒のワンピースを借り続けているので、服が欲しいとは少し思う節もあるのだが。

 

 

「っと、蓮子がこっち戻って来るって」

「どこで合流するの?」

「東京にはとっておきの待ち合わせポイントがあるのよ。今向かってる所だけどね」

 

 

そう言いながらハーンは空を見上げる。

 

 

「やっぱりこっちの空気は苦いわね」

「東京は嫌い?」

「精神的に発展が少ない都市っていう印象ね。数値とデータに支配されていた土地。今でこそ人らしくなってきたけれど、昔は酷かったわ」

 

 

話す内容は、日本が歩んできた道のり。

世界の人口は増加から減少へと転じ、その影響が大きく出た日本は、デメリットをうまく回避し、選ばれた人間による勤勉で精神的に豊かな国民性を得ることが出来た。

しかしそれは、時代の流れが加速していったという事。

置いて行かれた精神的に貧しい、デジタルでありながらアナログな人間は、遷都せずにこの東京で数字を追い続けているという話だった。

 

 

「東京は勤勉で流行の最先端のように見えて、その皮を一枚捲れば精神的に豊かではなかったってこと。残る今を見れば、ある意味で精神に重きを置かなかったとも解釈できるけど」

「……確かに、ここの人たちはあんまり―――」

 

―――美味しくなさそうだ。

 

続く言葉を飲み込み、私は管を撫でる。

どうりでこの街は居心地が悪いわけである。

精神が豊かではない、余裕のない人間達が集まる街には、“魔”が要らない。

それは、人が恐怖を感じる対象が“魔”ではないからである。

 

大昔、民を虐げていた君主の支配していた集落もそうだった。

他所より生じた妖怪が人を襲えど、その恐怖は“美味くない”。

心と言う器にひとたび罅が入れば、修復はできても二度と同じようには戻らない。

 

人という生物は、豊かでこそ未知への恐怖という余裕を感じられるのだ。

 

 

「ま、ちょっとずつ昔らしさも戻ってきているけどね」

「昔らしさ?」

「東京は江戸の血を引いているからね」

 

 

その言葉に、懐かしい光景を想う。

 

 

「……それはいい事だ」

 

 

大昔、刀を引っ提げた人間の“強さ”を思い出し、艶やかに笑った。

するとハーンが端末を触り、顔を勢いよく上げた。

 

「っと見えた! ほら、東京の有名な場所」

「……犬?」

「忠犬ハチ公の像。それはもう有名な待ち合わせポイントよ!」

 

 

中途半端に修復したのか、または酸性雨に溶けたのか。

表面は変色して凹凸は少なく、もはや顔のシルエットも怪しい銅像に、果たしてあれが犬と呼べるのか不安になる。

 

謎の像へ向け、東京の雑多音に囲まれつつもビル群を縫って歩く。

その街並みは、聞いた話より遥かに発展しながらも、どこか寂れて見えていた。

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