クラシックな機動音を背景に、窓の外に見える光景は、東京に比べると随分と緑の占める割合が多くなってきていた。
とは言え、遷都以降は関東一帯の廃村化も増え、呑み込まれたが故に自然が多いという情報を端末から調べ上げているので、情報は正しかったのか、という以外に特に感想も無いわけだが。
目元へ落ちてきた己の金髪を耳にかけ、窓から視線を外した。
「この……携帯食? あんまり美味しくないね」
「持ち運びやすさと腹持ちと栄養素を突き詰めたから、味は後回しだったのよ。流石は東京発の食べ物よね。効率ばかりで幸福度は後回しなんだから」
時刻は昼前。
ヒロシゲと違い、気にならない程度の電車の揺れを感じつつ、どこかノスタルジックな気分を味わう。
───しかしママの元へ帰る時はこんな感じでは全く無いため、その実全てが虚構ではあるのだが。
右横のこいしが携帯食を口に含むのを見ながら、端末で到着時間を確認しておく。
「京都から直接行くより、ヒロシゲに乗って東京からちょっと遠回りした方が安いのどうにかして欲しいわよね」
「まぁ、京都から富士山に行く人間は東京に行く人間より少ないから……」
通勤で東京から京都に往来する人間は多いが、富士山に往来する人間は比べて圧倒的に少ないだろう。
日本において象徴として存在し続ける富士山に登山する人間も、緩やかに減少し続けている。
世界の全人口が減っているのだから、順当な結果であると言えばそれはそうなのだが。
左に座る蓮子が指でくるくると宙をかき混ぜる仕草を目で追えば、何となく酔った気分になってきた。
「……でもまさか自殺する人間が減って、富士山までの交通費が減ったなんて、本当に日本は変な国だったのね」
「ちょっと昔は、ね。自殺者も減り続けて素敵な事よ」
日本が自殺者を減らすために本腰を入れて暫く。
遷都を期に、豊かな精神を目指す方針は子供たちの人格形成を正しく導き、大人の働き方、そしてそれに連なる在り方を大きく変えた。
自殺者は減り、それに準ずる事件も大きく数を減らして久しい。
表向きには企業の賃上げ、インフラ維持に伴うもの、裏では衝動的な自殺スポットへの突貫を減らすため、という名目で交通費が値上がったのもそんな頃の話。
数多の批判を浴びながらもやがて明確な救命導線を形成し、その活動が花を開いた辺りで交通の流動化、観光の促進を目的として予算を突っ込み交通費の値下げを実現したというのだから、国が本腰を入れた痕跡がよくわかる。
しかし値上がったという生まれる前の話を実感できず、値下がった今が当たり前の認識となっているため、ただ安いなとしか思えない。
前を知るだけでは足らず、改変され、改善される前を己が身で実感せねば、変わったとはわからないものである。
「でも富士山の影響力はまだまだ大きいわ」
「むしろ富士山の無い日本は日本じゃないわよ」
窓の外を見て表情をコロコロ変えるこいしを見ながら、蓮子は優しく笑う。
「今の日本は、平和でいいわね」
「本当に。忙しくはあるけどね」
端末を見れば、乗り換えまであと1駅。
ふと顔をあげれば、こいしが端末を触っていた。
触るのは初めてではないのか、慣れた操作に感心する。
聞いた話だと初めてだと言っていたが――――
ふと目に入ったのは、拙い操作で文字を打ち込んでいた端末の画面。
微かなバイブレーションと共に、上から新着メッセージが入ったとの通知が見えた。
「あれ、誰か登録したの?」
「え、何が?」
「そっちの端末のメッセージ系アプリに登録した人は普段使う方に移して全部消したからさ」
「……え」
若干考え込むような素振りの後、納得したようにこいしが頷いた。
「あぁ、メッセージ系アプリって言われたから分からなかった。そうそう、偶然友達を見かけたからさ」
「へぇ! こいしの友達ってどんな人?」
「うーん……私の友達か。無表情で踊りが上手くて感情豊かな奴、かな」
その時のこいしの顔は、空虚な表情。
表情は無く、顔の中身がまるで
こいしの背後に、境界を垣間見る。
「……」
さして大きくはなく、ほんの僅かな力が漏れ出る境界を軽く閉じると、大きく息を吐いた。
「変わった人ね。類は友を呼ぶ、かしら」
「間違っちゃいないかなぁ」
そう零すこいしの表情は、疲れた笑顔。
そこには人間らしい重みがあった。
電車が速度を緩め、金属の軋む音が聞こえる。
昔ながらの良さというものも、悪くはないものだ。
『貴方は誰?』
先程の、後で連絡を頂戴というメッセージを見たのか、無意識の少女からのメッセージに端末が震えた。
テーブルから端末を手に取り、椅子に座る。
『前も言った通り、私は貴方の知り合い。他に何か?』
『この端末に登録してある“ママ”は、誰の事?』
……何の話をしているのだろう?
無意識の少女の意図が分からず、暫し考えて再度メッセージを送る。
『少なくとも、その“ママ”は間違いなく私の事よ』
既読され、30秒もの時間が空いた。
『分かった』
『で、要件はなに?』
短い言葉の連投。
返答に間違いがあったか。
そう若干の後悔をするが、要件さえ達成できれば別にいいだろうと割り切った。
『富士山に行くみたいね。情報を頂戴』
『どうして知ってるの?』
『その端末のGPS機能を見ているの。その方角には富士山しかないわ』
再度時間の空白が開く。
『樹海の髪について調べに行く。今は、それだけしか分からないかな』
『ありがとう』
それを期に全てのメッセージを消し、息を吐いた。
背凭れに体を預け、前髪を触る。
「……どういう意味かしら」
ママとは、誰の事なのか。
無意識の少女に対する正しい返答は未だ分からず。
端末を無意識の少女に貸したという娘の報告を聞き、そちらの端末の電話番号からアカウントを登録して連絡したという現代ならではの手法を知らぬ無意識の少女は、一人で勝手に不信感を募るのだった。