女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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18

鰹出汁ベースの蕎麦つゆの香りが、口内へと滑り込む蕎麦の風味と共に鼻へと通る。

富士山の麓にある、【蕎麦処 鈴】。

夕方前の時間、食後に探索を予定し、現在はそこで腹ごしらえをしていた。

 

 

「やっぱり日本の蕎麦は啜ってこそね!」

「紙でエプロン作ってまで啜るかね」

 

 

見事な音が、時代を感じさせる店内へ響いた。

今では珍しい、木造建築の店内が見てきた時代へと想いを馳せるハーンを横目に、同じように蕎麦を啜る。

 

 

「ふふ、最近じゃあ珍しい若いお客さんだねぇ」

 

 

四人座りを想定して製作されたであろう一枚板のテーブル席へ、白い割烹着の老婆が座る。

 

 

「素敵なお店ね。味も最高だわ!」

「嬉しい言葉だね。ありがとよお嬢ちゃん」

 

 

そう言いながら三角巾を解く老婆。

白髪混じりのオレンジに近い茶髪が零れ落ちた。

奥に立てかけられた写真を見るに、若い頃はかなりの美人だったことが伺える。

 

───ただし、健康的生活を掲げる現代において、珍しいと言えるしっかりと皺の刻まれたその顔には、写真の美貌は無くとも、しかし確かな文学的美しさが在った。

 

ふう、と一息つけば、老婆が腰に提げた鈴から涼しげな音が鳴る。

 

 

「富士山の麓も最近は寂れてきちゃってねぇ。人も減ってるし、当たり前なのかもしれないけど」

「そうですねぇ、名がある店は近畿に……ってすみません」

「気にしなくていいのよ。私の代でこの店もおしまいだから、ここにいるだけだもの」

 

 

そうケラケラ笑う老婆の顔は、童女のようにも見え。

そこで私は初めて、この世界で“食欲”を刺激される。

蕎麦を啜り、咀嚼。

老婆を見ながら、まるで幻想郷のような雰囲気を感じる店内に目を走らせた。

 

年代を感じさせるが埃は少ない。

レジ横に積んである厚い本にはいくつもの付箋が貼ってあり、奥には蓄音機が見える。

最近入ったどの建物より───

否、どこに居るよりも“懐かしさ”を感じる光景だった。

 

 

「あ、蕎麦湯欲しい人いるかい?」

「蕎麦湯?」

「蕎麦の茹で汁さ。蕎麦つゆと割って飲むのがいい。合成蕎麦が出来てからは、蕎麦湯なんて物も滅多に見なくなったがね」

 

 

そう言って奥から湯桶を持ってきてテーブルに置く老婆。

 

 

「ちゃんとした蕎麦湯は美味いよ。試しにどう?」

「あら、いただきます!」

「ありがとうございます」

「ありがとー」

 

 

三人それぞれにお礼を言い、蕎麦湯を蕎麦つゆと混ぜて山葵を溶いた。

すると老婆が薄い目を僅かに見開く。

 

 

「……ありゃ?お嬢さんは慣れてるね。その食べ方は今じゃ珍しいよ」

「そう?」

 

 

まずったか。

いつもの様に慣れた動作を出してしまった事を若干悔やむ。

 

 

「こいし、蕎麦湯飲んだことあるの?」

「んーまぁちょっと昔だけどね」

 

 

ハーンがどう言う割合が美味しいのか、ちびちび足しては飲んでを繰り返すのを横目に、蓮子に答える。

ちょっと昔だ。

最後にまともな蕎麦を食べたのは、“私の中で”ちょっと昔である。

 

 

「しかしこの店はすごいわね。あの蓄音機が時代を感じさせるわ。それに本物の本がある!」

「ふふ、母から貰ったの。他の小物もそう。捨てられないから、代々引き継がれているそうよ」

「由緒ある家系とか?」

「蓮子、詮索は良く無いわよ」

「いいのいいの。祖母から聞いた話だと、ご先祖様はどこかで貸本屋を営んでいたみたいでね、その仕事の際に色々貰ったそうなの」

 

 

そう言いながら、レジ横の本を一冊取った老婆。

黒い革表紙には、赤い霧と、紅の月。

小さく書かれた文字は、私には読めない文字だった。

 

 

「……どこの国の言葉ですか?」

「さぁ?私にも分からないわ。でもなんでかしらね、何となく何が書かれているのか分かるのよ」

「それは面白いお話だわ。何が書かれているの?」

「幻想の物語。誰が書いたのか、誰が作ったのかも分からない、幻想の物語が書かれているわ」

 

 

老婆は、本に挟まれた封筒を取り出すと、こちらを見渡して微笑んだ。

 

 

「うふふ、そしてこれ、吸血鬼から頂いた手紙らしいのよ」

「それは……」

「私も信じていないわ。でもいつまで経っても、まるで封筒と中の手紙の時間が止まったみたいに劣化しないなんて、不思議だと思わない?」

 

 

中の手紙にはびっしりと英語が書かれている。

あまり英語は得意ではないのでハーンに任せれば、掠れて読めない部分はあれど、ある程度内容を推察して教えてくれた。

 

 

「んー何かに協力して、それの感謝状っぽいわね」

「もし本物だとしたら、一体何に協力したのかしら。人攫い?」

「こら蓮子! 読む限りだと、逃げたペットの捕獲かな」

「随分と吸血鬼らしくない……」

 

 

その話を聞き、幻想郷の吸血鬼を思い出す。

あの吸血鬼なら有り得なくは無い話だというのが、印象から導き出した結論だった。

まぁ、老婆のご先祖様が貰ったというので多分別の吸血鬼だろうが。

 

 

「名は……駄目ね、文字が掠れてる」

「ま、そんな眉唾のお話が聞ける蕎麦処よ。どうかしら?」

「「また来たいです」」

 

 

二人が声を揃えた。

しかし私としては、ここの雰囲気はあまり落ち着かないのが本音である。

どうにもここは、“幻想郷に近い雰囲気がある”。

恐らくは木造の木が、霊峰の影響で微かに魔を宿してしまい、それに囲まれたこの蕎麦処の中が魔の充満した状態となっているのだろう。

老婆は立ち上がると、大きく伸びをした。

 

「追加注文は如何?」

「いえ、私たちはこれで」

「あらあら。それじゃあ気をつけて」

 

料金は既に払っている。

ハーンと蓮子につられて立ち上がると、店の暖簾に手をかける。

 

「「「ご馳走様でした!」」」

「お粗末様でした。また来てね」

 

【蕎麦処 鈴】。

不思議な雰囲気と美味しい手打ち蕎麦がウリの食事処。

ハーンと蓮子の二人は、その店をとても気に入ったようだった。

 

次に向かうは富士の樹海。

満腹の三人の足取りは軽かった。

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