女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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「貴方は誰かしら」

「私は私。私は貴方では無いし他の誰でも無いと思う」

「うーん、哲学的問答は疲れるから勘弁して欲しいわね」

 

 

6畳のリビング。

地霊殿よりふかふかのソファーに座りながら名も知らぬ女性と言葉を交わしていた。

未だ状況など分からないが、敵意が無い事だけが救いである。

 

 

「逆に貴方は誰?」

「あら、言ったじゃない。マエリベリー・ハーンよ」

「マエリィヴ、マエリュ……ハーンさんね。うーん、聞いた記憶は無いなぁ」

「酷いわねぇ」

 

 

ふるふると首を振り、キッチンへと向かうハーン。

僅かな水音がした後、目の前のテーブルに水の入ったコップを置かれ、ハーンがこちらを見て目を細めた。

 

 

「飲む?」

「……酷い匂いのする水だね」

「浄水も度を過ぎれば清めてないのと一緒だという意見には同意するわ」

 

 

喉を通せば薬品の香り。

どうにも幻想郷の地下水と比べてしまうのはどうしようもない。

 

 

「さて、もう一度訊くわね。貴方は誰かしら」

 

 

その質問に含まれた意味は、きっと複数だろう。

こちらを見つめるハーンの金瞳は、笑っていなかった。

 

 

     ○○○

 

 

蓮子に会えないからと早めに帰った夕暮れ。

ふとアパートの自室を出て、飲み物を買おうとしていた時に興味をそそられる事件が発生する。

警官に連れられて歩く、緑がかった銀髪の少女を見かけたのだ。

格好は何処かおかしく、何かのキャラクターのコスプレでもしているような不思議な管をぶら下げているところも、目を引いている。

更に見ているだけで、何か境界が揺らぐのを感じていた。

 

あまりにも気になったものだから、ひっそりと尾行、交番内で少女が警官と会話するのを遠目に観察してみる。

暫くはなにも無かったのだが、突如としてそれが起きた。

 

少女の背後に境界の裂け目が発生、反射的にお得意の瞳で微かに見つめれば、ほんの僅かだが裂け目が開く。

―――気がつけば少女は“目の前”にいた。

 

 

「ずぅっと見ていたね。貴方はだぁれ?」

 

 

虚空のような、空の瞳。

少女は笑顔を貼り付けた無表情で、首を傾げる。

下から覗き込むように、僅かに首を傾げてこちらを見続ける少女に、まるで未知の生き物に観察されているかのような強い恐怖を覚えた。

 

 

「え、あ……マ、マエリベリー・ハーン、です」

 

 

驚愕と未知への恐怖が喉を詰まらせるが、喉からは何とか文章が漏れる。

空っぽの少女は頷く動作を繰り返した後、ゆらりゆらりと体を揺らした。

 

 

「私は誰だろうね」

「……私にはわからないわ」

「そうなの?不思議だね」

 

 

言葉に意味は無い。

彼女と同じく、空っぽの言葉が宙へと吐き出されていく。

 

 

「そうだ!私を貴方の家へ連れて行って」

「え?」

「帰る場所が分からないの。お願い」

 

 

そうして、有無を言わさない雰囲気に負け、連れて帰ってきたのである。

 

 

     ○○○

 

 

「私は誰だろう……」

 

 

交番近くの時とは明らかに違う、中身の入った瞳が不安定に揺れる。

体から伸びたアクセサリー?の管がウネウネと動く様は、まるで生きているようだった。

 

 

「……まぁ、いいわ。ところでそのアクセサリーはどうやって制御しているの?」

「アクセサリー?あぁ、アクセサリーねぇ……」

 

 

日本でコスプレやそれに準ずる格好をした人間はよく見かける。

彼女もそうかと思い、話題を逸らすために発した言葉に対する反応は苦笑。

困ったような、諦めたような。

そんな苦笑だった。

 

 

「うーん、くっ付いたまま外れなくなっちゃったからそのまま」

「……それ大丈夫なの?いつから?」

「生まれた日から」

 

 

巫山戯ていると、そう思った。

揶揄うようにクスクスと笑う彼女に、私は苦言を呈しようとして、辞める。

 

彼女のその顔は、複雑に絡み合った感情を表面に貼り付けて泣いているようで。

かける言葉は見当たらず、彼女との会話のタネを探る。

 

 

「……名前は見つかった?」

「初めから持ってるよ。生まれた時から私を表現している名前だし」

 

 

頭が疲れてきた。

 

 

「じゃあ誰って訊いても答えてくれなかったのは?」

「存在を答えるのと、名前を答えるのはまた別だよ?名前は未だ訊かれていない」

「うーん難儀な性格ねぇ」

 

 

屁理屈の様だが、確かに私は名前を訊いてはいない。

 

 

「じゃあ名前を教えてくれるかしら」

「こいし。古明地こいし」

「そう……こめいじ、こいし。ね」

 

 

黄色のリボンがついた黒い帽子を外し、こいしは真っ直ぐな瞳でこちらを見る。

 

 

「私は誰だろうね」

「古明地こいし、じゃないかしら」

「それは私だけれど、今の私じゃないかもしれない」

 

 

暫く宙を彷徨うこいしの瞳。

困った顔でもう一度こちらを見ると、ゆっくりと土下座の姿勢へと移行していく。

 

 

「今日、泊めてくれる?」

「家は……」

「事情で帰れない。あ、家出じゃあ無いよ?」

「なら構わないわ」

「お、太っ腹。お代に非常食として体ぐらいなら差し出すよ」

「残念ね、食人趣味は無いの」

「言っちゃなんだけど、あったらどうしようか困ってたね」

「ふふ……えーっと、こいし」

 

 

迷った呼び名で声を掛ければ、弓形に曲がる目尻。

 

 

「なぁに、ハーン」

「明日の予定とかあるの?」

「んんん……帰る方法探しかなぁ」

「……?」

「帰れないんだ。帰る方法も分からない」

「記憶喪失とか?」

「うんにゃ、ただ帰り方が分からないだけ」

 

 

不思議ちゃんで間違いない。

嘘を吐いているようには思えないこいしの顔を覗き込んで溜め息。

年齢は分からないが、見た目だけ見れば少女。

一人で外に放るには不安があった。

 

 

「じゃあ暫くここに泊めてあげようか?」

「んー迷惑じゃない?」

「迷惑ならその時に言うわ」

「じゃあお願い」

 

 

さらりと決まったルームシェアに、こいしは嬉しそうに笑う。

 

『蓮子、明日紹介したい人がいるんだけどね』

 

タブレットのアプリを開き、慣れた仲間に向けて打ち込んだ文字は、心なしか楽しげに踊っているように見えた。

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