幻想郷、迷いの竹林。
そこは平衡感覚の狂う微かな傾斜に深い霧、広範囲に渡って鬱蒼と生い茂る竹が特徴の区域だ。
幻想郷でも、好んで入る物好きは少ない程には危険地帯である。
その奥には、見事な和屋敷が建っていた。
庭では兎が跳ね、餅をつき、月を楽しむ。
そこは、そんな光景がずっと続いている場所だった。
その和屋敷の中に、人の形をした者が三名。
人払いを済ませたせいか、異様に静かな屋敷の中で座っていた。
白い素朴なドレスに身を包み、ほぼ無表情。傍らに桜の枝を置く人妖。八雲霊夢。
黒い生地に星を鏤めたブラウスとスカートを着用し、霊夢の対面に座って薄ら笑いの月人。八意永琳。
永琳の隣で白装束に身を包み、鈍い汗を掻きながら顔を青くする月兎。鈴仙・優曇華院・イナバ。
―――これは今回の件について事情を把握した霊夢に、お前覚悟はできてるな?といった内容の手紙を手渡された鈴仙が、大慌てで永琳に泣きついて2時間後の光景である。
「さて、弁解を聞こうじゃない」
「うーん。何も無かったで処理できないかしら」
「…ほう」
途端に膨れ上がる、超高圧的な妖気。
鈴仙はその妖気に中てられ、堪らずに震え出した。
涼しい顔の永琳も、その額には汗が滲む。
「その言葉は、私の能力を知っての言葉なのよね」
「勿論。八雲としての力を知っていてこれを言うわ」
個人としての、霊夢の能力は、【空を飛ぶ程度の能力】。
そして妖怪としての、八雲霊夢の能力は【事象に干渉する程度の能力】。
前スキマ妖怪であった八雲紫の【境界を操る程度の能力】を、更に強大にした能力である。
ある程度の制約はあるが、それは“万物の事象”の隙間に対して意図的な“干渉”を引き起こすことが可能な能力。対象が概念として存在するならば、その概念に触れることの出来る能力であった。
過去には不老不死という事象の隙間に干渉し、藤原妹紅の蓬莱の呪いを一時的に消した事もある。
つまり場合によっては、蓬莱人すら殺すことが可能。
それが、現スキマ妖怪の八雲霊夢であった。
「…いいわ。聞きましょう」
「そうね。まずは、気付いた人間が一人もいない事」
「証拠」
「富士の樹海から竹林に迷い込んだ数人の素性を洗ったわ。全員が無職かつ家族はいない。既に遺書も準備してあって―――」
「……で、今回の事を無しにしろと。おかしいわね。私が間違っていなければ、失敗に対して何の補償も賠償も無く、確証はないがバレていないから許せ、と言ってると思うのだけれど」
途端に、胸を抑えてゆっくりと倒れ込む優曇華。
えずくような荒い息に、咳き込むような嘔吐。
永琳がそっと優曇華の手首に指を当て、胸に手を当てる。
「…狭心症。何をしたの?」
「“生命活動”という事象に軽く干渉した。殺す気はないし、アンタがいる限りそいつは死なないでしょう」
スッと立ち上がり、スキマを開く霊夢。
「そろそろ学んで欲しいわね。私からの罰は、今のところそれだけでいい」
「あら、優しいのね」
「…“綺麗な足”ね」
「はいはい」
音も無く、スキマに身を浸しながら無感情な声で応答。
暗に足を無くしてやろうかという霊夢の発言に、永琳はやれやれと首を振った。
桜の香りを薄く残し、スキマが閉じていく。
「―――そういえば。外から迷い込んだ人間の中に妖怪がいたらしいわ。また、外に帰ったらしいけれど」
「あっそ」
その言葉を最後に、永遠亭から霊夢は姿を消した。
「……さて、狭心症の原因は…」
片手で、荒い呼吸を繰り返し青い顔の優曇華を担ぐと、永琳は応接室から出る。
―――迷いの竹林には、兎たちが住んでいると言われていた。
そしてその元締めは、月から来た人だとも。
迷いの竹林は、寂しさに近い静寂を保つ。
―――ただ時々、兎たちの歌が聞こえた、などという人間もいた。
それは鼻で笑われることが大半だが、真実を知る数少ない人間は皆口を揃えて笑う。
“奥まで入り込んで、狂わず迷わず、帰って来れてよかったな”、と。
これで樹海の髪編はおしまいです。
次の秘封倶楽部の活動は一体なんでしょう?