女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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この章は、蓮台野夜行、燕石博物誌を主としてプロットを練り上げています。
お楽しみください。


『呻く古井戸』編
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「待って何で手ぶらなの?」

「私だってサラシぐらい巻くわ」

「いやそういう手ブラじゃないから」

 

 

人多き、大学の通路。

富士の樹海の境界暴きから一か月後。

どこかふわふわした表情で頬を掻くこいしは、あの竹林の出来事を何も覚えていなかった。

少なくとも本人はそう言っている。

蕎麦処を出て、樹海に入って以降の事は覚えていないらしかった。

 

現在はそれなりに大学を満喫し、ちょっとした不思議ちゃんとして日常を過ごしている。

人離れした美貌と人を惹き寄せる人柄は、いともたやすく環境に馴染んだ。

女性から若干の羨望を受けながら友人として、男性からは異性として大人気である。

 

 

「で、こいしは手ぶらで今何を?」

「ハーンのお手伝い。今はハーンの助手扱いだからね。私には端末以外必要な物も無いんだ」

「ふーん、いいわね。確かそっちは旧型のノートを使ってるんだったっけ」

「私は使いやすくて好きだよ」

 

 

旧型のノートはクラウドではなくメモリにデータを保存するタイプである。

データを手元に置いておくという事は、クラウド化が進んだ現代では少なくなった。

紛失、データ損失、故障、盗難などなど、クラウド保存に比べてデメリットの多いメモリ保存であるが、しかしそれでも代えがたい強みはある。

 

それは、“機密性”。

手元にデータがあり、それを外に出さないというアナログな手法は、サイバー攻撃が素人でも可能な現代では重要文書などによく使用されている。

 

 

「旧型はいいわ。重みがあって」

「え?新型と重量は変わらないよ?」

「ふふ、質量やニュートンなんかの重量以外にも“重さ”はあるのよ」

「…まぁ、そうだね」

 

 

どこか納得したようなこいしと並び、歩き出す。

 

 

「で、どこに行くところだったの?メリーがいつもいる講義室とは逆じゃない?」

「いや、また呼び出されてさ」

「…あー…私も着いていくわ」

「そう?ありがとね」

 

 

相変わらずこいしは色々なところに人気らしい。

特に、男から。

 

 

「今度は誰?」

「んー…いや名前も知らないなぁ。どっかのスポーツサークルの人って事だけは」

「特定が難しすぎる…」

 

 

この大学のスポーツサークルは多い。

それだけの情報で特定するには余りにも難しかった。

 

 

「タダの勧誘だと良いわねぇ」

「男でしょ?無い無い。それだったら同性で警戒薄めるって」

「間違いない。…メリーは何か言ってた?」

「早めに帰って来てねーって。ついでに飲み物買ってくれると助かるとも」

 

 

私の相方は、あまりにも危機感が無さすぎる。

こんな可愛い子が拉致誘拐されたら一体どうするつもりなのだ。

それをなんだ。お使いの片手間とは…

 

 

「んー…で、今回はどうするの?」

「いや興味ないですって言うよ。下手したら初めに誰ですかって言っちゃうよ」

「妥当妥当。そんなんで十分よ」

 

 

建物の外へ出れば、曇天の空。

雨は降りそうにないが、湿っぽい空気が肌に纏わり付くようで不快さが強い。

 

 

「うーん…えっと、ぉ、あそこかな?」

「あ、見た事ある顔だ」

 

 

端末を見ながら周囲を見回す男。

顔は程よく整っていて、誠実よりかは気楽に見える風貌。

こいしは目を細めて興味なさげにため息を吐いた。

 

 

     ○○○

 

 

「誰アレ」

「テニサーの奴じゃん。うわー…」

「んえ?テニサー?」

「テニスサークル。なんかこうフワッフワした感じの集まりだよ」

「へぇ」

 

 

興味なさげに男にふらふらと近寄ると、手を上げた。

 

 

「やっほ、初めまして」

「お、来た来た、あのさ」

「忙しいし興味ないし後でいい?」

「え、ちょ」

「じゃあ後で。蓮子ぉー!コンビニ行こー!!」

「はいよー」

「待ってって!」

 

 

程よく手加減されて手首を掴まれる。

痛みはない。

人の扱いには手慣れているのだろうか。

しかしなんだ。江戸の人攫いすら逃れた私を掴むとはいい度胸である。

 

 

「よいしょっとぉ」

「!?」

 

 

手首を捻って拘束から逃れ、流れるように手を掴んで小手返し。

肘の駆動域を超えようとする痛みに、人体は逆らえない。

バランスを崩して倒れ込む男を置いて歩き出す。

 

 

「そういえば最近ゲテおにぎりにハマった」

「ホントに言ってる!?」

「いや、未知の味だね。嫌いじゃない嫌いじゃない」

「…ちなみにオススメは何味?」

「パン味のおにぎり」

「舌が弄ばれてそうな味ね」

 

 

食感は米で味と匂いはパン。

始めは頭が混乱したが、今ではかなり好きの部類に入る。

おねえちゃんに食べさせて感想を聞きたいぐらいであった。

 

 

「あ、そういえば今日は教授の家で次の活動決めるわよ」

「一応メリーにも伝えとく」

「助かるわ」

 

 

そう言って蓮子は自動ドアの前で手を上げる。

 

 

「ついついやっちゃうのよね」

「楽しそうで何よりです」

「何故に敬語」

 

 

蓮子と笑いながら、思考をフラットに戻す。

この一か月で、気がつけば私は秘封倶楽部にカウントされていた。

 

大学のオカルトサークルは秘封倶楽部だけらしいので、ある意味では“好都合”である。

 

操作にも相当慣れた端末を開くと、チャットアプリを開いた。

 

 

『活動開始の報告』

 

 

そう打ち込んで30秒ほど。

既読の文字と共に、メッセージの通知が端末を揺らす。

 

 

『了解。また定期報告よろしくお願い』

 

 

“ママ”からのメッセージに目を通すと、端末の電源ボタンを押した。

 

富士の樹海に訪れてから早一か月。

秘封倶楽部が動く日は、近い。

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