……蓮子?
虫の音が遠く聞こえる寝袋の中。
誰かが入り込んできた感覚にほんの少し目が覚めた。
狭くなった寝袋の中。ほっそりとした指が服の中に入り込むくすぐったさに身をよじる。
「…ん、や…」
キャンプ故にパジャマではない。
寝袋で温まった肌より冷たい指がブラウスの隙間を通り、ヘソの横を、下腹部を、そして…
「…!?」
太腿を割り、つぷりと指の入る感覚。
そのあまりの行為に目が覚めた。
小声で咎めようとすれば、耳元で聞こえたのは、
「…あら?」
「ッ!!」
聞いたことのない、酷く耳障りな女の声。
ガバリと身を起こし、手指から逃れてそこを見れば、目を閉じた蓮子がいた。
物音で目を覚ましたハーンが顔だけ出してこちらを見る。
「…ん、こいし…?どうかした…?」
「……いや、何でもない。虫っぽいのが見えただけ」
「え、虫…!?」
「気のせいだったけど」
「なんだ…おやすみ…」
「はいはい、おやすみ」
蓮子を動かすのは面倒なので、代わりに蓮子の寝袋に入りながら、今の数秒の出来事を思い出して肌が粟立つ。
蓮子では無かった。
何かが、蓮子を操って、私に何かをしようとしていた。
じっとりと嫌な汗が滲む。
ヴ…
端末が震える。
深夜に通知なんて、あの人しかいない。
本当に胡散臭いタイミングでしかメッセージを送ってこないものだ。あのママとかいう存在は…
起動して、暗闇に慣れた目が端末の光へと順応するまで暫く。
『起きてたりする?』
『_(┐「ε:)_』
通知欄を見れば、ママではなく伊吹だった。
『起きてるよ。どしたの』
『いや寂しくて』
『(´・ω・)』
……お前は恋人かっ!
あと妙に顔文字入れてくるの可愛いな。
改めて時刻を確認すれば3時頃。
『こいしは何かしてた?』
『ハーン達とキャンプしてるよ』
『キャンプ!?どこで???』
『長野県だね。星空が綺麗だよ』
『そんなとこにいるの!星空…ロマンチックねぇ。二人きり?』
……ちょくちょく恋物語っぽく結びつけようとするのは何故だろう。
『いや、蓮子もいるよ』
『あら残念』
少しは本音を隠せ。
しかし星空が綺麗なのは事実である。
隣からは唸りにも似た寝息が聞こえており、私以外に起きているものはいない。
時折風が葉を揺らす音を遠くに、自然を感じる。
あくまで公園の中なので、森で寝るより人工的ではあるが。
『伊吹は何かしてた?』
『ネットサーフィン。んで怖いの見て寝れなくなった』
『(´・ω・`)』
本当に何をしているんだか。
『どんな話?』
『八尺様って知ってる?』
知ってるどころか都市伝説の異変で遭遇してます。
なんて言えるはずもなく。
『知ってる知ってる。比較的有名な都市伝説だよね』
『そうそう!で詳しく知らなかったから興味本位で読んじゃってね…』
暫く間が空いて、伊吹からメッセージが届く。
『トイレ行けなくなった///』
……子供か!
『トイレ行くまで通話していい?』
『(>人<;)』
……子供かっ!!
『ちょっと待ってて』
寝袋を抜け出し、靴を履いて公園の外へ出る。
電話を掛ければ、伊吹がすぐに出た。
ヴー…
「ヒィ!!」
通知が突然すぎて変な声が出た。
端末の画面を見ればこいしからの着信である。
すぐにスライドして応答を選択。
『もしもーし』
「ごめん驚きすぎて心臓が痛いからちょっと待って…」
『えぇ…』
ちょっと深呼吸。
「ごめんね、こんな時間に」
『別にいいけどね、偶然起きてたし』
「ふぅ…で、ちょっとトイレ行くまで話さない?」
『いいけど、トイレまで部屋からどれぐらい?』
「4歩」
『切っていい?」
「泣く」
『はいはい…漏らす前に行きなさい』
「ありがとう…!」
廊下へのドアを開ければ、玄関まで一直線の暗い道。
スイッチで明かりを点ければちょっとマシになった。
『パンッ』
「きゃっ!?」
突如通話先から聞こえた拍手のような音に肩を震わせる。
…ここだけの話、下着がちょっと湿った。
「こいし…ほんとに驚かせるのやめて…」
『え?私何かした…?」
「そういうのやだぁ…拍手したでしょ…」
『拍手…?…パン、パンッ」
「それよそれ!もう…泣きそうだから!」
『待っパンて、拍手なんパンてしてパンッ』
会話に挟まるように聞こえる拍手の音。
そして、突如通話が切れた。
「…えっ?」
慌てて掛け直すが、出ない。
「…」
死ぬ気でトイレまで駆け込むと、ドアを閉めて施錠する。
トイレには間に合ったけど、朝まで出れなかったしなんなら泣いた。
『恨むぞこいし!!!』
『。゚(゚´Д`゚)゚。』