女子大生こいし【完結】   作:指ホチキス

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「…ただいま」
「おかえりなさい!」
「ん、あぁ、橙。いたのか」
「マヨヒガの結界修復が終わりましたので、今日はこっちに来たんです。料理も出来ていますよ!」
「嬉しいな。ありがとう」

卓袱台を囲んだ二人の妖獣は、残る一角に自然な動作で茶碗と箸を置き、それぞれの位置に座ると沈黙した。
まるで、まだ同席すべき人が来ていないかのような“待ち”の時間。

やがて、ポロリと涙を流したのは黒猫の妖獣だった。

「…ふらっと帰ってくるような気がするんです。だから…だから」
「いいよ。言わなくていい」
「ごめんなさい」
「構わないさ。むしろ、それでいい。さ、食べようか」

やがて口数少なく、二人の団欒が始まった。

卓袱台に乗ったままの逆さまの茶碗と箸は、この日もいつも通りに飯に触れる事がなく。

食事が終わり、綺麗なままの茶碗を仕舞う狐の目は、微かに濡れていた。


32

「…切れたし」

 

端末を見れば、電波の強弱を表すマークの横で線がグルグルと回っている。

どうにも電波が悪いらしい。

 

「まぁ、いいか」

 

端末をしまい、ふらりと公園の外を見る。

 

 

――――誰かがいる。

 

 

路地裏に入っていく人影を追おうとして一歩踏み出し、即座にUターン。

 

……あの場所にハーンを放置するのは危険か。

 

むしろ通話で席を外すのも危険だったかもしれない。

速足で戻れば、何事も無く二人がそこに居た。

 

「ハーン」

「……んー…」

「違う違う、今はそうじゃない」

 

寝惚けた目で“寂しいの?おいで?”と言わんばかりに腕を広がるハーンのほっぺを引っ張る。

ちなみに“今は”の意味は、時々彼女のベッドで寝ているときに抜け出して帰って来ると、この仕草をされて抱き枕にされるからであった。

 

「いふぁ…なに、どしたの?」

「人影が見えた」

「…えっ、幽霊?行きましょう今すぐに!ほら蓮子!目を覚ましなさい!!」

「いや目覚めるのはっや。というかもう少し優しい目覚めをだね」

 

蓮子の胸倉をつかんでゆっさゆっさと揺らすハーン。

当の蓮子が完全に白目を剥いている訳だが、その辺りどうなのだろう。

 

……多分、見えてないな。

 

ハーンの頬をもう一度摘んだ。

 

「落ち着いて。蓮子が白目剥いてる」

「うわ本当だ。女の子の顔じゃないわ」

「おい加害者」

 

可哀想な蓮子は、そのまま寝袋に仕舞われた。

 

「置いていく?」

「いやぁ…本物だったら一人は良くないと思うのよ」

「それもそうね。ほら、起きなさい。蓮子。蓮子ォー!!!」

 

ひょっとしてハーンは起こし方を知らないのだろうか。

叫びながらゆっさゆっさと揺らす蛮族の起こし方に、若干引いた。

 

しばらくして、ようやく蓮子が目を覚ます。

 

     ○○○

 

「頭が痛い」

「ちょっと蓮子大丈夫?病気?」

「病気!?どこ?頭?」

「メリー」

 

粗雑な寝起きに、蓮子は痛む頭を押さえた。

 

「うーん…なんかグワングワンする…」

「二日酔い?」

「お酒なんか飲んで無いのに何に酔うのよ」

「雰囲気」

「確かにね」

 

軽口を叩いて夜の街を歩き始める。

虫の声は微か。

街の中にいるのに、人の音は一切せず。

寂寥感のある暗闇が、そこには広がっている。

 

「…やっぱり、境界が何一つとして見えない」

 

ハーン曰く、夜は境界がよく見える。

それですら何一つとして見えないのは、あまりにも変である。

 

……コツン

 

「!」

 

どこかで、音が聞こえた。

硬い石畳を、ハイヒールで踏み叩いたかのような快音。

ハーンも蓮子も気がついていない。

だが、確かに聞こえたのだ。

 

明らかな、人の音が。

 

「ハーン、何か聞こえた」

「本当?何の音かしら」

「ハイヒールで歩いた音みたいな」

「…ポルターガイストって足はあるのかしら」

「足のあるポルターガイストがいたっていいと思うの」

 

事実、足のある騒霊はいる。

楽器担いだちんどん屋とか。

 

…いや、むしろなんで足があるんだろう…?

 

ちょっと気になってきた。

それはそうと、時間を確認するために起動した端末には、未だ電波が届いていない。

空虚にぐるぐると回る受信強度のマークが、酷く不気味に見える。

 

「時間が知りたいの?私に聞けばよかったのに」

「あー…そう言えばそうだった。今何時?」

「ハイ、午前2時32分デス」

「何その口調」

「いやふざけただけ」

「あのねぇ…ん?」

 

コン……コン…

 

「…!ハーン!」

「えぇ、今度は聞こえたわ。確かにハイヒールみたいな音ね」

 

先ほどとは違い、ゆっくり歩くような音。

それも、さっきより近い。

 

コン……コン……コン、コン、コン、コッコッコッ!!!

 

快音だったその音は、まるで走るように連続性を増していく。

近づいている。それも、走って。

 

人はいない。

その筈の街で、走り寄る音が聞こえる。

おかしい。

 

おかしい事は、警戒すべきである。

こいしは、懐に手を突っ込んだ。

 

指で摘むは、人だろうが怪異だろうが、問答無用で狂気に堕とす一本の髪。

危ないならば、即座に取り出せるように準備し、もう一方の手で蓮子の手を握る。

 

強く握り返された手の冷たさを意識しながら、音を聞く。

 

距離にして、100メートルも離れていない。

廃墟に反響する打音。

 

やがて、それは現れた。

 

コッ、カカッ

 

「…靴?」

「タップシューズだわ」

 

石畳の上で跳ねる、汚れたタップシューズ。

表面は剥げ、紐は切れている。

そんなタップシューズが、自ら石畳の上で音を奏でていた。

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