快音が響いた。
細かなリズムを刻みながら、靴が踊る。
「…ポルターガイスト、ではあるのかな?」
「想像とだいぶ違うけどね」
靴裏のタップスを古びた石畳に叩きつけ、跳ね、弾け、音を曲へと昇華させていくタップシューズ。
物が動いているので騒霊とも言えるが、これはイメージと大きく異なっていた。
こいしと蓮子は、興味深そうに音に耳を傾けている。
しかし私はその靴を前に、“私だけ”の観点から首を傾げた。
なぜ、ここには境界が無いのだ。
現代は、暴かなければ見る事すら叶わぬ程に“幻想”が姿を消した。
過ぎた現実主義は秘匿を良しとせず、曖昧を許さなかった。
病的な程に未知を既知へとする方針は、“痛い目を見る”まで続き、そして収束していったのだが、その方針の影響は残る。
もう、幻想は“暴かなければ”見えない。
過去には触れるほど身近だったものは、探し、感じ、こちらから接触を図らなければいけないほど、薄く、脆く、そして弱い。
だからこそ、“この靴”が動いている理由が、私には分からなかった。
境界が無い。
それはこの靴が、“幻想が発生しない”筈の現代に境界からの干渉の一切が無いまま自然発生したものである、という事に他ならない。
在り得ないものが在る。
それは一体、どういう事だろうか。
「ハーン、タップシューズってどんなもの?」
「ん、タップダンスって言う音を奏でながら踊る時に履かれる靴よ」
「ふぅん…タップダンス。すごいねぇ」
こいしがキラキラと目を輝かせる様を横に、私は更に首を傾げた。
これがポルターガイスト。
確かに物体の移動という点では、ポルターガイストと言えるだろう。
ただ、この靴は動かされているというより、自ら動いてるような素振りすら見せる。
これはポルターガイストというより…
「付喪神」
「そうそれ。って心読んだ!?」
酷く傷ついた顔を一瞬して、ぎこちなく笑みを浮かべるこいし。
「…心は読めないかなぁ」
「そんなことは知ってるわよ。それよりこいしもそう思う?」
靴は踊る。
否、靴“が”踊る。
ポルターガイストとは“外的要因”による現象である。
解釈として霊、悪魔などが物を動かす心霊現象。
次に、無意識のうちに発動された念力によるもの。
様々な説があるが、そのどれもが“誰かによって”引き起こされたものだ。
ところが、日本にはそれに相反する概念がある。
“自ら”、“内的要因”によって物が動く。
物に命が、魂が宿るという性質。
物にすら魂を見出す特異観点の産物、“付喪神”である。
「日本の妖怪は…蓮子!」
「私も詳しい方じゃないんだけどね!?」
蓮子がいつもの帽子を深く被り直した。
「例えば永い年月を経たり、強い信仰を受けたり、理由はどうあれ霊性、仏性や神性を得ると物に精神が宿る。それが、付喪神。ただ、そうなる条件は色々あるらしいけど」
「打ち出の小槌で下克上狙ったりとかね」
「なんじゃそりゃ!?」
こいしが訳の分からない事を言うのはいつも通りなので無視。
と、タップシューズが踊りながら移動を始めた。
「どうする蓮子、付いて行ってみる?」
「いいよ。行ってみようか」
一人、妙な方向を見たこいしの手を取り、シューズの後を追う。
「…死体は狂わないんだよなぁ」
こいしが視線を向けていた街の奥。
微かに見えていたものは、人の形をしていた。