ハーンに腕を引かれ、靴を追う。
気がつけば蓮子に残る片手を取られ、両手を引かれる状態になっていた。
「く、結構早いわね」
「ところであのシューズ、歩いているのは何故かしら」
「それはどういう意味?」
罅の入った石畳を叩く靴。
その動きに疑問を得たのか、ハーンが不思議そうな声を漏らした。
「シューズって二つじゃない?」
「一足だけど」
「左右で二つ。そうでしょ?」
「まぁ、そうだね」
「左右に分かれた存在がどうして互いに“歩く”という動作を行うのかしら」
その疑問に、蓮子が眉を顰める。
「確かに不思議ね。あの靴は二つで一つの存在として成り立っているとか?」
「そりゃそうでしょ。一対で“靴”になるんだから。あ、歩いたり踊ったりしてるのはあの靴が覚えているからだと思う」
「覚えている?こいしは何か知ってるの?」
覗き込んできたハーンの目には、妙な光が宿っていた。
若干の怪訝さを感じながら、多分と頭に付けて言葉を紡ぐ。
「付喪神っていうのは使われた物が力を得たもので、使われ方を覚えているの。だから靴は歩く」
「覚えるって事は、記憶しているってこと?」
「さてね。私は付喪神について詳しくはないから。狸とかに聞いてみたら?」
「それじゃあ化かされておしまいだ」
「皿とか壺が歩き出すよ」
「化かされてるじゃない」
二人がクスクス笑うが、付喪神に関しては狸が一番よく知っている。
当の狸には“化かし甲斐の無い”、“心の読めないサトリは人間に化けない狸”みたいな心無い暴言を吐かれた記憶もあるが、無意識中の事だ。別に気にしていない。
……気にしてはいないのだ。
「こいしどうかした?」
「いや別にぃん!?」
突如、腕が左右に引っ張られた。
「…えっ何コレそういう拷問か何か?」
左に蓮子。右にハーン。
私の腕を引っ張ったまま、二人が不思議そうに顔を見合わせた。
「メリー、私はシューズを追っていたはずなのだけど」
「えぇ、奇遇ね。私もそうよ」
「私にはあちらへ行ったように見えた。メリーは?」
「逆側に行ったように見えたわ。こいしは?」
「今見たけど、二つ見える」
三人揃って首を傾げた。
と、ここで蓮子が手を上げる。
「音で判断しよう」
「その手が!その手が…その…うーん…」
妙に響いて聞こえる靴の音。
どうもおかしい。
「これ、マズいんじゃない?」
「そうね。一旦戻りましょう」
蓮子とハーンが真顔で頷き合う。
私としてもその意見に同意だ。
靴は二方向に進んでいった。
片方は町中に消え、もう片方は街の外へと出て行った。
どちらを追うにしても、“遊び”では無くなってしまう予感がした。
「夜が明けてからまた散策しよう。夜は暗いし危ないから」
「…こいしの言う通りね。ちょっと目が冴えちゃったけど、公園まで戻りましょう」
ハーンの言葉が決め手となり、公園へと戻ることにした。
○○○
残ったマシュマロを口に運び、ポータブルバーナーでパンを炙る。
こいしは寝袋の中で眠そうに眼を擦り、蓮子は私の隣に座って大きな欠伸をしていた。
「はーしかし不思議な体験だったわねぇ」
「私、タップダンスを始めて聞いたよ」
「どうだった?」
「すごかった!」
目を輝かせたこいしは、嬉しそうに口角を上げる。
「お姉ちゃんに話すことが増えたよ」
「こいしのお姉さんって何か凄い人じゃなかったっけ?」
「うーん、仕事には真面目な人だよ。ん、ありがとう」
串で刺した炙りマシュマロを受け取り、思い出すように目を細めた。
「今何してるんだろうな」
「…こいしは家に帰らない感じがするわね」
「まぁね。居心地が悪いわけじゃないけど、楽しい方が好きだから」
「そういえばメリーは家に帰らないの?」
突如投げられた蓮子の質問に、私は深いため息を吐き出した。
「パパとママは忙しいから、私が帰るより向こうがこっちに来るのよ」
「…次に来るのはいつ?」
「さぁ…結構突然来るから分からないのよね。気になるの?」
結構食い気味なこいしに目を向ける。
ちょっとだけ目を泳がせ、こいしはゆっくりと頷いた。
「居候の身だしね…」
「あぁ…そういうね。ママがいいって言ってるんだから大丈夫よ」
「そっか」
「よし、お腹も膨らんだことだし、もう寝ましょう」
寝袋に入り、おやすみと言葉をかけて目を閉じる。
一分と掛からずに、満腹感から来る眠気に身を任せた。
「…?」
一人だけで帰ってきた靴を見て首を傾げる。
試しに放ってみたのだが、引っ掛からなかったらしい。
先の接触を含めて、ただの人間達では無いようだ。
少なくとも、一人は人間ではない。
“直に”触ったから分かる。
運が良ければ誑かせないものかと思ったが、靴に付いて来ないあたり、人の臆病さも兼ね備えているらしい。
「玩具に出来るかと思ったのだけれど」
淡い青の髪を揺らし、女の形をした何かは静かに首を振る。
変に警戒され、ここを追いやられるのも面倒だ。
今回は静かにしていよう。
そう決め込むと、目の前の可愛い可愛い冷たい体を撫でた。
「──…」
「残念ねぇ」
今回のお仕事は無いのだから。
そう言うと、女の形をした何かは目を細めた。
街の外。森の奥にぽつんと建った一軒の小屋。
そこに居た“何か”の言葉を聞く者はいない。