神頼みに関するお話は鳥船遺跡から、
Dr.レイテンシーは燕石博物誌に拠るものです。
この話には宗教に関するお話が出てきますが、感想欄で宗教名を出すことはご遠慮ください。
よろしくお願い致します。
───人はいないと分かっていても、神頼みしてしまうものだ。
どんな現象でも、成功率は100%に満たない事が多い。
例え失敗率が0.001%だとしても、“失敗する確率”がそこにある限り、人は願ってしまうのだ。
「お願いだから、失敗しないでくれ」と。
そして例え成功率が100%でも、人は不安から願うのだ。
「お願いだから、何も起きないでくれ」と。
神は実在しない。と、この現代ではそう言われている。
現代において神は器のようなものだ。
人からの願いを受け入れるだけの、透けた器のような概念。
願いを言い、祈るにも関わらず、いないと一度言われてしまえば、人はいなかったことにしてしまうのである。
しかし現代まで残った微かな境界の神秘は、過去の神秘の存在を裏付けた。
伝説は嘘にしろ、神と呼べるであろう存在が本当にいたかもしれない、という可能性は、誰も否定することができない。
人はそこに“観測不可能な存在”がいることを証明できないのだ。
「ちょっと待ってこいし。そこに神がいるって事?」
「そうだよ」
「……そう。続けて」
今、観測不可能な存在を“観測”出来る可能性が浮上した。
内心の好奇心を抑えられない。
こいしがそうと言うならば、そうなのだろうと信じる私がいた。
「ま、神と言っても二人が思うような神じゃないよ。少なくともこの状態の神は、人間が信仰していいような神様じゃないからね」
「良し悪しどころか、神様を信仰する人自体が少ないけどね」
「…そっか、だから山の神様も」
ぼそりと呟いた言葉は、私にはよく聞こえなかった。
どこか同情するかのような微妙な表情を作ったこいしは、そのまま言葉を紡ぐ。
「神様って、二面性があるのは知ってる?」
「アステカ神話の創造神オメテオトルかしら?」
「誰それ」
「対立する二つを兼ね備える完全なる存在。万能の主ともされているわ」
「うーん…日本以外の神様についてはあまり知らないんだよね」
そう言いながら手で十字架を作るこいし。
「ま、それはそうとして。和魂と荒魂ってものがあるの」
「あらみたまに…にみたまま」
「
「日本語は難しいわね」
「生麦生米生卵」
「生グミ生ゴミョ生マママ」
キリっと真面目な顔で噛みまくるメリーに、こいしが噴き出した。
…話が進まない。
「ひぃ…ふぅ…よし、話を戻すね。神様って不思議で、いろんな分社に自分と同一の分身みたいなものを生み出すことが出来てね」
「そう考えると一神教どころか、多神教と比べても神様の数が多いわね…」
「まぁ、神社を持たない神も合わせるとそれこそ八百万だからね。そんなわけで、自分の存在を分けるんだけども…」
ひょいっとこいしが家の方を見る。
「当然、あそこにも神様がいるんだよね」
「家の神様かしら」
「ううん、そっちじゃない。その下にいる神様。
名前から察するに水関係だろう。
家の下で水。名前も分かりやすく、ここまでくれば私にも察しが付いた。
「井戸、じゃない?」
「さっすが蓮子。そう、井戸」
ニッコリと上機嫌に、こいしは更に続ける。
「生活に不可欠な清水って大昔じゃ貴重でね。それを汲み上げる井戸は神聖視されて、井戸は死の世界に繋がっているとされた。確か弘仁の頃に人間が井戸から地獄に行って働いてたって逸話も残ってた筈。それも相まって、井戸は強い霊性を得てしまった」
「そういえば20世紀後期だかなんだか忘れたけど、その頃に井戸のホラー映画が流行ったらしいわね。なんだっけ、蓮子わかる?」
「あー…有名なやつよね。見たら呪われる都市伝説の。その後色々パロディ出てたような」
「へぇ見たら呪われるなんて…って確かに目から呪われるのは効率的か」
「なんで?」
「呪いって霊的手段で攻撃する行為なんだけど、物を動かすんじゃ不確実。遠隔で魂を攻撃するには手順が多すぎる。呪われた物質を触れさせるには警戒を解かせなきゃいけない。けれど、視覚から霊的攻撃をするのは簡単なんだ。瞳は物を映すものだからね。呪いの何かを見せれば呪いを映してしまうんだよ。写真みたいに」
「確かに水晶体を通して網膜に映している。そうか、それで呪いが網膜に刻まれるのか」
「だから目から呪われるって言うのは効率的なの」
思い返せば、前回の樹海もそうだった。
目は、霊的攻撃に対して弱いという事に気がつく。
そしてそこから、とある事に気がついてしまった。
今言うことではないが、後で確実に話すべき事だ。
「で、井戸。神様が宿っているのは当然として、霊性を持った場所だから、当然埋めたり、壊すときに神社の神主様とかがお清めとかをするんだけど…」
「もしかして…されてない?」
「うん、そこの家は多分井戸をそのまま埋めたね。で、そのせいで辺りに霊性が溢れ出すほど荒ぶってる。ここで最初の二面性の話が出てくる訳だ」
「生麦生米生卵の」
「違うけどその時のやつね。和魂と荒魂。さ、ここで問題。今まで散々井戸の恩恵を受けて、感謝もせずにそのまま埋めた。神様はどう思う?」
「そりゃあ…」
あぁ、そう言うことか。
それはそうだ。
誰だってそんな事をされたら怒る筈だ。
「うん、これがポルターガイストの真相。そもそもポルターガイストでは無く、古井戸から漏れ出した霊性が付喪神を生み出し、それが動いていた」
「なるほどね。あぁ、道理で街に入るときにゾワゾワした訳だ」
「神社で言う神の懐に入った訳だからね。あまり長居すべき場所じゃないんだここは。街が寂れた理由は他にもあっただろうけど、多分ここも原因の一つだと思う」
人は自分勝手だ。
都合の良いものを信じ、都合の悪いものは見ない。
神を知らないままに、神頼みをするのが殆どの人間である。
「さ、帰ろっか。私の話を聞いてまだ境界を暴きたいなら残るけど」
「いいえ、私も嫌な思いはしたくないもの」
「蓮子は?」
「私も同じ。むしろ、貴重な物を見られただけで充分だわ」
三人で顔を見合わせると、井戸の方に一礼。
色々モヤモヤしたものはあるが、一応何があったか分かっただけで満足をするべきなのだ。
「忘れ物は無いかしら」
「お土産は買った?」
「pricelessな土産話は持ったわよ」
「じゃあ、Dr.レイテンシー。期待してますよ」
同人誌の事を考えながら、私達はのんびりと歩き出した。
───コッコツ。
背後で聞こえた、タップの音に振り返る事も無く。
人がいた頃は暖かった寂れた街に、冷たい風が吹き抜けた。
神に二面性があるように、人にも二面性がある。
掌返し。表と裏。
恩恵を受けながら、自分勝手に井戸を埋めたのも見事な掌返しだ。
神と同じ二面性で、人は失敗したのである。