何故かプロローグは無いのにエピローグはあります。
ガタンガタンと旧式の電車の揺れを感じる。
尻が僅かに沈み込む柔らかさと、窓の外をゆっくりと流れる景色に、旧式の電車を好む人の気分が分かるような気がした。
私達以外誰もいない車内で、ヴィンテージ・ワインの様に時間を重ねた事で深みを感じさせる空間を味わうというのも、贅沢なものである。
私と蓮子は何も言わず、外の景色を眺めていた。
唯一こいしだけが、俯いて端末を触り続けている。
何度もバイブ機能で震えているので、誰かと連絡でも取り合っているのだろうか。
「今回の件は、宗教の縮小も原因に絡んでいると思う」
「あら、蓮子はそう思うの?」
「神社は化学施設の敷地拡大に追われ、信仰者も人口減少で減るばかり。いつのまにか管理者不在の教会や寺院、神社も増えていってる。あの古井戸は、お祓いをしなかったんじゃなくて、出来なかったんじゃないかな」
蓮子は少しだけ視線を落とすと、指を組む。
「今、日本に残る神主や住職は、金銭的な問題でどんどん居なくなってる。宗教は今の時代で生き残れないからね。だけど、そうやって人が減ると、今回のように説明のできない現象が発生してくる」
「…そうね。確かにもっと神主が多ければ、身近にいれば何か違ったかもしれないわね」
「さっき調べてみたら、昔は不動産屋が手配していたみたいだけど、今は3Dプリンターで家が作れるし、どれだけ安くできるかに視点を当てた結果、お祓いを削ったみたい」
「昔の日本みたいね。人件費を削って大失敗したって話の」
「宗教の縮小は、人々に必要ない事って思わせてしまった結果で、そこから負の連鎖を生んでしまったのね」
古い宗教でも信仰する人は減り、科学の進みすぎた今の世界は、随分と機械的で、見えないものが大切にされなくなってしまった。
数式の介入しない偶然や奇跡といった現象は、もう無いのかもしれない。
そんな事を思っていると、蓮子が息を吸う音が聞こえた。
「メリー、私の話を聞いてくれる?」
「勿論。何かしら?」
私、蓮子、こいしの並びで座っているもので、耳横から聞こえた声に少しだけ擽ったさを感じる。
「呪いの話、覚えている?」
「映画の話かしら?」
「いいえ、瞳の話」
ほんの少しだけ、蓮子の声が低くなった。
言いたい事は解っている。
解っては、いるのだ。
「境界暴きは、メリーにとって負担じゃない?」
「言いたい事ぐらい解っているわよ。でも、それを含めての秘封倶楽部だわ。それに」
ひょいっと、端末に釘付けの少女を顎で示す。
「守ってくれそうじゃない。謎の美少女が」
暫しの沈黙。
「…メリーに何かあっても私が助けるからね」
「えぇ、お願いしますわ」
景色が流れていく。
心地よい揺れの中で、私は目を閉じた。
○○○
『ごめんなさい、すっかり忘れてた』
『急にメリーと貴女の場所がわからなくなったから焦ったわ』
『一時的に通信が繋がらない状態になっちゃって』
『今の時代にそんな場所あったかしら?』
『長野のとある寂れた街。埋められた古井戸がお清めしてなかったらしくて、霊性が漏れ出して付喪神が発生してた。通信が繋がらなかったのは多分霊障の一種』
『え?それはおかしいわ?』
だって、現代は問答無用で神が排除された時代だもの。
そう続いたママのメッセージに、私は蓮子の言葉を思い出した。
……神様を信仰する人自体が少ないけどね。
そうだ。おかしいのだ。
“何故この時代で霊性を持った存在がいるのか”
ぶわりと、冷や汗が噴き出した。
幻想郷の常識とこっちの外界の常識が混在していて気がつかなかったが、そもそも神がいる事自体異常だったのだ。
『貴女、本当に神を見たの?』
『見たわけじゃない。けど、明らかに神の気配はした』
『…おかしなものが、近くにいたりしなかった?』
おかしなもの。
あぁ、思い返してみればいたとも。
人が居なくなって数十年は経過していそうな街なのに、白骨化どころか腐敗化も一切していない、ポツンと一人だけ放置された、“形の残った死体”とか。
『完全に形の残った死体があった。多分気がついたのは私だけ』
暫く時間を置き、端末が震えた。
『もしかして額にお札が貼ってあったりしたかしら?』
『顔は見えなかった』
『そう。ちょっと調べてみるわね』
『何かわかったら教えて』
了承!と書かれたキャラクターの画像が画面に流れてきて、ここで一先ずママとの会話は終わった。
よし、次だ。『。゚(゚´Д`゚)゚。』の絵文字が見えるトーク画面を開く。
『ごめん伊吹!!通信が急に途切れちゃって』
暫く時間が経ち、メッセージに既読の文字が付く。
『トイレから出られなかったんだぞー!』
『ほんとごめん!今度何かお詫びする!』
『お菓子!』
なんだろう。伊吹を相手していると子供を扱っているかの様な気分になってくる。
いや、年齢比率的には間違っていないのだが。
人など、60を超えても子供の様なものだ。
『どんなお菓子?』
『今度一緒に選びに行こうよ』
『わかった。デートね』
また暫くの時間があき。
『不束者ですがよろしくお願いします』
『さては顔真っ赤でしょ』
『何でわかったの!?』
電車に揺られ、私は窓の外を見た。
いつのまにか蓮子とハーンは互いに寄りかかる様にして寝ている。
静かな車内の中で、私は大きく欠伸をした。
気がつけば、私の中の妖力が以前より小さくなっていた。
体調や存在に変化がない辺り、元々私の存在が妖怪として破綻していた事が影響しているのかもしれない。
第三の目を閉じた覚り。
散々に言われたあの性質もまぁ、この二人ともう少しいられるのなら悪くない気がした。
鏡台の前に座り、扉の置物に向かって話しかける。
「隠岐奈」
すると扉が開き、真っ黒な空間が見えた。
光を吸収する様な黒の色の奥から、声が聞こえてくる。
「ちょっと待て、こっちが忙しい」
「…またお人形さん作り?はぁ、品の無い。自我の無いお人形さんの何が面白いのかしら。少女趣味?」
「お前の式だって似た様なものだろう」
「いいえ、忠誠を誓わせてから式を与えるの。それも向こうから受け入れる様にして。上品でしょう?」
「最悪だお前は!」
そう言うものの、声が扉の前に近づいてきた。
「なんだ」
「幻想郷の邪仙が外界に出ている可能性があるわ」
「…壁をすり抜ける奴か」
「妖怪は存在が妖力によるものだから長く持たないけど、仙人は人が至った姿。結構な間外で活動していた可能性があるわ」
「博麗の…じゃなくてスキマ妖怪に伝えればいいんだな」
「えぇ、お願い」
その言葉を最後に、扉が閉まる。
溜め息を吐いてハーブティーを啜り、体を伸ばした。
仙人は、仙界と呼べる空間を作る事が出来る。
あの邪仙が考えることなどわからないが、現世でも作れる様な俗界より隔絶した仙界を擬似的に作り、その中で神霊達が生き延びられる世界を作ろうとした可能性がある。
良し悪しはともかく、真相は私に探る事が出来ない。
ただ、外界で未だに神を生かす方法がある事には驚いた。
荒魂だったようだが、それでも神は生きていたのだ。
「シャワーでも浴びようかしら」
カップを洗浄機に突っ込むと、シャワールームへ向かう。
自然と溢れた鼻歌は、女の上機嫌を示していた。